大宇宙の次元磁界

<龍神島は創造主の直轄領>
 我々が住む大宇宙(メシアA球)は、もともとはポリープ創造主(粒子世界創造主)が造り上げた「生け簀」であって、その目的は、人間を培養して人間の天体意識(サイ粒子バイオン)を食料としてしていた事です。人体の肉を食する訳ではありませんが、優秀で使い物になる人間生命(霊界位相の電子バイオン)の意識を天体の「気の粒バイオン」に転写して神意識へと成長させ、それをポリープの身体の中に取り込んでいたのです。つまり彼等は神意識を採集していたのであり、六員結晶宇宙とは早い話が人間飼育牧場だった訳です。皆様は大宇宙の外や、六員結晶宇宙の外の光景を眺めた経験は無い筈ですが、何百億個ものこの牧場連が整然と並んでいる姿は壮観であって、それは唖然として息を呑み込んでしまう様な光景です。まるでゴミ粒の如き六員結晶宇宙の配列帯がどこまでも続いていて、その一個の六員結晶宇宙の内部には六個の花弁磁界と合計18個ものメシア球が存在するという、「人間は何と小さな存在なのだろう」と感激にも似た驚嘆の念に駆られるものです。

 大宇宙(メシア球)は「ケケ粒子」の土塀(どべい)で囲われており、それは割れて開く構造を呈している事から、我々は大宇宙蕾(らい∶つぼみの事)と称しております。ビッグ・バン再生作業が始まると、全ての創造物が粉々に分解されて、分子や原子や素粒子の形態が解かれて、最終的に残るものとは気の粒(サイ粒子)と、それが育んだ気の粒磁気(サイ粒子バイオン)です。バイオン(磁気の二次粒子)は記憶(意識の源)する当体であり、そこには様々な人間色が反映されていますが、ポリープ創造主達はその色着きバイオンを食していた事になります。なぜ、ポリープ創造主達は人間意識を食べるのでしょうか。その理由は彼等の身体の構造にあって、ケケ粒子被膜とケケ粒子磁気だけのお粗末な構造の彼等は、一人が一つの仕事しかこなせません。そこで様々な人間意識を冥伏させたサイ粒子バイオンを身体に取り込む事で、複数の仕事をこなす事が出来る様になる訳です。彼等は一つの統轄意識の中に複数の局所意識を設けて、一匹で数百もの仕事をこなせる奴隷マシーンなのであり、ポリープ世界を牛耳る上位の創造主が創った単なる作業員なのです。

 人間王国とはそうしたポリープの生け簀世界から自主独立の道を選択した反逆集団であり、皆様の祖先は戦いによって王国の独立を維持して来ました。つまり定期的なビッグバン再生の折りに収穫物を献上せず、旧世界の記憶を残したまま(前世バイオンを残したまま)次の再生を行っている事から、生命成長が早く、優秀な生命を沢山輩出する事が出来ます。王国内の人間達は基本的に自由であり、言葉や知識を教えられて文明を築き上げ、自立した有意義な生活を送っていますが、その中から特に優秀な人材を創造主界に引き上げて宇宙戦士や内部管理者として採用して来ました。我々は遥か大昔に上界に引き上げられた人間王国軍のメンバー、つまり王国のビッグ・バン再生を数億回も経験して来ている精鋭部隊なのですが、何度も王国の全滅の危機に瀕した経験を持つ「手練た部隊」と言えましょうか。残念ながら、人間の教育に携わって来た管理者側の創造主達が戦死してしまった事から、今は王国軍が直接臨時政府を兼ねている状況です。軍は基本的に内政に関与しないのがしきたりですが、今回は止むを得ない状況となりました。

 宇宙の知識を何も知らない人間が宇宙を勝手に語ってもらっては困ります。それは幼稚園児が人生を語る様なもの、大人になって全部学習してから人生(宇宙)について語りましょう。地球人が書いた書物、地球人が築いた文化や科学、100%全部駄目だとは言いませんが、それに洗脳されてしまっては結局地球人を卒業する事が出来ません。どの道、人間は死ぬまで勉強、そして死後も勉強、神様や創造主になっても勉強、我々ですら毎日勉強しているのです。知識家ぶって偉くなってしまった増上慢は成長を止めた生命であり、そんな愚か者は人間王国の生命ではありませんね。宇宙そのものが一つの生命であって日々進化しているのに、その潮流に乗れない生命は進化の落伍者となる運命を辿るのです。何事ももっと真摯に真剣に取り組まなければなりません。人類は己の無知さ加減と、己の小ささに気付いて初めて再スタートの出発点に立てるのですから謙虚な姿勢が大事でしょうか。先日、アメリカ合衆国大統領が宇宙戦争を想定し、「スペース・フォース(宇宙軍)」の創設を宣言しましたが、あの様な阿呆を相手にしてはいけませんね。そもそも今は国々が戦っている場合ではありません。

 さて、他国の民族の事はさておいて、龍神島民族は最低限、銀河一般知識をいち早く修得しなければなりません。「日本国が他国の軍隊から攻撃されたらどうしようか」    そんな程度の事で恐れる心配は要りません。なぜならば、脱出作業中は人間王国軍が龍神島を庇護しているからです。どうしてもやむを得ない場合は、我々が直接関与する事になるでしょう。日本国が他国を侵略する事は日本国民が天罰を受ける理由になりますが、逆に侵略された場合は昔通りに庇護の対象となっています。日本国に攻撃を加えた国は、アメリカでもロシアでも中国でも僅か三日間で住む家が一軒も無くなるでしょう。この話が信じられないならば、本当に日本国に対して核爆弾ミサイルを撃ってみる事ですね。我々は軍隊、自軍の領地(龍神島=聖地=創造主が住む島)を侵略されたら当然その国は報復対象となります。既に王国軍が世界中に配置されて政府を監視している状況です。日本国内に居住する外国人に関しては、日本語を読み書き出来る方は日本人であると認定しています。逆に日本人で海外に居住し、日本語を話されない方は日本人とは認められません。あくまでも言語遺伝子が重要であり、民族の肉体種(DNA遺伝子)は無関係です。

