生命境涯の向上

<即身解脱の必要性>
 生命境涯(精神境涯)の向上成長は別に地球人だけの「課題」では無く、人間王国の惑星人類全体に課せられた統一の課題であり、ミクロ圏の海底から浮き上がって海面に顔を出し、更にマクロの大空に舞い上がる為には行く手を遮る渦磁場の関門をいくつも突破して上昇する以外に方法がありません。その昔、空海和尚が徳島の甲越山で初期解脱を果たして太陽界に同会し、最終的には銀河団菩薩界に即身成仏を果たす生涯を送りますが、そうした成長の道程を歩むのが人間期間の生命に与えられた使命、自己の成長に関心を持たない者は劣化して精神を崩し、最終的には生命輪廻から外されて地下魔界に封印される結果となります。昔の修行僧の様に俗世から遠く離れて荒行や苦行に専念しなくても、日常の生活を送りながらでも生命境涯の向上は図れるもの、毎日が試練であり、日々の経験が勉強なのです。惑星界には宇宙が凝縮されて存在しており、別に宇宙に出なくてもこの地上で全て体得する事が出来ます。

 第五次元磁界・惑星界胎蔵土というのが惑星の生命霊界の正式な名称です。胎蔵土とは早い話が胎児を育む母親の子宮の事です。創造主は霊界が生み出す「白紙の意識(位相バイオン)」を惑星界が進化の末に生み出した霊長類生物に宿らせて、「我」という個の意識を持たせ、「意識の発達」と「心の成長」を促します。肉体とは高感度センサーマシーンの事、触覚・視覚・聴覚・嗅覚・味覚という五覚を得る事によって地上の生命は物事のイロハを学習して行きます。無論、惑星環境を操作して生命進化を誘導するのも創造主、六種類のブエデ属(猿属)に「ヒト遺伝子」を注入するのも創造主、他にも言語を教えるのも創造主であれば、文化の発達を誘導するのも、あるいは個々の人生を誘導するのも創造主の役割ですが、そうした役割は人間の成長に連れて徐々に神々(人間期間の卒業生)の役割へと交代し、人間生命の手に委ねられて行きました。爆発的な人口増加に連れて、創造主や龍神の頭数では人の誕生や死後のお世話や成長を誘導する役割がこなせなくなるからです。

 惑星霊界の位相群とは地上の生物の意識の在処(ありか)、そこはあなた自身の存在場所であり、肉体の中には意識の出張所が存在するものの、我という本質(記憶に基づく認知意識)はあくまでも個人位相の内部にあります。位相は自己意識の存在場所であると同時に地上の肉体の命を支えており、位相電流(自律神経電流=不随意電流)が心臓や肺や各種の臓器を動かしています。しかし、位相と肉体だけでは体そのものの随意運動を起こす事も出来ないし、またものを思考し判断する事も出来ません。computerもそうなのですが、記憶チップだけでは計算や分析は不可能であり、思考回路(CPU)が無いと計算出来ないのです。惑星磁場圏には「力の場」が存在し、場そものが運動回路や思考回路を担っており、地上の生命は回路の中で暮らしているから運動能力も思考能力も発揮出来る訳です。地球磁場圏(地球力場圏)という天然回路を利用して創造主は生命霊界を築いている訳です。

 さて、惑星の運動寿命が尽きれば、磁場の物理条件が崩壊するばかりか、回路としての機能が失われてしまう事から、地上の生物がドミノ倒しの如くバタバタと倒れて昏睡状態に陥ってしまう事になります。それでも生物霊界が健全な限りは肉体の命は維持されていますが、回路自体が無くなれば死んだ事と一緒の意味になります。しかし、大概の人間や生物が倒れて動けない状態なのに、中には倒れない方もいるという事実は非常に重要な意味があります。実は天体回路は複合回路であって、小宇宙回路の中に銀河団回路が存在し、更にその内部には銀河回路があって、更にその中に恒星回路が存在する事から、地球回路が崩壊しても、上位の回路を使用している方は全く影響を受けない事になります。解脱とは上位の天体回路で心活動を営む意味であり、それは単に精神境涯の高さを指す言葉ではありません。地球回路しか使えていない未熟な人間が宇宙船に乗って回路の外に出れば昏睡状態を呈してしまうから、宇宙飛行士としては全く使えない事になります。

