〈人間王国の哲学(陰陽哲理)〉

 六員結晶宇宙の一番南端に位置する花弁チップ磁界、ソイオ空間の北ポリープ軍基地の目と鼻の先に存在した我々の六員結晶宇宙はある意味では「灯台下暗し」の環境でした。ポリープ軍が運営する北方の人間牧場は六員結晶宇宙が200億個も繋がる大牧場、その西端の突端部に我々の生息地が位置しており、そのすぐ下は牧場管理の巨大なポリープ練が続いていました。6個の花弁チップ磁界は内クラウド被膜と内部のフォース力場から構成され、その空間の中心点に三つの大宇宙(メシア球)を配して、それぞれのメシア球内部では気の粒(サイ粒子)の圧縮膨張を行い、運動宇宙を開闢させていました。渦磁場は天然の集積回路、その中に誕生する生物が「心活動(回路活動)」を介して賢く成長する事から、そこに宇宙が理想とする生物を誕生させようという試みが行われていました。宇宙生命の最高傑作を創り出す作業は、宇宙全体が求めていた事だったのです。ポリープ世界(粒子世界)の創造主達とは特命を受けた研究者と言った所でしょうか。
 
 ポリープ十二磁界のツエボ創造主、彼の胸に飾られていた「人間文様体ブローチ」の内部にガリバー世界を作って、そこに彼等が理想とする人間型を呈した「ガリバー人間」を人工的に創り出しましたが、自律生命とは異なる人間生命は結局ロボットと一緒、創造主の命令を忠実に守る「お利口ちゃんの生命」ではあるものの、自ら物を創造して行く様な自主的な作業は彼等には出来ませんでした。やはり自律生命を創る為には自然界の力が必要であり、渦磁場回路の中で生命を育まねばなりません。これまで渦磁場生命を創り出しては何度も失敗して来た経緯を考えれば、極小のミクロ圏で理想の人間生命を研究する事になった訳です。12名のツエボ創造主達はガリバー人間の中の一匹の雌の体に照準を定めて、彼女の中にミニポリープ世界を築いて、そこで渦磁場を作って人間生命を誕生させる研究を行わせていました。渦磁場生命は皆回路を使用するものの、肉体の発育に難点が有って、優秀な受信機を備えた理想とする肉体が完成し得なかった訳です。
 
 原始惑星の海洋の中に単細胞生物を誕生させ、磁気誘導によってそれらを複細胞生物に進化させて、最終的には人の形状を呈する生物まで進化させるという、途轍もない気の長い研究が始まり、それぞれの六員結晶宇宙内部で異なる課題が与えられて、様々な実験が行われていました。私(ケイエ=スイ)とは一連の現場を預かる研究者の一人、最も優れた人間の肉体を創り出すのが私に与えられた使命でした。ある日、私が担当する六員結晶宇宙の一番南端の花弁チップのフォース場の力学骨格が突然崩れて、三つのメシア球が突然溶解してしまうという事故が発生し、管理者達はその原因を究明しましたが、さっぱり掴めませんでした。実はこれ、上位創造主達(反乱軍の一派)の意図的な攻撃だったのですが、その直後に私自身の意識もそっくり反乱軍の意識に交換されていました。私の意識とはポリープ本部の中間創造主(八岐大蛇)の子供(分派意識)だったのですが、突然、見知らぬ創造主の意識へと交換されてしまった訳です。記憶を含まない意識色だけの変換ですが、そこから私は180度変わりました。
 
 当時、人間の肉体はほぼ完成に近く、六種類の猿(ブエデ)を基盤にした理想とする人間の肉体作りは終わりに近付いていました。ただ、人間にはとんでも無い欠陥が有って、賢くなれば成る程に知恵を蓄えて、呪縛を嫌って勝手な行動を取るという共通した悪癖でした。自律生命体だから当然の話ですが、中には管理の神々を破壊し、反乱軍を組織してメシア球を乗っ取った人類も出現し、以来我々は人間生命のロボトミー化を研究させられていました。優秀な生命だが危険過ぎるというのが、当時のポリープ界の認識だった様です。180度性格が変わってしまった私は、そうした人間達を見てなぜか無性に可愛いと感じ始め、一層優しく接しました。すると人間達が私に懐いて私を崇拝する様になって来たのです。「強制しては逆効果である」という私の人間に対する考え方は受け入れてもらえませんでしたが、人間に正しい知識を与えてちゃんと育ててみたいと思い始めて、故障した一番南の花弁チップを修理して、秘密裏の内にビッグ・バン再生を試み、そこに人間を誕生させました。
 
