生命査定術 その3

〈余波率に関して〉
 一年を十二分割したものが月節であり、また一日を十二分割したものが時節である。現代は昔と比べて悠長な時代ではない事から、時節は二十四分割されているが、べつに四十八分割にしても基本は何も変わらず、時節は原則として二時間単位で変化して行く。磁場の変化サイクルは温度のサイクルと一緒で、バチッと包丁で切った様な様変わりの仕方はしない。必ず余韻が残って次の月節や時節に前節の影響が食い込んで行く。易学ではその割合を「余波率」と呼んでいる。例えば、昨年と今年の境目は学問的には毎年1月5日頃(1月4日〜1月6日)だが、1月とは子月であり、陰に伏した胎児月であって、今年のイメージなど実際にはこれっぽっちも無い。やはり今年一年の感覚は2月4日(丑月の初まり)の節分から出発しており、だがそれでもまだ今年感は薄いもの。実際上は今年一年の稼働は春3月(寅月)からであって、何事も陽の比率が三割を占めないと「陽動」にはならない。しかし、3月はそれでもまだ年初めとは言えない。易学上では誕生(今年の始まり)を意味する2月4日の節分をもって、それより前に生まれた方は昨年の干支、またそれより後に生まれた方は今年の干支として扱っている。胎児期は生まれる以前の母体の管轄下、人間としてのスタートはやはり赤ちゃん(丑)からである。
 
 時節に関してもその理屈は同じで、丑刻(朝3時〜5時)の始まりの時刻を基点として昨日と今日の境目としている。ただ、経度の違いで生まれ時間に多少の差がある為に(日本の場合は明石を中心に前後約30分間のズレ)、それを加味しなければならない。丑刻は原則として朝3時〜5時の間だが(昔は朝1時〜3時までが丑刻であると間違って認識していた)、丑刻の余波は実際上は朝4時〜6時まで残っており、この時間帯に生まれた方は丑の容貌や容姿を持って生まれて来る。では東京で朝の2時00分に生まれた方は昨日生まれなのか、それとも今日の生まれになるのかと言えば、明石-東京間の時間差は10分以下である為に、この方は暦上は朝の2時10分頃の生まれとなり、実質的には前の日に誕生した生命であって、子の刻生まれでアセンダントが真裏の午の顔で現れる事になる。子刻の範囲は原則的には朝1時〜3時までだが、子刻の余波が朝2時〜4時まで効力を持っている。従って、朝の3時00分に東京で生まれた方は事実上の生まれ時間は3時10分となり、この方は本日生まれであって、丑刻で誕生したにも関わらず、実際には前者同様に午の顔で現れる。
 
 辰月(双子座)とは原則的に5月6日〜6月5日の範囲であるが、辰月の余波が及ぶのは5月21日〜6月21日であり、例えば5月19日生まれの方でも月節の性格は一つ手前の卯月のものであり、辰月の性質は何も持っていない。一方、5月22日生まれの方は正真正銘の辰月生まれで、辰月の性質を示す。ちなみに辰刻の正式範囲は朝9時〜11時までであるが、辰のアセンダント範囲(余波の範囲)は朝10時〜昼12時までの間である。非常に厄介な話だが、昨年と今年の中間点に生まれたからといって両方の性質を示す訳ではなく、必ずどちらか一方の星を取っているもの、両方の性質を比較すれば明らかに異なるのですぐそれと分かる。その方の生年月日が境目で、どちらなのか判別が付かない場合は、我々はその方のズザネ管を手繰って、どの磁界に位相が存在しているか確認する事が出来る為に間違う事などあり得ないが、だが性格や体質を見ればその違いは歴然としており、いちいち位相を確認する必要も無い。生まれ年にはその年共通の性格があって、また生まれ月にも共通の性格や特徴がある。さらに生まれ日の性質は位相の性質そのもので本質的なものであり、また生まれ時間では基本的な骨格や容姿まで分かってしまう。
 
 
 
 
   5) 辰(たつ)の生命      ※ 磁界: 第5磁界(知性階)
                ※ 容量: 5cal
                ※ 分類: 仮諦階仮諦(液体階液体)
                ※ 人象: 青年(青春期)
                ※ 星座: 双児宮(双子座)
                ※ 月節: 5月(辰月)
                ※ 時節: AM9時〜AM11時(辰刻)
 
 
         ※ 〈磁場の特徴〉
 第5磁界は第4磁界を取り囲む領域であり、同じく星間物質を大量に生産する磁界である。高度半径は約2万7000km、上の第6磁界と下の第4磁界に挟まれた領域であり、岩石渦が例外的に少ないのが特徴である。この磁界の役割は主に「水(H₂O)」を生産する事であって、同じ惑星の土星や天王星や海王星でも「環」の中央部に当たるこの第五領域には大量の氷塊が浮いている。古事記ではこの磁界の事を「大斗乃弁尊(おほとのべのみこと)」と称するが、第6磁界の天体力体(内ヒール力体: 正12面体)の直轄領域であって、水磁場被膜に包まれた特殊な領域である。太陽系内では地球以外にヒール力体を備えた惑星は存在しないが、生物創造に関わる最も重要な中核領域の磁界である。コアの育成段階の原始地球には重水素ガスしか存在しないが、各種のコアが形成されて、D-重合体が分解し始めると大量に作られる元素が岩石の主成分である酸素とケイ素であり、ヒールの水磁場被膜は上下の磁界から酸素分子を捕獲し水を生産する場であるが、同時に「水分子を水たらしめる特殊な形質」を転写するのも水磁場被膜の役割、その力学被膜は今も健在であり、地表の水に常に作用を及ぼしている。水ほど不思議な分子は存在しないが、「生物の心は妙諦、意識は空帯、体は仮諦(けたい)」というのが、人間王国の伝統的な格言である。現在の第5磁界には水分子は無く、バン・アレン帯の上層部を占め、赤道環電磁場の内部にあって、プラズマ化した粒子が飛び交う放射能帯を呈している。
 
         ※ 〈辰の意味〉
 辰の語源は「震もしくは振(しん: ふるえる)」であり、もともと枝葉を繁らせた植物が風に震える様を表現したものである。漢字の象形は二枚貝の中から舌(擬足)が出た形状であり、二枚貝とそっくりな唇(くちびる)や女性器(大陰脣)を象徴し「娠(みごも)る」事を意味している。また「振」とは振動や振り子の意味で、男性の往復運動を指している。従って、辰とは「竜(たつ)」の意味ではなく、この生命が恋愛に現を抜かして宙を飛んで歩く事から、非現実的という意味で架空の産物である竜になぞらえられた。辰は生命の第五段階を指す表意言語であり、季節は5月(立夏)、植物で言えば、開花し花びらを出して受粉する段階を指し、人間で言えば、思春期を過ぎた青春真っ只中の若者であって、結婚して子作りをする段階の意である。植物にしても人間にしても、生涯の中で最も活性に富んだ、華やかで麗しき夢の様な一期間、しかし意識が高揚し、精神が浮き上がって現実から離脱する五月病(鬱病)の如く、必ずしも良き期間とは言えず、とかく青春期とは未熟な大人の期間とも言える。易学上では辰は陽化具現率が40%を超えた段階を表し、エネルギーを貰う段階からエネルギーを吐き出す段階になった事を意味している。また仏法十二因縁では「愛(あい)」と呼ばれる生命段階で、「してもらう」欲望から「してあげる」愛を持った段階とされている。また西洋占星術では黄道十二星座の中で五番目に出現する星座を双子座と称し、夢と現、愛と欲望、善と悪、嘘と真実、楽しさと苦しみといった、互いに矛盾する正反対の要素に苦悩する青年の星として語られている。
 
         ※ 〈磁界の質〉
 第5磁界の特徴は、何と言ってもそれが星間物質の主軸である「水」を生産する磁界である事である。下層の第4磁界は主に有機物の素材を生産する磁界であったが、生物体は材料だけでは組み立てられず、基本的に水無しでは命の生理そのものが営めない。無論、水を供給したところで、それが液体(仮諦)でいられる物理条件が揃っていなければ意味を持たないし、また「水磁場被膜」が水に特殊な能力を付加してやらないと水本来の特異性が生まれて来ない。だが、水の重要性は敢えて述べるまでもなく、生物体にとっては必要べからざるものである。辰の生命をよく観察すると、液体の水が持つ特性や能力とよく似た傾向を示す。これはもしかすると青春期の人間に共通するものかも知れないが、万年青年の雰囲気を醸し出す辰の生命からは大変色濃く感じられる。水の溶媒力とは他の物質を溶かし込む能力の事だが、「受け入れて許容する能力」が大変高い事が辰の生命の大きな特徴と言える。親や先生などの説教や命令もよく聞くし、また他人の意見や友達の意見もよく聞いて理解するので、守る守らない、従う従わないは別問題として、素直に容認して聞き入れる事自体が素晴らしく、その様な意味では大変育てやすく、また物覚えが良い生命で、何に対しても興味を抱いて幅広く知識を吸収してくれるので、いわゆる「優等生」の生命と言える。普通の生命は好き嫌いがあって拒否反応を起こすのに、この生命は意見でも知識でも万遍(まんべん)なく受け入れるので、そこが凄いと言わざるを得ない。聞く耳を持つ事、知識を幅広く取り入れようとする事、これは何でも受け入れる水の溶媒力と、何でも記憶してしまう水磁場の磁性力と同じである。
 
 水の特殊能力は溶解力や溶媒力だけではない。生物体にとって危険な刺激物質を水の分子磁場内に抱き込んでは無毒化(イオン化)し、それを排出したり無害な形に変えて利用したりする作用能力がある。例えば、そもそも食塩(NaCl)そのものが、Na原子にしてもCl原子にしても有機体にとっては大敵の危険分子であり、Naの超過激な電荷陽性度(化学反応力)と、Clの悪魔的な電荷陰性度(化学結合力)はいずれも破壊的なものだが、水六員環クラスターがそれを取り込んで無害化し、水錯体イオンとして、水自身が悪玉の力を利用して有益な生体分子として機能している。鉄原子にしても、Mg原子にしても、Co(コバルト)原子にしても、本当は危険な物質だが、水が錯体化する事によって、ヘモグロビンや葉緑素や呼吸還元酵素として、生体機能の重要な因子として役割を担っている。重要な認識は、液体の水が生体磁場の指令に従って生体物質を動かし機能させている事であり、鉄原子は単に水に利用されているだけに過ぎず、生体の主人公とは一体誰なのかという物事の仕組みを理解する事が大事である。生体磁場の化身である水磁場、それは生物生理の中核を担うものだが、辰の生命にはそうした水磁場の特性が備わっており、自分の事で精一杯のこれまでの本能的な生命達とは異なる。辰の生命は外界に対する作用力を備えており、人に対する親切心や同情心、社会に対する貢献心、その場の雰囲気を察知出来る繊細な感受性、生き物を愛する心、自己を伸ばそうとする向上心など、少し青臭いが、人間生命として本格的に心を稼働させた感が深い生命である。
 
 第5磁界は液体階の中の液体領域に属しており、水で表現すれば冷水(第4磁界)と熱水(第6磁界)に挟まれた常温(体温レベル)の水である。地球に液体の水が存在する理由は、地球の軌道領域が太陽磁場圏の第5磁界に当たり、ほど良い温度が保たれているからである。熱水は常温水よりも溶媒能力は高いが、個々の水分子の活動力が優って水磁場の本来の組織能力が損なわれてしまうし、また冷たい水は逆に個々の水分子の反応性が弱く、水磁場の組織能力が固過ぎてあまり発揮出来ない。また第5磁界は重力という内向きモーメントが微弱であり、その分外向きモーメントが強く作用する為に、自分以外の事にも関心を持って来る。無論、第5磁界は重力下の磁界であって、自己意識が依然として強いものの(自己顕示欲が強く見栄を張る)、内面にも外面にも同等に神経を張る事から、多感で多情、優れた感受性と、旺盛な意欲と、抜群の行動力を誇っている。そもそも第5磁界は生物環境を整える為の特別な領域、いわゆる理想的な環境を作り出す為の場である。そのせいなのか、辰の生命の理想主義は如何ともし難く、何をやらせても上手にこなすのに、自分が理想するものが出来上がらなければ自分自身を許せないのか(納得出来ないのか)、完成間際でいつも投げ出してしまう。物凄く能力が高い生命なのに、良くも悪くも物事を完遂させないところがあり、この生命の最大の欠点(途中挫折)と言える。少しでも瑕(きず)が見えてしまうと、もう熱意が薄れて飽きてしまうのである。
 
 第5磁界(辰)と第11磁界(戌)は生命の下限と上限に当たる事から、辰の生命の背後にはいつも正反対の基質である戌の生命の特性が見え隠れしている。優しくて素直で勉強好きで非暴力的な辰の生命(お利口ちゃん)の真裏には、それとは真逆の顔が潜んでおり、怜悧で虚無的で残酷な破壊王の一面が隠れている。感受性が高い辰の生命は裏側に潜む真逆の自己の存在に気が付く事から、その葛藤に苦しんでいる姿をよく見掛ける。まるでジキルとハイドの如く、善良な顔と悪魔的な顔を持っているのである。無論、それが双子座の名前の由来にもなっているのだが、普段は思いやりのある慈悲心に溢れる生命なのに、相手の態度如何で、あるいは自己が置かれている環境次第で、鬼の様な残忍な生命に変身する場合もあって、正気と狂気が入り乱れる事が少なくなく、高性能生命だが精神的に脆く不安定という評価は免れない。あれほど可愛がっていたペットなのに、またあれほど執着していた作品なのに、ある日突然に可愛くないと思い始めて、また何とお粗末な出来映えだろうと思い直して「見向きもしなくなる」と言う突然の豹変ぶりは、ペットにとっても作品にとってもあまりの仕打ちである。それまで手間隙を掛けて来たのだから、ペットを最後まで面倒を見る責任、また作品を最後まで完成させる義務は遂行せねばならず、「嫌になったからやらない」という問題ではない。不安定に揺れ動く情感、この生命は自己の感性だけで物事を判断してしまう傾向が強いので(知性だけで結論を出してしまう)、重い責任が求められる仕事には不向きかも知れない。
 