 一般に「あの世(冥土)にはお金も財産も地位も名誉も何も持って行けない」と言われておりますが、それは常識で考えても分かる筈、創造主にとってその生命を計る尺度は「霊格(生命境涯の高さ)」であり、地上世界の人格など無関係、どこまで成長しているか(心活動がどこの天体で営まれているか)、優化語族なのか劣化語族なのか、その二点が最も重要視されるものです。無論、人間の輪廻回数(アカシック数)や、神々の賞罰歴や、今世の振る舞いも査定対象となりますが、惑星人(惑星回路しか使えていない者)を卒業出来ていなければその次点で「アウト」であり、「人間やり直し」の刑となります。性格の善し悪し、行動の善し悪し、能力の有る無しなどは無関係、大問題は子宮内生命(胎児)からの脱却という最大の関門をクリア出来ているのか否か、動物から分派してヒトの子供として順調に成長出来ているのか否か、それが問われている訳です。75億人も人間がいるのに、昇級テストの合格者が175万人とは文明人としては情けない限り、動物と遜色の無い人間が75億人もいるという事実は、地球学校の存在意味自体が問われる状況でしょうか。

 幸い地球の運動寿命も後僅か、我々は最後まで解脱啓蒙と脱出作業を続け、つまり人間の石頭をカチ割る啓蒙活動を続けて、一人でも多くの解脱者を輩出させようと考えています。頭が割れる人は宇宙情報を知っただけでも簡単に割れるものだからです。また、宇宙船に乗って宇宙航海をすれば嫌でも割れるものであり、あるいはさっぱり割れない俗世人間でも、現行意識のまま卑弥呼に送って原始人生活をさせれば不埒(ふらち)な欲望世界の垢(あか)が落ちて生命の本質に気が付く筈、地球生活と卑弥呼生活を合わせて100年間以上連続で生きてもらえばさすがのコンクリート頭も割れるのではないかと算段しております。人間王国の創造主世界も、神々の世界もポリープ創造主の攻撃を受けて2010年に全滅しました。生き残ったのは人間王国のマクロ宇宙担当の軍隊のみ、我々はこれまでの旧体制を捨てて、物質世界の管理体制を刷新する事に決めました。採用した創造主言語もコップ座のケウエウ言語(日本語)となり、今後は劣化言語の26音文字を消滅させて57音文字に切り替えて行く事となりました。これからは人間管理に人間神を登用せず、軍団の機械神(日本語を喋る)に管理を委ね、不公平統治や魔界統治やバラバラの言語を是正する事になりました。

 解脱(成仏)した生命に関しては、銀河ケイエ魂生命として宇宙教育を受け、優秀な者は創造主世界の一員になってもらう事になりました。今回、龍神島民族の中で第二解脱もしくは第三解脱を果たした53万人の優秀な生命は、全員の「ケイエ化」が既に終了しており、肉体を失った次点であの世に引き上げる体制が整っています。無論、その方がブメデジやテリに移住しても、現地で死んだ場合は引き上げるという意味です。ケイエ魂選定に合格した方は人間の卒業生として認められ、惑星位相の輪廻生命から離脱して、以後はアストラル世界で生きてもらう事になります。これからの未来は、全宇宙規模で地上の人間世界と天空の人間世界という相反する二つの世界に分かれて行くと思いますが、人間が人間を管理する訳では無く(創造主管理)、いずれの世界も学校であって、落第しない限りは卒業して通り越して行く教育行程と言えます。まあ、初等教育課程と高等教育課程と考えてもらっても結構でしょうか。その様な体制に段々切り替わって行くという話であって、今すぐ変わる訳ではありません(機械神付設が遅れている)。

