陰陽派生(4)

 ところで、寡頭競争をもたらす自然法の成り立ち構造を解析して見ると、とどの詰まりは陰陽論の因果法則に突き当たり、宇宙は必ずしも宇宙人類に対して、安定生活をして生命を満喫(謳歌)して貰う為に創造したのでは無く、たった一つの目的の為に、つまり、宇宙の本懐を適えるたった一人の人間を生み出す為に、試練の道程を与えているに過ぎない事が良く分かります。食物連鎖のピラミッド構造そのものが、宇宙の本来の姿であって、頂点を目指す意欲が無く、安易に安楽を貪る様なハッピーな人間達は、実相世界でもまた心の世界でも淘汰されて行くという、まことに厳しい世界なのです。

だからといって、戦争に身をやつせという話ではなく、戦う相手は人間や国家では非ず、自然(宇宙)そのものに他ならなく、それは未来へ通じる道を切り開く為の「知能の戦い」であって、人類に与えられた生存を勝ち取る為の宿命的な戦いなのです。その様な意味では、自然の成り行きに任せる農耕民族の血を受け継ぐ東洋人には「自滅」が待ち受けており、自然との戦いよりも国家の生存争いに堕する狩猟民族の血を受け継ぐ西欧人には「破滅」が待ち受けていて、このまま進めば人類は未来を切り開く戦いに敗れる事は明白です。

 さて、一つの人間種(ホモ・サピエンス)の中の「民族派生」も生物進化と同様な「系列発生」であり、学問的には「分派形式」に該当するもので、双子発生の様な激しい優化劣化は起こらずとも、序列差が存在し、その陰陽差はあらかじめ定められており、その優劣は既に決定されています。無論、陽民族だからといって、必ずしも生存出来るとは限りませんが、未来を切り開く為の充分な能力資質を備えている事は勿論、陽民族特有の攻撃の気性や進取の気質に富んでいるのがその特徴と言えます。そして、何よりもその民族が地球の他の如何なる民族よりも新しい民族であって、一番最後に分派した民族であるというのがその証明となります。

 極東の、日(ひ)出(い)ずる国に住むその “日の出” 民族が、一体いつ自己の本分に目覚めるのか分かりませんが、民族全体というよりも、その民族に誕生する特別な人間達の一派が地球人類の未来を奏でると言った方が適切かも知れません。その民族には元々優れた固有の生命哲学があり、極めて精巧な言語を備え、更にそこは世界で最も優秀な二つの哲学(仏法哲学と陰陽哲学)の最終到達地点でもあって、宇宙レベルの哲学がこの地で開花するという「約束事」があり、その宇宙哲学が未来をもたらす直接の原動力になるのです。ユダヤ教の黙示録に登場する予言書や、あるいは中世や近代の予言者が極東の小さな島国に対する予言を述べている様に、この国(民族)には人類の命運を握る何かが存在するのです。それが我々が提唱する「宇宙哲理 生命論」である事は言うまでも無いでしょう。

 世界を救う筈の民族が、殺戮と破壊を周辺の国家にもたらした訳ですから、その天罰(原爆)は当然な話であり、そのお蔭で平和憲法を樹立する事が出来たのです。敗戦経験と原爆被爆という苦渋をなめたのですから、それを若気の過ちとして受け止めて、今度は大人の国家としての行動を取らねばなりません。そして何よりこの国、この民族の特徴を生かす事が重要であり、その卓越した技術能力を国の財産として守る必要があって、頭脳の国外流出を防ぐ事が一番大切な事かと思われます。また先輩国家、先輩民族である西欧国家に対して、いつまでもその傘下で庇護を当てにしているのではなく、彼等に対して堂々と持論を主張し、対等に渡り合わなければ、いつまで経っても自立国家として認めて貰えません。

 陽の国家(民族)が生み出した「陽の魂」を他国に流出させる事は、それを受け入れた国に陽の覇権が譲渡されると言う意味であり、一体何の為に民族と国家が存在して来たのか、その存在意味を問われる事になります。その様な事態になる事を一番恐れていますが、我が祖国を単なる「生命論」を生んだだけの国にはしたくありませんが、国家としての陽の存在はこの国では無い事を考えれば、生命論を受け入れる国はその母国では無く、他にある事になります。まあ同じ種族の兄弟民族ですからどこだって構いませんが、それが人類の命運を握るものであれば尚更、つまりそれが陽(本物)である証明は一番最後に現れると言う事であり、受け入れる国もたった一箇所という狭き門で、そこに到着するまでは、すなわち機が熟すまでは何事も進まず、また何事も起こせないのだと諦めています。

 それよりも、「宇宙哲理 生命論」を背負った私がなぜ今まで国外に出ず、受け入れ不能なこの国に留まっていたのか、その理由の方が重要な事かも知れません。それを誰かに譲渡すべく、つまり受け入れてくれる正統な人間の出現を待っていたのであり、「宇宙哲理 生命論」は預かりものに過ぎなく、手渡すべき主人公達を待っていたというのが正直なところです。そして、今現在の我々は、我々を受け入れてくれる正統な国の出現を待つ身であり、その国が一体どこに在るのか、母国なのか他国なのか、未だに分からない状態が続いています。無論、それ以前の問題として、「宇宙哲理 生命論」が存在する事実を世に知らせていないという理由もありますが、それが単なる原理論ではなく、応用技術論があるという事が簡単に公開出来ない理由になっています。原理論と応用論はセットのものであり、科学技術だけを渡す訳には行きません。

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