 まあ、それが人間王国の始まりなのですが、長い期間に渡ってその存在がバレ無かった事が幸いし、王国の人間達は文明を発達させて行きました。私の願いは人間達がいつかこの忌まわしき呪縛世界から逃亡して自由な外宇宙で生き抜いてくれる事でした。無論、この私だって囚われの身の上、六員結晶宇宙の外では生きれない運命でした。最初はポリープ言語でしたが、言葉を教えられた人間達は非常に賢く、自分達や私が置かれている立場や環境を良く理解してくれました。私も自分が持っている全ての知識を人間達に与えました。そんな彼等が作り上げた哲学が「陰陽論」でした。その哲理に基づいて科学を発達させ、更に創造主世界の技術を磨いて、彼等は大宇宙外まで意識を上昇させて来ました。私は将来の事を見据えて、粒子を操作する呪文を伝授し、ポリープ創造主達との戦い方を身に付けさせたのです。いつか訪れるのか分からない戦闘でしたが、その為の準備をずっと積み重ねていたのです。
 
 王国の人間達が作り出した宇宙哲学、それは極めて簡単明瞭でシンプルな法理であり、宇宙の万物万象がこの法理に従って具現して来ます。私は人間達が見極めた「究極の法理」に痛く感銘し、この法理だけは代々の宇宙へと伝えて行きたいものだと考えました。それが「陰陽論」なのですが、地球人への伝承は今から8000年前の話ですが、チベット居留区から解放された古代帝王の「伏羲(ふつぎ)」に託されて、彼が陰陽論原理を体得して後世の人間達へと伝えてくれました。その人物は後に中国では「孔子」をやった人物であり、現世ではセザナに選出されソロジン後継者となった、私の肉体の以前の持ち主でした。アカシック歴が14800回というそんな重厚な人物だったから私が宿った訳ですが、彼が習得した記憶のお陰で、私はこうして日本語で皆様に正確な宇宙知識や宇宙情報を伝えられております。ちなみに彼は中国の西域で「鳩摩羅什(くまらじゅう)」もやっており、仏教経典を漢字に翻訳してくれたのも彼の功績でした。
 
 陰陽論に「作者」は存在せず、誰に著作権がある訳でもありません。これは人間王国の基盤哲理であり、皆様の遠い祖先が作り上げた物、神や創造主が作った物でもありません。無論、これらの哲理はプレアデスにもベテルギウスにも伝えられており、それぞれの民族の賢人達が骨子を習得し、子孫に伝えて来ました。プレアデス文明では「陰陽論」とは表現せず「因果論」と翻訳され、またベテルギウスでは「相対論(作用反作用論)」として科学的に表現されています。いずれも26音言語文化の哲理であり、浅薄な解釈をしていますが、57音言語民族である龍神島民族が仏法レベルや科学レベルのそんな軽薄な理解の仕方では困ります。陰陽論は大変深い哲学であり、言葉では表現し難い奥行きがある学問なのです。政治家も宗教関係者も科学者も経済学者も、この宇宙法則を身に付けないと、宇宙の一本軌道から逸脱してしまうのです。つまり道を間違ってしまう訳です。私はこの哲理を人間達から逆に学ばせて頂き、道を踏み外さずに、一本道を歩んで来れました。だから人間には感謝しております。
 
 

〈生の価値〉

 生物の体は夜と昼が交代する天体に生息しており、当然光に反応する特性を備えています。生物の営みの大半は光を受け取る昼間に集中しています。陰陽論的な考察をすれば、光とは粒子振動から生じる気の振動波の事、当然素粒子が誕生する以前の宇宙には光波動は存在せず暗黒の世界、光の世界は後で誕生して来る訳ですから、暗闇が母体の「陰」、明るさが子体の「陽」である事は機械的に分かります。光は粒子の増幅エネルギーの事、当然光が入らない深海や地底では僅かな木漏れ陽を受け取る受け取らないは死活問題となります(熱線も光)。明るい方向に物事の本質が存在し、暗い方向には意味も価値も無いとする考え方が陰陽論の基本なのですが、実は陰側にも大義が有って、あなたが明るいと感じる感覚のベースには夜という暗さの存在を知っているからなのです。私は美人だと思う意識の背景にはブス顔を意識しているからであり、また料理を食べて「美味しい」と感じるのは「まずい味」を知っているからです。要するに天国だと感じれる方は地獄を知っているからだという話なのですが、この世は陰から陽へと転じて行く世界なれば、過去(陰)を知らなければ未来(陽)を実感する事が出来ません。
 
