オリオン牧場の似非科学の実態(2) ヌクヒブイ動帯の可動域

 

<ヌクヒブイ動帯の可動域>

 霊界の位相群の中の一位相、それがあなたの記憶を持っているあなた自身の意識当体が存在する場所ですが、その位相は型枠に嵌められて身動きが取れない状況にあります。心活動の特徴は地球磁場圏の12磁界を秒単位で飛んで歩くという事です。この話はもしかしたら少々受け入れ難いかも知れませんが、地球磁場圏の12磁界は大きく四つに分かれて、第1磁界〜第3磁界は「本能階」、第4磁界〜第6磁界は「知性階(感情階)」、第7磁界〜第9磁界は「理性階」、第10磁界〜第12磁界は「精神階」と分類出来ます。特に真ん中の第6磁界も含めて第1磁界までを「下六道界(肉体を操作する領域: 抑圧界域)」、第7磁界も含めて第12磁界までを「上六道界(思考する領域: リラックス界域)」と定めています(図表参照)。人間の心はこれらの階層を秒単位で動いており、半径800万kmにも及ぶ地球磁場圏を所狭しとばかりに動いています。この様な心の力学的な可動帯(ヌーエ動帯もしくはヌクヒブイ動帯)を操作して、用途やその場に合わせた磁界領域に瞬時に同会させて行く「収縮膨張運動」を神語では生命の「ネブヤハゲル運動=心運動」と定義しております。皆様が普段の生活で自己の心の居場所を意識しているかどうかは疑問ですが、今この文章の一節を読んでいるあなたは「知性階(物を覚える勉強の磁界)」に同会させており、ここに心を入力しない限り物を覚える事が出来ません。

 夕刻、会社から自宅に戻った瞬間にあなたは緊張を解いて(目線を上げて)ソファにドカッと座り込みます。こうして時折リラックス磁界に入力してやらないと、抑圧から解放されず神経的に保たないからです。理性階域はものを思考する磁界であり、体を操作する磁界では無い事から、お風呂の湯船に浸かりながら本日一日の出来事を確認し、「あれはチトまずかったかも知れない」とか「そうだ明日の朝礼の時に皆に話そう」とか頭はクルクルと回転していますが、余り考え事ばかりしていると風呂場で足を滑らせて転倒したりする可能性もあります。明晰な頭脳回転が出来るのが理性階の特徴であり、長時間に渡る思考作業も余り疲れないのが特徴です。しかし、その領域を越えて心を更に上げてしまえば、「心ここに非ず(地に足が着いていない)」の状態となり、夢想領域とも瞑想領域とも言える精神階域に入ってしまいます。そこより上は睡眠の磁界(仮死状態)であり、気が付かない内に寝込んでしまう様です。もともと心のサイズは地球磁場圏大であり、肉体操作が可能な第6磁界以下に同会させると言う事は、半径800万kmの自己の心を地上スレスレまで圧縮して目線を下げる行為であり、当然それでは長続きがせず、瞬間瞬間目線を吊り上げてリラックス磁界に同会させないと一時間すら保たない事になってしまいます。

 

(心の可動領域: 地球12磁場圏)

 

 

 ところで、ここで言う所の「心の可動帯」とは具体的に「何の事」なのでしょうか。実は地球磁場圏の端の端には力学層であるネブヤハゲル層が存在し、そこには数千億枚もの「ヌーエ動帯」が詰まっています。位相がものを分析しようとしたりあるいは地上の肉体を睡眠から目覚めさせる時は、この「ヌーエ動帯」を呼び込んで位相の現行意識をこれに転写するのです。転写された「ヌーエ動帯」は「ヌクヒブイ動帯」と呼ばれて、これが個々の心活動の因子となります。あなたが集中したりリラックスする度にいちいち高度を変えているのがあなたの位相の象徴物である力学帯の「ヌクヒブイ動帯」なのです。皆様は毎日自己のヌクヒブイ動帯を駆使して心活動をしています。一般に自己のヌクヒブイ動帯は二日間使用すると三日目の朝には新しい物と交換されますが、交換日の朝は特に寝ぼけが激しく時折前夜の記憶が飛んでいたりしますが、初期化されたおニューのヌクヒブイ動帯は鮮明で透き通っており、昨日を引き摺らないシャキッとした感覚になります。膨張収縮がテキパキと出来るみたいです。コテコテに疲れ果てて爆睡を決め込むと、次の目覚めでは前日のヌクヒブイ動帯は殆ど交換されているのが普通です。仮にあなたが覚醒して悟りを開き、太陽磁界生命になると、あなたの心運動は太陽磁界の方で営まれる様になり、混雑した惑星の喧騒から逃れて広い領域を自由に一人占め出来る事になります。

 さて、空の上のヌクヒブイ動帯と地上の肉体を直接結び付ける接点が皆様の魂体の頭部魂に存在するオーブ球です。これは動物であれば必ず備えている「力学指針球(力学レセプター)」であり、地球磁場圏を取り囲む「天体力体(正八角錐構造)」に反応する力学磁石の様なものですが、自己のヌクヒブイ動帯とも連結しています。中脳水道の真ん中に在って(眼と眼の間の鼻の付け根の奥: 眉間の中央)、ズザネ管のバイオン噴出部の内部に位置するものであり、身体の空間認識や体の平行バランスや空間に置ける体の座標点を認識出来るものです。一般に魚類や鳥類の頭部魂オーブ球は良く発達していて、帰巣本能や空中バランスを奏でるものですが、この力学支点とヌクヒブイ動帯が繋がって自己の心の収縮膨張運動が起こります。ボクサーが強烈なパンチを顎や眉間に喰らうとガクッと崩れ落ちますが、それは物理衝撃で頭部魂オーブ球が振動し自己の心(ヌクヒブイ動帯)との接続が一時的に切れてしまうのが原因なのです。生物の体魂には腹部魂オーブ球というもう一つの「力学レセプター」が存在しますが、これは所謂「臍下三寸(臍の奥三寸の箇所の意)」にある体の力学重心点の事です。これらの二つのオーブ球は地球の天体力体と密接に関係し合っており、頭部魂オーブ球はヌクヒブイ動帯と、また腹部魂オーブ球は天体力体の重心点と同調同期しています。

 

(人間球体図と二つのオーブ球図)

