水の惑星の末路(その2)

<陽化現象>
「万物は必ず陰から始まって陽の方向へ流転する」という原理は宇宙の第一法理(陰陽の第一法則)、この世の森羅万象がこの法理に基づいて具現し輪廻しています。この法理の意味は、如何なる自然現象も逆行程は起こらず、必ず陰から陽へ向かう一定方向にしか進んで行かないというものです。時間の経過が過去から未来へと一方的に流れる様に、あるいは子供の成長が老人の方向にしか進まない様に、はたまた光や電流の方向も一方通行であって、バックして行くという逆流現象は決して起こりません。未来から過去に戻る事も出来ないし、老人が子供に戻る事も出来なければ、一旦放たれた光線や電流線が途中で引き返して来る現象も起こらないのです。当たり前の道理ですが、この法理をしっかり頭に叩き込んでおかないと、数学者の様に逆行程もあり得ると考えてしまい、軽挙妄動のカオス世界に陥ってしまう事になります。入射した太陽光線が鏡面に当たって反射する現象を見て、逆方向もあり得ると解釈するのは中学生頭、反射して光線の方向が変化しただけの話であって、その現象は光線がバックして行く現象ではありませんね。光線はいついかなるときも真っ直ぐ進んでいるのです。同様に、雨が空に向かって降るとか、太陽が西から昇って東に沈むとか、川の水が山頂に向かって流れるとか、そうした現象は自然界では原則として起こらないのです。こうした陰陽哲理をちゃんと身に付けていないと、虚と実が複雑に交差する鏡像世界では物事を180度正反対に解釈してしまいがちです。我々の大宇宙を構成する物質は気の粒(サイ粒子)のみ、それが右巻渦と左巻渦に分かれて様々なメロディーを奏でるのがこの物質世界です。真理は至ってシンプル、良く考えれば誰もが納得出来る宇宙なのです。

重力が向心する渦巻の中心点に重水素ガスが圧縮されて星のコア(渦巻の中心物体)が形成されると、今度はそのコアが分解して行く行程において100種類の途上生産物(元素)が出現し多様な物質世界が開花するものの、それらの元素群は更に分解されて結局は出だしの水素ガスに戻り、更に最終的には元の気の粒に帰納してしまうという行程が宇宙の現実なのです。大きな岩石が砕けて小さな石が出現しますが、その石も結局は砂粒化して纏まった自己の形態を解いてしまいます。そうした現象を我々は「陽化現象」と表現しているのですが、間延びしたゴムの如く、陰の力(一塊を形成する力)が弱まって陽(完成=死=崩壊)の方向に向かってしまいます。別に岩石だけの話では無く、この世の万物万象が陽化の一途を辿っており、終わりの方向に向かっているという話です。

物質の三体とは「固体(陰)」「液体(陰陽混合)」「気体(陽)」の事ですが、仏法哲理では「中諦(ちゅうたい:陰)」「仮諦(けたい:陰陽混合)」「空諦(くうたい:陽)」の三諦と表現されています。神語では陰(フケ)陽(ホケ)の流転で出現する物質の形態変化を「固体(フオ)」「液体(ヘオ)」「気体(ホオ)」と表現しており、万物の陽化現象の事を「ホオヨ」と呼んでいました。神語とは古代の人間王国言語(57音文字)の事ですが、陰陽哲理はこの時代から現在の宇宙まで受け継がれて来ました。頑に自己の形を維持しようとする中心力を持った状態を固体、その固体に陽が芽生えて流動性を帯び活性化した状態を液体、その液体が更に陽化して個々の分子活性が最高潮に達した状態が気体だという哲理ですが、物質のみならずあらゆる現象がこの哲理に当てはまります。