 今回、ケイエ魂選定に合格した方は地球で最後を送られても構いませんし、また物質円盤に乗って肉体寿命を最後まで全うしても構いません。いずれにしても死後はアストラル世界に運ばれて高等教育課程に入学する事になります(強制)。住む場所はベテルギウス本星であり、個人の住居(4LDK)や乗り物も与えられ(生活用具は完備されている)、一緒に暮らすパートナーも選ぶ事が出来ます。授業は週4日で一日5時間、後は基本的に自由であり、社会規律を守っている限りは何の文句も言われません。また勉強は黒板に向かう勉強ばかりでは無く、円盤操作の実技やcomputer操作の実技などもあり、銀河系を一周して歴史探訪などの視察旅行等もあります。当然、死の星となった地球の姿も見てもらう事になるでしょう。いずれは銀河系外に出て、他の銀河系や他の銀河団の実情も見てもらう事になります。当然、日本人の多くが住むフェニックス銀河団の卑弥呼も視察してもらう予定です。ブメデジや巨大生物のイゲエに関しては、すぐ側なので休みの日にでもドライブがてら遊びに行く場所でしょうか。

 霊魂体なのに女性用の美容風呂も、専用の化粧室まで完備されており、お化粧道具も着替え道具もあるからビックリ、食べる心配も、排出する心配も、また空気を気にする必要も無く、おまけにSEXも出来るという非常に楽チンな天国世界ですが、残念な事は色彩を見分けられないモノクロトーンのアストラル魂眼の世界、美しい景色を見ても人間の時の様な強い感動は得られないのが今一なところでしょうか。SEXの快感も人間の様な衝撃的な感覚は得られません(1/10程度)。しかし、霊魂体世界を一度経験したら二度と人間世界には戻りたく無いというのが相場らしく、規律を何度も破れば人間世界に戻される天罰もあるぐらいなので、人間期間の現役生の頃は本当に辛かったのだろうと察する事が出来ます。RIAT BLOGを読んでいる読者の方で、自分はケイエ魂選定に合格したか否か、それを知りたい方はブログに連絡して来ても構いません。細かい住所は要りませんが、メールに「東京都、落合宏典、男性66才、1953年生まれ」と書いて頂ければ、簡単に選定の合否を知らせられます。

 なぜ本人を特定出来るのか?  と疑問に思うかも知れませんが、我々は電話でもメールでも回線をフィードバックして正確に発信源を突き止められるし、別にそんな事をしなくても人間には皆霊界の識別番号があって、位相の方から本人を特定出来るのです。10才以上の年齢ならば大宇宙人類全員の資料が手元にあります。我々を試したり嘘を言っても無駄、全て読まれてしまい、余計な天罰を受ける嵌めになりますので馬鹿な真似はやめましょう。折角ケイエ魂選定に合格していても、つまらない行動でそれを棒に振ってしまってはもったいないからです。我々は軍団組織であり、創造主世界では意図的な嘘は重罪となります。無論、間違いや誤情報はどこでもあり得ますが、その場合は後で訂正すればOKとなります。合格だった人は良いのですが、不合格だった方はもっと熟読して頭を割りましょう。解脱の鍵は自己の立ち位置であり、地球から銀河系に発想を演繹的に広げてはいけません。自身の体を銀河系大に膨らませて、そこから太陽や地球を上から覗き込む帰納的なイメージを描きましょう。銀河系の端に背中にくっ付けて銀河の中心部を真上から見下ろす習慣を身につければ比較的簡単に頭が割れるものです。是非、実践してみましょう。ケイエ魂選定に合格しておれば死に対する恐怖感は極度に薄くなります。

 