 ちなみに、人間生命の場合は満22才の年齢を迎えると、男女とも神々もしくは創造主が二つのオーブ球を繋いでオーラ球の表層部まで続く「デジタル魂通信回線」の配線設備と、オーラ球の外側を囲う「三角力帯」という力学場を装着してくれるのですが、神々の世界が瓦解してから既に久しく(40年間が経過した)、現在それらが装着されている年代の方は最低44才以上の人のみとなっています。前者は神々や他魂との交信能力を与える装置、また後者は心のグランディングの為の装置です。前者が無いとどんなに頑張っても霊界交信が不能であり、また後者が着いていないと精神が地にグランディングせず、プカプカと心を浮かせたままいつまで経っても精神が定まらない生き方をしてしまいます。当「機構」はいわゆる「人間王国の地上出張所」である関係から、デジタル魂回線の取り付け手術と三角力帯の敷設施行に関して、満22才以上の方ならば如何なる人でも希望が在れば無償で取り付けを行なっております(満21以下の年齢の方は取り付けが出来ないのでご了承下さい、対象は満22才以上の方のみです)。本来は神様がやってくれる取り付け作業なのですが、地球には神様が一人も居ない関係から我々の組織がその義務を代行すると言う話でしょうか。

(人間魂の通信回線図と三角力帯図)

 

 

 

 

流転(運動)の段階推移(1)  

流転(運動)の段階推移

 万物万象の運動は全て単位サイクルの連続反復からなりたっており、単なる直線運動ですら特定の周期を刻んでいます。
起動原点(零点)から始まる陽化運動は必ず回帰原点(180度点)に至る一方的な運動を行なっています。回帰原点とは陽が100%の、陰陽混合状態が終了する段階のことです。回帰原点とは生命の収納段階(帰納段階)と呼べるもので、実体もしくは実作用を呈する実相行程(表の行程)の終わりを意味する区節点です。陽化行程はこの回帰原点で終了しますが、生命行程はそれで終わる訳ではありません。表の行程の次には裏の行程が訪れて生命は輪廻していきます。これは輪廻(回転)の説明のように思えますが、直進運動も波形運動も回転運動と原理的には同じで、これらは直進運動が元々備える性質なのです。輪廻とは単に回転や循環を表しているのではなく、反復や往復を意味しているのです。

 輪廻運動を簡単に言えば、陰陽―陰陽―陰陽―陰陽という連続反復の意味ですが、一つの「陰~陽」の段階推移の中にも小周期が存在し、またそれを一単位とした連続単位の中にも大周期が存在しており、さらにその大周期を一単位とした更に巨大な連続単位も存在しています。その周期を現す単位標識が0~9に至る数字なのです。西洋人の創作した数字には固有の意味はありません。しかし、東洋の数字(十干や十界)には固有の意味が存在し、それぞれの役割が説明されています。
 ここで下の図を見てください。ABCの三つの図は直進運動と波動運動と円運動を数字で表現した図です。数字は必ず1から始まり、5で央分に至って、10の回帰点で一区節を迎えて終了し、それを繰り返し(輪廻)て行きます。11とは十位の段階の1の意味であり、また101とは百位の段階の1の意味であり、35という数字は第三段階(三十位)の第5番目という意味になります。これらの数字は「十区点九段階」の生命推移を表現したもので「陰~陽」あるいは「陽~陰」に至る生命流転の段階別の“具現の様相”を示したものです。この区点標識を十干(数字)と称し、また区点間の実質の九行程を九如是(九星)と称しています。従って、これらは生物の生長運動のみでなく、万物の運動そのものの推移にも当てはまります。

 

 

(図A 直進運動)

 

 図Aは直進運動図で、微妙な強弱を波型で表現していますが、1~9の因子は全て零基線より上の実作用を呈していますので、波の運動とは根本的に異なります。この運動図は直流の電流線や重力線あるいは直進運動を行なう全ての物体に共通するもので、微妙な強弱の連鎖がその特徴です。

 

 

(図B 波動運動)

 

 図Bは波形運動図で、零基線を上下する運動であり、実作用と虚作用が交互に連鎖する運動となります。この運動図は海の波や光や音や地震波など、あるいは交流の電流線などの媒介物の振動運動ですが、その特徴は回転と良く似た円周期を持つことと、虚作用には実効力が無いために、中抜けの運動(飛び飛び)であるという点です。

 

(図C 回転運動)

 

 図Cは回転運動を表した輪廻図ですが、波動運動の実相部と虚相部を合体させて、循環させたような運動であり、原理的には同じ周期運動と言えます。

 

次回へ続く

 

オリオン牧場の似非科学の実態(2) 脳と意識と心の関係

<脳と意識と心の関係> 

 人間生命を端的に表現すると「地上の人の肉体に憑依した天体生命」と言えます。肉体の五感から入力される感覚情報を空の上の電子位相で受け取って、そこで「あー何て美しいペルシャン・ブルーの海なのだろう、これが秋の海だー」と感動している姿は大脳の中で感じている事では無いのです。眼前に広がる碧い海の光景と、体に吹き付ける冷たい海風と、辺り一面に漂う潮の香りを、大脳アンテナ(送受信器)を介して空の上の我(自己)に送信しており、あなたは空の上で景色を識別し過去の記憶と照らし合わせて「何て美しい」と感動している事になります。我(われ)の固有の記憶を持ち、また我を意識してものを想うその生命場こそ「地球霊界」の中のあなた自身の位相だと言える訳です。皆様は目に見えないアストラル世界を覗く事は出来ませんが、我々は医学者の一人としてアストラル帯の修理修繕などを行なう関係上、電子バイオン(磁気)で満たされた位相の中に皆様の現行意識や現行記憶が存在し、そこに位相眼と呼ばれる映像装置がある事実も熟知しております。この位相眼が破壊されると眼球も視神経も脳も健全であるのに全く目が見えないんですね。位相の内部には地上と直結している口も耳も目も皆備わっているから驚きなのです。

 こうした個々の生命位相は、一本の生命コード(ズザネ管)と432本の運動コード(サイキック・コード: ヌサネ=タボ線)で地上の肉体と繋がっています。これらのコードが入力されるのは、あなたが母親から誕生した瞬間に行なわれるもので、ズザネ管が入力されたその刹那に位相電流(自律神経電流)が赤ちゃんの体内に流れて一人の天体生命が産声を上げる訳です。母親の胎内にいる間は母親の肉体の器官の一つとして動いていますが、誕生後は一つの自立した存在物として認められ、赤ちゃんは胎児期間を返納して一人の独立した位相生命体として扱われる事になります。肉体とは言うなれば「高性能センサーマシーン」であって、位相生命がそこに宿る意義とは、肉体と共に経験値を積み上げて、我と我が身を理解して宇宙を包括出来る生命に成長する所にあります。つまり生命成長の為に特別に造られた育成場こそ惑星霊界だという話でしょうか。宇宙で経験する出来事と、地上で経験する出来事は基本的に一緒、人間は宇宙の全てをここ地球内で経験する事が出来ます。地球も宇宙の中の一つ、マクロもミクロも大差が無いという話なのです。当然皆様は養育されている立場であり、まだ世間知らずの学生身分、ちゃんと勉強しないと一人前の社会人として地球の外には出させてもらえない事になります。それが銀河世間の常識なのです。小中学生が歌舞伎町をブラブラしたら駄目なんですね。