例えば人間社会を例に上げると、最初は中央集権的な絶対支配の封建政治(中諦)、それが徐々に陽化して(緩んで)法治体制の民主政治(仮諦)となり、更に法治体制が崩れて個人が勝手に生きる統一性が無い無法政治(空諦)へと変化して行きます。一個の岩石として、一つの国として、一つの民族として、纏まっていた全体力が緩んで岩も国も人も気体分子の様にバラバラになって行くのが陽化現象であって、早い話が一つの生命形態の終わりを意味しています。純陰(種)のままならば発芽もせず木としての成長もありませんが、そこに本質の陽が芽生えて木の成長が始まります。陰陽の混合状態を長く保持する為には陽化は徐々に進ませるべきもので、急激な陽化は頓挫や破滅を招いてしまう事から、陰の力を失わない様な生き方(徐々に陽化させる)が理想とされています。

生まれた時から愛情を一杯注ぎ込んで、欲しがる物は何でも無制限に与えて、嫌がる物は与えないし、子供には義務を押し付けないという「躾」も「教育」もヘッタクレも無い育て方をしてしまえば、その子供は「陽化馬鹿」となり、社会に適応出来ない破滅の人生を送ってしまいます。苦しくなったらすぐ会社をやめて、社会の法規に呪縛されている自己の運命を呪い、生き甲斐を求めてテロ集団の傭兵となるとか、挙げ句の果ては絶望して「死」を選択してしまう様なそんな陽化人間を一杯育ててしまったら、それは国や民族の末期症状に他なりません。人体の体細胞の中に体の命令に従わない「癌細胞(陽化細胞)」が誕生すると、その癌細胞は日々増殖して、結局のところは組織を摘出しない限りは癌病から逃れる事が出来ません。現代社会を蝕む陽化馬鹿、彼等は「癌」なのです。

銀河系の先進国では子供は国の機関が育てるものであって親が個人的に育てるべきものでは無いというのが普通です。乳飲み子の期間が過ぎれば子供は専門の学校に預けて集団で養育されるもの、厳しく躾けないとまともな大人に成長しないからです。それぞれの親が子供を育てるのは動物界の通例、そんな非文化的な動物社会は未来的ではありませんね。子供はその民族や国の宝物、原則的に親の個人的な所有物ではありません。だから国家全体で育てている訳です。人間の急激な陽化を防止する為に、どの国家でも色々な政策が取られているのが通常であり、最初から間延びしたゴムは使ってやりたくても使えないのが正直なところでしょうか。子供に対する親の愛とは義務と責任が伴ったもので無ければなりません。甘やかす事と愛情は違うんですね。

地球は既に陽化が極まった状態であって、両極の氷が融け出して液化し、更に海水が蒸発して気体化が進んでおり、地球大気は膨大な量の水蒸気を抱えている状況です。そもそも温暖化とは陽化の事であって、気温が低い状態を陰、高い状態が陽なのです。水の惑星は低温状態では無く高温状態で幕を閉じるのが普通です。気温がどんなに低くても生物は生きられますが、その反対の現象には限界がある事は承知の通りです。気温が上昇したから水蒸気量が増えたのではありません。大気圏を圧縮する重力圧が弱まったから気化が一挙に進んで水蒸気量が桁違いに増えたのであって、重力が高い状態が陰、低い状態が陽であり、重力の減退もまた陽化現象の一つなのです。地球型惑星群は太陽に近い順番で渦磁場を解いて行く(死んで行く)のが一般的であり、水星が死に、金星が死んで、その次は地球の番であると定められています。母星の死期にも気が付かない西洋アンポンタン科学、一体何の為に高い税金を注ぎ込んで連中に科学者をやらせているのでしょうか。

 