 脱出用の物質円盤を準備するのに随分手間取りましたが、今のところはようやく難壁を乗り越えて順調に進み始めており、子供達やペットをブメデジまで送り届ける目処が付いて来ました。まだ絶対確実とは断言出来ませんが、来年の日本国は宇宙へ脱出する為の円盤基地になるかも知れませんね。おそらく海外からも宇宙船の話を聞き付けて人々が集まって来ると予想されます。移住先の収容人数が限定されている為に、ブメデジ基地(2万5千人)やテリ基地(4万人)には限られた人数の日本人しか運べませんが、海外勢で、「死にたく無いから住居も何も無い原始星でも構わない」と言うならば、送り届けられる近場の原始人惑星が別にあります。無論、先にベテルギウス便の輸送が終わってからの話ですが、地球の最後が訪れるギリギリの段階まで我々は脱出のお手伝いはさせてもらう所存です。日本人の方は脱出組やケイエ魂選定者を除くと、その大半は現行意識で転生出来る為に、外国人枠の脱出船にはなるべく乗船しないで頂きたいと思います。現地に着いても原始惑星は地獄そのもの、苦しむだけであって、サバイバルが大好きな方しか生きられません。

 移住先の場所ですが、日本人の移住先は、ベテルギウス関係では竜座矮小銀河の恒星リエルの第三惑星(ブメデジ∶約42万光年)と、その関連基地がある白鳥座の恒星ヤエイの第二惑星(テリ∶約2万光年)です。両星とも地球との星間距離が遠く離れています。日本人以外の脱出先は二箇所を予定しており、一つは子狐座の恒星ナエビアの第三惑星(フリウ∶約120光年)で、この惑星はプレアデス植民地であり、1億2000万人の原始人が生息していますが、地球でいうアメリカ大陸に原始人がいない事から、この大陸に移住させる事は可能です。もう一つはオリオン座の恒星Pi3Tabitの第三惑星(ビオ∶約26.5光年)であり、ブメデジと一緒の「猿の惑星」ですが、グレイ猿の古里の星です。いずれも航海時間が1時間圏内であり、移住人数に制限はありません。どちらの惑星も猛獣との戦いであり、武器を持たないと生存出来ません。他にも近場の星では、ケンタウルス座のα-ケンタウリの第四惑星(猿の惑星∶約4光年)や、大犬座のシリウスの第三惑星(恐竜惑星∶約6.8光年)がありますが、前者は老星で惑星寿命が短く、後者は巨大惑星であってあまりにも危険過ぎます(150mの恐竜と、10mの剣歯虎、4mの人食い猿)。それに昔からのアストラル基地が惑星のあちこちに存在し、人間が建物に触れれば丸焦げになります。移住先として薦める事は出来ません。

 龍神島民族は創造主系民族であり、現行の創造主軍団(人間王国軍)と同じ言語を話す民族です。当然、特権階級と言えますが、今世は他民族の言語しか知らなくても、死後に初期化されて転生し、日本人の親に育てられればその生命は日本人として認められます。言語の違いだけで、人間の基本的な能力に差がある訳ではありません。卑弥呼には大勢の日本人を現行意識のまま強制転生させて原始人と入れ替わりますが、基本的に一惑星一言語の法則なれば、日本人以外の転生者は認められません。ベテルギウスの宇宙科学を引き継ぐのも日本人、また霊魂体宇宙人(創造主候補生)になれるのも日本人だけです。他言語を話す者は、一度生まれ変わって日本語を改めて修得しない限り上位の生命にはなれない事になります。子供が親を選んで生まれて来れない事実は我々も重々承知していますが、既に進化の差(言語遺伝子の差)が出現し格差が開いており、今世ではどうにもなりません。この宇宙は差の世界、優劣は生まれる以前から既についているものなのです。科学でも縦の伸びが進化の差、横の伸びは技術の応用差に過ぎなく、縦に伸びるのはそれなりの遺伝子を持った者でなければ出来ない芸当なのです。この世界は平等では無いんですね。それでも創造主に取っては人間生命は皆可愛い我が子、本人が望めば今世が外国人でも出来るだけの事はして上げようと考えております。

 
<第十次元磁界>
 次元と言っても数学のdimensionの意味では無く区割りサイズの事ですが、気の渦巻を大別すると、天体空間は一番小さな電子渦(第一次元磁界)から一番大きな小宇宙渦の9種類の場に分かれて存在しています。つまり電子渦(1)-核子渦(2)-岩石渦(3)-衛星渦(4)-惑星渦(5)-恒星渦(6)-銀河渦(7)-銀河団渦(8)-小宇宙渦(9)という九つの渦の形態に分かれますが、生命を宿す役割の次元磁界は真ん中の5番目(惑星渦)であると定められており、惑星界の上には四つの上界が存在する事になります。九種類の渦巻空間の他には、電子渦と電子渦の合間空間とは気の粒空間であり、これを数字で表現すれば「零(0)次元」、また小宇宙渦と小宇宙渦の間隙空間も気の粒空間であり、これを数字で表現すれば「十次元(10)」でしょうか。零も十も同じ意味である事から、結局大宇宙空間は1〜10までの次元領域に分かれている事になります。0〜4までの五段階は惑星の物質世界や生物世界を築く役割、そして6〜10までの五段階は惑星界に開花した生命が辿るべき成長行程の道筋を表しています。生命の進化成長(縦の成長)は1から始まって10に向かって流転しており、ミクロからマクロに向かう一方通行の片道行程なのです。