 さて、医学的な見地から大脳と位相の関係を説明させてもらえば、位相から発して尾骶骨から脊柱を貫くズザネ管の末端は中脳水道で開口しており、そこから位相バイオンが身体の外に吹き上がって魂体を包み込む「オーラ球」を形成しています(オーラ直径は2m以上)。この吹き出し口をスピリチュアル世界ではサハスラーラ・チャクラと命名している様ですが、これは厳密に言えばチャクラ孔とは言えない代物であり、正式には位相バイオンの噴出口です。この噴出口付近では大脳アミロイド蛋白(脳ミソ)に意識転写が行なわれて空の上の位相の地上出張所が形成されています。身体の運動を司るアクオン電線(随意電流)は大脳灰白質を形成するアミロイド蛋白を基点として発しており、アクオン電線内の水分子磁束に意識を乗せる事が可能になります。ピアノの鍵盤の上を飛び交うピアニストの指運動を見れば、そこに意識が宿っている事は一目瞭然、そういう芸術的な運動が出来る所が人間の凄さでもあります。一方、ズザネ管の側壁には位相電流が走っており、その電流はコリン電線(不随意電流)を介して「間脳」に集約され、脳幹を走破して末端組織まで電流が届く様になっています。早い話が心臓を動かし肺の呼吸運動を促す「自律神経電流」の事ですが、その発信源とは無論空の上の位相になります。右肩のタボ線を外すと肩の運動が不能となり、首筋のタボ線を外すと首を回す事すら出来なくなります。更にズザネ管を切断すれば一発で心臓が止まってしまう訳です。

 一個の単細胞生物を良く研究すれば、そこにも一本のズザネ管が入る口と、432個のタボ線が入力される神経分岐点が存在します。もともと人間の肉体の原点は一個の受精卵からスタートしており、60兆個の細胞から構成されているのでは無く、一個の受精卵が60兆個に増殖しただけの話に過ぎません。生物の基本形はあくまでも細胞であり、それは他ならぬ地球自身の子供であって、地球の進化成長に合わせて生物進化も進んで来るものなのです。生物の肉体は地球コアの成長に即応して自動的に進化するもの、だが生物の意識や心というものは学習や経験を介して知識や智慧の獲得によって進化して行くものであり、何も刺激が無く、何も学ばなければ、人間は何万年経っても同じ状態のままなのです。宇宙人の歴史を見ても、原始人に言葉を教えて文明を誘導して行く歴史が大半、我々の宇宙とは基本的に生命生産工場であって、幼弱な生命を教育して行く「学校」であると言えるのです。尻の青い学生の身分にも関わらず、一人で大きく成ったかの様なドヤ顔をして、俺達は文明人だと自惚れているその醜悪な姿勢は世間知らずの「愚か者」に過ぎません。馬鹿は馬鹿である認識を持たないと永久に馬鹿であり続けますが、聖地の優秀民族がそうであっては我々としても大変困る訳です。それと学校の中で戦争されるのも本当に困りますね。地球の終焉(天体寿命)が間近に迫った状況であるのに、救出船すら出せない戦争状態では一体何の為にやって来たのか我々の存在意味すら影が薄くなります。

 余談はさて置いて、生命当体とも言える現行意識が実在する「位相」ですが、ここは自意識を囲ってものを思う場であっても、残念ながら思考する場ではありません。もう一度言い直しましょう。位相は記憶を想起して我を意識しものを思う場であっても、物事を思考分析して推測判断を導く理性的な場では無いという話なのです。肉体センサーから入って来る情報に感動して「あー、何て美しい海の色だろう」と感じているのは位相であり、それは過去の映像記憶と照らし合わせて感動している訳です。その状態は位相内の電子バイオンで感じているのですが、この美しい情景を写真に旨く収めてフェイス・ブックに乗せたいと思った次の瞬間には、写真の構図に対して頭がフル回転をしており、陽光に反映する波の煌めきを入れたいとか、船尾の影を旨く利用しようとか、海と空のバランスの配分をどう決めようとか、あなたは位相の静止モードから一挙に心の可動モードに切り替わっているのです。ボャンとした意識活動とは全く異なる心活動とは、素早く類推分別したり、損得を計算したり、目的の為の行動を起こしたりする事なのです(パースピレーションが激しいのが特徴)。では具体的に意識活動と心活動のメカニズムに付いて説明しようと思います。ちなみに肉体(陰)と比較すれば、意識や心の活動は陽に分類されますが、その陽の中にも陰陽が存在し、意識活動が陰、心活動が陽に分類出来ます。

 

次回に続く

 

 

オリオン牧場の似非科学の実態(2) 血液は体の何処で造られる?

<血液は体の何処で造られる?> 

 オリオン・ヒューマノイドは地球の医学分野や薬学分野にも進出しており、この分野の目も当られないおぞましい惨状を見れば、これはもうあなたに取って他人事ではありませんね。これから病院や薬局に足を運びたくなくなる様な「イヤー」な話をしますが、是非知りたいと願う方には読んで頂きたいものの、興味本位に首を突っ込む程度なら、最初から読まない方が無難かも知れません。そもそも我々は世の中に混乱をもたらす為に真実を披露している訳では無く、学問としての医学を正しい軌道に戻して健全に発達させたいと願い、宇宙人の嘘を暴露している次第です。我々が現行の地球医学に言いたい事は主に五つ、「大脳は物を考える器官でもないしまた記憶する器官でも無い」「DNAは遺伝子情報では無く分子合成情報を所有しているだけ」「血液は腸内血管で生産されており骨髄では造られていない」「体細胞の体外再生は不可能(再生医療とは似非技術)」「癌とは反電荷細胞のことである」ですが、本日は特に「血液は体の何処で造られている?」という話をしたいと思います。