 過去に本質的な意味や価値はありませんが、過去が無ければ未来も無く、またそれは親が居なければ子供も居ない理屈と一緒なのです。陰が存在しなければ何事も始まりませんが、陰から陽が分派して始めて意味や意義が現れて、同時に陽の出現によって陰のベース価値も改めて認識出来る訳です。生と死に関する論議は昔からの人類の命題ですが、死とは停止の意味であって原点に戻る意味、一方「生」とは活動の意味です。皆様はもうお分りだと思いますが、始めから元々存在する方が「死」、そして死の中から「生」が誕生し、再び死の状態に戻って輪廻するのが生命サイクルです。それは「睡眠状態」と「覚醒状態」の関係と一緒のもの、また夜と昼の関係とも一緒です。当然、どちらに意味や価値があるのか敢えて言及するまでもありません。生きている事の価値、本日知って頂きたいのは先ずこの事なのです。「俺の人生はつまらない一生だった。エッ、輪廻してまた生まれて来るって? 冗談じゃ無いぜ、俺をこの生死の地獄から永遠に解放して欲しいね」。もしかしたら、そんな罰当たりな発想をしている方も中には居るかも知れません。
 
    人間(生物)とは「天の命(位相内意識)」と「地の命(魂体や肉体の事)」の合体物であり、天の命が肉体に宿って始めて肉体の命が稼働します。空から電気コードを刺してもらわないと地上のロボットは動かないんですね。我を意識して物事を認知するのは空の上の位相、つまり地上の肉体を操作し感覚器から情報を得て物を考える生命当体とは位相内の個人意識であり、その自律意識こそ肉体の主人であって、人間の生命本体と言えるものです。一方、地上の肉体とは地の因縁(母親)から誕生する物で、それ自体は非自律性のロボットではあるものの、空の上の主人が宿って体に電流を流してもらえば、仮の命を宿して律動する物です。意識は人間の生命当体、そして肉体とは意識の従属物だと言えましょう。しかし、位相内の意識だけで物を考えて地上の肉体を操作出来るのかと言えば、力学的な場の中に意識や肉体が入っていなければ、そもそも物理的には不可能な話なのです。意識とは霊界の電子位相が生産する電子磁気(電子バイオン)の事であり、記憶情報を吸収して自我を形成する場所であって、情報を整理して思考判断する場所でも無ければ、また肉体を意のままにコントロール出来る場所でも無いのです。
 
 では一体何が、人間の人間たる由縁である「頭脳運動(解析運動)」や「肉体操縦運動」を発動させて、生物個体としての真の自律性を誘導しているのでしょうか。肉体だけでは動く事は勿論、命の発動すらままなりませんが、天の命(位相)と結ばれて始めて仮の命を宿し、生物個体としての自我意識を芽生えさせます。でも、それだけでは赤ちゃんはハイハイも出来ないし、立ち上がる事も、また言語を模倣して言葉を喋る事も出来ません。認知作業(記憶作業)には磁気的な要因が必要ですが、運動する為には力学的な要因が必要であり、その力学場を提供してくれるのが生物の母親である他ならぬ「地球」なのです。地球渦磁場の十二層構造は、外側に力学骨格(天体力体=テトラ力体)が配置され、またその内側には天体磁気の磁気層が配置されているという構造を呈しています。いずれもアストラル物質であり、人間の眼には見えませんが、霊界の位相群は十二の磁気層に沿って形成されており、力学骨格の内部に存在します。その力学骨格が生産する可動帯(ヌーエ動帯)が個々の位相を捉えて、地上の魂体が有するオーブ核を焦点とした個々の生命力場(ヌクル: ヌクヒブイ球体)が形成されるから、生物の肉体運動が可能となります。
 