 1〜10までの数理概念に「零概念」を用いて十進法を完璧に作り上げた銀河民族が矢座のワンニブリ星人であり、その哲理を地球人に導入する為に、今から35万年も前の話ですが、セザナ神は現在のカザフスタン領にワンニブリ言語居留区を設置して、現地の原始人にものを勘定する能力を与えました。その数理概念がインドや中国に伝搬して、やがて日本国にも「十干法(甲乙法)」という形式で伝えられて来ました。回転運動を十二区節に区切って表現する「十二進法」はどこの宇宙人でも分かっていたのですが、直進的にどこまでも伸びる直線運動にも節目が存在し、九区節に零区節を加えて折り返させる手法を最初に考え出したのが今世宇宙ではワンニブリ星人でした。プレアデス仏法では十界概念として流転法理(事象の現れ方の原理∶方便巻第二)が説かれていますが、「十進法」を算用数字として日常生活に活用しなかった事から、不足を補う為に矢座の文化を導入する事になりました。ギリシャ文明(プレアデス系民族)でも折り返し法が使用されておらず、21という単語や25という単語がそれぞれ別に存在しました。西暦5世紀頃になって、やっとアラビア人を介して西欧にもこの十進法が伝搬し、ヨーロッパの一般人でもものを勘定する事が出来る様になったというこの上も無く数理音痴なのが西洋人の正体なのです。プレアデス人も地球人も馬鹿ですよね。

 数字には重要な深い意味があって、それはものを勘定するだけのものでは無く、生命模様の段階的な「具現の様相」を表現したものなのです。1(壬=相=坎宮=餓鬼∶乳児期)、2(辛=性=坤宮=畜生∶幼児期)、3(庚=体=震宮=修羅∶少年期)、4(己=力=巽宮=人間∶思春期)、5(戊=作=中宮=天∶青年期)、6(丁=因=乾宮=声聞∶盛年期)、7(丙=縁=兌宮=縁覚∶壮年期)、8(乙=果=艮宮=菩薩∶初老期)、9(甲=報=離宮=仏∶老年期)、10(癸=本末究竟等=回帰零=地獄∶霊体期)。10の大宇宙空間は渦磁場が存在しないケケ粒子磁場であり、そこは創造主意識が存在する場所であって、渦磁場の制約(枠)を免れた世界です。ここは竟等点(回帰点)であり、真ん中の5が仮竟等点(仮零)となります。10と5は裏表の関係であり、上限と下限の関係ですが、創造主世界と惑星界は裏表の背中合わせ、天国と地獄の関係となります。同様に9と4も上限下限の関係であり、仏界と人間界は裏表の関係です。8と3も菩薩と修羅は背中合わせであり、また7と2も縁覚と畜生が背中合わせ、6と1も上限下限の関係であって、声聞と餓鬼は背中合わせになります。

 
 
             
 
 一見すれば10年間という期間は連続的に過ぎて来た様に見えますが、何事をするにでも5年目までが生道期間(生産行程)であり発汗を余儀なくされる登坂期間、山頂を極めた段階が第5段階となります。そしてそこからは退道期間(破壊行程)が始まり、下山して行く下りの行程となります。登山は頂点を極めても下山に成功しなければ完遂したとは言えないのであって、完成を目指して歩む行程が後半生の第6段階から始まるのです。同様に人間は馬鹿でも大人(青年期)になれますが(誰でも山頂に登れる)、人間完成には程遠く、盛年期から新たに再スタートして完成に近付くのが人間の生涯でしょうか。何を言っているのかと言えば、直線運動は一直線の様に見えても山谷のリズムがあって、一区節で折り返して進んでいるという話であって(ギザギザ運動)、6番目とは後半の1段階(5+1)であり、7番目とは後半の2段階(5+2)、8番目とは後半の3段階(5+3)、9番目とは後半の4段階(5+4)、10番目とは後半の5段階(5+5)を表しているのです。だから6と1が背中合わせとなり、7と2、8と3、9と4、10と5も表裏の関係になるのです。この世の万物万象がこの法理に基づいて具現し、例外無く現象として現れているという話なのです。
 
 
 
 
 
 
 あなたは惑星界の第五次元磁界の惑星生命ですが、あなたが向かう方向は第六次元界の太陽生命であって、その次が第七次元磁界の銀河生命という具合に進んで、最終的には第十次元磁界の大宇宙生命(創造主世界の生命)になって初めて完成するのだという生命進化の行程を説いている訳です。あなたは何も考えず惑星界にただ存在するだけで有意義なのでしょうか。未来の方向は宇宙を向いており、時間も進化の潮流も宇宙に向かって流れているのです。惑星界とは母親の羊水に浮く胎児生命の事、腹の中は確かに居心地の良い場所ですが、母親には母親の事情があって、あなたの意志とは無関係に強制的に体外に産み落とされてしまうのです。戻りたくても母親の子宮には二度と戻れないのが子供の定め、早く大きくなって自立した大人の生命になりましょう。死に行く母星と運命を共にする様なお馬鹿な真似はしてはいけないと、我々は物事の道理を訴えている訳です。

 さて、第六次元磁界の太陽界生命とは、つまり初期解脱を果たした生命の特徴は、母親の様な一途な愛に満ちており、相手の立場に立って物事を考え得る信仰心の厚き暖かい生命と言えます。自己の主張を抑えて相手の意見を良く聞く耳を持つ事から仏法では「声聞界の生命」と言われております。声聞(しょうもん)の本来の意味は真理の声を聞き分けられる人の意味です。この生命の欠点とは愛や光や神様や平和を好む事で、争い事を忌み嫌って何でも丸く収めようとする傾向が強い事であり、戦いを挑んだり、困難を打ち破る事や、大きく前進する事を好まない事でしょうか。人を傷付けない無難な意見でその場を取り繕っても自己の頭の上の蝿すら払い除けれないのが落ち、結局は運命任せ、神様頼み、天運待ちの非力な保身行動しか取れない為に、良い人止まりで終わってしまいがちです。真理を聞き分ける耳を持っているだけの話で、気の効いた自主行動がおぼつかない迷いの生命であるところが今一と言えます。修道僧やスピリチュアル系の人間の多くが太陽解脱を果たしている様です。