<末路のパターン>
銀河史を分析すれば、水の惑星の末路には二種類のパターンがあって、いずれの場合も最後の止めは重力崩壊(渦磁場崩壊)ですが、それ以前に大災害が生じて滅んでしまう場合もあります。地球については後者の可能性が高く、大気圏が健在なうちに生物が住める環境では無くなってしまう事があります。米国カリフォルニア州の沿岸部から内陸のロッキー山脈に至る一帯は、マントル対流の中心直進流がぶつかる衝突点に当たり、地底岩盤が削られて地球上で最も地殻が薄くなっている領域です。普通、地殻の厚さは平均で100kmもあるのですが、米国のこの一帯だけが地殻の厚さが平均8kmと薄く、中には厚さが5kmの所もあります。仮にこの地帯に大地震が発生した場合、地殻岩盤が大崩落を起こす危険性が高く、ここを起点として地球全体の地殻がマントルの中に引きずり込まれて行く可能性も考えられます。陸地も海洋もマントルの中に崩落し、地表はあっという間に火の海へと変貌してしまうでしょう。カリフォルニアの地殻崩落を懸念して担当創造主のセザナ神は「動力バリア」を張っていましたが、我々も七層の「圧力バリア」を追加しており、不如意の崩落を食い止めている状況ですが、いずれのバリアも物質バリアでは無く軟弱なアストラルバリア、大きな地震が発生した場合は止めようがありません。また、この一帯にあるヨセミテ国立公園にはスーパーボルケイノが存在し、そのマグマ道に火が付く事も考えられます。もしカリフォルニアに大地震が発生すれば、日本国は800mの大津波に襲われるばかりか、その直後に国ごとマントルの海の中に引き摺り込まれて姿を消してしまうでしょう。3年前にカリフォルニア湾に、Mgに換算して「12.0p」の岩盤の圧力点が発生し、それは我々がガス抜き作業を行って解消させましたが、今年の11月にも今度はカリフォルニア沿岸部に「10.3p」の圧力点が出現した事から、地震が発生する前に軍団が出動して圧力を分散させました。我々に取っては冷や汗もののカリフォルニアでしょうか。

地球人類がたった一発で滅んでしまう脅威は、やはり地球近郊の太陽系の超新星爆発です。地球の太陽もしかり、お隣のα-ケンタウリもしかり、シリウスも危険な存在です。マクロ宇宙の創造主達に何度も太陽の超新星爆発を引き起こす装置を仕掛けられて、それを頻繁に外して地球を護って来た我々ですが、一昨年(2016年)のクリスマスに発生した太陽のスーパーフレアには肝を冷やしました。幸い地球とは反対方向に炎が吹き出してくれて人類は災難を免れましたが、あまりにも身近な目の前の事象なので、スーパーフレアが発生してから気が付いたという情けなさでした。もし、地球の公転位置がスーパーフレアと合致しておれば地球は800万度のフレア光を直接浴びており、地表は何もかもが焼け焦げていたでしょう。超新星爆発の衝撃波が10億度にも達する事からそちらの方にいつも神経を尖らしていたのですが、スーパーフレア光の直射を浴びても地球人はイチコロ、全滅の種がそこら中に転がっています。

日本国の地殻の厚さは500km~600kmもあるのですが、巨大なマグマ溜まりが周辺に四つもあって、地震列島の異名を頂いております。また長さが6000kmにも及ぶ世界第二位の大地溝帯(中央構造線)が列島を縦走しており、昔から常に地震の脅威に晒されて来た経緯があります。先月も茨城南断層や東海沖や南海沖に溜まっていた岩盤圧を解消させたばかり、特に茨城南断層の圧力ポイントは「12.0p」を遥かに上回っており、関東を壊滅させてしまう寸前でした。しかし、よそ見をしている間にも圧力は急激に上昇するもの、我々もチョコチョコ観察していないと、とんでも無い事が地下で起こっているケースが多いのです。今は小笠原マグマ溜まりが活性化しており、阿蘇山(中岳や新燃岳)に通じるマグマ道から放たれたガス圧が四国沖の海底岩盤に溜まっている状況、既に「10.0p」を超えており、軍団も注視している状況です。そんな事を何も知らない地球の科学者達は、「30年以内に地震が発生する確率は60%」などと間抜けた発表を繰り返しています。何ですかその発表の仕方は!!