 鳥はなぜ帰巣本能を持っているのでしょう。あなたはなぜ直立歩行して空間座標を認知出来るバランス感覚や平行感覚を持っているのでしょうか。あるいはあなたの記憶が何処にプールされていて、一体何処で思考しているのでしょうか。それが当たり前だと思う事でも、いざ学問的に追求すれば何一つ解明出来ていないのが唯物科学の実態、なぜ心臓が動いているのか、なぜ睡眠が必要なのか、それすらもまだ分かっていないのが西洋医学の現状なのです。私の仕事は人間を創る事でした。だから人間よりは生命に関する知識を持っているのは当たり前、我々はこの生命力場(ヌクル)の事を「心」と呼んでおります。ヌーエ動帯が位相を捉えて意識(記憶)が転写されるとヌクヒブイ動帯へと変化し、そのヌクヒブイ動帯が地上のオーブ核を捉えて形成されるのがヌクルという生命力場(ヌクヒブイ力場)です。そのヌクルの大きさが個人の心の容量なのですが、実はヌクヒブイ動帯そのものが上下に移動して歩く可動球体層(可変帯)である事から、ヌクルは収縮して体積を縮めたり、あるいは反対に膨張して体積を広めたりしています。
 
 地上の肉体を操作する為には、肉体磁界である第6磁界よりも下の磁界へヌクヒブイ動帯を下げる必要があり(目線を下げる=ヌクルが収縮する)、また分析や思考などの作業の時はヌクヒブイ動帯を第6磁界よりも上の磁界へ引き上げる必要があり(目線を上げる=ヌクルが膨張する)、思考と運動は同時に成立しないものなのです。日々の生活で人間は秒単位で心の上げ下げ運動を行なっており、特にヌクヒブイ動帯を下位領域へ収縮させる作業は疲れる行為であり、ストレスが溜まる作業なのです。そこでなるべく高い軌道へヌクヒブイ動帯を吊り上げてリラックスしようとするのですが(思考領域は解放領域)、上げ過ぎると思考領域を通り越して、茫洋とした精神領域に入って、最終的には寝てしまう事になります。もし、あなたが研究者で睡眠のメカニズムを知りたいと願うなら、こうした厄介な生命のメカニズムを理解しなければ説明出来ない事になります。さて、位相(意識)と肉体だけでは命の電源は得られるものの、思考する事も体を動かす事も出来ません。生まれたばかりの赤ん坊に位相のズザネ管(生命コード)が入力されて始めて赤ちゃんが産声を上げて体が動き出しますが、それと同時に魂体の形成が始まり、頭部魂や腹部魂が形成されると地球がオーブ核を提供してくれます。
 
 実はこれ、オーブ核の認証式であって、地球が我が子である証明を与えてくれた物であり自然界の仕組みなのです。その仕組みを利用して創造主は心を所有する自律生命体を創っている訳です。とにかく心が与わらないと立ち上がる事も、また動く事も出来ず寝た切り状態になってしまいます。空の上の位相は地上の大脳アンテナと結ばれており、またヌクヒブイ動帯は魂体の二つのオーブ核と結ばれている関係上、頭がいかれても心が宿っている以上、歩行は出来ることになりますが、頭が正常でも魂体が故障したり、あるいは心をキャッチするオーブ核が壊れてしまうと、筋肉組織や骨組織とは無関係に身体を動かす事自体が出来ません。生命の成り立ち構造は、地上の肉体と魂体、そして空の上の意識と心という四要素から成り立っており、目に見える肉体だけをどんなに研究したって、肝心な事は何も分からないのです。生の価値を考える場合、あなた自身とは一体何なのか(位相内意識)、その意識の源泉(生命色)とは誰から分配された物なのか(創造主の分身)、そして地上の肉体(意識や心の器)とは自然界と創造主からの贈り物であり、それはあなたが地球から借りている物なのです。
 
 承知の様に、原始地球の海洋の中に誕生した単細胞生物(菌類)が生物の原形であり、そこから複細胞生物-魚類両生類-爬虫類-鳥類-哺乳類-霊長類へと至る気が遠くなる様な生物進化の行程を経て、創造主は人間の肉体を創り出します。その惑星に優秀な猿(優れた大脳受信機を発達させた猿)を育成できる確率は1/2程度、100個の惑星に生物霊界を作っても、実際に人間化が可能な猿まで進化した惑星は五割以下という確率です。その猿の位相に「ヒト遺伝子」を打ち込んで、世代交代をさせながら徐々に人間化させて行くのですが、一番厄介なのが動物の原始本能、猿は基本的に凶暴で感情をコントロールする事が出来ず、群れ社会に適応出来ない者が多いのです。そうした猿を間引きながら何度も何度も輪廻させ、「動物の垢」を禊(みそ)ぎ取って、人間らしい人間だけを選出して行く作業が大変な訳です。100人の原始人がいれば、そのうち80人以上が間引きされるのが普通でしょうか。その選定作業(間引き作業)は今現在の地球でも行われています。猿が動物のままで暮らしている人間が居ない猿の惑星は、我々の銀河系にも沢山あります。強い者しか生き残れないと言う過酷な動物世界、あなたは猿のままが良かったのか、それとも人間として誕生した方が良かったのでしょうか。
 