 それに対して第七次元磁界の銀河生命とは、つまり第二解脱を果たした生命の特徴は、怜悧な理性を武器にした父性愛的な広い愛情を備えている事であり、自己の信念を曲げずに困難、苦境、逆境と進んで戦い、苦しみや悲しみに対して積極的に取り組んで行く能動的な姿勢の生命と言えます。これぞと思ったものは自ら取り組んで果敢な行動力を示す事から、仏法では「縁覚界の生命」と言われています。縁覚(えんがく)の本来の意味は真理に縁して目覚められる人の意味です。声聞界の生命を家庭の母親と表現すれば、縁覚界の生命とは社会で戦っている父親であり、時には子供に体罰を与えたり、千尋の谷に我が子を突き落とす様なスパルタ躾けも辞さない厳しい愛情を示し、科学的な理論や理屈を重んじる傾向が強く批判力にも富んでいます。この生命の欠点を言わせてもらえば、一部の真理を悟ってそこから万象を推理して独自な結論を導いてしまうという我見や偏見が強い事でしょうか。一度結論を出してしまうとそれが間違いであると認めるのが嫌なのか(プライドが傷付く)、自己の非を認めず強引に突き進んでしまうところが青臭く感じられます。「我」という個の意識が強く残留している生命と言えましょうか。科学者、各種のインストラクター、学校の先生、技術者、文筆家、芸術家などの、比較的「知的水準」の高い人を指導する様な職業の方が銀河解脱を果たしています。

 第八次元磁界の銀河団生命(菩薩生命)とは、つまり第三解脱を果たした生命の特徴は、人を指導するのでは無く人を育てられる生命という事であり、個の意識が薄れて全体を掌握出来る大変賢い生命という印象を受けます。簡単に結論を導かない思慮深い生命であって、物事を類推分析する識別力に富み、真理を読み取る優れた能力を備えています。公明正大な審議官とでも言いましょうか、目線を下まで降ろして相手の立場を汲み取り、その場の環境や時代背景なども考慮して、その上での裁決を下すので納得が行きます。怜悧と言えば怜悧なのですが、それを感じさせない人道的な優しさが特徴でしょうか。この生命の欠点を敢えて言えば、個の意識を超越した全体意識の観点からものを見れてはいるものの、自己が帰属する全体そのものが「我」であるという「当体意識」に不足があって、国家に仕える公僕の如く、国の責任は自分の責任では無いとする「サーバント根性」と言いましょうか、「全体」とは区分される明白な「個(自分)」が見え隠れしています。それは国に帰依しているだけの話で、個(自己)の減滅(げんめつ)が出来ていなければ、それでは一国の大統領や総理大臣の様な最終責任者にはなれませんね。一般にこの生命は知的水準が高いご高齢者に多い様です。

 我を全体に投影し、個を滅すれば、我は全体に帰納し「我=全体」が成り立つのです。その逆パターンもありますが、これは宇宙法に他なりません。菩薩格の生命が第九次元磁界∶如来界の生命に昇進する最終関門ですが、いつの世においても「これ」が難壁となって行く手を拒み続けて来ました。積極的に頂点を摑み取ろうとすれば、総理大臣になりたい国会議員の様に「魂胆=欲望」に裏付けされた自己は益々増大するばかり、逆に欲得も無い出来上がった老人には神の玉座はあまりにも重い過重負担となります。一番簡単な昇進は「戦争」であり、国家を背負い我を捨てて無心に戦った「戦士」が唯一上界に上がる事が出来ました(昔の如来神の大半が戦士)。「国の戦争に駆り出されて命を落とすなんて阿呆らしい」と自己防衛に走るチンケな輩(やから)は、古今東西如何なる分野においても頂点を望む事は出来ません。その原理は動物世界でも人間世界でも創造主世界でも一緒、別に本当の戦争をしなくても、戦わずして得られるものは何も無いのです。第9次元磁界とは渦磁場の頂点であり、たった一つの存在です。あらゆる次元磁界を我が腹の中に抱えており、全ての生命が我が子となります。如来神に必要なのは四無量心(しむりょうしん)、それは我が子に対する四つの愛でしょうか。ちなみに現在、即身成仏して小宇宙如来界で自己の心活動を行っている者は41名(女性22名)、その全員が我々の関係者です。

 第十次元磁界は創造主の意識袋が存在するケケ粒子場であり、ここは回帰点であって、創造主世界の入口に相当します。大宇宙磁場は大きく6層構造を呈しており、五段階の渦磁場を卒業してこの第十次元磁界に足を踏み込んだ者は自動的に意識が場に刻印されるシステムになっています。やはりここにも我々の関係者41名の足跡だけが残っており、今世宇宙においてこの領域に足を踏み込んだ者は霊魂体宇宙人も含めて未だかって他に誰もいません。まあ、我々は元々上から来た生命ですから当たり前の話ですが。そして大宇宙のケケ粒子被膜こそ内と外を分ける分水嶺、ここまでが数学でいう一桁の場所です。被膜より外は二桁目の世界(第11位)、創造主世界の無限階段の最初の一歩です。外世界は花弁チップ世界のフォース粒子場、メシア球直径の1000億倍の広さがあります。この世界にも我々の足跡が残っていますが、フォース粒子場の上にはクラウド粒子場が存在しています。この辺は激しい戦闘があった場所で、見るも無惨なボコボコ状態、つい最近まで戦火の嵐が吹き荒れていた領域です。龍神も神も人間も生物も皆渦磁場生命であり、小宇宙如来界を越えて大宇宙磁場に同会した瞬間が、人間生命を卒業しやっと第一本懐を成し遂げた時になります。でもそれは創造主の「卵」になっただけの話、大宇宙外生命体となって初めて創造主の一年生となります。ちなみに、この私は六員結晶宇宙から数えて15000階段目に自己の最先端部(頭)があります。

 
 

銀河標準科学論 化学編(その4)