仮に日本国に大地震が発生しても日本国民の全部が滅ぶ事は無いと踏んでいますが、太陽に異常が発生したり、カリフォルニアに異常が発生すれば地球が丸ごと終わってしまう可能性があって、脱出の準備作業を進めている我々に取ってはこれまで発汗して来た事が全て報われず徒労に終わってしまいます。地球の末路に関しては出来れば普通の終わり方(重力崩壊)で逝って欲しく、頓挫する様な予期せぬ事故死にはなって欲しく無いと思っております。いずれにしても地球の最後が刻々と迫っており、遅かれ早かれ地球の運動寿命が尽きる日が訪れます。どの道地球単位の全体消滅であって、個人がどう足掻こうが逃げ場など無く、今更ドタバタしたところでどうにもなりません。死んでも死んだ事にはならない宇宙である事を信じて覚悟を決める事でしょうか。我々の科学力を持ってしても確かな地球の終焉日を計算出来ません。ただ、12月10日に太陽磁場圏の第10磁界と地球磁場圏の第12磁界のグリッド線合致が起こりますが、それがブレーキとなって、以後地球渦流の本格的な衰退現象が始まるだろうという予測を軍団computerが弾き出しております。尚、衰退現象が始まるだけの話で、すぐに重力崩壊が発生する訳ではありません。

 

<人間輸送の問題点>
これはもしブメデジから輸送船が地球に到着したらという仮定の話ですが、超伝導磁場対策の他にも大きな問題が残っており、これには我々も頭を悩ましている状況です。それは小さな子供や乳幼児を抱えた若き男女を搬送する問題です。ブメデジ-地球間の距離は約42万光年、フル速度で航海をしても(途中で酸素吸入の為に他惑星に一度降りる予定)片道約9日間の航海日数が掛かります。当然9日分の食料やミルクは持参しなければならないのですが、問題は輸送船が地球磁場圏や太陽磁場圏を振り切って銀河磁場圏の中を航行するという事であり(自己の心の領域外に出てしまう)、基本的に第二解脱を果たした銀河磁界の同会者でなければ航海中に心を稼働されられずに植物状態に陥ってしまうという大問題が残っています。船内位相を装備している事から体がすぐ死に至る心配は無いのですが、航海日数が長い事からベッドに横たわっている子供や親達に水分や栄養の補給が出来ずに、小さな子供は結局そのまま死んでしまう可能性だって考えられるのです。つまり、銀河の悟りを開いた優秀な人間ならば銀河ヌクヒブイ動帯を使って心を稼働させられる事から、船内で倒れる事も無く覚醒していられるのですが、宇宙の話も聞いた経験が無い若い生命には「第二解脱」は途轍もない大きな壁であり、100人乗せれば100人が無意識状態で倒れてしまい、水も食料も自力で取れないしトイレにも行けない状況となります。それでも航海時間が2日間ならばなんとかなるのですが、9日間も時間が掛かるのであればブメデジに着いた頃には全員が生死の境を彷徨っている事になります。医療道具を乗せて医者や看護師を同伴させたところで、その医者や看護師が倒れてしまうのは見え見え、今の地球人で第二解脱を果たしている者は極一握りであろうと思われます。つまり宇宙教育を受けて頭が割れている者しか原則として宇宙船には乗れない訳ですが、今更教育を施している時間的な猶予が無い事から何か良い解決策が無いかと思案している状況です。

銀河の覚醒同会者は地球にいながらも銀河系磁場圏の心を稼働させて、いつの間にかそこでものを考えて判断作業を行っていますが、銀河史も知らない純然たる惑星人の若者が突然銀河系で心を営む事は天地がひっくり返っても無理、彼等は地球磁場圏の心しか稼働させた経験が無いからです。それでも銀河系の宇宙情報を学べば本人が気が付かないうちに銀河同会を果たしている者もいます。脱出希望者は円盤に乗り込む前に簡易的な宇宙教育を受けせさて頭を割らないと無理だろうと思っています。でも小さな子供や赤ちゃんに宇宙教育を施したところで頭が割れる筈もありませんね。そもそも赤ちゃんや子供を宇宙船に乗せた記録は銀河史には無く、彼等は基本的に乗せられない生命段階なのです。死に行く惑星に子供だけ残して親だけを乗船させる事は不可能な話であり、なんとか是が非でも子供ともども親達を連れて行きたいというのが我々の願いです。