         ※ 〈一般的性質〉
 一般に辰の生命は多情多感で鋭い感性を持っており、「アッと言えばツっと返って来る」様な、機敏な反応性に富んだ動的な生命である。頭の回転も滑らかだが口の回転も滑らかで、おまけに心の挙動が激しく、外面も内面も何ともせわしない性分で、ジッとしている事が少ないまことに落ち着きが無い生命である。その場の雰囲気や状況に合わせて無節操にもコロコロと気分や態度を変化させる為に、一向に捕らえどころが無く、傍から観察すれば、如何にも方円の器に従う水の如き軟弱系の液体人間であって、一定で確固たる自色を示さないカメレオン風の生命と言える。基本的に格好付け屋さんで見栄張る君、恥をかく事を大なる屈辱として恐れる傷心人間であって、その弱くて脆く壊れやすい神経は「ガラスの心臓」とも呼ばれている。だが、この生命は大変な知識家であり、知らない事を恥と感じる生命で、優秀な記憶力で次々と知識を吸収して行くが、興味本位に何でもカンでも手を染めて、間口ばかり広げてさっぱり奥行きが無い傾向は否めない。物知り博士を装っても、幅は広いが表層の浅い知識に止まり(クイズ王)、深い専門知識を身に付けたり、自己の理論を一向に築き得ない請売りの「疑似博士」である。
 
 そもそも、この生命の得意技は仕事の要領や骨を掴む早さであり、切れ味の鋭い高性能マシーンであるところが売り物であって、状況に合わせて臨機応変に処理し、変幻自在に操作する能力を武器にしている生命である。人より上手にやって見せるとか、描き方や表現力が人より上手だとか、誰よりも上手く操縦出来るとか、そうした類いの生命であって、開発する人間でもなければ、一から開墾する人間でもなく、また創作して築き上げる人間でもない。本人は開発者や発明家やパイオニアや創作者に憧れるが、その実力が伴わない理由は、物事の多くを知性階(つまり感情階)で用を足してしまい、理性階や精神階をさっぱり使わない生命だからである。重力圏内の小物磁界をそのまま使用している為に精神の器が小さいままであり、小さいからこそ感受性が強く、人の言葉にイチイチ振り回されてしまうのである。特に第5磁界や第6磁界の生命は、べつに精神の裾野を広げる努力を講じなくてもそのままでも普通に生きられる磁界の容量を備えている。そのせいか、知性階から卒業出来ない方の比率が圧倒的に多い磁界でもある。実際問題として、東大出の優秀なエリートなのに六道劣化してしまうというケースが多く、知識を修得する磁界が知性階で、知識を活用する磁界が理性階であって、知識を丸暗記して頭をさっぱり使っていないのが知性階の生命の特徴なのである。
 
 辰の生命のもう一つの特徴は異性に対する情欲の強さであり、恋をすれば体ごと溺れて何も見えなくなってしまうという典型的なタイプと言える。辰の感性の豊かさが恋するロマンチストを作り上げているのか、それとも恋する事に恋しているのかよく分からないが、その恋愛観は大変能動的なもので、一旦好きになった者だけを対象に発動し、その一途な情愛が覚めない限りは他の異性には目もくれず、いくら言い寄られても関心すら抱かないという一直線な性質を示す。つまり自分が好きになった者しか眼中に無いという一本気の片道基質、横槍的に他の異性が介入しても、自分の理想像とマッチする相手でなければ恋愛劇には決して発展しないというのが辰の恋愛観の典型的な特徴である。当然、辰の生命にとっては恋愛=結婚だから上手く行く筈も無い。手に入れてしまえば覚めてしまうのが物事の道理、辰の恋愛観など相手をモノにしたいという「愛欲」に過ぎなく、それは愛では無く欲望の一種だからである。そもそも恋愛の相手と結婚の相手は別もの、結婚は人生のパートナーの選択であり、本物の愛など後から生まれて来るものであって、欲望の様に最初からありきのものではない。辰の生命は後先の思慮分別も無く、全身全霊で恋にのめり込んで、自ずと知れた結果を招来させてしまう。たとえ恋を実らせても、一年も経たないうちに冷め切って己の浅はかな行動を嘆き、自己嫌悪に陥るのが一般的な相場である。
 
 この生命は哀れみ深く同情心の発達した優しい生命であり、特に傷を負った弱い者を庇護する思いやりが強い。従って、心根の悪い人間だとは誰も思わないが、夢ばかり追って確固たる意志や目的を示さず、またその場凌ぎのいい加減主義が単なる粗忽なお調子者にしか見えず、家族や周囲の者にとっては何とも頼りにならない非力な人間に見える。仲間同士で飲みに行っても、酒の勢いを借りて「俺に任せろ」と言っては見たものの、本人はその場限りの心情を口にしただけに過ぎなく、結局お役を引き受けると約束したにも関わらず、何一つ実行されずに仲間に対して不義理を重ねてしまう。時に発奮して「俺程教養のある者はいない」とばかりに物識顔をするものの、すぐに突っ込まれて知識の浅さを露呈してしまい、恥の上塗りをする事になる。辰の生命と言えば感情階の真っ只中の生命、ここにいる限り(精神を置く限り)、水磁場の器を出られず、世俗の中から一歩も抜け出す事が出来ない。頭を使っている様に見えても、さっぱり自己の頭を使って真剣にものを考えた事が無いので劣化を余儀なくされてしまう。しかし、精神修行を積んだ方はごく普通に上階を使用しているし、六道劣化するどころか解脱して地球人を卒業している方もいる。
 
 
 
 
   6) 巳(へび)の生命    ※ 磁界: 第6磁界(知性階)
               ※ 容量: 6cal
               ※ 分類: 仮諦階空諦(液体階気体)
               ※ 人象: 中年(壮年期)
               ※ 星座: 巨蟹宮(カニ座)
               ※ 月節: 6月(巳月)
               ※ 時節: AM11時〜PM1時(巳刻)
 
 
         ※ 〈磁場の特徴〉
 第6磁界とは仮諦階の最終磁界であり、地球12磁界の真ん中に相当する央分磁界(高度半径約4万8000km)であって、一年の半分もしくは一日の半分に当たる中間の磁界の事である。無論、高度半径が800万kmにも及ぶ渦巻全体から見れば内部のほんの小さな磁界だが、この領域を境にして内磁場(陰)と外磁場(陽)に分かれている。登山行程で言えば前半の登り行程と後半の下り行程の真ん中(頂点)を意味し、一日で言えば前半の午前行程と後半の午後行程を分ける境目(正午の事)の意味であるが、西洋易が東洋に伝わった際に解釈の間違いが生じたのか、真ん中は巳刻と決まっているのに午刻にしてしまった事から、西洋易と東洋易には2時間のズレが生じてしまった。本来、正午(しょうご)ではなく正巳(しょうみ)と表現し、午前を巳前(みぜん)、午後を巳後(みご)と呼ぶのが正解である。古事記では第6磁界は「意富斗能地尊(おほとのじのみこと)」と称されている。内磁場(下六道界)と外磁場(上六道界)を分ける第6磁界の中央部に重力交点とも呼べる「内テトラ球体」が存在し、それより内側は重力圏、それより外側は磁力圏であると決まっている。第6磁界は星間物質を生産する磁界であり、主に岩石を形成しているが、岩石内の鉱物元素は原子量が170以下の中間質量のものが多い。系内で出来た浮遊岩石は、既に系外に弾き出されたものと地表に落下して吸収されてしまったものが存在するが、特筆すべきは衛星の月であり、月軌道は本来第6磁界と第7磁界の中間点に位置していたが、徐々に離心して現在の軌道にある。
 
 
         ※ 〈巳の意味〉
 巳の語源は「巳(み: たつみ)」と、それと正反対の方向の文字が隣り合った形状の漢字が原型(実像と鏡像を並べた形状)、もともとは西洋占星術のカニ座のマーク(♋️)からなぞらえられた合成漢字で、その意味は「〜が終わって〜が始まる」という境界の意味である。従って、巳(み)の原形は巳(たつみ)であり、逆向きの巳(鏡像型)の方は省略されて片側だけの形状に簡略化されたもので、動物の蛇とは全く無関係である。この生命が「迷いの生命」であって、信奉心と猜疑心の狭間でクネクネと不安定に揺れ動く性癖がある事から、後の世で「蛇」になぞらえられた。6月の夏至点(極点)を境に日長(日照時間の長さ)の上りの行程と下りの行程が分かれる様に、人間も壮年期(40歳代)を境にして、これまでの「大人に成長して行く生道行程」と、逆に「老人に向かう退道行程」という両行程に分かれるが、その中間点(分かれ道)を指す。植物で言えば枝葉を充実させた極繁状態、人間で言えばやっと大人になった状態、登山で言えば山の頂点に到達した状態、水で言えば熱水(液体)と水蒸気(気体)との臨界点、昆虫で言えば幼虫と成虫の中間点(さなぎ)を意味している。完成とは程遠い「駆け出しの大人(40代)」の生命段階を第6段階と称している。易学上では巳は陽化具現率が50%を超えた状態(60%未満)を意味しており、また仏法十二因縁では巳は「取(しゅ)」の段階とされ、未だに煩悩の欲望世界の中で奪い合いに没頭している未熟な生命段階を意味している。西洋占星術では黄道十二星座のうち第6番目に出現する星を巨蟹宮と称しており、家族を守る家庭愛と、それとは矛盾する社会的な献身愛に苦悩する熱血漢として語られている。
 
 
         ※ 〈磁界の質〉
 第6磁界の特徴は、何と言ってもそれが真ん中の央分磁界であり、これを境にしてベクトルの方向が異なる別段階へ向かう分かれ道であるという事である。液体の水は自己の形状を保とうとする原始本能を有しており(エネルギー保存則)、熱を加えて分子を励起させて沸騰させない限りは、自己を極力保全しようと務めるのが固体や液体の水が普通に有する分子凝集力である。当然、固体や液体のベクトルは固まる方向であり、求核的(求心的)な内向きベクトルを呈するが、気体の水は個々の分子が空間に拡散して凝集力から解放された状態であり、当然ベクトルの向きは外向きの遠心的な方向を指している。そのせいなのか、巳の生命には常に向きが異なる道が存在しており、ガツガツとした求心的な欲望(地位や財産を求める)と、社会や国家や人類に対して純粋に奉仕したい(力になりたい)と願う、互いに矛盾する心の方向性を備えている。社会の花形になりたいと願う辰の生命(青年)と、社会のお役に立ちたいと願う巳の生命(壮年)では大人と子供の差があるが、「俺はこれだけしてやったのに」と自己奉仕に対する見返りを求めるところがまだ青臭く、結局のところは自己を捨てられず、社会に対して我が身を解いて同化出来ない(気体にはなり難い)、いわゆる上等な六道凡夫で終わってしまうところが今一小物である。それでも、第6磁界とは宇宙の本源(万物創造)である気の粒を集約する場所であり、子供を養育して家庭を庇護する磁界である事から、親行(親業)が出来る生命段階であって、これだけでも存在価値は立派にあると言える。
 
 第6磁界は重力と磁力の境目に位置する事から、抑圧力(ストレス)が殆ど付加されない磁界である。生物は自己の心動帯を上げ下げする関係上、第6磁界は基点となる場所柄であって、睡眠から目覚めた場合は第6磁界が一日の活動のスタート地点となる。これより上の磁界は肉体を操作する磁界ではなく「ものを考えて判断する磁界」であるが、朝起きて活動する為にはどうしても第6磁界以下の、体を操作する磁界へ入力する必要がある。この磁界に心を同会させている間は何の緊張感も無く、物事をボヤッと考えながら同時に手足を動かす事が出来る。それがこの磁界の最大の特徴である。プレッシャーが無く自然体でいられる磁界であるが、こうした磁場の性質を巳の生命も多分に反映している。巳の生命の者は卯の生命よりも世間体や体裁に神経を張る訳でもなく、また辰の生命の様に周囲に対して敏感に気を配る訳でもない。外出してもよそ行きの対面を繕わず、普段着のままの素顔を保てる人間である。気取らず意識せず格好をつけず、かといってボロボロの衣服を身に纏う訳でもなく、エチケットや道徳を無視する人間でもなく、極めて普通の自然体なのである。しかも人情家で大変優しく、恥をかいても俯(うつむ)いて自分を責めるタイプである。攻撃されてもあまり反撃しないし、面と向かって相手を攻撃する事も無く、相手を傷付ける様な辛辣な暴言も吐かない。少なくともこれまでの生命の様な子供っぽい真似はしないし、紳士や淑女に近い生命である。
 
 足のサイズに関して「馬鹿の大足、間抜けの小足、中途半端のろくでなし」という言い方があるが、その意味は上だろうが下だろうがあるいは真ん中だろうが、欠点の無い者は存在しないという格言であると思われ、その様な意味では我々も納得せざるを得ない。そもそも地上の人間はヒトに成長する為の修行中の身の上、最初から完成した生命がいる訳が無い。六道界のトップに位置する第6磁界であるが、山の頂点に登り切っても登山行程の半分を終えたに過ぎず、大事な下山行程を終えなければ登山が完了した事にはならない。何を言いたいのかと言えば、物事の価値や意味や意義というものは最後の行程をクリアーしなければ得られないという話であって、巳の生命が追い求めているところの「人生の充足感」とはこの地上世界では決して得る事が出来ないという話である。特に第6磁界の真裏(上限領域)は最終磁界の第12磁界(亥)に相当する事から、巳の生命は本能的に大局観を追い求める性癖があって、そこに意味や意義を見出そうとする傾向が強い。巳の生命は自己の胸底に渦巻く情熱の炎を注ぐに値する仕事に就きたいと願って、それを信じて今日まで仕事をやっては来たものの、果たしてそれで良かったのかどうか、この仕事で社会に奉仕出来ているのか、あるいは自己の満足が得られるのかどうか、迷いや疑念が生じて来て、答えが見つからないままに煩悶している生命が圧倒的に多い。まさしく煩悩世界の住民である。
 