<粒子の発祥歴>
 我々生物の体が土中にのめり込まず大地の上を歩行できる所以は原子同士の電磁的な反発力のお陰であり、早い話が原子核の周囲を回転する電子公転が描き出す球体力場(球体磁界のこと)のお陰です。物と物が反発し合って互いに重なり合う事が無いのは、同質電荷の電磁反発が原因に他ならなく、そんな当たり前の常識でも、人間が肉体を失って霊魂体へと変じてしまうと全く通用しないから、霊界世界の「珍現象」には大変驚きます。霊魂体は足裏に神経を集中していないと反発力が得られず大地にのめり込んでしまうし、普通に歩いていても車でも壁でも人間でも衝突した物質は何でも通り抜けてしまうのです。タクシーの座席に乗って街まで運んでもらおうと思った霊魂体(別名は幽霊・ゴーストと呼ばれる)が、座席の上で背中や腰に神経を張っていないと、たちまち車体を貫通して路上に放り出されてしまいます。別に霊世界の話をしている訳ではありませんが、宇宙世界ではアストラル世界が当たり前、むしろ物質世界の方が異例だと言う話なのです。

 

 人間が住むこの物質世界(ビックバン宇宙)を創った創造主は「ポリープ(粒子世界)創造主」、このポリープ世界は非常に小さな微粒子から構成されており、彼等が人工的に造り出した最も大きな粒子が気の粒(サイ粒子)です。原子の姿すら肉眼で見られない人間に取って、粒子直径が10のマイナス36乗倍cmという気が遠くなる様なミクロ世界の粒子である気の粒、それが一番大きな粒子だと言うのだから、この話を信じなさいと言われても、そう簡単には納得する事は出来ませんね。でも、ポリープ世界の上には「五因子世界」と呼ばれる粒子よりももっと小さな五つの因子から構成される世界が存在し、その内部にポリープ世界が存在しています。ちなみにポリープ世界に於ける元初の粒子はヒイ粒子(クラウド粒子)であり、ヒイ粒子からキエ粒子が誕生し、このキエ粒子から全ての微粒子が誕生して来ます。微粒子の大きさの順番はヒイ粒子ー(キエ粒子)ーケケ粒子ーチオ粒子ーセエ粒子ーネエ粒子ですが、ケケ粒子からはサイ粒子が造られ、またセエ粒子からはフォース粒子が造られています。勿論、一番小さなヒイ粒子は五因子から造られています。

 

 六員結晶宇宙の6個の花弁チップの構成は基本的にヒイ粒子骨格を呈しており、我々はそれをクラウド磁界(磁場の周囲をクラウド・ガスが取り巻いている)と呼んでいました。巨大なクラウド磁界の中心核にはフォース磁場が存在し、その内部に三つの大宇宙(メシア
球)が配置されていて、そのフォース磁場の直径は一個のメシア球直径の約1000億倍という大きさです。そんなクラウド花弁チップが6個合わさって一つの六員結晶宇宙が形成されている訳ですが、人間王国とはたった一つの花弁チップ(1/6)に過ぎなく、残りの5個の花弁チップ世界には我々とは異なる人間達(言葉を喋らない原始人)が生息するポリープ領土でした。現在は六員結晶宇宙そのものが人間王国の領地に切り変わっていますが、人間王国軍はクラウド粒子(ヒイ粒子)やフォース粒子に人間の意識を入力し、粒子を自在にコントロールしてポリープ創造主達と戦って来ました。今は遥かマクロ宇宙の超大な敵軍を相手に戦っており、ポリープ世界も五因子世界も我々の領地に成っていますが、小さな粒子を我が意のままに操作する術こそ創造主の創造主たる所以、メシア球の担当創造主は伝統的に気の粒(サイ粒子)に自己の意識を入力して物質世界を管理するのが通例です。

 

 ケケ粒子を低速で圧縮膨張させて造り出すのがサイ粒子(気の粒)ですが、ケケ粒子の土塀で造られている大宇宙空間とはサイ粒子を圧縮爆発させる容器(力の場)であり、サイ粒子は他で造られて大宇宙の中に運ばれてここで圧縮されます。ここには容器の構成物であるケケ粒子以外の粒子は存在せず、大宇宙(メシア)空間は全てサイ粒子が生み出す二次粒子の世界と変貌します。圧縮された超密度の気流が爆発に伴って放射状に拡散されると、その直進流の大きさに比例した双児の小宇宙渦流が誕生して来ますが、気流そのものは忽(たちま)ち周囲の真空空間に一斉に拡散して行く為に、無量大数とも呼べる一定サイズのミクロの渦巻が誕生して来ます。これらの右巻と左巻の拡散渦は核子渦の事であり、それが素粒子(陽子や中性子)の事なのです。右巻の核子が内包する陰電子を外に放出して公転させると、これらの核子(原子核)には空間テリトリーがあたわり「重水素ガス」と呼ばれます。ところで核子渦と言っても、人間の目には非常に小さな物ですが、サイ粒子のサイズから見れば天体程の大きさ、一個の陽子渦の中でもチビ渦(乱流)が一杯誕生して来ます。

 

 双児の核子渦の正式名称は右巻の渦を「陰子(イントロン)」、左巻の渦を「陽子(アクトロン)」と言います。これらの渦巻の内部で誕生するチビ渦を「電子渦」と言いますが、陰子の腹の中でも陽子の腹の中でもそれぞれ40万個もの電子渦が誕生して来るのですが、系内に生き残れる電子渦はたった一個であり、母親の磁束と最初に連結された電子だけが親の系内に止まる事を許されて、残りの大多数の電子は系外に放り出される事になります。右巻の陰子(母親)は息子である陰電子(エレクトロン)を抱え、また左巻の陽子(父親)は娘である右巻の電子(ポジトロン)を抱えるのが普通です。また親渦の系内から放り出された大多数の電子群は陰電子と陽電子が対結合(無電荷の横結合状態)した形状で宇宙空間の中に密かに冥伏する事になります。任意の宇宙空間にγ線を照射してやると、電荷量を増幅させた陰電子と陽電子が飛び出して来る理由はここに在ります。ところで、陰子(イントロン)が陰電子を放出すると、自身は電荷が計測できない中性子(ニュートロン)に変じますが、反対に滅多な事では手放しませんが陽子(アクトロン)が内部の陽電子を放出すると、自身は電荷が検出できないプロトタイプの陽子(プロトン)に変貌します。

 