もしブメデジに2万5000人の若者を搬送するとなると、一番厄介なのが船内位相の準備と惑星位相の準備です。頭が割れていようがいまいが、生身の人間がそのまま宇宙船に乗り込んで地球磁場圏を離脱した場合、命のコードであるズザネ管が身体から外れて突然心臓も呼吸も止まってしまいます。位相から流れ込む自律神経電流が途絶えてしまうからです。従って、歴代の宇宙人達は船内位相を装備して、乗船と同時に船内位相と連結させます。その状態は惑星ズザネ管と船内ズザネ管がダブって入力されている状態ですが、磁場圏を振り切った瞬間に惑星ズザネ管は外れてしまうのですが、一瞬心臓は止まるものの、1秒後には船内位相の自律神経電流が身体に流れ込んで心臓を動かしてくれます。しかし、ブメデジに到着してもすぐに円盤から降りる事は出来ません。惑星位相が無い為に、円盤から降りた瞬間に心臓が停止してしまうからです。ブメデジに移住する者は先にブメデジ霊界に自己の位相を用意していなければ円盤から外には出られないのです。

移住対象者が決まれば、その一人一人の生命型をチェックして、それと同じ型の船内位相と惑星位相をあらかじめ用意してあげる必要があります。軍団に取ってはそれが一番厄介な作業でしょうか。なぜならば一人の惑星位相を用意するのに約一ヶ月間の時間を要するからであり、地球を脱出する前に事前に整えていなければならない代物だからです。宇宙空間はもともと神々や創造主の意識空間であり、生身の人間がうろつける様な人体に優しい空間ではありません。太陽系外は常にマイナス230度の無重力の真空空間、もし宇宙船の生命維持装置が故障すればあっという間に死んでしまうのです。単純頭の西洋人は円盤に乗れば宇宙のどこにでも行けるものと考えている様ですが、だから単細胞頭のパッパラパーだと言わざるを得ません。ハードの宇宙船を開発するのも大変ですが、生身の人間を輸送する事の難しさは例えようも無く、SF頭の妄想人間が思い描く様な簡単なものではありません。神様や創造主の力を借りないと何も出来ないのが人間であって、生かして貰っている事に人間はもっと感謝しなければならないでしょう。

死ぬのは簡単な話なのですが、生きる事の方が大変辛く厳しく、そこには天国もあれば地獄もあります。地球を脱出し、他星に逃れてそこで生きる事が果たして幸せなのかどうか、それは個人の考え方次第、生きる事とはもともと辛いもの、だからこそ意味と価値が出て来るものです。地球から人間が無事脱出する事が本当に出来るのかどうか、それは実際にやってみないと分かりません。我々としても一種の賭けであって、円盤内の環境問題や位相問題や心の問題が全て解決したとしてもブメデジで生きて行く為にはそれ相応の準備が必要であって(無事到着出来ても現地には食料が無い)、国家の理解と協力が無ければ無理だろうと今のところはそう踏んでおります。僅か2万5000人の若者達の命を存続させる為に、銀河をひっくり返す様な裏方の努力が無いと脱出させてやる事が出来ないという現実、でももし無事に移住出来て、彼等がブメデジに根付いてくれたら、彼等こそ天の川銀河系の主人公、人類が夢に描いて来た未来宇宙を担う者達となります。地球文明が決して無駄花では無かった事を彼等が証明してくれるでしょう。そうなれば我々にも払った発汗量に見合うだけの「成果」が得られる事になります。