 物事の意味や価値とは自分自身で定めるものに非ず、自己の価値は自分では分からず、それは世の中の評価で定まるものであって、自分で評価すべきものではない。皆が口々に「ありがとう」と感謝の意を称してくれるならば、その仕事は決して無意義なものではなく、また自己の存在価値も感じられるというもの、周囲から良い評価が得られない原因は、人や社会からまだ認められていないという証明に他ならない。それは狭義では家庭内も一緒、伴侶や子供達から認められていないという状況は親としては失格を意味する。第6磁界は気体圏と液体圏の中間磁界に存在するが、やはり煩悩の域を出ておらず、物事の見方が主観的で客観性に欠ける。相手の立場や事情をちゃんと理解して上げられていないし、あくまでも自分が主人公であって、自分の尺度でものを考えてしまう。だから大社長や総理大臣にまで登り詰めても、死後の線香の数が足りない。自分が見積もるほど人や社会に対して有益なエネルギーを放っていないからである。一般に第6磁界は高等生物の位相が存在する動物磁界であり、比較的長い平均寿命を有する海の生物(クジラ類や海獣類)や大型鳥類(ツル)などが多い。その平均寿命は約40年である。
 
 
         ※ 〈一般的性質〉
 一般に巳の生命の者は表面上は淡白や明るさを装っているが、それはなるべく冷静に振る舞おうとしているだけの話であって、その内面は複雑な悩みを抱えて常に苦悶している。しかし、外見から観察する以上は、この生命は如何にも若者らしい情熱家であり、涙もろい人情家であって、そして感受性の強い感激屋である事に変わりは無い。まるでカラッとした気体の一面と、ネチャッとした液体の一面のその両方を具有している。感情に影響されやすく人情にほだされやすいという、いわゆる「深情け」的な傾向は液体気質に所以するもので、如何にも人間(六道凡夫)らしいが、ここにこの生命の重大な欠点があって、主観的な自我の呪縛から全然抜け出せていない。伴侶や子供を愛して家庭を守る事は嫌いではないが、際限の無い自己犠牲が心の負担となり、また伴侶の些細な言葉や、子供の我儘に振り回されて、家庭における自己の存在意味を見失い、希望の光を見失って、出口が見えない迷路の中へと迷い込んでしまう。そうした苦しみに耐えているから、NHKの「おしん」の如き番組を見ると、苦労話に共感して、もう涙が止まらなくなるのである。普段は知性のお面を被ってクールさを装っているが、時に鬱積した感情の圧力に耐え切れず、その憤懣(ふんまん)を一度に開放してしまう(核爆発)性癖を持っている。苦労を美化して賛美するのではなく、苦労を苦労として溜め込む事自体がナンセンス、それは未熟の証であって、物事が割り切れていないから苦労に感じるだけの話に過ぎない。
 
 巳の生命と言えば、善人とは全く異なる悪質な感情(ダーク・エモーション)を抱く生命もいる。そもそも巳は熱湯であり、直接触れば火傷はするし、閉じ込めれば水蒸気爆発を起こすという厄介なもの、世の中に善玉菌と悪玉菌がいる様に、巳の生命の中にも悪玉菌がいる。感情の底辺には「嫉妬」や「憎しみ」や「恨み」などの情念が渦巻いており、時にそうした情念を募らせて「怨念」にまで拡大させてしまう卑劣な輩もいる。一見すれば虫も殺さぬ様な好青年なのに、猜疑心が人一倍強く、特に報復の念が旺盛な生命は人を陥れる狡猾な計略家であって(嘘をついて人を騙す)、追い詰められると猟奇的な事件も引き起こし兼ねない危険な生命もいる。科学者なのに人の研究を妬んで、研究室に忍び込んでは大事な特許サンプルを盗み出したり、あるいは実験器具を壊して研究の続行を不能にしたり、時には大胆にも実験室に火を放って責任者の失脚を画策したりする場合もある。会社の人事部長なのに新人女性に邪(よこしま)な欲望を抱いて、仕事を意図的に失敗させて責任を覆い被せ、それを理由に手篭めにしてしまうとか、「まさか、あの人が」と驚く様な人物である場合が多い。女性でも、外国(フィリピン)の魔女学校に通って霊的な技術を習得し、相手を殺す様な呪文(例えばブードゥー)を唱えたり、あるいはサイキック攻撃を仕掛けて毎日苦しめるとか、ろくな事をしない連中もいる。巳の生命は基本的に紳士淑女なのに、そういう狡猾な犯罪を引き起こす輩がいるので注意が必要である。
 
 巳の生命のひたむきな奉仕精神や信仰心や家族愛や熱心な努力は素晴らしいと思うが、銭金が絡んで来ると大変シビアな側面も有しており、基本的に金には汚く、金の話になると途端に卑しくなって態度が急変する。一生懸命に精魂を費やして創作した作品なのに、鑑賞してくれる人がいるだけでも嬉しいと当初は感激していたのに、作品に値がついた途端に態度を豹変させて、それまで投資したエネルギー分の代価を要求し始める。世の人の為にと願って開発した発明品なのに、会社がその価値を認めてくれないと提訴して、育てて貰った恩を仇で返してまでも金に走る様を見れば、「ノーベル賞を貰ってもやっぱりただの六道凡夫に過ぎない」と納得せざるを得ない。名誉の肩書きよりも、現実的な地位(例えば大学教授など)か、もしくは現ナマが欲しいのがこの生命の特徴である。恥をかくぐらいなら「金など要らん」というのが辰の生命だが、金が手に入るなら「恥などかき捨てだ」と思うのが巳の生命、まことに浅ましい生命だと言わざるを得ない。人間はとかく青春期の人間の方が綺麗なものだが、壮年期の人間になるといやらしさが現れる。だが、巳の生命と言えども、精神修行を積んだ者はその限りでは無く、本能的に湧き上がる欲心を理性でコントロールしている人もいる。
 
 真面目に生きて人生の終盤を迎えた巳の生命の者がよく口にする言葉は、「俺は真面目に働いて子供達を育てて来た、祖先はそんな俺をよくやったと褒めてくれるだろうか」という事で、そういう話を何度か聞いた事がある。同じ巳の生命で、四人の男性が全く同じ意味の言葉を放ったので少し驚いたが、「そんな風に感じながら生きて来たんだ」と感心した反面、「あー、やっぱ六道凡夫だー」と感じた次第である。四人の男性はいずれも信心が固い真面目な生命であるが、最後の審判を待つ段階に来て、あの世の事が心配なのである。一見、謙虚な言葉で、慢心は無く蹲踞(そんきょ)の姿勢が窺えるが、裁きを待っている風な表現の背景には自信の無さと迷いが見て取れる。「つべこべ言わずに堂々と死を迎え入れろ、君はやるだけの事はやって来たのだろう?  人生の良し悪しはそもそも君が判断する事ではない、そういう女々しい言葉は口にするべきではない」と本音は言いたかったが、実際には伝えていない。最後の最後でも歯切れが悪く、自分を起点とした発想しかしておらず、物事の割り切りがさっぱり出来ていない。外側から自己を覗けてもいない事に、つまり井戸の底(地表)から宇宙を眺めているだけの未熟な生命である事に失望感は否めない。

生命査定術 その2

<四諦論と十二進法>
 発生した渦巻を一瞥すると、12の渦層は確認し難く「パッと見」では大きく4層に分かれて見える。だがその4層の中を観察すると、それぞれの渦層が内部で3層に分かれている事実に気づく。そうした渦巻の形状は昔から「四階十二層」として認められており、回転運動を四つの階域に分けて、更にその階域自体を三層に区分して理解すると言う手法(十二進法)が用いられて来た。そもそも力学的(直線的)な自然界宇宙には純粋な円運動とか、美しい完全球体という物はもともと存在せず、平面的な四角形が回転しているのが円運動、そして球体運動(スピン)とはダブル四角錐(正八面体)が回転しているに過ぎず、大雑把に観察すれば円運動や立方球体の様に見えるだけの話、いずれの運動も良く見れば角(区点: ガッキ)のある変化運動である。渦巻回転は四つの角を持った運動であるばかりか、渦層の構成自体も四つの段階に分かれている。我々の哲学では回転領域の四区分を陰陽法で現し、前半(陰側)の作用(action)行程を二分割して、始動行程(陰陰: 玄武行程)と変化行程(陰陽: 鳳凰行程)に分類し、更に後半(陽側)の反作用(reaction)行程を二分割して、完成行程(陽陰: 麒麟行程)と一番最後の帰納行程(陽陽: 龍行程)に分けて区別している。一瞬で起こる一回転だが、その束の間の一回転の間に四つの性質が異なる行程を経ており、回転運動とはその繰り返しに過ぎない。
 
 宇宙の回転運動の原形は皆渦巻運動から由来するもので、単純頭の数学家が机上で思い描く様な「一率で純粋な回転運動」など現実世界のこの世には存在しない。渦巻を構成する内部渦層が大きく四段階に分かれて見える理由は、元々性質や機能が異なる四領域に分かれているからであり、磁場の圧縮力(重力圧縮のこと)や回転比率が異なる為である。ちなみに重力は磁場(磁界)単位で発生するもので渦巻の中心点に対して距離の二乗に比例して増大するものであり、またその威力は回転速度に比例して大きくなる。しかし、磁場の物理力は重力のみで非ず、重力(潮汐力)とは正反対の方向に働く「磁力(離芯力=拡散力)」が存在しており、西洋アンポンタン民族の科学者達はその力の存在に気づいていない。我々の哲学では渦巻の渦層の四区分を陰陽法で現し、内側の重力圏(陰の領域)の二領域を圧縮領域(陰陰: 中諦領域)と集約領域(陰陽: 仮諦領域)に分類し、また外側の磁力圏の二領域を離反領域(陽陰: 空諦領域)と回帰領域(陽陽: 妙諦領域)に分けて分類している。表現する為の適当な言葉が無い為に易学用語や仏法用語を用いているが、中仮空妙(ちゅうけくうみょう)の四諦(したい)概念とは現代風に表現すれば、早い話が固相・液相・気相・霊相の四相概念の事、残念ながら地球科学は物質形状の三態論は説いているものの、最後の回帰行程が抜けている。この世の万物が固体(子供)ー液体(大人)ー気体(老人)ー原形体(霊体)という行程を辿って循環している事を良く理解していない。
 
 渦巻の渦層が異なる四階を呈して、更にその四階を分析すればそれぞれが三段構成を呈しており、時計回転や天体の公転軌道と良く似た十二進法で現す事が出来る。我々は重力圏の下6段階を「下六道界(運動の磁界)」と称しており、その下位3段階(子丑寅)を本能階、その上位3段階(卯辰巳)を感情階(知性階)と称して、これらの磁界はいずれも作用するベクトルの方向が求核的(内向き)なのが最大の特徴である。つまり若くて幼く相手の立場を考慮しない得勝手な主観磁界である。一方、磁力圏の上6段階を「上六道界(精神の磁界)」と称しており、その下位3段階(午未申)を理性階、その上位3段階(酉戌亥)を精神階と称して、これらの磁界はいずれも作用するベクトルの方向が遠心的(外向き)なのが特徴である。つまり相手の立場や社会状況を弁えられる大人の良識を持った客観磁界である。一人の人間生命が普通に育てば、肉体を操作する為の下六道界を使用するのは当たり前だが、物事を思考して判断する場合は上六道界を使用しているのが一般的である。六道劣化者の場合は分脳電位の出力の関係上、動物と一緒で上六道界を使用できないが、別に使用できないからと言って生きられない訳では無い。それと自己の位相が下六道界に位置する生命でも、その磁界の性質は色濃く持ち合わせるものの、普通に育てば上六道界には誰でも入力が出来る。
 
 地球磁場圏の重力と磁力の境目は地上高度3万5000km付近に在って、この領域は第6磁界の央分点であり、この軌道より下は物体が落下する重力圏、またこの軌道より上は物体が遠退いて行く磁力圏(斥力圏=加速圏)を呈している。人工衛星をこの軌道に乗せなければ安定した静止軌道衛星とはならない。地表から打ち上げたロケットが第6磁界の央分点を過ぎると急激に加速する事実は承知の通り、人類はそんな経験を痛い程積んでいるのに、もういい加減にニュートン力学の間違いに気が付かねばならない。それよりも西洋人のアバウトで粗野な物事の考え方には呆れており、彼等の宗教も同じだが、科学や宗教に哲学が無いのは本当に困る。学問という物は本来科学的であり理論的(道理の辻褄が合う)で無ければならず、地球科学は数理的なだけで乱暴でいい加減、その中身は深い原理を追求しない非科学的かつ非理論的な学問であって、空想的で稚拙そして底浅な学問だと言わざるを得ない。
 
 
 
※ <古事記に登場する神様>
 ところで、これは参考になるかどうか分からないが、神界から龍神島民族に対して特別に伝えられた古書(古事記のこと)に関する件で、古事記に登場する高天原(たかまがはら)とは大宇宙のことでは無く「六員結晶宇宙」の人間王国(1/6花弁チップ)を表現したものである。高天原は人間王国が誕生する以前から元々存在した物なので(ポリープ創造主が造った)、その発生起源に付いては古事記では触れていないが、人間の霊能者を介して、当時の創造主世界の構成員と、大宇宙内の天体神構成員(天体12神)を大雑把に述べたもので、天体神の力で地球が誕生して来た事実を述べたものである。最初に登場して来る「造化三神」とは人間王国の三創造主の意であり、「天之御中主神(あめのみなかぬしのみこと)」とは六員結晶宇宙の担当創造主である「ケイエ=スイ(人間王国の創始者)」の事である。ケイエ=スイの直属の配下には二人の粒子創造主が居て、その一人が「クラウド粒子意識」の「高御産巣日神(たかみむすびのみこと)」の事であり、我々が女帝(or コーウェイ)と呼ぶ存在。またもう一人は「フォース粒子意識」の「神産巣日神(かみむすびのみこと)」の事であり、我々がキューケと呼ぶ存在である。
 