 エッ?  「オリオンも宇宙人、君達も宇宙人、どっちも信用できん」ですとー、ウーンまあそういう意見もあると思いますね。ちなみに我々の話が本物なのかどうか、それを見極める方法は自分の頭で物を考えて、道理的にシンプルに納得できる方が真実であると相場が決まっています。その様な意味では、我々は良い方の宇宙人、いや悪くは無い方の宇宙人と言った方が適当かも知れませんね。勿論、地球にやって来た魂胆は別にあります(銭を稼ぐ為に来た訳では無いが、宝物を探しに来た)。さて話の本題に入りますが、地球人の研究者で「千島喜久男博士」という方が居ました。彼の積み上げた膨大な研究資料が「千島学説」として現在でも生き残っているのですが、銀河標準レベルの医学知識と「千島学説」とは基本的な一致を見ております。医学に関しては、我々は独自の医療団を有しており、宇宙一高度な医療技術を備えていますが、そんな我々の眼から見ても現代医学は嘘のオンパレード、根本的に何もかも間違っておりトチ狂っています。血液が骨髄で造られていないのに、白血病の治療の為に「骨髄バンク」を造って、それを患者に注入した所で病気の治療には成りませんし、またIPS細胞で再生医療を試みても、それは単にバイ菌シートを移植しているだけの話、身体に害悪を及ぼすだけで何一つ治療には成っておりません。最悪なのは抗癌剤と称して発癌剤を打って人々を殺していると言う事でしょうか。

 一個の細胞を研究する場合、最も基礎的な事は細胞の電磁気的な背景と、その命の構造を把握する事です。細胞の内容物に気を捕われていると物質的あるいは化学的な形質ばかり追って、肝心要の本質を見落としてしまうものであり、細胞を「細胞たらしめている」のは生き物としての個の命、その命を細胞がどの様にして囲(かこ)っているか、先ずはそこからスタートしなければ成りません。下記の図は細胞の命と、それを奏でる赤道コリン電線の詳細図です。細胞の表皮膜(単孔膜)の内部に鎖状に配列しているコリン電線、そこに電流(水素原子電流)が流れて始めて、細胞の命である所の「細胞電磁場」が形成される訳です。お粗末な地球の電子顕微鏡でも、表皮膜の下部に走るコリン電線の存在は確認できる筈、先ずは赤道コリン電線の存在確認と、そこに流れている電流を確認してからのスタートでしょうか。コリン分子の存在は知っているのに、それを栄養素(食べ物の一つ)だと定義している現代医学、「コリンが食い物ですって?」、冗談も大概にしなければ成りませんな。宇宙人だろうが地球人だろうが生物体の神経は随意神経(アクオン電線)と不随意神経(コリン電線)から成り立っているのですから。

 

 (細胞コリン電線)

 

(神経コリン電線)

 

(コリン鎖の構造図)

 さて、ここからが本番の話になりますが、細胞が個々の命を囲っても(地の命=陰)、その個の命を操作する上位の生命(意識や心などの天の命=陽)と合体しない限り、細胞は体の意志に基づいた発動を起すことが出来ません。バイ菌や病原体などの外細胞の場合は地球磁場圏の「単細胞層域」と1本の生命コード(ズザネ管)と432本のタボ線で繋がっており、彼等は個の意識を宿した自然界の自律生命体と言えますが、生物体の体細胞の場合は自然界とは直接繋がっておらず、「身体アストラル」と呼ばれる所の中間介在物と接続されています。この身体アストラルという存在物こそ体全体の意志を呈示する物に他なりません。皮膚細胞は体全体を包み込む「皮膚アストラル」と、一本のズザネ管と432本のタボ線で繋がっており、また肝細胞や腎細胞は「肝臓アストラル」や「腎臓アストラル」と呼ばれるそれぞれの意識当体と接合されています。つまり身体アストラルとは個々の細胞を操作する為の「霊界」見たいな存在であり、それは人間の意識を奏でる「位相」と一緒のものだと言えます。一個の肝細胞が肝細胞としての働きを示すのは、肝臓アストラルとズザネ管とタボ線で接続されているからであり、未分化のES細胞(血小板細胞のこと)が肝臓アストラルと結合を果たすと「肝細胞」に分化したと定義される訳です。

 もし仮に、人間の肝細胞の一つを体外に取り出せば、肝臓アストラルとの接続が切れる事になります。その細胞はやがて死ぬ筈なのですが、完全に死ぬ前に初期化して分化を解いてやれば(例えばiPS細胞の細胞質融合などで)、それは誕生したばかりのおニューの細胞と変わりが無く、そういう場合は自然界のズザネ管が間違って入力されてしまい、元は体細胞なのにバイ菌の一種として生まれ変わる場合があります。それを培養して肝細胞シートなる細胞群を創り出しても、それはただのバイ菌と変じており、そんな危険物を人間に再移植すれば、そこから組織が腐って来るのは当たり前の話なのです。スタップ細胞もiPS細胞も実在します。しかしながら、それらは外細菌として蘇生した細胞であり、いずれも人体に戻すことは出来ない代物なのです。皆様の目には見えないかも知れませんが、口内細菌でも結核菌でも外細菌の特徴は人体の外から入る長いズザネ管が見える事です。特殊な光を当ててやれば銀色に輝くのですが、まるで納豆のネバネバ糸見たいなズザネ管を見て、その人が口の中一杯にバイ菌を抱えている事が分かります。iPS細胞の角膜シートから出る無数のズザネ管を見れば、それが外細菌である事実が確認できる筈です。医学のいの字も語れない程の無知文盲なる地球人、自分達は本当は何も知らないんだと言う自覚を持たないと、医学の発展は見込めませんね。

 さて、最後に血液細胞の話をしますが、一個の血小板細胞が成長して、その途上行程で各種のリンパ球や顆粒球に分派して行きますが、その大半の血小板細胞は赤芽球を経て赤血球へと成長して行きます。一方、白血球やマクロファージは最初の血小板の段階から独自の成長行程を刻んで行きます。成長した赤血球は自ら「造血幹細胞」へと成る為に「脱核膜」を起して、円盤状の赤血球へと形体を変化させて行きます。これは核膜の構成を解いて、内部の核酸と細胞質が直接触れ合わせる為のものであり、その結果「無限増殖」を可能にする無核細胞と変じた赤血球が、無糸分裂を連続的に行なって小さな細胞体を大量に造り出します。それがいわゆる血小板細胞(赤血球の子供達)であり、未分化のそれはES万能細胞として身体組織の細胞欠員の補充役として働きます。要するに、血液は「赤血球サイクル」と呼ばれる循環方式で誕生しているので在って、骨髄細胞などもともと何んの関連も無いものです。赤血球が無糸分裂で子供を生産する場所は主に小腸内部の血管網であり、細胞の食料となる栄養素が一杯在る所に限定されます。一体、どこの誰が全く関係が無い骨髄細胞を造血幹細胞だと定めたのでしょうか。我々は普通に肝細胞再生移植や腎細胞再生移植をやっていますが、使用しているのは基本的にその方の血小板細胞であり、外で造ったバイ菌細胞など使用しておりません。千島学説でも同じ事を言っていますが、体細胞が有糸分裂するケースはほとんど無いのが現実ですよ。

 

次回に続く

 

 

 

流転(運動)の形態(2)