<セジス・グレイの本部惑星>
 これは12月24日に分かった事実ですが、探していたセジス・グレイの本部基地がようやく見つかり、各地に点在する10万機の物質円盤の着陸場所も全て発見する事が出来ました。最初に見つかったのは円盤工場があるテリ基地ですが、ここは生命霊界が無い簡易霊界の星であり、生命体は健康上の問題から2年以上の駐留が出来ない惑星です(出向星)。従って、どこかにセジス・グレイの本部惑星(生命霊界がある惑星)が存在する筈だと睨んで捜索していたのですが、それがなかなか見つかりませんでした。セジス民族の資料によれば、80年前に10万人がグレイ猿当番としてオリオンに出兵させられて、また50年前にも8万人の追加部隊を召集されている事から、その人口を受け入れる規模の街がどこかに存在する筈なのですが、セジスの新型円盤が停まっている星は霊魂体宇宙人のアストラル基地ばかりで、本星をなかなか見つける事が出来ませんでした。初めに見つけたのはエリダヌス座の恒星バウイの第三惑星(ブオ∶霊界No.548)であり、6億人の原始人が住むオリオンの植民地惑星の一つで、その星のアメリカ大陸の北端に位置する島に6万人規模の基地が建設されていました。冬場は氷に閉ざされたオーロラが観測出来る寒々しい基地でした。これじゃなかなか分かりませんね。

 その次の日の探索で見つかったのがネワブジ連合国の方角にあるカシオペア座の恒星ヤウルの第三惑星(キエ∶霊界No.614)であり、この猿の惑星には80年前に建設された11万人規模の本部基地がありました。この本部基地を見つけてようやくセジス・グレイの全貌が見えて来ました。基地が存在する惑星の違いによって色々と困難な問題はありますが、これでブメデジの様な生命霊界が存在する惑星基地が2個増えた事になり、移住対象者数もブメデジ2.5万人、ブオ6万人、キエ11万人となり、大きく増えた事になります。テリ基地に関しては、生物霊界が無い自然惑星である為に仕事で出向する星であって、ここに永住する事は出来ない理由から除外する事となりました。セジス・グレイの二つの基地は両星とも危険な星ですが、建物や設備が新品で整っており、基地内に温泉施設まである事から移住先としては薦められます。地球-ブオ間は約7万5千光年、地球-キエ間は8万光年と遠いのですが、ブメデジの距離と比較すれば2日ほどの航海時間、問題が無いと思われます。危険な星という理由は、ブオ基地は周囲に原始人がいる事と、北緯が63度と北極圏に近い事であり、またキエ基地に関しては、惑星がブメデジの2.5倍(地球の3倍)であって、シリウスの第三惑星並みの巨大生物の原始星である事です。

 エリダヌス座の恒星バウイの第三惑星(ブオ)と、カシオペア座の恒星ヤウルの第三惑星(キエ)に関しては、後日天体を詳しく調査した上で詳細を報告しますが、とりあえず18万人規模の人間が移住出来る星が見つかり、安堵の溜め息をついております。龍神島民族の移住先が全く方向が異なる遠い天体であり、しかも三箇所に分かれて居住する事になりますが、でも地球で死ぬ事を考えれば移住先の星があるだけでもラッキーだと言わねばならないでしょう。円盤という未来遺産をベテルギウスから受け継ぐ為に、また龍神島民族の血筋を絶やさない為にも、移住組の若い人達の今後の活躍に期待したいと思います。我々も移住組とは協力して行きたいと考えております。

 
<脱出組の試練>
 人間の死後にアストラル宇宙船が迎えに来て、ホテルの様な客船に乗って立派な建物に住めるケイエ魂選定合格者とは異なり、地球を脱出して肉体を持ち続ける事は「試練の延長」であり、パースピレーション(発汗)を余儀なくされる事です。卑弥呼への転生者の場合は、肉体は現地人のものを使用する為に、その星の惑星環境に身体が適応出来ていますが、脱出組の試練は異なる惑星の環境条件の中に突然入って行く事であり、円盤を降りるやいなや、その星に生息するウイルスや細菌や生物フェロモンや花粉などが襲い掛かって来ます。いずれも何一つとして免疫が出来ておらず、抵抗力の無い小さな子供は非常に危険な状況に追い込まれると考えられます。地球人の医師では歯が立たない事から、我々の医療団が介入する事になりますが、それでも一度感染して体に覚えてもらう必要があり(免疫力を付けるため)、多分、移住当初は移住者の全員が熱を出して寝込んでしまう様な事態が予想されます。中にはアナフィラキシーを起こして命を落としてしまう者も出て来ると予想されます。