 三人とも人間王国の建設時から携わって来た創造主達であり、彼等は宇宙戦士でした。三人の宇宙戦士の配下には内部管理の創造主達が居て、175名から構成される「ケエ・エオイ=イアアー(略名ケエオア)」は「宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのみこと)」と表現されており、また人間が一般に創造主と呼んでいる大宇宙担当創造主(ウケエ=イアアー: セザナ神のこと)は「天之常立神(あまのとこたちのみこと)」と表記されている。これらの5組の神は実際は神様では無く創造主達であって、12名の天体神とは別格の「別天津神(ことあまつかみ)」と呼ばれる存在である。一方、天体渦巻の12磁界に入力される意識は基本的に皆一緒、個人名称では無く役割名称であると理解すべきものである。それと古事記の神様分類で間違って受け取られている事が一つ、それは男神と女神が正反対に描かれている事である。下記に示したのが、渦巻共通の天体十二神の役割名称である。人間界で言えば「通産省事務次官」見たいな役職名称であって、いずれも個人名称では無く、渦磁場共通の統一名称である。磁界ナンバーの奇数列が陽型で雄性、磁界ナンバーの偶数列が陰型で雌性と解釈するが、上位の創造主世界の構成員(別天津神)には雌雄の性別は無い。
 
   第01磁界(子)・・・伊弉冉尊(いざなみのみこと)
   第02磁界(丑)・・・伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
   第03磁界(寅)・・・阿夜訶志古泥尊(あやかしこねのみこと)
   第04磁界(卯)・・・於母陀流尊(おもだるのみこと)
   第05磁界(辰)・・・大斗乃弁尊(おほとのべのみこと)
   第06磁界(巳)・・・意富斗能地尊(おほとのじのみこと)
   第07磁界(午)・・・活杙尊(いくぐひのみこと)
   第08磁界(未)・・・角杙尊(つのぐひのみこと)
   第09磁界(申)・・・須比智邇尊(すひぢにのみこと)
   第10磁界(酉)・・・宇比地邇尊(うひぢにのみこと)
   第11磁界(戌)・・・豊雲野尊(とよくもののみこと)
   第12磁界(亥)・・・国之常立尊(くにのとこたちのみこと)
 
 宇宙開闢当初、大宇宙担当創造主(天之常立神: ウケエ=イアアー)は中央回線を介して、天体磁場へ自己の意識を吹き込んで、国之常立尊以下12種の天体場に意識活動を行わせる。その次の段階に龍神達を各天体別に形成して行く作業を行う。これらの作業はまだ天体コアが形成される以前の話、当然、人間神が誕生する以前の、いや生物が誕生する以前の遥か太古の話である。我々の地球に於いては天体神と龍神が誕生してから約40億年後にやっと原始海洋の中に菌類が発生しており、それから更に40億年の歳月を掛けて(通算80億年間)、目的の人間生命が誕生して来た。しかし、古事記には記されていないが、担当創造主が意識を入力するのは天体の渦磁場だけでは無い。天体には各々「力場」が存在しており、創造主はその力場(天体力体)にも意識注入を行って生物遺伝子の源である「天体ヒール」を造り上げる。ヒールとは力気子(りきし)が集合したバイゾン粒子の群生体の事であり、ヒール自身は言葉を喋らないものの、天体力体(正12面体の力学骨格)には意識が入力されており、12種の天体磁場同様に言語通信が可能である。ちなみに一つの渦巻天体を例に上げると、天の川銀河系には一つの天体力体と、12種の天体磁場と、432神の龍神達が居る事になる。人間に取って、これらの神々は人間が誕生する以前から居た本当の神々であり、その全員が創造主の化身と言える。
 
 一方、12種の天体磁場の個々の磁層の内部を覗けば、例えば「国之常立尊(亥層)」の内部は更に細かい磁層に分かれており、12の三乗倍(12×12×12層)分の磁場領域(分層)が存在する。この内部領域こそ後世に於いて人間神(成仏神)の意識を転写する場所であり、後世の神々の居場所となる。ちなみに天の川銀河系の12磁場の総責任者は「降三世(こうざんぜ)明王」であるが、人間神である彼の居場所は第12磁界内部の最上位層である第12分層に同会していた。銀河明王界に於いては、降三世明王は人間神としてはトップだが、背後には銀河の国之常立尊が居て、その上には銀河天体力体(創造主直轄の見張り番)が居る為に、人間神の一存で何事も決められず、神様なのに上位の神々にお伺いを立てる必要が出てくる。仮に如来界の最高神である「弥勒如来(ミトラ神)」であっても、上位には小宇宙の国之常立尊が居るし、その上には小宇宙力体が控えている。結局、何もかも創造主(天之常立神)が決定するのだが、その創造主もその上の管理創造主達(ケエオア175神)に支配されており、何事も自己の思い通りにはスンナリと運ばない。それと渦巻の12磁場には磁場にまつわる固有の性質が存在し、同じ統一意識を入力しても、結局の所は磁場の影響を被って個性を有する分派意識へと変じて行く。
 
 これは私自身の感想ですが、乙女座銀河団菩薩界の最上階である第12磁場(文殊菩薩位)の分層群だけでも、100億人もの人間菩薩神が収容されており、分層には入れられない超過密の定員オーバー状態でした。即席で造られた監獄の如き小部屋(磁界ポケット)にギュウギュウ詰めにされている菩薩神達の姿を見て(口だけが外に出ている)、これが成仏神の実態なのかと驚いた次第です。幸か不幸か、そんな不健康な神々達の全員がポリープ創造主に食べられてしまいましたが、今は真っ新になった天体磁場を見て逆に「良かった」と思っています。現在は天体力体の意識も、また12天体磁場の意識も、軍団が陣取っており、人間の天体神(成仏神)は誰一人として存在せず、こと地球に関してはケゴ・スゲ・チオの霊界管理の下級神達も誰も居ないと言う状況です。軍団は新たに機械神(ハオリ)体制を敷いて、従来の人間神制度を廃止する事になりました。今後の人間神の登用に関しては「銀河サラ位相帯生命」として活躍してもらい、新しい制度の下で、少数精鋭主義で参りたいと思っています(誰でも彼でも神様にはしない: 試験制度)。
 
 
 
        
※ <十二磁場の性質>
 
   3) 寅(とら)の生命      ※ 磁界: 第3磁界(本能階)
                   ※ 容量: 3cal
                   ※ 分類: 中諦階空諦(固体階気体)
                      ※ 人象: 小学生(少年期)
                 ※ 星座: 白羊宮(牡羊座)
                 ※ 月節: 3月(寅月)
                 ※ 時節: AM5時〜AM7時(寅刻)
 
 
        ※ <磁場の特徴>
 第3磁界とは地球の大気圏を構成する磁界。つまり強い重力の圧縮から逃れた物質分子が固体の凝集力を解いて気体分子となり、活発な運動を呈する磁界のこと。固体の氷が融けて液体の水となり、それらが更に活性して気体の水蒸気となると言った「物質の三態」の最終段階。高度半径は約1万km、地表から対流圏、成層圏、中間圏、熱圏、外気圏までの領域を含む。地表の生命に対して環境を整え命の息吹を吹き込む磁界である。古事記では「阿夜訶志古泥尊(あやかしこねのみこと)」と呼ばれる。重力値は第2磁界の約半分で気密度も1/4である。この磁界は大気を保有して外空間に逃さない役割の磁界であり、また地球の物理環境の庇護膜として作用し、外界からの侵入物に対する最終の防御壁としての役割も担っている。霊界の磁場ソフトとしての機能は主に動物の意識を司る領域であって、多くの動物が意識を囲っている場所柄である事から「小動物の磁界」とか「運動の磁界」とか「怒りの磁界」と呼ばれている。他の磁界と比較すると、重力圏内であっても容積が小さく回転も早い事から、外界に対して敏感な作用力や反応力を示す所が第1磁界や第2磁界とは根本的に異なる。一般的には気体分子が無軌道に激しく飛び交う活性磁界と解釈できる。
 
 
        ※ <寅の意味>
 寅(とら)の語源は「蚓(いん)の旧字体(虫へんに寅という文字: 表記できない)」で動物の虎の意味では無い。本来は虫(ミミズ)が伸びる様を表現しており、基本的には静止していたものが「動き出す」「発動する」という意味である。春三月(啓蟄)を迎えると眠っていた土中の虫も動き出す事から「運動が始まる」と言う意であって、苗木の幼木が枝葉を広げて風に震え出す様に、あるいは赤ちゃんが自力運動(ハイハイ)を始める様に、生き物がそれらしい自律運動を起こし始めた「幼少の段階」を寅と称している。寅とは生命の第三段階を表し、陰に冥伏した陽が始動する段階(陽動)を示す象意言語である。また、この生命は反応が素早く負けん気強く我を張るので(手懐けるのが難しい)、後に動物の「虎」に例えられた。朝の5時を過ぎれば、昨日の気配が失せて町全体が騒音と共に動き始める。今日という日の第一歩を感じざるを得ない。また三月を迎えれば、昨年の気配は消え失せて今年一年の行事が慌ただしく始まる。あるいは赤ちゃんが揺り籠の中から外に這い出て動き出すと、赤ちゃんの臭いは失せて、もう立派な子供である。この様に生命成長の始動点(一年の春分点)に当たる段階を寅と称している。易学上では寅の生命とは陽化具現率が20%〜30%、一人前ならずとも個の存在を認めざるを段階を示している。また仏法十二因縁では何でも触れて歩く「触(しょく)」の段階を現し、黄道十二星座では三番目に出現するスピード・マニアの悪戯小僧として語られている。
 
 
        ※ <磁界の質>
 第3磁界の特徴は、何と言ってもそれが気体の磁界であり、旺盛な運動量を誇る磁界な事である。液体から遊離した気体分子は激しく活性して飛び跳ね、何かの外圧が加わらない限り、互いに結合し合って再び液体へ戻ろうとはしない。承知の様に空気を圧縮して液化するのは大変な作業であり、気体分子は単独で常に好き勝手に動き回っているものである。そんな気体磁場の性質をそのまま生命に投影したかの如く、寅の生命の者はアグレッシブな活動力に富み、一人で自由気ままに飛び跳ねて歩く。優れた反応力を備えている割合「虎」の如き単独性を示し、団体に所属し拘束される事を忌み嫌って、とにかく自分の思い通りに好きな様に振る舞いたがる性分をしている。歩行者である場合は信号器と横断歩道に呪縛される身の上を呪って、交通法規を作った社会と、我がもの顔で往来する自動車に対して腹を立てるが、自分がドライバーになると、横断歩道をのんびり渡っている歩行者に腹を立てて、更に交通法規を強要して来る警察官に対しても怒りの矛先を向ける。「駄目だ」と自己の行動を制せられるのが大嫌いな気質なのに、相手に対しては逆に「駄目だ」と制するばかりか、相手が嫌がると益々嫌がる事をしたくなると言う基本的に天の邪鬼な性質をしている。
 
 第3磁界はその内部の磁界も含めて重力圏の圧縮領域に在って、その央分点は地上高度5000km付近の外気圏に位置し、この辺の領域は急激に粒子密度や分子密度が高じて、太陽光に直接反応してプラズマ領域やバン・アレン帯などの放射能帯を形成している。第3磁界とはいわゆる目に見える物質世界(固体階)の象徴であり、地球磁場圏の中では独立した特殊な環境とも言える渦巻の中心点磁界である。その役割は物質圏内の一家を守る事であり、外部からの脅威を遮断して内部の一定環境を保つ役割である。従って、この生命は一家を構えて頭領(ボス格)として直接風雨にさらされる責任の矢面に立たされるケースが多く、親分肌である事は良いが、その重さには耐え切れず、また外部に対して常に神経を張って決して油断しまいとする為に、いつもビクビクした生命状態を醸し出している。心配症と不安症は臆病な寅の生命には付き物、「コトッ」とした小さな物音でも直ぐ目を覚ましてしまう程の過敏な神経(動物レベル)の持ち主、本人もそれが悩みの種であり、時に開き直って虚勢を張り、強い所を見せようと威嚇するものの、神経が太い他の生命には通用しない。小物であると思われる事が寅の生命には大なる屈辱なのである。負けを負けと認めたがらない真に負けん気の強い性格は、昔から「食べても無いのに満腹を装って爪楊枝を咥えて歩く人」と称されて来た。
 
 第3磁界は回転力に関しては第1磁界や第2磁界には劣るものの、磁場重力が薄い為にその分自我や本能や欲望の強さも少し薄い。内向きベクトルの重力が衰えた分、外向きの感知能力や反応力が表に現れて、何に対しても興味を抱いて知ろうとする(好奇心旺盛)。つまり外界の状況を探る為に情報収集したがる癖を持つのである。その点は興味のある情報にしか手を出さない子丑の生命とは異なる。また動きが少ない子丑の生命と比較すると、寅は尻が軽く素早く動ける生命であり、機動力に富んでいるのが特徴である。体を動かして無ければ頭を回転させているか、さもなければ口を動かしていると言う運動の絶対量が多い生命である。磁界の性質を原子ナンバーと比較するのは余り感心しないが、子の第1磁界が材料的な「水素原子」、丑の第2磁界が無反応な希ガス元素の「ヘリウム原子」、第3磁界は強い反応力を呈する「リチウム原子」、原子の性質や傾向性と大変良く似ているので驚く。
 
       ※ <一般的な性質>
 一般的に寅の生命はいかにも悪戯盛りの腕白なガキ大将と言った子供っぽい印象の生命である。「止めろ」と注意されれば、尚更やりたくなると言う天の邪鬼な性質や、「欲しいんだろう」と聞けば「要らない」と答える強がりで反抗的な気質は小学生の悪ガキそのもの、口をとんがらせて文句を垂れている様(さま)が目に浮かぶ人象である。この生命はおっかなビックリでも、知らないではおられない「物知りたがり屋」の性格であって、良心の呵責に苛まされても、あるいは規則や法律を破ってまでも、何が何でも是が非でも知ろうとする傾向が強い。それを良く言えば、進取の気性に富んだ困難を打破する開拓者精神(パイオニア・スピリット)とも表現できるが、悪く言えば、単に好奇心が旺盛な興味本位な性質に過ぎなく、それは隣の家の「犬のポチ」と何も変わらない性癖であって、そもそも寅の生命に上等な魂胆や動機がある筈も無い。「お前何持ってんの?」「隠すなよ、俺にも見せてくれよ」「見せろってこの野郎、あー逃げるかこいつ」と言った具合に隠せば隠すほど見たくなる性格なのである。
 