    その答えは流体や媒体の中で直進運動が発生すると、流体渦もしくは媒体渦という回転運動が発生してくる事実から伺い知ることができます。大気の直進運動であるジェット気流が濃密な大気層と衝突して、左巻き渦(低気圧渦)や右巻き渦(高気圧渦)などの大気の巨大渦(ベクトル渦)を発生させる事や、圧縮した空気を急激に断熱膨張させると、その瞬間に大量の小さな“拡散渦(左右の双子渦)”が発生する事実を考えれば、直進運動の反作用として渦運動(回転運動)が生産されることは誰でも想像することができます。
 
直進運動を利用して、一本の鉛筆に回転運動を与えようと考えた場合、竹とんぼの原理を応用するのが最も早い方法です。二つの向きの異なる直進運動で回転運動は生み出すことができるのです。しかし、別にわざわざ向きの異なる直進運動を用意しなくても、一本の直進運動で回転運動を起こすことは充分可能なのです。
 ここで重要なのは、一つの直進運動がなぜ回転運動を起こすのか?という回転原理のメカニズムを追求することにあります。それは物理学最大の謎である“角運動の謎”を解く糸口にもなるのです。
そもそも直線で曲線を描くことはできません。回転運動の基本原型である円を直線で表すためには、内角の総和が360度になる形を想定しなければなりません。その形とはもちろん正四角形なのですが、流体の慣性壁と衝突した直進運動(力線)が直角に反射し四角形型の運動を起こしていくのだと推理する必要があります。

 

 

そして、その力線の四角形運動に回転の遠心力が加わって、力線にカーブがかかり、それが円運動のように見えるというのが正しい解釈の仕方なのです。

 

 

 一点を中心とした回転運動が角運動と呼ばれる理由は、それが角度を刻む運動だからなのです。角度とはそもそも二辺の直線によって表されるもので、それで規定できる円運動には元々角度が備わっているという意味なのです。
仏法には輪廻を現す“四諦摂理”という原理概念が存在しており、輪廻行程には四つの基点が存在し、その基点から誕生する二種四辺の異なる行程から、輪廻運動が構成されていると説かれています。それと全く同じ原理は古来中国の易学にも存在していて、回転を表す“四相摂理”という十二支の骨格となる原理が説かれています。西欧にも回転を四区分するクォーター概念が存在していますし、見せ掛け上の形に惑わされずに、回転運動の本質を見定めれば、それは力線が描く四角形運動である事が識別できるのです。

 宇宙の運動形態をさらに分類すれば、直進運動(陰)には慣性系の直進運動(陰)と波動系の直進運動(陽)の二種類に分割が可能です。慣性系の直進運動とは、他力を加えられた物体が、その慣性のまま運動をすることであり、気体の拡散運動や落下運動などがこれに該当します。また一方の波動系の直進運動とは、磁場が物体を揺すって振動波として直進していくもので、電磁波や地震波などの衝撃波や、音波、振動波などがそれに当たります。これら波動系の直進運動は波形輪廻を繰り返しながら直進していくというギザギザ運動(サイン波運動)にあり、回転や反復をしながら直進していく性質にその特徴があります。

 

 

 また一方で、回転運動(陽)も渦系の回転運動(陰)と公転系の回転運動(陽)に分割が可能となります。渦系の回転運動とは媒体や流体が起こす渦運動で、“渦磁場”と呼ばれる重力場を形成することがその特徴です。自転している天体、流体や気体の渦がこれに当たります。この渦系の回転運動の最大の特徴は、位相運動という極めて特殊な内部運動を起こす事にあり、先にお話しましたように天体の渦磁場は生物の心の領域となっています。一方、公転系の回転運動とは磁場の中心点に対して、小さな磁場が角運動を行なうもので惑星や衛星の公転運動、電子の公転運動、電気力線や電磁力線の回転運動などがこれに該当します。この回転運動は“軌道磁界”と呼ばれる力の場を形成する運動でもあり、その回転軌道に応じた二次磁場を生み出すのが特徴となります。いずれの回転運動も、回転によって直進力(中心磁束)を生み出し、それで力の場を形成すると共に、その作用力を他に伝えていくという不思議な性質も持っています。

 

 以上のように、宇宙の運動原点は直進運動にあり、この直進運動があらゆる運動形態を生み出しているのです。従って、全ての運動は直線で表すことができるということなのですが、回転運動においてもただ回転(輪廻)するだけの堂々巡りの運動は存在せず、直進運動の遺伝子を持つそれは、回転しながらも前進していくという前進性を必ず備えているのです。例えば、時間は単位サイクルを刻みながら縦へと伸長し、数字も単位サイクルを繰り返しながら無限にどこまでも伸びていいきます。もちろん、先にお話しました様に人間の心も単位サイクルを刻みながら縦の進化を続けていくということなのです。

次回へ続く

 

オリオン牧場の似非科学の実態(1) 石油はどうして生れた?

<石油はどうして生まれた?> 
 
 石油の起源を正確に知る者は多分いないと思いますが、しかし地球磁場圏には原始時代からの映像記録が磁場に焼き付いており、お馬鹿な科学者の想像仮説よりも過去の映像を見て解析した方がよっぽど確かであり、ずっと信頼がおけます。地球には未来の記憶はありませんが、過去の事なら何でも記録が残っていると言う話であり(磁場記憶)、地球人が捏造した科学仮説(オリオン介入)は一旦脳裏から捨て去った方が良いと思われます。私は映像を見ながら解説している訳ですから、地球人の推測よりは少しはまともかなと思っております。ところで、我が国の古事記の中の一節(創世編: 特別な五柱の天津神の項目)の中に「次に国稚く浮ける脂の如く、海月なす漂えるとき、葦牙の如く萌え騰る物によりて、成りし神の名は宇摩志阿斯訶備比古遲神、次に天之常立神。この二柱の神もまた独神と成りて、身を隠したる」という文章の一節が出て来ます。この後に伊弉諾尊(イザナギ)と伊弉冉尊(イザナミ)が海を天の沼矛(あめのぬぼこ)で突いてオノゴロ島を造るという情景が説明されています。さて、原始地球の様を表現した古事記の創世伝は意外と真意を有りのままを伝えており、素直に受け取れば良いんだと感じた次第です。生物が出来る以前の大昔、神様など誕生する以前の神話で在って、古事記に登場して来る神とは生命の意味だと捉えると分かり易いかも知れません。
 