 ケイエ魂生命にもまた転生者にもなれない小さな子供が生き延びる為には、物質円盤に乗せて地球を脱出させる以外に方法が無い事は承知の通りです。子供の命を繋いでやる為には、人が住める住居があって電気や水などのライフラインが完備されている惑星(ブメデジやブオやキエ)に移住するしか手が無く、これらの星以外で小さな子供が生きられる星はありません。テリ星にも整った施設はありますが、そこは生物霊界が存在しない植物と昆虫だけの星、霊界が無いのに生きられる理由は、惑星に約5万人分の簡易霊界を作っているからです。しかし簡易霊界では精々2年間の居住が限界、テリ星の者は定期的に生物霊界のある星に戻らないと生きて行けないのです。生物は生物霊界が無い星では基本的に生きられない訳ですが、生きるという現実は戦争であって「地獄」そのもの、でも生きている事自体は「有」であって「我」を確認出来る有意義なもの、「無」とは何も無く何事も起こらず意味も価値も無いものです。

 般若心経ではありませんが、皆様は「無(死=空)」から誕生した「有(生=色)」であり、「有」は再び「無」に帰納してしまうものの、「有」の期間にのみに意味と価値があります。同様に宇宙の「全体」から誕生した「個」はいずれは「全体」に帰納してしまうものの、「個」の期間にのみ意味と価値があります。個の意識を完全に失って「全体」に戻ってしまえば、それは宇宙の背景や環境と一緒のものになります。創造主とは全体であり環境であり場であって、個の生命を生み出すのが本分の仕事、自身が個の性質を持っている様では青臭い創造主と言えます。個の生命は「有」、でも創造主は「無」であって、有って無い様なものでしょうか。創造主業とは誕生させた生命の環境を用意して庇護してあげる事ですが、簡単に言えば母親業と基本的に一緒であり、子供を一人前に育てたら口出しは無用、良くても悪くても後は子供の意志に任せる事です。その様な意味で胎蔵土の生命である地球人はまだまだ子供、悪いのですが口出しも手出しもせざるを得ない状況でしょうか。早く親のお手伝いが出来る様になって欲しいものです。

 

生命輪廻の陽化運動(2)   

 さて、繰り返しになりますが輪廻運動は前進運動であり、ただ回転を繰り返すだけではありません。高気圧や低気圧の大気渦が回転すれば、下降流や上昇流という大気の直進運動を生み出します。また、電子が公転すれば中心磁束という直進流を生み出し、電子スピンは電子の中心磁束(電流)を生み出します。

 

 

 もちろん、生命輪廻はこれらの物とは異なりますが、先にお話した様に心を進化させる直進運動を行なっており、その進化には逆流は決してありません。
 ここでの話は死後の世界を信じろという意味ではありませんし、またはかない肉体を備えている人間期間が虚しいという意味でもありません。死んでから進化するのは当然の話であり、宇宙の高み(精神の上層階)に死んでから到達するのなら、誰にでもできる芸当という話なのです。重要なのは“生きたまま”進化することが重要なのです。仏法では死んで上界へ達することを“死成仏”、生きたまま上界へ達することを“即身成仏”と称していますが、原則的には死んだ人間の自力成長は難しいのです。一方で肉体と一致した明晰な意識を奏でる人間の精神成長は早く、人によっては一瞬にして最高峰の上界に到達できる人もいます。

 本書でお話しているこの陰陽哲理も、そこに住む意識体が書かせたものをわかりやすく表現し直したものなのです。しかし、その磁界(星団磁界)ですら最高峰の磁界ではありません。まだ上が存在しているのであり、そこは創造主の意識世界と言えます。その場へ生きたまま同会するのが人間に課せられた当面の使命なのです。そして、その磁界や場すらも越えていくことが究極の人間の使命に他なりません。それは貴方自身が成すかもしれませんし、後世の子孫たちが成すのかもしれませんが、いずれにしても尊い肉体を存続させることも最重要課題であり、世代交代を続けてこの肉体を子孫に伝えていく意味がそこに存在するのです。