三諦概論

 本日は陰陽哲理の「三諦論(さんたいろん)」について説明しようと思います。回転運動の様な循環を刻むもの、あるいは球体を呈するものを表現する為には「四諦論(したいろん)」がベースになりますが、直進運動の様な無限に連鎖を刻むものや、縦に垂直に伸び行く様なものは、基本的に三諦論が適用されます。一体何の話なのかさっぱり分からないと思いますが、回転運動や球形物もしくは球体物の推移の仕方には、それらを陰陽等分する分割線が必ず存在し、それに従って陰の領域と陽の領域という二つの区分に分割が可能であり、更にそれらの領域をクオーター分割する副分割線も存在し、最低二ないし四に区分する事が出来るというのが「陰陽論」もしくはその応用である「四諦論」です。

 四つの因子に分けられるものと言えば、代表的なものでは東西南北の方位は勿論、春夏秋冬の四季、人間血液のOAB型の四因子などが挙げられますが、これらは全て回転もしくは循環を象徴するものです。人間の血液型がどうして回転と関係があるのかと言えば、それらは血球の本質的な違いを区分けする型であり、要するに回転磁場の四種の性質の現れ方の違いであり、いかなる磁場にも必ず存在するものだからです。

 磁場には中諦基質(春型基質=B型基質=東方基質)、仮諦基質(夏型基質=O型気質=南方基質)、空諦基質(秋型基質=A型基質=西方基質)、冥諦基質(冬型基質=AB型基質=北方基質)の四通りが存在し、必ずどれかの性質が具現するものです。人間の場合は、その本体である人間魂の性質が体細胞に磁化反映されますので、血球の型=人間魂の型と言っても構いません。血液型を陰陽分類すると、春夏つまりB型とO型が陰であり、秋冬つまりA型とAB型が陽となります。地球自身は一体何型を呈する磁場なのでしょうか?

 ちなみにこの私の人間魂の型式はO型であり、本来直情的な基質であって、単純馬鹿とも言える様ないかにも人間臭くほとばしる如き優しい情感の持ち主ですが、それは所詮肉体魂の性質であって、生命(心)本来の性質ではありません。心の型式は典型的な冬型基質であり、怜悧で冷めた情感を持つ極めて原理的な発想をする無機物的な孤高の生命体であり、人間離れした情感の持ち主だと言えます。夏型の肉体と冬型の心を持つ極めてアンバランスな両極人間、それが私の特徴と言えます。

 さて「四諦論」とは磁場の型式の現れ方ばかりではなく、回転運動そのものが実効力を呈する陰の作用運動と、惰性力の陽の反作用運動に分かれており、更にそれらを二分割して四つの行程に区分したのが「四諦分類」であり、必ず中諦(春)から始まり、仮諦(夏)や空諦(秋)を経由して冥諦(冬)に至って一周を終え再循環の途に就きます。陰の作用行程とは中諦と仮諦であり、また陽の反作用行程とは空諦と冥諦の二種の行程の事です。回転運動の真実の姿は、四辺と四角を備えた「四角形運動」がその原点運動であり、行き道の中諦ベクトルと帰り道の空諦ベクトル、並びに行き道の仮諦ベクトルと帰り道の冥諦ベクトルの方向は180度正反対であり、両者は極性の違いの如き著しい違いを示します。その理屈は血液型のB型とA型の違いと、O型とAB型の違いと一緒のものです。

 ところで、生命位相に転写された生命記憶(意識=心)は、天体磁場を縦に一方的に垂直移動するものであり、過去から未来へ向かう西暦時間や数字の演繹的な広がりと同様に輪廻循環をしないものの一つです。しかし心を焼き付ける場である天体の「磁場位相」は輪廻転生を繰り返すものであって、立派な循環運動であり、「四諦論」で説明する事が出来ます。勿論これは人間の正確な生まれ変わりは原則的に無いが、それに近い輪廻転生は実際に起こっているという話に他なりません。