 「地球の原始海洋の表層面には大量の有機物(脂)の塊が漂い、そこから生物の源と成り得る無数の有機分子(宇摩志阿斯訶備比古遲神)が誕生し、やがてそれらは天(地球)の化身である細胞群(天之常立神)へと成長して来た(身を隠した)。何も見えない大海原に地球第一磁界(コアのこと: イザナギ尊)と地球第二磁界(地表のこと: イザナミ尊)が共同作業で海の底から陸地を誕生させた」私には古事記がその様に物語っていると感じられるのですが、あなたはその文意をどう受け止めたのでしょうか。創世編を除くと嘘の多い古事記の文献など、所詮どうでも良い話ですが、科学的には「まんざらでもないぜ」という事でしょうか。コアが熟成したばかりの原始地球は現在の月よりも体積が小さく、満々たる水を讃えた陸一つ見えない「小さな水の惑星」でした。アンモニアやメタンからなる原始大気の成分が海に吸収されて行くと、大気が透き通る事は勿論、海洋表面には大量の有機物の塊が形成されていました。それらが太陽の陽光を受け止めて、左旋光性有機物(L系=陽)と右旋光性有機物(D系=陰)の二種類に大きく分かれて行きます。これらの二種類の物質はL系の化合物のみが生命の素材となり、その多くの物(原始核酸分子、原始アミノ酸、原始糖類など)は海中に溶け込んで行きました。それに対して難溶のD系分子は徐々に沈殿を起して海底に積もって行きます(石油の起源)。
 
 生物体を構成する全ての有機分子が基本的にL系分子である事実を鑑みれば、また有機物の合成の際にはD系分子とL系分子がまるで男女の比率の様に均等に(五割五割に)誕生して来る事を考えれば(混合体: ラセミ体)、L系のみが生物体の素材として使われ、またD系はただの有機物材料として居残るものだと常識的に考えられます。皆様も承知の様に、石油は砂漠の様な低い土地や、海底の中からしか産出して来ません。アルプスの山麓から石炭の産出は有りえても、石油の産出は有りえませんね。これは一体どういう意味なのでしょうか。実はこれが星のコア(重列元素)の成長と関係が在って、地球は小さな水の惑星から始まり、コアの膨張と共に体積を増して海が段々浅く成り、海底火山の山頂が陸として突き出て来たのです。つまり海の底から陸が浮かび上がって現れて来た訳です(図参照)。古事記には海洋を抱く地球第二磁界と地底の地球第一磁界の共同作業で陸地(島)が形成されたと書かれており、それに相違はありません。その昔、D系の有機分子だけが海底に降り積もり、それらが圧力を被って重合体分子へと変成したものが石油なのです(海底のメタンハイドレードや天然ガスもその一種)。

                                                        

                              (コア成長の段階図)
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 宇宙空間の重水素ガスが重力によって圧縮配列した物が「デュートロン重列体(重列元素=コア)」であり、その核崩壊によって100種の元素が誕生し、その崩壊熱でマントルが燃えている訳です。またコアが段階的に膨張し大きく成って来たから、最初に形成された地殻(ゴンドワナ)がひび割れて大陸が移動した様に見えるだけの話であって、地球の科学者達にはなぜかコアの膨張という概念が欠如しています。無論コアを膨張させる内部圧力が地震の根本原因である事もです。コア(重列元素)は磁性を放出して「地磁気圏」を形成していますが、それを地球磁場圏(渦磁場)と混同している所が終わっていますね。混同しているから地軸が反転すると騒いでいるのだと思われます。コアは地球スピンとは同調せず独自に回転しており、時にはNSが逆転する場合もありますが、それはコア磁性のNS逆転であって、渦磁場そのもののNS逆転(地軸逆転)とは無関係な話なのです。コアの磁性を知った科学者が「コアの主成分は鉄だ(磁性を持つから)」と主張しており、その余りの馬鹿さ加減には笑いも出て来ません。
 
 真実を隠そうとして宇宙人が嘘吹いてるならともかく、洗脳され頭から信用している先生達の顔を見る度に苛立ち、また「そーなんだ」と微塵も疑わずに納得している学生達の阿呆面がまた腹立たしいと、地球人では無いこの私は特にそう感じるのであります。ただ知識を覚えているだけで、自分の頭を使って判断していない、それがチト情けないですね。宇宙創成紀の置き土産である重水素ガスを求めて、その昔はプレアデスが(重水素化ゲルマニウム合成の為)、近年ではベテルギウスが(D-tube合成の為)、原始星雲に出向いて盛んに重水素工場を建築していましたが、現在の地球人がその価値に気づく事は無いかも知りませんね。重水素ガス(デュートリウム)や三重水素ガス(トリチウム)と言えば「水爆」の原料とされていますが、はて何処の国なのか知りませんが、現実には有り得ない架空の爆弾である水爆を装って、一度に原子爆弾を三個も爆発させた間抜けた国もある様です。どこを見てもお馬鹿のオンパレード、付き合い切れませんな。ブヒン!!
 
 
次回に続く
 

オリオン牧場の似非科学の実態(1) 蛍光灯はなぜ光る?

 

<蛍光灯はなぜ光る?>

 蛍光灯がなぜ光るのか、その本当の原理を知る者は地球人には居ません。原理は分からなくても照明道具として既に使っているのだから今更原理を掘り返す必要が無いという短絡的な姿勢が、いつまで経っても無知の壁を突破できない「アンポンタン科学」を構築してしまったのです。蛍光灯は真空放電管を利用したものであり、陰極の金属を熱して「熱電子」を放電管の内部に放出して初めて光を発する様になります。そもそも光とは粒子振動によって生じて来るものであって、それは空間媒体である気の粒を伝導する「波」の事です。ニュートンやアインシュタインは、光の正体とは「光子」であるという粒子説を主張しましたがそれは「嘘」です。粒子が波形運動をして飛翔する訳がありませんね。「なぜ嘘だと分かる?」と言いたい方が居るかも知れませんが、アインシュタインの顔写真を見れば嘘か真実か明白に分かると思います。オリオン野郎の彼は「アッカンベー」と舌を出しており、それは嘘を付いている証拠ですね。冗談はさて置き、蛍光管を光らせる為には内部に閉じ込めた粒子ガスを一斉に振動させなければ発光現象は起こりません。仮に電子銃でガス管を打った所で、電子衝突で発光するガス分子は手前の部分のみ、蛍光灯の様にガスの全体を振動させる事はできません。