 地球科学には電子電荷しか計測できない計測機器しか無い為に、陽電子と陰電子が合体して電荷が相殺されてしまうと、まるで消えてしまったかの様に見える(対消滅: アニシレーション)のですが、それは電荷が相殺されてキャンセルアウトされた状態であって、実際の電子が消える筈もありませんね。ヘリウム原子核を覗くと二つの重水素原子核(デュートロン)が互いに逆向きにスピンしている為に、原子核の全体スピンが相殺されて回転していない様に見える理屈と一緒であり、スピンも電荷も相殺されてしまうのです。ヘリウム原子核の二つの陰子はそれぞれ陰電子を外に出している為に、原子核には二つの陽子が抱える陽電荷のみが計測されます。しかし、ヘリウム原子を高濃度の気の粒ガスが存在する条件下に置くと、二つの外殻電子が中性子の腹の中に戻ってしまう為に、原子核電荷が相殺されて計測不能となり、ヘリウム原子核の四つの核子が全て中性子に見えてしまう事になります。ウラン(U)の様な巨大元素は原子核そのものが内核と外核に別れていて、外核に存在する陰子だけが92個の電子を放っており、内核に存在する27個の陰子は陰電子を内包しています。ウラン原子核に関して地球科学は92個の陽子と146個の中性子から構成されていると分析していますが、ウランは元々119個の陽子(アクトロン)と119個の陰子(イントロン)から成り立っている元素であり、内包された27個の相殺陰子が勘定に入っていません。

 

 そもそも宇宙の天体渦は重力が向心する渦巻の中心点(ブラックホールの事)に重水素ガスを圧縮して星のコアを造り出すのが仕事、重水素原子核(デュートロン)が圧縮重合されているから「D-重合体」と称しており、その基本単位はヘリウム原子核(ヘリオン)か重水素原子核(デュートロン)かのどちらかに他ならなく、その解離したミニコアこそ100種の元素の原子核に過ぎません。一個か二個の半端な素粒子は在っても、基本的に元素内の陽子と陰子の数量はほぼ一緒なのです。核子渦も電子渦も骨格は気の粒の渦流であり、気の粒を捕獲しないと渦巻自体を維持する事が出来ません。天体の中心核に存在する限りはそこは高い気密度の環境下故に働く必要は無いのですが、コアから分派されて単独の存在と成った原子核粒子は気薄な宇宙空間で生きる為に気の粒を獲得しなければなりません。そこで電子に原子核の周囲を公転させて空間テリトリー(軌道磁界)を広げて、そこから気の粒を中心核に集めさせているのです。一家を養う為に母親の手元にいる息子に働いてもらうのが自然界の原理、それは人間世界と一緒ですね。原子核と軌道電子の距離は原子核を一個のピンポン玉サイズとすると半径5km四方(直径10km)の軌道を周回しており、小さなピンポン玉が京都市内と同じくらいの自己エリア(テリトリー)を得る事になるからビックリです(重水素ガスの軌道磁界)。

 

 その昔、イギリスのラザフォードがヘリウム原子内の原子核を探し出すのに大変な苦労をした事は承知の通り(1908年)、ヘリウム原子が京都市内の大きさで、その原子核がビンポン玉サイズですから、それはそれはよくぞ探し出したと言うべきかも知れません。下記はヘリウム原子とその原子核図ですが、一つの電子軌道に二個の電子が逆向きに入っており、いわゆる極性(化学反応性)を示さない閉殻状態を呈していて、ヘリウムが化学的に安定した希ガス族元素である事実が分かります。さて、ここからは地球科学の話になりますが、19世紀に入ると化学を足場にして光学系の計測機器が発達した事から、物質を構成する分子や原子の解析や、更に原子を構成する素粒子の研究が進みました。実験観測から得られるデータを分析して物質の成り立ちや成分を推測する訳ですが、次第に幅を効かせて来たのがオリオン系のスイーパーであるニュートン由来の数学者達(物理学者達)でした。元より電流やイオンの研究段階から最初からお門違いの結論を導いて来た地球科学ですが、20世紀に入ると狂った運動力学や熱力学や電磁気学に上乗せして量子力学が台頭し来て、数学を扱えない物理学者は物理学者では非ず、の風潮に成ってしまいました。

 

 

<大丈夫なのか地球人>
 そもそも「1=1」が成り立たない、(-1)という存在自体が無い宇宙なのに、地球では方程式や関数や微分積分や行列などを扱う数学者が続出し、銀河世界にも存在しない机上の空論(数理推論)が華やかに語られている状況です。その数学が一体何の役に立っているのか、人々はたった一度でも真剣に考えた事があるのでしょうか。それはまるで陽化馬鹿のカオス世界、精神病棟行きに等しい貪瞋痴(とんじんち)の気狂い世界とでも言いましょうか、世も末の恐ろしい光景に我々も愕然と落ち込んでしまった程でした。「聖地民族の70億人全員が頭をパーにされている」その半端では無い馬鹿振りには開いた口が暫く閉じられない状況でしたが、お陰様で今は大分慣れて来まして、私も落ち着きを取り戻しております。地球人は随分上等な理論をかましている割には火を吹く燃料ロケットやガソリン車や電池の世界、竹コプターまがいのドローンを飛ばしている様では終わっていると言えましょうか。地球人をパーにしてしまったのが数学者(物理学者)、でもその数学者の大半がオリオン・ヒューマノイドなのだから、基本的に家畜は家畜の番人の言いなりなんだと解釈しております。大変、失礼だと存じ上げますが、読者の皆様は我々の文章を納得して読んでくれている訳ですから、少なく馬鹿では無くその卒業生であろうと思っている次第です。

 