 もし、あなたが人間世界の地獄に耐えられないと言うなら、食べたくても食べられない、ぐっすり眠る事すら許されない、分単位で神経を酷使する弱肉強食の野生世界では勿論生きられませんね。戦って生きるぐらいなら死んだ方がましだと考えている方もきっと居る事でしょう。神々の選定作業で一番咎められるのがこの手の生命であり、基本的に戦わない者は生きる権利無しと査定されてしまいます。なぜならば自分の命も守ろうとしない者が、他人の命を助ける事など有り得ない話だからです。あなたの肉体を生かす為に、一体どれ程尊い犠牲が払われて来たのでしょうか。コメは稲の受精卵、パンは麦の受精卵です。リンゴもブドウもスイカも、それらは地に落ちると林檎の木や、葡萄の蔓や、西瓜の蔓に成長する物なのです。あなたは生き物を散々殺生して来て、犠牲となった者達に生かしてもらって来た身の上なのに、親も兄弟も友達も自分の子供も自分の命すらも守らず、苦しいから逃げるというのでしょうか。コメやパンはあなたに食べられても形を失っただけで、実はあなたの体の中で彼等は一緒に生きているのです。コメは自身の命をあなたに提供し、私の分まで生きて下さいなと身を捧げてくれたのです。人間の命とはそんな尊い物なのに、得勝手にも自ら命を絶ってしまうとは、そんな罪深い話はありませんね。そもそも肉体はあなたの持ち物ではありませんし、この世は死んでも死んだ事にはならない世界なのです。
 
 人間生命の重篤な価値、その罪深き程重い生の価値を鑑みれば、ここまで生かされて来た事に感謝し、またこれまで犠牲にして来た者達が「あなたに命を捧げて良かった」と思ってくれる程、存分に生を謳歌して欲しいと思います。
 
 
 

〈人は何の為に生きる〉

 さて、陰陽論の話に戻りますが、「人は一体何の為に生きる」のでしょうか。他の生命を犠牲にしてまでも生き続けるのは結構な事ですが、ただ楽しく遊んで満足したから有意義な人生だったとは決して思えない筈です。多くの方達が人生の終活時期を迎えると直面する問題は、「こんな人生で本当に良かったのだろうか」と煩悶する事です。長い間国家に仕えて来た者も、必死で働いて家族を守って来た者も、あるいは栄耀栄華な暮らしを続けて来た者も、ふと我に帰った時、「俺には他にやるべき事があったかも知れない」と思う様になり、町内のゴミ拾いや、園児の横断歩道係や、あるいはボランティア活動などに進んで参加して、少しでも社会のお役に立ちたいと願って行動する方がいる様です。彼等の真意はどうやら今日まで社会に生かされて来た事に対して恩返しをしたいと言った心境の様です。まるで仏様の様な心境ですが、我々から言わせて貰えば、「まだ出来上がるのは早いぞ」であって、人間界に生まれて人間界へ帰納するのでは無く、人生の視野を宇宙規模まで開げて、宇宙へ帰納して欲しいと思います。
 
 人間として生を受け、人間世界の唯物知識だけを学んで生涯を終えても、さっぱり宇宙の真実は分からないもの、人間の歴史も、生物進化も、天文学などの科学情報も、あるいは宇宙人や神々の情報なども、あまり当てにならない推測情報に過ぎません。でも、確実なのは人間同士の関わり合いであり、国対国の関係や、個人対個人や、社会対個人の関係は十分経験して来ており、その中で人生を振り返って、自分は社会に育てられて生かされて来たと言う結論に至り、社会へ恩返しをしたいと思う様になるみたいです。思慮半径が極端に狭いものの、小さな世界の中では、そうした想いは健全で全うなものだと私はそう思っております。「全体(人間社会)」から生まれた「個(人間個人)」は最終的には元の「全体」へ帰納するものだからです。人間の意識は惑星意識(天体神)の分派意識、意識とは自分の生命そのものである事から、自分も含めて人類を産み育ててくれた地球に恩返しをして、地球に帰納したいと願うのが、ワンランク上の人達でしょうか。学問を積んで見識を深め、境涯が高い(機根が高い)人達と、そうでは無い人達と比較すると、物事の考え方も変わって来るものです。
 