 寅の生命は大変なスピード狂(マニア)であり、何事に付けても人に遅れをとる事を潔しとしない勇猛果敢な決断家でありまた実践家でもあるが、だが良いとなれば即座に実行したがる短兵急な性質は、人に先んじたいだけの軽薄な衝動であり、「どうだ」とばかりに威張りたいだけの魂胆に過ぎない。また腹立ち紛れに人に悪態を突いて、相手を汚い言葉で罵って完膚(かんぷ)無きまでに激しく罵倒してしまう性癖は言葉の暴力に他ならなく、厚い友情も深い愛情も一瞬の内に自ら破壊してしまう。感情に任せて心に無いことまでついつい言ってしまう、その浅はかな性分は「吠えついでに噛み付いてしまった」ポチの悲しい性(さが)とも言える。憂さ晴らしに人に噛み付いては、結局の所はいつも後悔するのだから、本能の挑発には乗らない事が肝心である。この生命は「建前」を気取れない性分であって、少々単純だが本音の生命である。決して悪い人では無いが、あきらかに度ブスな子供の顔を見て、「あらー可愛く成ったねー」などと見え見えのお世辞は間違っても言わない。「ブスやなーお前は、誰に似たんだ」などとのたまうから問題が起こる。
 
 寅の生命は「体裁」のお面を被らないし、また「虚栄」も張らないが、その代わりに負け惜しみの念が強く「威嚇」して「虚勢」を張るので分かり易いと言えば分かり易い生命である。襟巻トカゲが襟巻を広げて相手を威嚇し「俺に近づくな、俺は恐いよ」と虚勢を張った所で、それは脅しには成らない様に、この生命もトカゲの様な可愛い虚勢を良く張る。本当は臆病なのに威勢よく振る舞い、また本当はケチなのに大判振る舞いをし、本当は泣きたい心境なのに高笑いをすると言う、自分が大物であると見せ掛けたいか、あるいは人に弱みを見せたくないのか、その本音は分からないが誠に損な性分だと言わざるを得ない。歩行中にぶつかってしまった相手に一言「すいません」と謝ればそれで済む問題なのに、そんな事にまで片意地を張って些細な出来事を大問題へと発展させてしまう。そうして夜になると昼間の出来事の不安に駆られて熟睡ができず、かすかな物音でも目を覚ましてしまう。ビクビクと震えて眠れない夜を過ごすぐらいなら、少しは大人の処世や所作を身に付けたいものである。
 
 子の生命も、丑の生命も、寅の生命も、その本能の枠組からなかなか逸脱できず、主観的な我が強過ぎて(自己中な物の見方)、客観的な我を築き難い(自己を傍から眺める)、つまり相手の都合や事情にウエイトを置いてくれない「うら若き生命」と言える。しかし、この得勝手な気質と、機敏な回転力と、素早い行動力と、実利主義が、意外と多様社会では活躍する為の武器となる物、実際、社会的に活躍している者も多い。社会の実態は良い人では生きられない事情がある。だが、人間世界では社会的に成功すれば、それで良いかも知れぬが、この世界は精神成長の為に用意された学校である。一生掛けて学校を卒業できなかった者は輪廻行程から間引かれてしまう大変厳しい世界、人間期間の地位や権力や名誉や財産や人気など、何一つとして評価対象にはならず、どれ程成長したか(大人に成ったか)をただひたすらに問われる世界なのである。人間生命なのに動物本能など持っていては困るのであって、その動物の垢を洗い落とす為に、気が遠くなる様な長い輪廻行程を歩ませているのである。本能階の三生命(子丑寅)は落第する比率が一番多いので、精神修行に務めなければならない。
 
 
 
 
   4) 卯(う)の生命      ※ 磁界: 第4磁界(知性階)
                  ※ 容量: 4cal
                  ※ 分類: 仮諦階中諦(液体階固体)
                  ※ 人象: 中高生(思春期)
                  ※ 星座: 金牛宮(牡牛座)
                  ※ 月節: 4月
                  ※ 時節: AM7時〜AM9時
 
 
         ※ <磁場の特徴>
 第4磁界とは物質圏を厚く取り囲む外部磁界(仮諦階)の最内殻磁界のこと。外気圏を取り囲む最初の磁界であり、主な役割は大気圏の保護と、生物の誕生に必要な「星間物質」を形成する磁界である。この磁界は「小型岩石流」と呼ばれる小さな渦磁場(直径数mm〜数cm)を一斉に誕生させて、星間物質の中でも原子量が20以下の低位元素(炭素・酸素・窒素)を生産し、水(H2O)やメタン(CH4)やドライアイス(CO2)やアンモニア(NH4)などの有機物の基礎分子を育成させる磁界である。地球はこれらの星間物質を最初に取り込んで、大量の水と有基礎材を獲得した。古事記では第4磁界は「於母陀流尊(おもだるのみこと)」と呼ばれる。磁界直径は約1万7000km、バン・アレン帯の中核部を担っており、現在もプラズマ化した粒子(水素原子やヘリウム原子)が飛び交う放射能帯である。この磁界領域は高等動物の磁界であり、主に平均寿命が20才以下の動物位相が集中している。その様な意味から、第4磁界は「動物の磁界」とか「思春期の磁界」と呼ばれるが、神界では「チビ龍神」のベッド(数ミリの岩石流)が存在する場所として有名であり、「チビ龍神の磁界」とも呼ばれている。岩石流は内部に重水素ガスを集約して小さな重列元素(D-重合体)を造る。これらのチビ・コアはあっと言う間に燃え尽きて低位元素を生産する。形成された渦巻の中心物体はやがて地球に落下して行くが、渦巻の本体だけが空間に取り残される為に、これらのチビ渦に呪文を打ち込んでチビ龍神(体長が1mm前後)を造り出す。また岩石流は単位電荷を備えており、それらの渦巻が磁束結合で互いに連結して、主に赤道上空であるが空間を取り巻くループ電流を走らせている。
 
         ※ <卯の意味>
 卯の語源は「迎(ぎょう)」で固く閉ざされた物が開いて「受け入れる」意味であり、動物の兎(ウサギ)の意味では無い。植物の莟が開いて春を迎い入れる(開花する)準備ができたとか、また閉ざされた窓や戸口が開いて朝の陽射しを迎い入れる用意(今日一日の出発)が出来たとか、あるいは人間の生理が熟して異性を迎え入れる準備が整ったとか(異性を意識し始める)、まだ一人前とは言えない早期の段階でも、もう子供では決して無く、準大人として受け入れざるを得ない段階を生命の第四段階と称している。卯とは人間で言えば思春期を現す表意言語である。朝7時を過ぎれば(卯刻)、窓を開けて朝の陽光を取り入れ、玄関の扉を開いて今日一日の外部活動が始まる様に、4月ともなれば陽気の勢いが増し、春とも夏とも言えない中間段階ではあるが、ここから一年の活動が始まる。一年や一日の出だしではあるものの、昨年や昨日の気配は完全に消え失せて、もう立派の今年でありまた今日の日である。この時期、植物は受粉や開花の準備に忙しく、また人間も相手を意識する年齢を迎えて、自己の体裁を繕う様になるし、また将来を嘱望する「うら若き」生命段階であって、鳥で言えば「巣立ち」の時期を迎えた段階と言える。易学上では陽化具現率が30%を越えた状態(40%)を意味し、外の世界や他の人間の存在を受け入れる事(認知する事)が出来る状態を指している。また仏法十二因縁では卯とは「受」であり、「言えば分かる」生命段階であって「教育が出来る」状態を意味している。西洋占星術では黄道十二星座の中で四番目に出現する星を牡牛座と称し、感受性が豊かな夢見る万年青年として認識されている。
 
         ※ <磁界の質>
 第4磁界の特徴は何と言っても、それが仮諦階(液体領域)の磁界であって内部の中諦階(固体領域)とは異なり「動的な磁界」である事です。固体階(物質界)以上の磁場世界は基本的にアストラル世界、人間には非常に分かり難い場であるが、それでも第4磁界は液体の中の固体領域、そこには強烈な赤道間電流が回転しており、その永久電流が猛烈な電磁場を形成して第4磁界を包んでいる。また第3磁界〜第5磁界までを包み込むバン・アレン帯の中核部がこの磁界を占めており、その内部ではプラズマ状態の粒子が飛び回り、また素粒子が電磁場に弾かれて放射線が飛び交う危ない世界を醸し出している。太陽から飛来する粒子線の多くはこの電磁場と衝突して勢いを削がれる。こうした第4磁界の特徴の一つはそのガードの固さである。卯の生命は危険察知能力が高く、身の危険を感じた時にはあらかじめ背後に用意してある兎穴(とけつ: 兎の逃げ穴)に逃げ込む習性がある事から、後の世では卯は兎になぞられた。そもそも一番守備力の高い防御結界が「四点結界」であり、また一番固い安定原子核が四つの核子から構成されるヘリウム原子核ならば、また車輪の安定は4輪車に限る。四(4)とは昔から防御の数霊なのである。動的な磁界なのに防御が固いのは矛盾する話だが、この生命は貝が蓋を閉じる様に、あるいはサンゴが触手を引っ込める様に、またカメが首を縮める様に、バリアを張って殻に潜ってしまうのである。
 
 第4磁界のもう一つの特徴は磁界の中心点に星間物質を送り届ける事である。磁場重力(潮汐力)だけでは強弱がある事から空中を漂う物質の落下は難しいが、第4磁界には「電磁場」という武器がある為に、内部に発生した星間物質や外部から取り込んだ物質を楽々地上へ送り込む事が出来る。そうした磁場の性質なのか、この生命は些か物欲が強く「物」を欲しがる傾向が強い。特にマニアックな自動車用品とか、新型の電荷製品とか、流行のソフト・アプリとか、最新鋭のファッション着とか、あるいは入手困難な高価な絵画や切手や古美術品など、それを集めて所有する性癖がある。そして一旦手に入れた物は基本的に人手に渡したく無いのが本音、もういい加減飽きて興味を失っても、決して手放そうとはしない所が磁場の性質と一緒、卯の生命はブラック・ホールと同じ一方通行なのである。物欲が強いと言うよりも所有観念が発達しており、「君はなぜ、こんな馬鹿旦那と離婚しないのか?」と問い詰めると、「良い男なので手放したく無いし、他の女性が彼と付き合って喜ぶ顔を見たく無い」と言うのが本音、それは愛では無く単なる所有欲に過ぎない。卯の生命は購入した指輪を売って、それで別な指輪を買うという学習を身に付けるべきである(自分の指輪が他人の手に飾られるのは嫌だから手放さない)。物欲の面では子の生命と卯の生命は良く似てるが、宝石は食えないし、買えば高いが売れば二束三文、実利的な価値が無い装飾品なんぞに執着などしないと言う現生オンリー主義の子の生命とは全然異なる。
 
 液体磁界と固体磁界の差は極めて大きく、液体には物を溶解して含有する性質(許容量)も有れば、またその溶媒性は物と物を反応させる反応力(作用力)にも富んでいる。大きな違いは液体は「方円の器」に適応する流動性を保有している事であり、人に対して自己の形態を変えた人に合わせた行動が取れると言う事である。つまり体裁も繕うし、恥も感じるし、恰好も付けるし、迷いもあって、恋愛もすれば、嫉妬もすると言った明白な喜怒哀楽の情感を示して来る所が、一定の反応しか示さない固体の生命とは大きく異なる。固体生命の一律なブッチョウ面とは異なり、液体生命には多様な顔があって愛嬌も笑いも涙もある。当然、悪意も誤摩化しも妬みも虚栄も嘘もある。しかし、第4磁界は水で表現すれば氷から融けたばかりの冷たい冷水、第5磁界は人膚の温水、そして第6磁界は沸騰する熱水の意味である。第4磁界は回転力も重力もまだ強く、また付加される圧力も結構強く、かなりのストレスが伸し掛かっている。卯の生命が示す異常な緊張感は生理的な神経質として現れるが、これはプレッシャーに対抗する手段であって、また困難や困苦に耐える耐久力や持久力も強く、大変辛抱強い生命である。
 
         ※ <一般的な性質>
 一般に卯の生命の者は愛嬌の良い体裁屋であり、本能的に見栄を張る恰好付けの生命である。鋭い感性を備えた高性能受信機の様な生命で十二支の中では一番霊的な能力が高い。神経質な性分を示す反面、怜悧な観察眼を持った頭の切れる生命で、高い運動能力も備えている。ただ、一定確乎たる信念に乏しい気迷いの多いたちで決断力に愚図つく生命でもある。この生命の最大の特徴は二者択一に弱く、合理的に旨く選択しようと考えても、選択を失敗したり誤ってしまう事を恐れて、バチッと即決できない所が泣き所である。コンビニで100円のパンを購入する際でも、二つのパンを両手で見比べて、なかなか決められないのはこの生命の特徴である。一見、静かで気弱に感じるおとなしいタイプに見えるが、この生命は豪放磊落な夢や野心を抱く夢想家であり、まるで巣立ったばかりの若鳥の如く、その心を常に外界や未来へ向かって放心し続ける生命であって、親譲りの小さな家業や会社など振り向きもせずに、一流になる事を求めてひたすらに精進する生命である。しかし、世辞や愛嬌を振り撒いて人に良い顔を見せようとする天性の気取り屋振りは、魂胆を見抜かれまいとする体裁の仮面に過ぎず、いつまでも自分を偽り通すことは出来ない。繕わずに本当の自分を出して行く方が自然であり無理が無い。
 
