流転(運動)の段階推移(2)  

 これらの運動はいずれも切れ目の無い連続的な運動であり、常に一定方向へ流れていき決して逆流することはありません。また一サイクル単位の終了を告げるか、もしくは次の輪廻の起動原点(0点)となり得る回帰原点(10点)が必ず存在し、屈折や反射して方角を変化させる場合は、これらの回帰原点を境にして折れ曲がります。また、一サイクル単位の中には央分点(5点)が存在し、ベクトルの向きが90度変化するか、もしくはその強弱を変化させています。
これらの運動は原則的に三角形(二等辺三角形)を呈しており、また輪廻運動はこれらの三角形が二つ組み合わさった四角形を呈してして、これらの形状は直進力線が描く基本形です。
 ここで輪廻図であるC図について具体的な説明をしてみたいと思います。この図は生命輪廻を一元的に捕らえたもので、陰の流れを掲載していません。陽の流れのみを説明した一元図であり完成した生命輪廻図ではありません。

 

 

 例えば人間生命の零状態とは母親のお腹の中で眠る胎児(0~1)であり、胎児期は実相行程(陰陽混合)ではなく、心の陽化行程(成長行程)には当たりません。胎児が誕生して実体を具現し、心を宿した瞬間が1点(出発点)となり全ての生命はそこから始まります。乳児期(1~2)を経過した生命は幼年期(2~3)-少年期(3~4)-思春期(4~5)を経て、やっと大人として認められる央分点の青年期(5~6)に至ります。そしてここまでが登りの成長行程です。その後、壮年期(6~7)-熟年期(7~8)-初老期(8~9)-老年期(9~10)という下りの退道行程を歩んだ生命は、ついに回帰原点(10点)に到達して死を迎えることとなります。九段階に渡る実相行程はここで終了し、肉体を失って霊体(意識体)となった人間生命には、死の直後に重要な分岐点が訪れて、道が大きく分かれます。陰陽分離した生命(心)はその陽だけが次の循環行程へと進んでいきます。

 

 仏法では、三途の川を渡り、死んだ直後の生命状態を霊身期(れいじんき)と呼び、法身期(ほっじんき)、応身期(おうじんき)、報身期(ほうじんき)の三段階が存在すると説いています。その分岐点の存在する最初の関門が“法身期”であり、ここで天国(上界)行きと、地獄(地球のこと)行きの両行程に分かれます。登りの生命は上法身期(10~11)に進んで、更に応身期(11~12)から報身期(12~13)と向かって、そこから太陽磁場圏へと転写されて成仏します。一方、下りの生命は下法身期(10)にそのまま止まって、そこに定住したまま地球磁場圏から決して離れようとはしなくなります。下りの生命とは生前の自己に執着して、人間を卒業する意思が無い不成仏霊のことです。彼らは人間と同じ地球磁場圏に住んでおり、人間に憑依して肉体を操作できる物理能力を持っていますので大変危険な存在と言えます。
 ちなみに、人間が眠っている時には必ずこの法身期の領域に心が同会しており、睡眠状態とは言わば仮死状態の事です。磁場位相に存在する磁気意識体である我々は、一日一回死ななければ収縮エネルギーが得られないのです。充分な睡眠を取れば、思いっきり収縮して肉体の直ぐ近くまで目線を落とすことが可能であり、明晰な意識を囲う集中力を得ることができます。また泥酔状態になるまでお酒を飲んで、ノンレム睡眠に突入すると、法身期を通り越して応身期の領域に入ることになり、生きたまま成仏行程へ進入してしまう場合もあります。心がこの領域に入ると記憶が転写されてしまうので、眠るたびに馬鹿になっていくという恐ろしい事となってしまいます。

 

 ところで、生命も含めて万物の運動にはリズムがあって、必ず零基点を経由して元に戻るバイオリズム周期が存在しますが、物体の連鎖には区節点は存在しません。つまり、回帰原点に相当する10点が無いために、「九区点八段階」の連鎖形式となり、こちらの方は十干バイオリズムではなく、“九星バイオリズム”と呼ばれており、その八段階行程は“八正道”と呼ばれます。

 

次回へ続く

 

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