 宇宙の事は具体的な情報が何も無く、何も考えられないと思っている方が大半ですが、しかし宇宙でも地球でも自然界の原理は一緒、地球内部の由無し事でも、原理に沿って万象が具現しており、物事の「道理」は宇宙でも通用するのです。宇宙とはそれ自体が生命生産工場であって、内部に生命を誕生させる事がその本分です。当然、生命を創り出しても空間領域が限られてしまう為に、またより高等な生命を求めて、マクロからミクロに向かって生命生産が進んで来ます。これ以上は物理的に無理というミクロのミクロの世界に、彼等が理想とする生命(人間)を創り出すことに成功した訳ですが、それで宇宙の前半章(生道行程=演繹行程)が終了して目的が達せられた事になります。問題は、宇宙は本懐の生命を創り出す事に成功したものの、今度はその本懐の生命が成長して宇宙へ戻って行く後半章の行程(退道行程=帰納行程)です。要するに子供を作るまでの親側の行程と、その子が成長して行く子供側の行程という両行程があるという話なのです。
 
 何を言いたいのかと言えば、人間が向かうべき方向を述べているのであって、ミクロ圏の極点に誕生した人間が成長して行く方向は無窮なる普遍宇宙の方向であり、それは小さな天体領域でも無いし、また中途半端な親元の六員結晶宇宙でも無く、宇宙の最果ての最果てに在る普遍宇宙(大元の母親)に帰納する事が人間生命に課せられた使命であり、またそこに向かう事が人類の最終本懐だという話です。あなたは一体何の為に生きているのでしょうか。子供の為ですか、社会やお国の為ですか、それとも惰性で生きて、ただ死ぬのを待っているだけなのでしょうか。宇宙は人間に対して願っているのです。眠っているその目(まなこ)を開けて「我ぞ宇宙だ」と気が付いて欲しいのです。あなたが宇宙ならば、人類の美談もあなたの美談、また人類の失敗もあなたの失敗なのです。あなたが普遍宇宙の当体意識である事に気が付けば、あなたこそ本源創造主、宇宙の森羅万象があなたに帰納して行くのです。個の意識を減滅させて全体へ帰納する事、人間にはそれが求められています。ミクロとマクロは背中合わせ、別に宇宙船に乗って宇宙へ旅立たなくても、我々は宇宙の中心点に座しているのですから。
 
 幸か不幸か分かりませんが、私はとんでもない子供を授かる運命となり、腹を決める覚悟が必要でした。宇宙皇子の子供を授かったものの、表創造主系の毛並みを有する人間達を養育してしまった事から、真の支配者であるマザー系創造主の色を持った子供達を推奨する彼等にとって、我々の皇子は異端児となってしまいました。人類の抹殺を執拗に計るマクロ宇宙の敵に対して、我々は武力でそれを拒んでおり、宇宙は皇子達を守護する正規軍と、裏方の軍隊に分かれて戦闘状態に突入してしまいました。我々の味方であった正規軍は僅か数年で壊滅し、実力者である裏方のマザー系の創造主軍が宇宙の覇権を掌握した事から、我々は茨の道(試練)を歩む運命となった次第です。血筋(意識色)から言っても、我々の方が正当な皇子なのに、それを認めない輩がいる訳です。敵の圧倒的な勢力を考えれば、宇宙全体を敵に回したと一緒、多くの仲間を失ってしまった私は皇子達に戦ってもらうしか手段が無くなった訳です。理論上、普遍宇宙に目覚める事は簡単至極、でも実際上は立ちはだかる試練の壁を突破して生き残らねば、皇子である証明は得られないのです。
 
 だから、宇宙で戦ってくれる戦士を募集中だと言えばあなたは笑うかも知れませんが、残念ながらそれは本当の話、我が家(王国)の実情は人材不足で火の車状態なのです。私は人材を探しに人間界まで降りて来たのです。視界半径が1mの皆様に言いたい事は、もう少し高い位置で広い視野を持って欲しいという事でしょうか。
 
 

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