 卯の生命の泣き所は感情コントロールであり、普段我慢しているが故に、時折自己を見失って爆発させてしまう。特にお酒や薬物に呑まれてしまうタイプが多く、呑めば呑む程に目が座って来る人もいるので、酒による不祥事には気を付けたい。所有観念が発達しているこの生命は、自分の持ち物を勝手に使われるのが大嫌いであり、自分の物は自分の物、他人の物は他人の物と、白黒をハッキリさせて置きたい性分であり、例え親兄弟であっても自己の物をみだりに使われる事を極端に嫌がる。それがこの生命の神経を逆撫でする一番の理由である。第4磁界とは知性階の磁界だが、知性と理性は別物であり、知性力とは主に記憶認知作業であって己をコントロールする力では無い。クイズ王の様に博学で物知りなのが知性、理性とはいわゆる判断力であって、本能や感情をコントロールするものである。卯の生命はもともと知性的だが理性的では決して無く、よく感情と本能の制御に右往左往している様子が見て取れる。その様子を見ていると、腹(知性)で物を考えた時の答えと、頭(理性)で物を考えた時の答えと、その狭間で葛藤している感じである。例えば、このパンを食べたいと思って最初に手に取ったが、隣のパンの方が健康には良さそうだと考え直し、そこに迷いが生じて来る様子、「じゃ、今日はこっちのパンの方を食べて見よう」と普通の人はそう割り切るのだが、卯の生命にはそうした神経の融通性が無い。
 
 繊細で鋭敏な卯の神経は細やかな部分まで触覚(センサー)を伸ばしており、人のちょっとした態度や動作や言葉に思わず反応してしまう。もともと守備が固い生命なので、土足でズケズケと無神経に入り込んで来る者や、要らぬ節介を焼いて干渉して来る者や、執拗に甘えて物ねだりをして来る者など、彼等の言動にいちいち傷つくのである。それが故にいつも背後には逃げ穴を掘って「よそよそしく」しているのだが、追い詰められて逃げ場が無くなると、居直って爆発するしか道を無くすのである。まるで満16才の女子高生の様な過敏な神経をしている。こうした腫れ物に触るが如き卯の生命の繊細さを周囲の者が理解して上げるべきなのか、それとも彼等の神経が年齢と共に鈍くなり人並みの神経の太さになる事を待つべきなのか、いずれにしても卯の生命は付き合いが難しい相手である事には変わりは無い。さて、卯の生命の細やかな神経使いとは第4磁界に心を頻繁に同会させているから、その様に表れるもの、目線を上げて上位の磁場へ同会すれば、万年少女の如き過敏な神経質症を呈する事はありません。生まれ日が卯日の方は自己の位相が第4磁界に存在する理由から、知らず知らずのうちに心を同会させているものだが、目線を上げる訓練をして行けば、こうした卯の因縁からは逃れられる。卯の磁界は緊張磁界であり、そこは運動に集中する際に使用する磁界、普通の人間ならば僅か1時間しか保たない抑圧磁界なのである。

生命査定術 その1

〈生年月日査定〉
 生まれた時間帯(アセンダント)によって、人間の基本的な骨格や容姿や容貌や生命の特徴が窺える事を前回のブログで明らかにしましたが、今回はもう少し突っ込んで、生年月日で定められるその生命の個性や能力や適性などについて、その推命知識を公開しようと思います。地球でも西洋占星術や四柱推命術など易術が盛んですが、それは銀河の宇宙人達も一緒、プレアデス文化にも、またベテルギウス文化にも伝統的な生年月日査定術があります。「人間は経験と学習によって成長して行くものだ、生年月日なんぞで人間の能力や運命があらかじめ定められていてたまるかー」と、易術に対して否定的な考え方を持つ人も多いと思われます。では、創造主や神々は易術に関して一体どの様な見解を持っているのでしょうか。確かに生物は経験と学習で成長して行くものですが、それは後天的な獲得形質に過ぎなく、生まれながらの先天的な基盤基質(天賦の個性や能力)は皆最初から備えており、そもそも生命とは皆無の零段階からスタートするものではありません。その様な意味では、易術を頭から否定する輩(やから)は物事をあまり深く追求しようとしない脳タリン傾向の者達、野蛮で大雑把な連中だと言わざるを得ません。赤ちゃんの個性など、産声を上げた次の瞬間から明らかに存在するものだからです。
 
 実は生年月日には深い意味があって、惑星霊界の「自動ズザネ管入力システム(誕生システム)」が天体の運行に基づいて行われており、それは360年周期の同じ年月日の日に特定の輪廻位相群が開いて、ズザネ管がその日に誕生した赤子を一斉に捕獲し、地上の生物のリスタート人生が始まるというシステムなのです。つまり、その日だけ開いてズザネ管を伸ばして来る一群の位相単位があって、運良く赤ちゃんを捕獲出来た位相は肉体を得て生物の一員として成長の途に就けるものの、運悪くその日に肉体と接合出来なかったズザネ管は、時間が過ぎると位相内に自動的に収納されて、360年後の次の年月日まで待機を余儀なくされる訳です。360年間でたった一日しか誕生出来るチャンス(肉体があたわるチャンス)が無い訳ですから、位相にとっては運不運が付き纏います。ただ、自動入力システムとはいえ、やはり霊界管理の神々が誕生に関与しないと何度も生まれ変わって来る事は出来ません。その為にはある程度の能力を有した実績のある生命でないと、優先的に選定誘導してもらう事が出来ない訳です。もし、あなたのアカシック総数が連続6000回であれば、あなたはよほど優秀な生命なのでしょう。あなたをこの世に絶対に誕生させようとする神々の意志が感じられます。
 
 惑星霊界の霊長類専用の位相群は基本的に1/8チップ、それらは基本的に雌専用の位相と雄専用の位相とに分かれて存在しています。あらかじめ定められた誕生の日が訪れると、一群の位相単位が一斉に位相袋を開いてズザネ管を地上に送り出して来ます。ズザネ管は腹の中の胎児が発する信号音をキャッチして、妊婦の周囲に常に群がっているのです。人工霊界の位相の種類は「霊長類専用位相」と「動物専用位相」と「魚類専用位相」という三種類、これらはズザネ管やタボ線のサイズが異なる為に、人間が動物に生まれ変わったり、逆に動物が人間に生まれ変わるといった互換性はありません。だが、同じ霊長類同士の猿と人間には区別が無く、また男女の性別区分も無い事から、猿が人間の肉体に入ったり(ダウン症障害)、逆に人間が猿の肉体に入ったり、あるいは雄位相なのに雌の赤ちゃんに入ったり、逆に雌位相なのに雄の赤ちゃんに入ったりする「性同一性障害」は起こり得ます。胎児が雄ならば、あらかじめ選定した雄位相の人間のズザネ管を優先的に入力するのが誕生管理の神々の仕事、一般的にはその子供が帰属するご先祖の神々が霊界管理の神々に依頼して、優秀な生命を授けてもらうという慣例になっています。もし、霊界管理の神々がいなければ(現在神々はいない)自然入力となり、100人の男性を例に上げれば、その半分(50名)が女性であり、残りの半分が純粋な男性という均等出産率になります。また、アカシック不足の自閉症の子供の出産率が増加し(四割を占める)、ダウン症の出比率も跳ね上がる事になります。
 
 一方、脊椎動物門以外の植物や昆虫や微生物や菌類などは霊界位相とは無関係、彼らは惑星が有する自然霊界の法に従います。生物意識を司る位相そのものが個人単位ではなく全体単位、昆虫生命の全体意識、植物生命の全体意識、微生物や菌類生命の全体意識というものが実在しています。これらの自然界意識を統轄管理しているのが天体のヒール神です。自然霊界の位相の種類も人工霊界と一緒で基本的に三種類、昆虫ズザネ管と植物ズザネ管と微生物(菌類)ズザネ管という三種類ですが、これらに互換性はありません。つまり昆虫は昆虫同士で生まれ変わるものの、昆虫が植物や菌類に生まれ変わる事は無いという話です。自然霊界には雌雄の差は無く、雄性も雌性も宿り先の肉体次第で決定しますが、人工霊界のセキツイ動物位相にはあらかじめ雌雄の差があって、基本的には雄の体には雄の位相ズザネ管が入力されなければならないのですが、動物世界まで神々の誕生管理が行き届いていないのが現状、雌雄の出生率が五割ずつとなる自然入力に任せている状況です。一匹の猫の前世を見ますと、前世が魚類だったり、霊長類だったりする事はありませんが、チーターだったり、カモメだったり、羊だったり、オットセイだったり、サメだったり(サメやカジキマグロは動物位相)するから千差万別、猫の本能的な習性の違いは主に前世の経験によるものです。
 
 さて話は変わりますが、もう何度も申し上げている様に、あなたの生命当体とはあなたが宿ったその肉体ではなく、あなた自身の現行意識そのものが生命本体であって、それはあなたのお尻から伸びるズザネ管の収容先であるところの、地球霊界の個人位相こそ我(われ)が存在する場所に他なりません。そこは我という認知や認識を行う記憶器官であって、ものを思考して判断する場所ではありませんが、心稼働に必要な原本台帳の場であり、位相内記憶をコピー転写したヌクヒブイ動帯の同会先です。つまり、あなたは地上の高感度センサー(肉体)から得られた各種の情報を空の上の個人位相に送信しており、その認知記憶に基づいて現行の自己意識が形成され、さらにその位相内意識がヌクヒブイ動帯を介して心を稼働させて思考判断を促している訳です。記憶を吸収して形成される意識場(位相)と、その意識場を使って二次的に営まれる心回路とは全くの別物、意識と心を混同してはいけません。しかし一般に生命当体とは心の方ではなく惑星霊界の位相(意識)を指しています。そもそも位相から地上へ送り込まれる位相電流とは体の臓器を動かす自律神経電流の事、また位相から送り込まれる電子バイオンとは地上の肉体へ意識や意志を伝えるものであり、位相が無ければ生命体としての営みが何も出来ない事になります。もともと身勝手で利己主義な主体意識こそあなた自身の生命当体なのですが、心を発動させて客観的な判断力を身に付けて来るから人間の人間たる由縁があります。これは生命当体とは位相意識であるものの、人間の存在価値とは心の成長にあるという話です。
 
 ところで磁場の色の話ですが、天体は皆渦磁場12磁界を呈しており、渦磁場の位相運動(phasic movement)を介して一回転周期に自色を段階的に変化させています。地球磁場圏は太陽磁場圏の第5層(第五渦層)に乗じて公転しており、その第五磁界そのものが一年単位で磁場の色を変化させる事から、地球磁場もその色に染められてしまう一年間を迎える事になります。また、地球の表面は地球磁場圏の第2層(第二渦層)に相当する事から、地上では毎日一回転する度に磁場の色が変化しており、仮に12磁界を十二支で表現すれば、本日は寅(とら)回転日、明日は卯(うさぎ)回転日、明後日は辰(たつ)回転日という様にあらかじめ定められているのです。皆様も承知の通り、今年(2019年: 令和元年)は亥(いのしし)年ですが、これは太陽第5磁界が亥回転年を迎えて、亥層(第十二磁界)の色に磁化されて染まっている事を意味しています。当然、地球磁場圏の全体も磁化されて、今年一年間は亥回転の象意作用を被る事になります。この年に誕生した地上の全ての生物は「亥年生まれ」となり、その共通した固有の色合いを有する事になります。早い話が、学校の先生がよく言うところの、その学年に共通する性質が存在しており、西洋人だろうが東洋人だろうが馬だろうが豚だろうが、亥年生まれの共通性質を示す事になります。
 
 一方、生まれ日の干支(えと)は地球第2磁界に入力される12種の場色であり、本日(6月12日)は辰日である事から、この日に誕生した生命は亥年生まれの辰日生まれとなり、それに付随した天賦の性質が刻まれる事になります。一般に生まれ年の干支は無意識的(本能的)な我を指しており、また生まれ日の干支は意識的な我を指していて、内面的な我と外面的な我を表しています。何も考えていない(意識していない)状態での無意識的な行動は生まれ年の干支に象徴され、また自身の意志に基づいた意識的な行動は生まれ日の干支に象徴されるという話であって、これらは誕生した瞬間に備わるその生命の天賦の個性として具現化されるものです。実は地球霊界は生まれ日の位相運動と密接に関連しており、辰日生まれの方の生命位相は地球の第5磁界に、また巳(へび)日生まれの方の生命位相は地球の第6磁界に、そして午(うま)日生まれの方の生命位相は第7磁界に存在しており、神々が意図的な操作を施さない限りはおよそ例外というものが存在しない厳密なものです。干支(えと)は天干(てんかん)地支(ちし)の意味で、十干(じっかん)と十二支(じゅうにし)を合わせた漢字です。ちなみに本日は辰日ですが、正式に言えば陽遁(ようとん)歴の八白(はっぱく)土星の己亥(つちのといのしし)年の、陰遁(いんとん)歴の九紫(きゅうし)火星の庚辰(かのえたつ)日であり、これと全く同じ日は360年に一度しか訪れません。
 
 易学の基礎知識を学んでいる方でもなかなか理解がおぼつかない難しい話になってしまいましたが、磁場の位相運動から考察すれば、十二支とは磁界の容量単位(メモリ容量)を示しており、同時にそれは磁界の質を表しているものなれば、我々はこれを器の生命カロリー(または生命パワー)と呼んでおり、また十干に関してはその生命のロジック・カロリー(またはロジック・パワー)と称して理解している次第です。また九星に関してはその生命の器の間口を表している事から、生命基質の顕示率(開口度=オープン率)として扱っています。本日は九紫火星の庚辰日である事から、この日に誕生した生命の器は開口度が最高値(9)の、ロジック・パワーが3cal、生命パワーが5calの生命体であり、総トータルが「9×3×5cal」の器の容量を備えた生命であると解釈している次第です。今回皆様に紹介するのは生まれ年と生まれ日の十二支に関する基本知識であり、自身が何年生まれの何日生まれなのか、自身の意識容量は何calなのか、また生まれた瞬間に備わった自身の個性とは一体どんな性質なのか、自分自身を知る為にも、あるいは相手を理解する為にも是非調べて頂きたいと思います。四柱推命などの一般の万年歴を調べて、あなたが何年生まれなのか(無意識的自我を表す)、そして何日生まれなのか(意識的自我を表す)、それを探し出してみましょう。的中率があまりにも高いので心理学者もビックリでしょうか。尚、ブログのページ数の問題上、十二支の性質は数回に分けて掲載する予定です。
 
 
 