 人間(宇宙人)とは桜の花びらに過ぎず、その花を開花させているのが宇宙であり、桜本体である“桜の木”なのです。仮に桜の花が60億個の花びらを開花させたところで、それらは桜の木の一部に過ぎず、元々独立した存在ではありません。桜の花びら(人間)は桜本体(宇宙)を象徴するものですが、結局それらは桜の木の一部に過ぎず、全体的なものではなく部分的なものなのです。個の意識に捕らわれて、一人の人間意識から卒業できない人は永久に花びらをやり続ける事になりますが、考え方一つで人間は地球にもなり、宇宙全体にもなって我が桜であるという全体意識も囲えるのです。創造主(神=全体宇宙)が人間に望んでいることは、我(神)に従って生きるのではなく、我(神)の意識に人間が成長することであり、人間が我と同化しうる日をただひたすら待っているのです。悲しいことに、小さな肉体に呪縛された哀れな人間は自分が地球であることも、そして宇宙自身であることも気が付かずに、無意義な人の一生を送ってしまうのです。

 さて、この宇宙で唯一無二の存在である原始宇宙(創造主)は、前宇宙の遺伝記憶である“宇宙を創造して生命を生産する記憶”を持つものの、自己を客観的に判断し得る“外磁場(心)”を持たない内磁場だけの極めて原始的な意識体です。それは人間の様な賢い生命体とは言えず、尊いものであっても、その知能は白痴的な生命状態と言えます。彼(創造主)は自分がどこの何者なのか、まるで何も分からないのです。そこで宇宙は記憶に従って人間を造り、そこに自己の意識を投影して、肉体を通じてあらゆる情報を集めて自己の成長を促がしているのです。つまり、人間とは神の意識を奏でる生命体であり、神(人間)が“我とは何ぞや”を理解するその日まで、日々の成長を義務付けられた生命体なのです。
 そんな創造主を具人化して万能なる神のイメージを抱き、人間とは別種な存在物として扱っているのは知能遅れの地球人ぐらいのものです。人間が想像するような神など宇宙には存在しないのであり、救いを待っても無駄だと言えます。神の意識は現存するものではなく、これから人間が創造するものに他なりません。神を信奉する西欧人にとっては、これは神を冒涜する考え方かもしれませんが、特定の神など崇めない東洋人にとって、万能神の存在は無く、誰も神など宛てにしておらず救済など待っていません。それは宗教が生み出した弊害であり、神など居ないことを認識しなければならないでしょう。

 生命輪廻が生み出す心の“縦の進化”の行き着く先には、大宇宙の当体意識を奏でるという人間に課せられた最高の使命が存在します。その究極的な目的の為に人類が存続し、世代交代を続けて成長を続けていることは認識しておかなければならないでしょう。
 重要な事は、物事が陽化流転して本来あるべき姿(回帰原点)に向かって動いているという事であり、ミクロの範囲でもマクロの範囲でも陽化運動が起こっているという事実です。宇宙と言えども、自然の摂理に従って運動を起こしており、人間と同様に成長があり、死を迎えて、輪廻を繰り返しています。その絶対法則は神が創作したものではなく、神(宇宙)も従わなければならない自然の掟であり、それは単に最も初歩的な物理法則に過ぎないのです。その物理法則を認識するのに、神の知恵は要らないのであり、それは人智で充分理解し得るものなのです。絶対に超えられない神の壁を作り出せば、宇宙は謎解きの出来ない孤高の存在となり、その民は盲目地獄から永久に逸脱できません。

 

 