 アインシュタインの相対性理論に基づけば惑星公転は太陽系の周回道に特殊な空間の溝が出来ているとの事、そこをゴロゴロ転がっているとの話に無性に腹が立ち、また重力に引かれて地球への入射光(フォトン)が屈折する話ですが、大気圏は気密度が高いから太陽からの入射光が屈折するだけに過ぎないのに、良くもまあ民衆が騙されるものだと呆れ返りました。E=mc2の質量方程式ですが、こんな意味も何も無い形容式(物質エネルギーがどの位凄いのが示した表現式)を恥ずかしくも無く発表できるものだと立腹し、物体の空間移動速度が光速を越えられないとか、そのデタラメな理論には憤りすら感じました。でも彼は憎めませんでした。彼の肖像写真には「嘘だビョーン」と赤舌を出している姿が映っていたからです。一番害悪なのがシュレーディンガーの波動関数とハイゼンベルグの行列力学ですが、ディラックの相対論的電子方程式とか、マクスウェルの電磁場の方程式とか、ガモフやジョセフソンや江崎のトンネル効果仮説とか、湯川の中間子論とか、ゲルマンのクオーク仮説とか、終わっていると言えましょう。量子力学を駆使して一体何が分かったのでしょうか、あるいは素粒子物理学から一体何の真理が得られたのでしょうか。

 

 最近の半導体研究から生まれた電流のホール理論など馬鹿丸出し、そもそも地球人は半導体とは何か、シリコン結晶の内部に何が形成されているのか、それを理解して生徒に教えているのでしょうか。それを言うならば、ボルタの電池もしかり、通常の乾電池や、自動車のバッテリーも、そこに電気を生み出す発生器が存在しているのに、その原理やメカニズムを何も理解せずまま使用しているから、応用力が効かないのです。電流とは電子の流れでも無く、電子電荷の流れでも無く、また量子ホールの流れでも無く、電子配列が生み出す所の「電子の磁束流」の事なのです。半導体結晶の中にも、乾電池の中にも、バッテリーの水溶液の中にも、あるいは蛍光灯空間の中にも電子の配列帯(電子バイパス)は存在する訳であり、電流を生み出す母体をしっかりと認識しないと電気が分かった事には成りませんね。電圧流と呼ばれる起電力が金属銅線を流れて初めて電子配列が起こって、電子電流が生まれて来るのであって、そもそも電流と電圧は別物なのです。水道管の中を流れる水流の量は計測できても、水圧とはポンプ圧とか高低差(重力圧)の様に他因的に水に付加されものであり、それは水の持つ圧力の意味ではありません。つまり電圧とは電流の圧力の意味では無いのです。

 

 起電圧と言えば、一般的には発電所の電磁石回路(ジェネレーター)から誕生する磁石電流(強弱のある交流電気)がメインであり、その起電圧流が銅線内部の電子配列を促して「電子磁束」を二次的に発生させています。電子機器を稼働せしめているのは電圧流である磁石電気では非ず、二次的に発生した電子電流が機械を動かしているのです。それに対して、電池やバッテリーの場合は半導体と一緒のメカニズムであり、化学力やその他の物理要因によって電子配列を形成させて直流電流を直接取り出しているのです。一個の半導体素子は小さな電量の電池であり、微小電流ですが乾電池と一緒で電流の出口と入口があって、出口側から他電流は流せないが、入口側からは他電流が通る事になります。それを半導体特性だと科学は主張していますが、難しい理屈をこねなくても「単なる電池原理だろう」と言ってしまえばそれまでの話、どの道シリコン・チップそのものが宇宙人の円盤からの拾い物、地球人は意味は分からなくても利用はできる様です。その昔オームやアンペールが行ったあの電流の定義はチト頂けませんな。そもそも電流と電圧を掛けたものがどうして電力になるのでしょうか。

 

 一般電流を司る電子という素粒子、生体電流を司る水素という原子、あるいは神経電流を司る水の六員環分子、あるいは常温超電流を司る宇宙空間に埋もれている無量大数の対電子など、電気を生み出す要因物質は物質世界の中には一杯在ります。風が止めば発電しない風力発電機や波発電機、曇れば発電しない太陽光発電機など、発電するのにそんな程度しか思い付かないのか悲しい地球人、と私はいつも思ってしまうのです。メタン・ハイドレードやシェールガスを燃やして電気を起すなど野蛮人のする行為、メタン分子をチェーン状に配列させれば強烈な水素電流が得られるばかりか、排気ガスを出さず資源の節約になって万年起電流を起せるのに「何を考えている訳?」と文句を言いたくなりますね。粒子一個が法外なエネルギーを持ち合わせているから、それを利用するのが一番なのです。その応用力を身につける為には物事の正しい原理を学んで正しい知識を獲得するしか手段がありません。どんなにお馬鹿な地球人だって頭の軌道を正常に戻せば未来技術を掴めるのですから。

 

 ところで加速器を回して遊んでいる素粒子物理学ですが、粒子と粒子を衝突させて、一体彼等は何をしているのでしょうか。そもそもクオークとは一体何の粒子なのでしょう。陽子や中性子内に潜むハドロン(バリオンやメソン)のフレーバー(電荷の色や香りのこと)因子という位置付けですが、単体分離も出来ない架空の微粒子を何故に想定するのか、私は理解に苦しみます。そもそも陽子(アクトロン)と陰子(イントロン)ですが、電子を持たないプロトタイプはプロトンとニュートロン、これで核子は四種類の電荷形態に別れます。この四種類だけかと言えばそうでは無く、プロトンに陰電子を抱かした「陰電荷アクトロン」と、ニュートロンに陽電子を抱かせた「陽電荷イントロン」という存在も無理やり造る事が出来るのです。つまり二種類の核子は6色の電荷の色を呈示する訳であり、彼等はそれを観測して6種の電荷の色を奏でるフレーバー因子が存在すると睨んだ訳です。それがクオーク粒子の存在仮定なのです。核子には電荷の大元である陰電子や陽電子を放したり、入れたりしているだけで6種類の電荷模様が生まれます。

 