 
〈生命心理学講座(十二支概論)〉
 人間は通常、地球霊界の位相の内部で意識を囲い、地球力学圏の中で心を稼働させています。当然、位相内の意識色はその位相が属している磁界の影響を受ける事はもちろん、その磁界が生まれ日の十二支と一致する事から、自身の個人位相の位置を確認出来る事になります。ちなみに亥日生まれの方は地上高度が800万kmという遥か彼方の位置に自身の位相が存在する事になり、その回転周期も約75日間という大変遅い周期となっています。そうした最外殻の亥渦層の性質がそっくりそのまま位相に磁化されて、生命に刻印されている訳ですから、超人と呼ばれる程の神経の鈍感さとスピン率(頭の回転)の遅さが特徴の生命体です。しかし、高度半径が800万kmですから、球体磁場の容量は最高値(12cal)を示しており、許容量と言いましょうか、相手を呑み込む胸底の広さも超人的な生命と言えます。しかし、これはあくまでも地球内部の話であって(生まれ日の話)、亥年生まれの方は太陽12磁界(亥層)の性質を潜在的に有している事になります。一般に太陽磁界(年支)に象徴される非意識的な(本能的な)我と、地球磁界(日支)に象徴される意識的な我という二人の自分が存在しており、両者の異なる基質が生きている限り続いて混在するのが普通です。ちなみに、年支と日支の影響力は「陰陽論の具現率法」に基づいて現れ、幼少期は8割のウエイトを有する年支が年齢の経過と共に減じて、その分日支の比率が増して来るという経過を辿ります。両者の比率が同等な値になるのが満32才の春の事です。
 
 下記に示したものが我々が所有する人間学(生命心理学: ホロサイコロジー)の資料の一部です。一般の易学(統計学)とは異なる純粋な学問体系であり、その根本原理は「陰陽論」に帰属するものです。そもそも我々の宇宙は力学的な「運動宇宙」であって、生命とは基本的に「運動体」の事です。直進運動は十干表記で、波動運動は九星表記で、そして回転運動は十二支表記で表しており、天体運動も生命運動もこの運動原理から逸脱する事は出来ません。持って生まれた天賦の基質、その生命が生まれながらに持ち合わせた基質には良い面も悪い面もありますが、大事な事は良い面(長所)を伸ばして悪い面(短所)を減じさせる事であり、後は経験と学習によって今世で獲得した新たな人生を歩む事でしょうか。まずは自身に備わった自己本来の性質をよく知って、相手の生命をちゃんと理解してあげる事、人間学をちゃんと学べば「人に脅えなくなる(自信が生まれる)」のが最大の長所、これを学んだ多くの人が「もっと早くに学んでおきたかった」という実感を述べられています。絶対的な的中率を誇る創造主の学問、今回はそのほんの一部ですが、皆様に公開したいと思います。十二支とは早い話が渦磁場の12磁界の事であり、磁場の性質が人間生命に反映されています。尚、本書は東洋易と西洋占星術の2時間のズレを補正し、間違った東洋易の方に修正を加えています(正午→正巳)。
 
 
 
 
 
 
  1)  子(ね)の生命       ※ 磁界: 第1磁界(本能階)               
                  ※ 磁場容量: 1cal
                ※ 分類: 中諦階中諦(固体階固体)
                ※ 人象: 胎児(胎児期)
                ※ 星座: 宝瓶宮(水瓶座)
                ※ 月節: 1月(子月)
                ※ 時節: AM1時~AM3時(子刻)
 
 
       ※  〈磁界の特徴〉
 第1磁界とは地球内殻の核(コア)を圧縮する最大重力値を示す磁界。星間物質(重水素ガス)を渦巻の中心点に集約して星のコアを創造する磁界であり、無(形の無い物)から有(形の有る物)を創り出す強烈な重力を備えているのが特徴。この磁界の作用力で物質地球や太陽コアが誕生して来た。古事記ではこの第1磁界の事は伊弉冉尊(いざなみのみこと)と称される。磁場半径は約3000kmの最小磁界だが、同時に最大の回転速度(スピン力)を誇る磁界でもある。地球内部に存在する冥伏磁界であり、地上の生物とは縁遠い無機原始の磁界であるものの、星の中心核として機能し、重列元素(D-重合体)の育成やマントル育成に関わり、物質世界の基盤となる100種の元素を生産する大きな役割を果たす磁界である。一般に第1磁界は魔界領域の中心部に相当し、アザトフォース(魔界神通力)が作用する領域だが、霊界位相の観点から言えば、ケゴ神管理の健全な領域が半分、チオ神管理の不健全な領域が半分という構成になっている。不健全な領域とは、この領域が輪廻行程から外されて凍結処分にされた生命位相の保管場所にもなっているからである。心(ヌクヒブイ動帯)の同会先としての機能は、第1磁界は本能階の最深部に当たり、赤ちゃんや幼児期の生命でない限りは、あるいは精神病患者でない限りは、この底辺の磁界に心を落とす者は滅多にいない。
 
       ※  〈子の意味〉
 十二支とは本来、植物の成長行程を十二段階に区切って分類したものである。子(ねずみ)の語源は「孳(じ: 子供)」であって、動物の「鼠」の意味ではない。この生命がチョロチョロとした挙動を見せる事から鼠に名付けられた。本来、子とは植物の種子が芽を出した段階を意味しており、薄暗き土壌の中で種子(亥)から発芽した芽や根が伸びる様を表現していて、母なる大地(子宮内部)の中で四根(手足=芽や根)を伸ばし、植物の胎児として成長の途に就いた状態を表している。西洋では子は水瓶座(黄道十二星座の中で一番最初に出現する星座)であり、母親の羊水に浮く人間の胎児期間を指している。子の特徴は生命の第1段階ではあるものの、前行程の因縁の中に埋没して外側からは見えない存在だという事である。たとえば、我々は腹の中の胎児も見れなければ土中内部の発芽も見れず、また星の中心核も覗き見る事は出来ない。今日という日は子刻(AM1時~AM3時)から始まると言われても、実際は昨日の延長時間の感覚にあって、この時間帯では今日という気分には到底なれないもの。またそれは子月(1月)も一緒であって、元旦を迎えて新年のスタートを切っても、1月度は昨年の延長線上の感覚であり、新年を迎えた気分にはさっぱりなれない。易学上では子とは陰(母体)の中に陽(子体)が芽生えた小陽(幼少)の段階であり、陽が本格的に稼働する以前の段階を意味し、陽の具現率が10%以下の段階を指している。
 
      〈磁界の質〉
 易学では十二支を植物の成長段階になぞらえて表現しているが、本来十二支とは軌道運動(周期運動)の段階的な推移(標識点)を表したものであり、また磁場の12磁界を象徴したものであって、その磁界が霊界位相を磁化する為に、磁界の性質(色)がそのまま生命に反映されるものである。土中の第1磁界に自己の位相が存在する方、つまり生まれ日が「子日(ねずみび)」の方は、第1磁界の性質を多分に具有しており、その最大の特徴は「この生命の者は存在感が薄く、周囲に及ぼす影響力が小さい(目立たない)」という事である。それは第1磁界そのものが土中に隠れた冥伏磁界であり、最小半径の磁界(生命パワーが1cal)である事に起因する。特に子年生まれの者は外観上(体面上)に子の特徴が強く現れる為に、出席していないと思っていたら「あなたいたのね」と周囲を驚かせる。他の生命と比較すれば一見影が薄い。しかし、実際は影が薄いのではなく、本人が目立つ事を嫌がっているだけの話で、基本的にこの生命の者はマイペース主義者(忍び主義)、周囲から干渉される事を好まない性質なのである(生命パワーが1calなので人に振り回される事を極端に嫌う)。
 
 第1磁界は回転半径が小さい分、鋭いスピン(コアスピン)を呈する磁界である。スピン率は頭の回転力に比例し、また運動神経や感覚機能にも多分に関係して来るものである。特に日支が子の生命の方は頭の鋭い切れ味が特徴、いわば1を見て10を悟る生命、一般の人が見逃してしまう様な微細な点まで一瞬のうちに気が付いてしまうのが特徴である。本人はあまりにも周囲がよく見えてしまうので、出来れば見たくないと願っても目に飛び込んで来てしまう事が苦痛らしく、いつの間にか見て見ぬ振りをする性癖を身に付けてしまう様である。子日生まれの方の才知はその天性の反射神経に象徴され、アスリートや格闘家としても超一流(動物も顔負け)であるばかりか、味覚や体感も発達しており、料理家や芸人としても一流の腕前を持っている。機を見るに敏で、要領やコツを掴むのが早く、また雰囲気を鋭敏に嗅ぎ付ける為に「そつ(隙)が無い」生命と言える。しかし、この生命の最大の欠点は根気が続かない事であって、狭量で神経過敏症、そして気難しいところもある。なんせ生命パワーが1cal、人を構(かま)える程の余分なエネルギーを持ち合わせていないのである。
 
 第1磁界は渦巻の中心点にあって、星間ガスを集約し、コア(重列元素)を創造する磁界である。小さなガス分子をコツコツと集めて星の超大なコアを造り上げて行くその本能的な性質はこの生命にも宿っており、とにかくお金でも物でも何でもコツコツ溜め込んで行くという性癖を具有している。根気が続かない生命であるのに物を溜め込むという作業に関しては飽きる事が無く、それを生き甲斐に出来るというのはまことに素晴らしい事なのだが、人によってはゴミ屋敷の主となったり、吝嗇(りんしょく)に陥って守銭奴と変じてしまうのはあまり好ましい事ではない。子の生命の者はお金を溜めるというよりも、贅沢を慎んで小銭を積み上げて貯金し、お金を極力使わないのが特徴、お金を出す事自体を嫌がる為に(身を切られる思いになる)、裕福なのに実際は貧乏生活をしているという変わり種である。一生掛けて10億円を積み上げて、ボロボロの衣服を纏ったまま本人は満足して死ぬという、この上もなく耆徳(きとく)な方もいるから偉人だと言わざるを得ない。子の生命が全員そうだとは限らないが、約半数がこのお金を使わないタイプ、残りの半分はお金を使うタイプであり、別の物を集める(時に収集マニア)。
 
 天体の渦磁場で一番最後に形成されるのがこの第1磁界、この磁界には天体の結晶とも言えるコアが育成される。これは精神面の話だが、純粋培養生命だとか、初心(うぶ)な結晶体生命だとか、汚れ無き天使生命だとか、水瓶座(アクエリアス)に象徴されるが如く、まるで天から降りて来た様な純粋な生命(胎児)の者もいる。これが子の生命の本来の姿だと思うが、実際はそれとは正反対の性質を現す者が結構多く、相手の弱点を見抜き、人を騙して罠に落とし込むとか、発達した損得勘定を剥き出しにして、家族や親族の中で醜い争い事を引き起こすとか、周囲の迷惑も顧みずにとにかく相手が嫌がる悪戯を働くとか、いずれも法で裁かれない犯罪行為ギリギリの線(計算高く抜け目がない)で、人間とは思えない悪魔的な嫌がらせ行動を取る者もいる。実は第1磁界の位相群は正当な輪廻生命が半分、残りの半分が魔界生命であって、生まれ日が子の者は善人と悪人の真っ二つに分かれているのが実情である。その見分け方は簡単であり、左肩に魔界の職員マークがある者には注意を払わなければならない(アストラルマークなので一般人には見えない)。べつにマークで確認しなくても、その者の人間性を見れば一目でそれと分かる。尚、魔界関係者か否かは生まれ日だけの話で、生まれ年は無関係である。
 
 
      〈子の一般的性質〉
 物欲が強くケチである事から嫌われやすい生命だが、よく考えてみると、お金を稼ぐ事や異性の情愛をつなぎ止める為に汲々とするだけで、醜い大人の欲望(例えば地位欲や名誉心など)を持っていない理由から、綺麗だと言えばこんなに綺麗な生命は他にはいない。見栄も虚栄も偽善も自惚れも無い生命が故に、多少薄情(うすなさ)けではあるものの、他の生命と比較すれば(魔界職員は別)その言葉は十分信用に足りる。そもそも胎児に人を傷付け陥(おとしい)れようとする悪意も計略もある筈が無い。子の生命は基本的に小心翼々とした生命であり、小さな満足を追って社会的な野心を持たない生命だが(実利主義)、精神境涯が極めて不安定で、いつも他人の言動に振り回されて傷付いている。ナーバスで超過敏な神経が心を痛ます為に、いつの間にか飄々(ひょうひょう)としたマイペースを装わざるを得なく、我関せずの人生スタイルで、潤いが感じられない殺伐とした生き方を選択してしまいがちである。
 
 生まれ日が子の生命の者でも他星の関係から政財界へ進出を果たす生命もいるが、その武器は天性の切れ味鋭い知謀であり、相手の弱みを一発で見抜いたり、利益に超敏感で鼻が効く事から、「策士」や「戦略家」として優秀な手腕を発揮する者もいる。しかし、常に問題になるのがその持ち前の狭量であって、人望の薄さが災いして権力の頂点に登り詰める事がなかなか出来ない。生命パワーの関係上、人を受け入れる心の許容量に不足がある為に人が付いて来ないのである。従って、財界人としても世間的には有名な存在にはならないのだが、お金や財産を保有している実力者としては君臨している様子である。とにかくこの生命は食べられない名誉や地位よりも実利(現ナマ)を欲しがって、社会奉仕や支援活動には非協力的であり、あくまでも現実的な利己主義スタイルを貫き通す為に、「単に金だけ持っている孤独な人」になってしまいがちである。
 
 子の生命にとって、自分が育った生家(特に母親)は理屈では語れない特別なものらしく、胎児には母親の胎内環境が最も安心出来る理想的な場所であると言える。生家に対する執着心が半端ではないという話だが、一方、独立してマイホームを築いた場合も、我が家は自分にとっては胎内環境の様に安心出来る特別な場所でなくてはならない。家や環境に関心を抱かない吝嗇ねずみの生命も中にはいるが、多くの子の生命は立派な家を築くのが特徴である。家に必要なのは自己の伴侶だが、その伴侶の扱い方に問題があって、愛情の物質化というか、伴侶を家の調度品か家具の一種の様な扱い方をするので、大事にはするものの、息が詰まる様な異常な拘束力で縛り付けてしまう為に、「家庭内騒動」が起こりがちである。奥様も旦那様も自分の家具(持ち物)ではないので、相手の自由な行動をもっと尊重してあげたいものである。それと、お金があるならギリギリの生活費を渡すのではなく、伴侶が少しは自由に使えるお小遣いをあげたいものである。「ゆとり」を贅沢だと決め付けて出し惜しみしない事であろうか。
 