 真空放電管に高い電圧を付加すると、陰極からは「陰極線」と呼ばれる正体不明の磁力線が出ている事は19世紀の半ば頃(1858年)には人類は既に分かっていました。その陰極線自体が蛍光を発し(周囲の大気分子を吹き飛ばして発光する)、まるで棒の如く磁石の磁力線に反発して動く事も実験を通して分かっていました。問題はこの陰極線の正体であり、それが分からなければ蛍光管の謎は永遠に解けない事になります。なぜならば蛍光管とは真空放電管の事だからであり、この研究を通して人類は初めて電気を運ぶ当体(キャリア)としての「電子の存在」に気づいたからです(1897年)。ここで頭を整理して考えてみましょう。人類はその頃には既に電気を起こして利用していました(18世紀初頭から)。電子の発見が約200年後だった訳ですが、電子とは余り関係の無い電気の存在と、電子が関わる電気の存在という二種類の電気に研究者達は頭を悩まし続けていたのでした。実は電気に関して人類の頭が整理できない理由は、「電圧と電流の定義」が間違っているからであり、電圧流(起電流=大電流)と、それによって生じる電子電流(直流=小電流)という様な区分けができておれば何も問題が無かった事になります。

 発電所や発電機から生じて来る電気は起電流の方であり、それは磁気の流れですが(大電流)、それを金属に流すと電子が配列して電子の磁束流(小電流)が生まれるという構図こそ電気の実体なのです。それなのに電気を水道管の水流と水圧に例えて説明しているから生徒はチンプンカンプンになってしまう訳です。そもそも電気を教える立場の先生が良く分からないままに生徒に教えているから、良く理解できない子供達は電気離れを起こして行くのです。さて、話を本論に戻しますと、真空放電管から出ている陰極線とは、実は電子が数珠状に配列した無数の電子バイパス(電子鎖)の事であり、それらの電子の供給元が陰極部の金属なのです。真空空間に電子を配列させる力とは、陰極から陽極を貫通して走る大電流(起電流)の方であり、それが真空管の中の電子を棒状に配列させており、その電子バイパスの中を貫通して走るのが「電子磁束(電流)」であって、その電子磁束が陽極に影を落とし、陽極に対して物理的な衝撃を与えているのです。また電子バイパスの電子間隙から漏れ出した電子磁束が気薄な大気分子を弾き飛ばし、あるいは封じ込められたガス分子を弾いて発光せしめているのです。

 

(蛍光管の電子バイパスと磁束の流れ)

 

 従って、1897年のトムソンの電子発見は電子では無く、電子磁束を電子だと勘違いしただけの話、それ以来彼の勘違いは今日まで続いており、TVの電子銃から実際に電子が飛び出していると思っているから呆れてしまいます。TVの電子銃から放たれているのは陰極線であって、TV画面に映像を刻んでいるのは電子では無く、電流線(電子磁束)に他ならないのです。ところで、小電流の方は電子間隔が開き過ぎると電流そのものが途絶えてしまいますが、大電流(起電流)の方は、電子があろうが無かろうが、あるいは真空であろうが無かろうが、それとは無関係に物質を伝導して来ます。高圧電線は絶縁体でくるんでいるにも関わらずそれを貫いて電気が流れており、実際に電線に触れて無くても感電が起こります。電気には直流に象徴される小電流と、交流に象徴される大電流という二種類が存在する事実をちゃんと認めて頭を整理しなければならないでしょう。

次回に続く

 

流転(運動)の形態(1) 

流転(運動)の形態

 我々の生きるこの世は“虚無の実相”の世界です。と言っても分かりにくいのですが、物体という絶対的な物は存在しない世界なのです。実相世界と言っても、実相など本当は存在せず、この世は運動が奏でる見せ掛け上の物質世界に過ぎません。見せ掛け上のとは言っても、実相を有するように見えるものは必ず流転(運動)していますので、その陽化の直線運動も絶対的なものなのです。川がどんなに蛇行しても、また光がどんなに反射しても、彼らは戻ることなく直進の一途をたどっていると言う事なのです。

 ところで、先にお話したように川は輪廻しますが、それに対して光は輪廻せずに永久に直進していきます。どちらも後退せずに前進していく物なのですが、川の直進運動と光の直進運動とは運動形態そのものが異なります。この宇宙には一体どのような運動の種類が存在するのでしょうか?
 西欧科学では、この宇宙には大別して異なる二種類の運動形態が存在すると考え、直進運動と回転運動の二つを想定してきました。しかし、中世ルネッサンス時代に開花したニュートン力学は、これらの運動原理を表面的な数理解釈で現象を説明するための辻褄合わせの作業のみに止まり、運動の本源を解析することはありませんでした。彼らは直進運動や回転運動が示す物理性質を解析しただけで、運動そのものを生み出す力のメカニズムを追及したわけではありませんでした。結局、西欧科学はその出だしの一歩から底の浅い運動力学を打ち立てる結果となり、その軟弱な基礎土台の上に現在の応用物理が構築されています。一旦、基礎を踏み誤った迷走科学はどこまでいっても間違い科学でしかないのです。

 では、陰陽哲学で運動原理を解析する場合、一体どうような分析の仕方をするのでしょうか?ここでは、それについてお話したいと思います。物理学や数学があまり好きでない方も、重要な内容ですので少し我慢して読み進めて行ってください。

 まず、直進運動と回転運動はどちらが陰陽なのでしょうか?
解析手順の第一歩は親元となる陰を見定める所から始まります。宇宙が気の粒と呼ばれる最小粒子の集合体であると考えれば、その粒子がただ存在しているだけでは何も起こりませんし始まりません。まずはそれらの粒子が収縮して爆発的に拡散膨張する事によって宇宙がすると考えなければなりません。いわゆるビッグバンです。超密度に圧縮された一様な均一粒子が一斉に拡散運動(放射状直進運動)することが宇宙の始まりであるとすれば、そのはじめに誕生した運動は当然ながら直進運動です。この直進運動があらゆる運動の原型であり、その元初の姿といえます。もちろん、陰の直進運動が陽の回転運動を生み出すと考えるのが陰陽哲学の基本手法です。

 

(爆発的な拡散膨張と直進ベクトルのイメージ)

  では、単なる直進運動が一体どうやって回転運動を生産できるのでしょうか?

 

次回へ続く

 

 

オリオン牧場の似非科学の実態(1) 半導体って何なの?