 科学が唱える物質の三態とは、固体(中諦)と液体(仮諦)と気体(空諦)の三態であり、多くの物質が明らかに異なる三種の形態を取る事から「物質の三態」と呼ばれています。物質に近い下等な生物も、その成長行程に於いて明らかに異なる三種の形態を示すものであり、幼虫ーさなぎー成虫の三態は別に昆虫だけの話ではありません。これらは人間で言う子供ー大人ー老人の違いと言えるものですが、いつもながら感じる事は、一番最後の行程が抜けている事であり、固体(子供)ー液体(大人)ー気体(老人)の次に来る生命行程が入っていません。これならば物質も生物も老体もしくは老人で折り返しの途に就く事になり、老人の次に赤ちゃんとして再誕生するならば永遠不滅の寿命を持つ事になってしまいます。

 固体ー液体ー気体の次には「霊体」という帰納行程が存在し、運動によって出現するかりそめの実態を解いて本来の姿に戻る行程、つまり零化の行程が必ず存在します。再生が可能な水蒸気分子も、いつかはその分子構造を解き、単体の原子単位へと帰納するばかりか、その原子ですらその構造を解いて素粒子化する事は勿論、その素粒子だっていつか必ず気化して気の粒に戻る日が訪れるのです。元々特定の実態を持たない惑星の磁場位相が地上の生物魂を支配して、そこで逆に我に目覚めるのが生物生命の基本です。

 つまり肉体と位相(心)は一緒に成長行程を歩みますが、ほぼ永遠の寿命を持つ心に取って肉体の運動寿命は余りにも短く、いつも成長の途上でさようならを告げねばなりません。貴方の意識とは元々地球の磁場位相に単体で存在したものであって、霊体行程(冥諦行程)とはその本来の単体形状に戻る行程を指しているのです。成仏するしないは別問題として、地球の磁場位相が、肉体死を境にして本来の位相の形態に戻るという生命行程を見落としてしまえば、目に見える物質(肉体)だけが全てという極めて狭い唯物的な生命観で生きねばならないのです。というより「我とは何ぞや」が理解出来ない、動物と余り遜色の無い知恵遅れの生き物を続ける破目に陥ってしまうのです。その様な意味では西洋哲学に「四諦概念」が無いという事は致命的な事であって、それは正確な零の概念が無い事と一緒の意味なのです。零とは「本末究境等」の意であって、元の形状に戻って等しくなるという意味に他ならなく、それは回帰循環する生命の冥諦行程を語ったものだと言えましょう。

 生命行程である「四諦行程」は、それぞれが三つの段階に分離が可能であり、四×三=十二の行程に分割する事が出来ます。いわゆるこれが仏法十二因縁であり、易学でいう十二支であって、西欧占星術でいうところの十二星座の事です。これらは本来、渦巻きの十二渦層もしくは渦磁場の十二磁界を意味するものです。固体である中諦は、子(水瓶座)、丑(魚座)、寅(牡羊座)というB型基質(春型)の三種に分かれ、液体である仮諦は、卯(牡牛座)、辰(双子座)、巳(蟹座)というO型基質(夏型)の三種に分かれ、また気体である空諦は、午(獅子座)、未(乙女座)、申(天秤座)というA型基質(秋型)の三種に分かれ、最後の霊体である冥諦は、酉(蠍座)、戌(射手座)、亥(山羊座)というAB型基質(冬型)の三種に分かれて、それぞれ特徴的な生命行程を具現しています。

 輪廻循環する一日のサイクル時間を、下等な動物に取っては夜と昼という「二諦分割(陰陽)」で充分かも知れませんが、少し高等になると、朝昼夕夜の「四諦分割」が必要であり、それによって取る行動も異なります。しかし人間に取って時間の四分割は余りにも大雑把であり、人類は昔から時間の十二分割を基本として生活して来ました。現在では二時間単位の悠長な生活は時間の浪費と考えて、現代人はその倍の二十四分割で時間に追われながらあくせくと生活しているのが現状ですが、昔から睡眠時間の比率は変わらず、人間生理に適った時間配分は十二進法が基本と言えます。