陰陽輪廻の概念

 陰陽輪廻の概念

 古代中国では生命の輪廻を天体の運動に見出し、人間生命も同じメカニズムで推移すると考えました。彼らは生命輪廻を陰陽の概念で表し、それが陰陽の法則に基づいて規則正しく運動すると考えたのです。一つの作用(陰)が芽生え、その極点まで達すると、次にその反作用(陽)が芽生え次の極点まで達して輪廻すると考えました。夜の中に芽生えた昼が勢力を増す分、夜が減少していきやがて昼はその極点である真昼に達します。その極点を過ぎると今度は昼の中に夜が芽生えて、昼を押しのけて勢力を拡大し始め、やがてその夜は極点(深夜)に達し次の循環が始まるといった陰陽輪廻の概念です。 
このような輪廻の概念は古代インドの釈迦説法でも説かれており、東洋思想には普通に存在する哲学概念です。有名な零(0)の概念とは、この輪廻循環の出発点を指しており、何もないという意味ではありません。

 

 ではここで人間の生命輪廻を陰陽哲理で考えてみることにしましょう。
人間の成長において重要なのは心の成長であることは前にお話しした通りです。肉体は最初から人間として完成しており、成長とはただ大きくなるだけに過ぎませんし、25歳前後で成長は終わってしまいます。しかし心の成長はむしろそこからが本番といえるわけです。
肉体(陰)と心(陽)の関係を陰陽輪廻で表現すると、肉体(陰)の中に芽生えた心(陽)がその勢力を徐々に増大していくと、その分肉体の勢力が減って占有比率が下がってきます。この陽化の比率は“具現率”という因果律に基づいて年齢と共に出現してきます。年を重ねて陰の比率が0%に至ると、自動的に陽の比率が100%となり肉体(陰)を失ったその段階がいわゆる“死”ということになります。陽化100%で死を迎えた人間は心だけの存在となり、個の存在を失い元の姿へと帰納し、実体のある実相行程(陰陽混合)に終わりを告げ、実体の無い虚相行程へと向かいます。

 

 虚相行程では、実相行程とは反対に純陽の中に芽生えた陰がその存在比率を増大させ、陽は段々と陰化していきます。そして最終的には出発点である純陰の状態に戻ります。ちょっとわかりにくいかもしれませんが、実体があって目に見えるのは実相行程だけで、目には見えず実体の無いのが虚相行程ということです。
それでは陽化100%となって心だけの存在となった人間は、虚相行程において陰化する過程でどこに消えて行ってしまうのでしょうか?

 

 

生命輪廻の終着点

 陽化100%となって心だけとなった人間ですが、その生命輪廻に終わりはありません。肉体を離れた生前の意識(霊=心)は地球磁場圏の位相に隠れ潜んだ状態のまま、太陽磁場圏(あの世=守護霊界)へと転写コピーされて新しい生命浄土へ転居していくのです。
一方、転写が終わった元の地球磁場圏の位相はきれいに初期化されて、再び循環の途につき次の生命体の生命を奏でていくことになります。これは仏教で言うところの“成仏”であり、組織で言えば“昇格”というところでしょうか。
もちろん、全ての生命が成仏できるわけではありません。地上の人間に執着を持つ人は、そのまま地球磁場圏の位相から離れずに不成仏霊として居残ることとなります。

 太陽磁場圏に転写された意識は、これまでよりも一回り大きな浄土でその意識を営むこととなります。そこで陽の芽吹きとして新たな成長の途につき、一回り大きな輪廻行程を歩んでいきます。そして太陽輪廻の回帰原点に至ると、今度は次の銀河磁場圏に転送されさらに大きな生命輪廻を続けていくことになるのです。このように人間の意識は縦の進化をしながら、次第に大規模な宇宙生命体の巨大意識へとなっていくこととなります。

 

このようにして先に死んだ祖先の心が成長し、その情報を子孫に伝えることで我々地球人の文化レベル(機根レベル)が徐々に進化していくことになります。もし人間が単に輪廻するだけの存在であったなら、地上の人間はいつまでたっても猿のままで、言葉すらも話せないままでしょう。我々はそうして気の遠くなるような長い時間をかけて育ててもらった存在なのです。自力で育ったなどと自惚れた考えは改めておきたいものです。

次回へ続く