<半導体って何なの?> 
 片側からは電気が流れるが、その反対側からは電気が流れない物質、それが半導体の名前の由来です。半導体を物理学者の様に難しく考える必要は全く無く、それを簡単に説明すれば、乾電池のプラス極側からは他電流を入力する事ができるが、マイナス極側には流す事ができないという事であり、極めてシンプルな話です。承知の様に乾電池のプラス・マイナスとは電流の入口と出口の事、乾電池はマイナス極から電流が出て、最終的にはプラス極に戻るという行程(ループ電流)を辿っている事から、その乾電池に他から別の電流を流す場合は、入口からならば電流が重複して入るが出口からは電流同士が衝突して流れないという極めて当たり前の話なのです。半導体とは既に電池の様な構造が内部に存在する物質の意味なのです。たったそれだけの話に過ぎないのに、どうして半導体分野という特別な学問分野まで立ち上げる騒動となってしまったかと言えば、実は科学は電池のメカニズムが分からないままに、つまり電池がなぜ電流を生み出すのか、その原理が未だに分からないままに今日まで来てしまったからです。分かってしまえば「馬鹿馬鹿しい、あったり前じゃないか」と思えるのですが、頭の中が整理不能な混乱の渦中にあるのが地球科学の現状なのです。
 
 
 
 ここでボルタの電池(1799年)を考えてみましょう。希硫酸溶液の中に亜鉛板と銅板を浸して、両者の上部(浸かっていない部分)を銅線で繋ぐと、その銅線の中には電流が誕生していて、銅線間に豆電球を挿入してやるとそれが光り輝きます。これは明らかに電気が発生して電流が流れている事を証明するものです。当然、当時の科学者は電気の発生源を色々まさぐった結果、亜鉛イオンや銅イオンの電荷が銅線を介して流れていると考えました。当時としてはそれ以外に説明のし様が無かったからです。ここで良く頭の中を整理して考えてみましょう。電球が一瞬間光るだけならそうかも知れないと考えますが、電球がある程度の時間光り輝くという事は、電気が流れ続けていると言う事であり、出口から放出された電流は入口に戻るという電流のループ循環を考慮すれば、イオン電荷説ではループが成り立たないのであって、電流を生産し続けてそれを循環させている発電当体が別に存在するのでは? と頭を巡らせなければならないのです。
 
 
(ボルタの電池と水中電子バイパス)
 
 さて、亜鉛板と希硫酸の化学反応の結果、二個の電子が余剰となって水中に吐き出されます。また銅板と希硫酸の反応によって一個の余剰電子が水中に吐き出されます。電子の密度差によって電子移動が発生し(均一になろうとする作用が働く)、その際に電子同士が互いの極性を揃えて配列し一群の電子磁束(電子電流)が誕生し、それが出口を求めて銅線の中を移動して行くのです。つまり亜鉛極と銅極を結ぶ水中電子バイパスが希硫酸の中に形成されているのであって、その存在こそボルタの電池の発電当体と言える訳です。それと全く一緒なのがバッテリーや乾電池であり、バッテリー溶液の中にも、あるいは乾電池の中にも一群の電子の配列鎖が形成されています。半導体とは内部に既成の電子バイパスが存在しており、それは微小の磁性を呈示しているものであって、当然電流の出口と入口が備わっているものです。電気が流れる(YES)、電気が流れない(NO)という宇宙の二元信号(陰陽信号)はcomputer原理そのもの、半導体原理はデジタル信号時代の中核を担っている事は承知の通りです。ただ問題が一つ、電子配列鎖(電子バイパス)は長時間に渡っての存在保持が難しいと言う点でしょうか。電子鎖を固定させる様々な工夫が必要とされます。

ところで、電子という粒子を固定し磁極を揃えて配列させると長時間に渡って電流が得られます。無論、電子反発を避けた等間距離を保つ事が重要ですが、参考までに生体電流(水素原子電流)を見ると、炭素鎖に固定捕獲された水素原子の磁束(電流)が特定の等間距離を保って万年電流が流れる様に設計されています。この水素電流をループさせて磁場を形成しているのですが、この磁場こそ物の命と言えるものです。蛋白分子の命、細胞の命、臓器の命、そして体全体の命とはこの水素電流が奏でる場と言えます。ちなみに空の上の生命位相はギエ基盤の中に電子を配列させて電磁場を形成しています。

 
        
 
(生体電流の構造)
 
次回に続く
 
 
 

陰陽流転(陽化の概念)

陰陽流転(陽化の概念)

 陰陽査定の矛盾

 最も難解な生(陰)と死(陽)の陰陽区分が正しく識別できるならば、全ての事象の陰陽を正確に分類することができるようになります。その陰陽分類の鍵となるのは、陰から陽へと一方的に流転していく“陽化の潮流(成長の流れ)”となります。従って、その絶対潮流を先に見定めることが必要となります。陰陽合体したものは必ず陽が流転して死の方向へ導かれていきます。この現象のことを陽化流転、または単に“陽化”と呼んでいます。この陽化(成長)は必ず回帰原点(仮零点)に至るまで続きます。途中で止まったり、逆流することなく行き着くところまで進むわけです。したがって、その陽化の潮流を見定めれば、どちらが陰でどちらが陽か簡単に見定めることができるということなのです。

 

 しかし、その時に注意していただきたいのは、一方通行の流転を見定めると言っても人間がその観点を変化させたり、あるいはそれを包み込む“場”が反転すると、前後・左右・上下が逆転してしまい、まるで陰陽が正反対になったような錯覚に陥る場合があると言う点です。始まり(陰)と終わり(陽)を勘違いすれば、それだけで陽化の潮流は逆転してしまいます。例えば、北半球においては右巻きの高気圧(陰)と左巻きの低気圧(陽)に分類される気圧渦ですが、磁場が反転した南半球においては、右巻きの低気圧(陰)と左巻きの高気圧(陽)となり北半球とはまったく反対の気圧渦となってしまいます。この現象だけを見れば、陰陽分類は非常に複雑で難しいものに感じられます。しかし、一見分類が不可能のように思える事象であっても必ず陰陽は決まっているのです。地球の北半球と南半球でも同じで、どちらかが陰でありもう一方が陽と決まっています。
 我々の生きる宇宙(小宇宙磁界)は左巻き(反時計回り)宇宙です、銀河系も太陽系も地球もみんな左巻きに回転しています。従って、地球上のどこであっても左回転が陽となり、右回転が陰となることが決まっているのです。
球形の地球であってもその上下左右を決定するのは簡単ではありませんが、地球が左回転をしていて回転軸が定まっていることを考えますと、その上下はN極が上となり、反対にS極が下と明確に決定できます。左回転の地球では、同じく左回転する低気圧が陽と決まっている訳ですが、その低気圧を南半球では右回転と錯覚してしまう理由は、それを判断する人間の上下が逆転していることに気づいていないからなのです。逆さまに立っている南半球の人間は、足に目を付けて見て判断しなければならないのです。地球をN極側から覗き込めば左回転していますが、反対にS極側から見上げてみれば右回転しているわけです。つまり観点を変化させると回転方向も変わってしまうということなのです。

 現在の科学理論においても、計ったように大半が陰陽哲理とは正反対の内容を導いており、本当に正しい判断ができているのかと疑問に思う内容もあります。貴方も学生時代に学んだ内容を鵜呑みにしないで、陰陽哲理に照らし合わせて検証し直してみられたらいかがでしょうか。

 

次回へ続く