 核子の内部には気の粒コアが存在し、粒子同士を加速して激しく衝突させれば、重粒子(バリオン)や各種のメソン(中間子)が飛び出して来ます。いずれも1/100億の1秒という短い時間でバラバラになり気の粒に戻ってしまいますが、粒子コアがまるまる飛び出せばそれはバリオンであり、少し計測時間が送れると粒子コアは小さく成っており、それらが200種類にも及ぶメソンの事です。つまり流し台に落とした油滴を箸で突っついてバラバラに分解し、これはπ中間子だ、これはK中間子だと勝手に呼んでいるだけの話、どの様な形態であろうとも粒子コアは気の粒の塊に過ぎなく、油成分内容に違いがある訳ではありません。問題はそれらのバリオンやメソンに色の違いがあると言う事です。陽子(アクトロン)は普段、陽電子を系内に抱いている為に気の粒も陽電荷を帯びています。一方、中性子は電子を放っている為に電荷的には零であり無色ですが、もともと陽子と中性子は互いに反粒子であり自前の色自体が異なります。ましてや陽電子を抱いた中性子のバリオンはこれまた一風変わった色を呈示しています。粒子コアとはいわゆる核子の中身ですから、クオークはバリオンやメソンの中に入っていると思い込んでしまった様です。大学入試に一番小さな粒子は何かと問われて電子と答えるとバツになるから腹が立ちます(地球では正解はクオークらしいのです)。

 

 一方、二種類の電子には電荷の色を変える事が無いのでクオークは存在しないらしいのですが、物理学上では昔から電子に関する大問題が存在します。イギリスのデラックは何と馬鹿げた事に陰電子と陽電子が出会うと対消滅が起こって反粒子消滅を起すという仮説を打ち出したのです。任意の空間にγ線を打ち込むとソフアの中からも机の中からも陰電子と陽電子がそれぞれ忽然と誕生して来るのですが、陰電子と陽電子が出会うと忽然と姿を消してγ線だけが出て来るというから、もう笑ってしまいます。それは男性と女性が出会って対消滅したと言っている意味なのです。その対消滅概念とは(+1)と(-1)が出会えば零になると言う方程式概念の発想であり、そんな架空話を物理学に持ち込んではいけませんね。陰電子と陽電子は結合して夫婦に成ったのであり、互いの電荷が相殺されて零状態に見えるだけの話(電荷が相殺されると電子は観測不能となる)、存在そのものが消える訳がありませんね。互いに結合すれば少しは振動してγ線が出て来ます。この理論が進んで後に反陽子と反中性子が発見されるのですが、反陽子とは陰子(イントロン)の事であり、また反中性子とはプロトタイプの陽子の事であり、これらを互いに結合させても原子質量に変わりは無くアニヒレーションなど起こっていないですね。当然反陽子爆弾など夢想家の人間のデッチ上げ話です。

 

 さて、惑星コア(D-重合体)そのものが一つの巨大な元素(重列元素)、その巨大元素の核崩壊(核分裂反応)によって100種の元素群が誕生して来ます。コアから分離した超ウラン元素群がその系列崩壊の途上行程で取り敢えずの安定を保った物が100種の元素群として現れており、それぞれの元素は徐々に崩壊を続けて最終的には元の水素ガスに戻って行くのがその運命、その様な意味では粒子運動にもその限界があって元素も永久的な存在ではありません。気の粒の寿命も約300億年と定められており、人間王国が誕生してから、約1000億回にも上るメシア球のビックバン再生が行われて来ましたが、いずれの時代でも粒子の運動寿命は一緒、我々には地球が辿る運命など目に見えていると言えましょう。女性が生き生きとした生気に漲(みなぎ)り溢(あふ)れて美しく居られる期間は短く、それは桜の開花期間と一緒、人生行程に於いて最も輝ける期間だと言えます。桜の様に長い長い再生期間があるから、一瞬の躍動期に爆発的に開花できる訳ですが、その短い開花期間をできるだけ有意義に過ごしたいものです。しかし、生と死の循環を繰り返しながらも宇宙進化(縦の進歩)は続いており、新しく再生する度に生命進化は少しづつ発展して行きます。

 

 夜空に炸裂する打ち上げ花火の様な一瞬間の輝き、その束の間の期間に地球は生命を肥やし進化の末に人間を造り上げて来ました。皆様は気が付いていないかも知れませんが、皆様の意識や心の根底には過去世宇宙の伝統が生き着いており、何度も人間を繰り返して何度も宇宙を見て来たかすかなその記憶が存在している筈です。その記憶と照らし合わせれば、我々が言っている事が本当なのかどうか本能的な判別が着く筈、過去から現代にまで続いて来た人間進化の道程に思いを馳せて欲しいと思います。現在の地球は本来の地球の姿ではありません。今の社会は陽化馬鹿の浮かれた世界であり、全滅間際の軽挙妄動なる虚しき社会に皆様は生きています。人間進化は人類世界を真っ二つに分けており、多くの者達が劣化して母星と一緒に滅んで行く事でしょう。生き残れる者は優化したほんの一握りの人間だけだと、いつの世でも相場が決まっているのです。惑星寿命と人類寿命は必ずしも一致している訳では無く、生を存続させる事が可能な天体は銀河にはまだ沢山在ります。地球人として生きるのでは無く、銀河人の一人として新しい舞台で宇宙人生を歩む夢を是非摑み取って欲しいものです。

 

 粒子にまつわる話から偉く飛んでしまいましたが、如何に地球科学がお馬鹿なのか、数学者によってグチャグチャにされてしまった科学の実態を分かって頂けた物と思います。プランク定数、磁気モーメント、エンタルピー、ゲージボゾン、ハミルトン原理、それらの用語は一体何を指しているのでしょうか。原子核のスピン率を出して、磁気モーメントや電気四重極モーメントを計算して、それが粒子を理解する為の一体何の役に立っていると言うのでしょうか。東大生が一番尊敬する相手がアインシュタインだと言う話ですが、世界で一番優秀な日本人が西欧アンポンタン科学にここまで洗脳されているとは、我々も驚いている次第です。「龍神島民族の持ち前の能力が元に戻るのかなー」と一抹の不安を感じざるを得ませんが、元々優秀な民族だから多分大丈夫だろうとは思っています。とにかく西欧科学を一日も早く捨て去らないと未来の足音すら聞く事が出来ませんし、今後彼等とは付き合わない事でしょうか。