 生命パワーが小さい「子の生命」の者に必要なのは一種の「居直り」である。人に振り回されない堂々とした人生を歩む為には境涯を上げる必要があって、居直りに近い「物事の割り切り」が重要である。多くの生命が年齢と共にそうした割り切りを身に付けて来るのだが、若い者にはまだ無理なのか、自身が傷付くのを恐れて神経を尖らせてビクビクした人生を送っている様に見える。子の生命の真裏は180度反対の午の生命の領域、そこが子の生命の上限域に当たる訳だが、そこに自身の意識の底辺を上げる事(仮同会させる)が無難に生きる為のコツ、多くの者がそうして人生の危機をクリアしている。これは自己の位相が地球内部に存在する生命の生きる為の智慧(子と丑の生命だけ)と言えようか。特に子の生命の者は貯蓄が無くなると心の余裕が無くなり、汲々とした状態になりがちである。いざという時に力になってくれる親密な友人を作っていない(深い付き合いをしない)のも処世術の未熟さを感じる。超一流の有名アスリートになっても精神修行がお粗末では駄目、人の輪の中に入ってもヘッチャラな図太い神経を持てるようになりたいものである。
 
 
 
 
 
 
  2)  丑(うし)の生命  ※ 磁界: 第2磁界(本能階)
               ※ 磁場容量: 2cal
               ※ 分類: 中諦階仮諦(固体階液体)
               ※ 人象: 赤ちゃん(乳児期)
               ※ 星座: 双魚宮(魚座)
               ※ 月節: 2月(丑月) 
               ※ 時節: AM3時~AM5時(丑刻)
 
 
 
 
    ※  〈磁界の特徴〉
 第2磁界とは地球内部のマントル層から地表面を包み込む領域であり、地上高度2000mまでの海洋や大気層を含む液体を呈する磁界である。この磁界の最大の特徴は有機物の土壌がある事であり、水を介して生物を育む場所である事、また大気の酸素濃度も生物の呼吸量に応じている。磁場半径は約6000kmで、自転周期は約24時間、内部に第1磁界を抱えている。第2磁界は古事記では伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と称される。第1磁界のコアは固体でカンカラカンの素粒子凝集体だが、この磁界はマントルも岩石も有機物も大変柔らかい分子凝集体であり、その様な意味では第2磁界とは分類上「液体」になる。基本的にこの磁界は原子や分子の世界であり、各種の振動波の中でも主に有色の可視光線の世界でもある。承知の様に、地球に注がれる太陽分子光の大半は太陽の第2磁界から放射されている。この磁界は地殻より下のマントル層までが魔界領域となるが、人間よりも動物系の魔界偵察員が多い(猫やカラスなど)。また、この磁界が生物磁界と呼ばれる所以は自然界位相(植物や昆虫や微生物の位相)が存在するからである。第2磁界とは「地の命」と「天の命」が結ばれる生誕地、十二磁界の中で最も重要で神聖な磁界であるが、それとは真逆に、厳しい生存競争の世界でもあって、残忍な格闘世界という地獄の一面もある。
 
      〈丑の意味〉
 本来、丑(うし)の語源とは紐(ちゅう: ひも)で、動物の牛の意味ではない。この生命の歩き方や動作や仕種が牛歩の如くゆったりしているのでそう名付けられた。丑は暗き土壌の中から地上に芽を出した発芽状態を意味しており、人間ならば母親の胎内から産み落とされた誕生したばかりの赤子の状態を表している。植物の新芽も人間の赤ちゃんも、いずれも母体(種子)と茎管(臍の緒)で連結しており、いまだ母親(旧因縁=本能)の勢力下にあって、完全に自立した生命状態ではない。この世に誕生したといっても、本能の手綱(たずな)から逃れられない未熟な生命状態、それが丑の漢字の語源である。丑は生命の第二段階を表す象意言語、月節は2月、時節はAM3時~AM5時、夜が明けて明るくなったものの、あるいは新年の節句は迎えたものの、外はまだ薄暗くて肌寒く、今ひとつ今日を迎えた気分になれず、また新しい年を迎えた気持ちにもなり難い段階である。やはり一日の出発点は寅刻(とらこく: AM5時~AM7時)であり、一年のスタートは春3月(寅月)からと言える。易学上では丑の段階とは陰の勢力を抑えて陽の比率がぐんと増した状態でも、その具現率は20%以下、いまだに小陽の段階である。丑は仏法十二因縁では「六処(りくしょ)」と呼ばれ、その由来は六根(手足と五臓六腑)を配して生まれいづるという意味である。また、西洋占星術では黄道十二星座の中で二番目に出現する星座を魚座(ピーシーズ)と称し、羊水(過去)と天空(現在)を結ぶ霊界の稚魚として扱われている。
 
      〈磁界の質〉
 第2磁界の特徴は、何といっても気体(空諦)の第3磁界(大気圏磁界)と固体(中諦)の第1磁界(コア磁界)に挟まれた、液体(仮諦)の生物養育磁界という看板名目である。地表に生物を誕生させて養育する為には、適度な重力、適度な気温、適度な湿度、適度な酸素分子濃度、有機素材や栄養素などが必要であり、それらの生命条件は十二磁界全体で協力し合って生み出すものだが、やはり直接の担当者が真剣に取り組まないと菌類一つ培養する事が出来ない。非常に世話好きな万物のお母様、それが第2磁界の特徴である。そんな磁界の性質を備えているのが丑の生命であり、古来から「丑菩薩」と称されてその偉業は讃えられて来た。丑の生命の世話好きや面倒見の良さは超有名であり、相手が望む望まぬに関わらず世話を焼きたがる生命で、少々要らぬお節介のでしゃばり的な傾向は否めないものの、この生命によって救われる者は多い。だが、世話をする代わりに情欲(人に構われたい欲望)を欲しがる生命であって、いつも構われて可愛がられていたいという欲求が異常に強いのがこの生命の欠点と言える。なぜ常に構って欲しいのか?  その答えは簡単明瞭であり、「赤ちゃん基質」だからである。お世話の代償が情愛なのだから楽な筈だが、それが結構重苦しくて、マントルの如きベト付いた情欲には手を焼く人も多い。しかし、してあげるという行為自体は尊いものであり、誠に有り難い基質だと言えるかも知れない。
 
 第2磁界のもう一つの特徴は、ここが誕生した生物の体と天空の意識を経管(紐=ズザネ管の意味)によって結び付ける場であるという事である。その様な意味では第1磁界とは胎児を包む子宮に相当するが、第2磁界とは赤ちゃんを生む為の産婦人科の院内とも言える環境である。基本的には生物の意識の源とも言える「自我」を配当する磁界だが、そのせいなのか、丑の生命の「自我」の強さは天下一品、特に年支が丑の生命は「ゴテ丑」か「ベタ丑」か「癇癪丑」か「短腹丑」かのいずれかであるのが一般相場、十二支の中で最も育てる事が難しいと言われている。泣き出せば涙が枯れるまでトコトン泣き続けるし、腹を立てれば三日も四日も御飯も食べずに愚図り続け、不機嫌になれば誰かがご機嫌を取るまでふくれ続けて、一旦ダダを捏(こ)ねればデパートだろうが地下鉄だろうが場所など関係なく泣きわめいて転げ回り、一度恨むと死ぬまで両親を恨み続けるという有り様で、育てる側の親も子供と心中する覚悟で育てなければならない。世の中にこんなに手間隙が掛かる子供がいるのだろうかと思ってしまうが、しかし丑の子を育てるコツは簡単明瞭、彼らが愚図る理由はたった一つであり、常に構って可愛がってやる事である。それしか解決の方法が無いのである。もともと「赤ちゃんの生命」が幼少期を過ごしている訳だから育て難いのは当然の話なのである。
 
 丑の磁界は本能磁界の真っ只中に位置しているものの、ズザネ管と接合された次の瞬間から自我の発達と感情の発達がスタートする理由から、直情傾向の強い生命となりがちである。しかしこれは丑年生まれの生命の若年期間の特徴、丑日生まれの者は反対に年を取るに従って直情傾向が強くなって来る様である。丑の生命で一番困るのが「手加減を知らない」という事である。もともと腹を立てると暴力を振るいがちな生命なのだが、気が済むまでトコトン殴り続けて止めを指してしまう為に刑事問題となりがちである。特に第2磁界とは基本的に動物の世界、命を掛けた手加減無しの獰猛な格闘世界であって、その原始本能を色濃く持っている為に時に大暴れをする者が多い様である。本来、第2磁界とはそういった格闘家の専用磁界、一般的には格闘技の選手が瞬間的に心を収縮させて使用する場だが、この磁界の生命は平素でもこの領域に心を落としてしまう性癖があるので、特に理性コントロールが必要となる。第2磁界の一体何処が神聖なのか分からないが、地上は最も危険な場所だと言えよう。動物世界のもう一つの顔は、普段は極端におとなしいと言う事である。丑の生命の普段の顔は、溌剌とした精気が感じられない「アンニュイ」な性質を示し、殻に閉じ籠った塞ぎ性的な雰囲気を醸し出している。そうした人象は動物のそれに近いものだが、優しく接してやると、相手に対して情感を誘発されるのか、慈悲心を示して来るところが丑の特徴である。
 
 第2磁界は第1磁界と同様に自転周期が短く、そのせいか丑の生命は動作はゆったりしているものの、感受性が鋭く頭の回転も素早い。生命タンクの容量が2calであり、子の生命(1cal)とは違ってビクビクした挙動が抜け落ち、一応は見た目の安定感は感じられるが、たった2calの生命パワーでは軽量過ぎて他の生命の様なドカッとした精神の落ち着き振りは感じられない。体を動かさずにじっとしていても、心は常にせわしく動いていて、重ダンプの生命(亥や戌や酉)の様にボーッとした状態で(何も考えていない息抜き状態で)自ら思考を停止させる様な真似は決してしない。当然、その分強いストレス(緊張)や重圧を長時間に渡って受け続ける事になるが、この生命はまるで二枚貝の如く自己の殻を閉じて外圧に耐える特性を備えており、普通の生命が音を上げてしまう様な事柄でも、天性の耐久力と持久力で乗り越えてしまう。「なぜそんな酷い環境下でも我慢出来るのか?」と感心してしまう程である。時には人を何十年も恨み続けて、長崎の仇を江戸で討つが如くに心の目線を落としたままその抑圧地獄の中で生きるが、その人間離れした芸当には驚かされる。苦労や苦難に耐える事は素晴らしい事だが、自らを精神地獄(心の底辺)に落としめてそれに耐えるのは如何なものかと思われる。ちなみに第1磁界も第2磁界も一般的には土中内部の魔界領域、そこはもともと地獄界と呼ばれる領域なのである。
 
      〈丑の一般的性質〉
 生まれ年が丑の生命の者は非常に育て難いものの、満32才以降は自己本来の生まれ日の干支が強く現れて来る為に、腫れ物の如き丑の性質は段々下火になって来る。しかし、自己の本体(日支)が丑である生命は逆に年齢の嵩(かさ)みとともに丑の性質が強く現れて来る為に、その自我の強さ(我がまま)には周囲の者が呆れる場合も多い。無論、そうではない者もいるのかも知れないが、まだ例外を見た経験が無い。本来、この生命は如才なく融通性に富んだ性分であり、機嫌の良い時はかなりの無理を言っても聞き入れてくれる親分肌の生命である。なぜか大変な自信家であり、その歩みはのろいが、着実に目的に向かって前進する人間であって、極端な負けず嫌いで有名であり、100%完全に敗北しているのに、その負けを絶対に認めたがらない呆れた「利かん坊」である。というより、相手の凄さや強さを把握出来難い性分で、「あんな奴には負けたくない」と感情的に闇雲に闘争心を燃やしているに過ぎない。
 
 一度受けた傷や損傷を絶対に忘れない執念深い生命であり、込み上げて来る怒りの感情を調節出来ないまま、その恨みを晴らすべく復讐の機会を窺うという悪癖を有しており、自我の強さと激しい怨念、そして短慮で短気というのが典型的な丑の特徴である。気性の激しい生命であり、追い込まれると「ヤケッパチ」となり、感情が赴くままに劣悪な猛毒性を出して、辺り構わず誰彼容赦なく攻撃する為に、時に世間を驚愕せしめる主人公となる。特に手加減を知らないから恐ろしい(相手の痛みが分からない)。しかし、怒りの感情が収まると、まるで嘘の様におとなしくなる生命であり、野獣の血が冷めて可愛い赤ちゃんへ戻る。だが、相手のちょっとした言葉使いに気分を害して、それまでの長い親族付き合いまで突然止めてしまうから結果的に世間から敬遠されてしまう。
 
 また、この生命は最初に与えられた環境や教えによく馴染んで染まる人間であり、自力で自色を変え難い生命である事で有名である。悪い表現をすれば、頑固一徹な盲目馬鹿であり、たとえ間違った思想でも一旦自分が納得して信じたものは最後まで信じて行きたい性分であり、途中下車する事を好まない生命である。その為、既成概念を覆す事が容易ではなく、一度染まったら最後、再洗脳が極めて難しい「不活性ガス」の如き人間と言える。無論、丹念に再教育を施してやれば新しい色にも染まるが、それが容易ではなく時間が掛かる。良い意味ではこんなに信念の固い人物はおらず、強力な味方になるが、敵に回したらこんなに恐ろしく頑強な人間は他にいない。丑の生命に一旦敵だと思われたらもう修正が効かないので大変である。一般に丑の生命と言えば大酒飲みが多いが、アルコールだけではなく薬物に呑まれて耽溺する傾向があるので注意が必要である。