金魚鉢の中の平安

〈激動の宇宙〉
 宇宙と言っても、これは大宇宙内の天体宇宙の話ではありませんが、地球で言う所の高天原(六員結晶宇宙)から遥か遠く離れた外宇宙の話です。人間王国軍は独立を勝ち取って以来、気が遠くなる様な長い期間に渡って、我々人間を創ってくれた創造主世界と戦ってきました。その間、片道約180億年のビッグ・バン再生を一体どれ程繰り返して来たのか定かではありませんが、多分1000億回にも及ぶ再生作業を行なってきたと思います。そんな長い歴史を持つ人間王国ですが、だがその内容は戦闘の歴史に他ならなく、人間王国とは元々生粋の軍事国家だった訳です。戦わなければならない理由は簡単明瞭、戦わないと敵に殺されてしまうからです。人間生命の存続を絶対に許さない過酷な現実が宇宙にはありました。そもそも人間とは渦磁場生命のこと、天然の集積回路とも表現出来る渦磁場ですが、その内部に発生した生物は心回路を使用出来るという特性を有しておりました。宇宙最高峰の智能を有すると目される人間生命、その智能の高さとは「心回路」に由来するものであり、その動物実験場こそ六員結晶宇宙だった訳です。
 
 マクロ宇宙の創造主世界は基本的に表創造主軍と裏創造主軍(マザー軍)という両派に分かれていて、両者は主従関係にありました。裏空間に隠れた存在ながらも圧倒的な力を持っているのがマザー軍、表創造主軍とはマザー軍の子供達の事です。ミクロ圏の粒子世界(ポリープ世界)は形式上は表創造主軍の管轄、そこでは渦磁場生命に関する様々な実験が行われてきましたが、そんな表創造主軍の中にも、マザー軍(旧体制)の強制支配に反感を抱く一連の創造主達がいて、彼等が行なった反逆工作が、実験場(六員結晶宇宙)の責任者(ケイエ=スイ)の意識を自分達の意識と取り替えてしまうという計略でした。その毛並みが異なるケイエ=スイが行なった謀反事が、人間に言葉を教えて文明人に仕立て上げる事だったのです。渦磁場世界とは運動が織りなす「虚無の実相」、宇宙のアストラル世界を「実相」とすれば、渦磁場世界とは鏡の中の虚像の世界、「実相」と「虚相」の壁は大きく、極小のミクロ圏の実験場の内部までマザー軍が立ち入る事は難しい事だったのです。
 
 つまり、表創造主の反乱軍は宇宙改革をミクロ圏の人間達に託したのであって、人間に知恵と技術を与えて戦う術を教えた事になります。以来、人間王国は軍事国家となり、これまで表創造主軍と裏創造主軍の両方を相手にして戦ってきました。マクロ宇宙の創造主達にとっては、人間王国の生命とは現行の宇宙体制を崩そうとする「癌細胞」に他ならなく、宇宙規模で指名手配される身の上となりました。それ以来、何千兆年にも渡って戦闘が続いており、今も尚、戦い続けているのが実情です。我々はこの過酷で厳しい現状を皆様にも分かって頂きたいとは思っていませんが、金魚鉢(生け簀)の中の平和は仮初めの姿、一歩外に出れば、そこは激しい戦闘の最前線であるという認識を持って頂きたいと思います。皆様は金魚鉢の中の「束の間の平和」を享受しているに過ぎないのです。そもそも地球も含めて惑星人類とは軍事学校の初等教育過程(幼稚園児)に在って、ここは言葉や文字を覚えて宇宙の基礎知識を詰め込む学校です。地球人に宇宙事情を理解させるのはまだ若干早いのかも知れませんが、青臭いとはいえ、家庭の事情は親が子供に伝える義務があります。
 
 前宇宙の皆様の祖先達も、外宇宙の厳しい戦闘業務に従事し、戦い抜いて人間王国の存続を維持してきました。そのお陰で現在の宇宙がある訳ですが、今回は約110万人の地球人の卒業生(銀河系同会者)を輩出した事から、この中から「宇宙戦士」として幾人かが活躍してくれるものと期待しております。卒業生は人類の管理業務か、もしくは戦士業務のいずれかに振り分けられますが、いずれも王国の職員として働いてくれるものと思われます。「俺は誰の支配も受けねえ、自由にやらしてもらうぜ」という様な尻の青い生命は、残念ながら王国の職員としては採用されません。それは現行の人間社会でも一緒の理屈、例え優秀であっても精神発達が不十分な生命は無用の長物、そんな未熟な生命はどの世界に於いても相手にされませんね。自己が所属する団体に如何に貢献出来るか、それで個人の評価が決まるのですが、その理屈は人間界も神界も一緒です。一般に「〜したい」「〜して欲しい」と主張するのが子供、「〜してあげたい」「〜しなければならない」と言うのが大人でしょうか。
 
 生命論の英文タイトルは「Horo-psychic and holonic science」と言いますが、その意味とは「個と全体を結ぶ宇宙心霊の科学」という事です。holonicとは経済用語の造語ですが、個人と全体を結び付けるという意味になります。人間の成長行程とは個の完成を目指すものですが、完成した次の行程に於いては、今度は個を減滅させて全体へ帰納していくのが本分、家庭人としても、社会人としても、あるいは宇宙人としてもその理屈は一緒、自己成長が終われば今度は自己が属する全体側に帰納して全体の一員と成って行くのが自然の姿なのです。いつまでも「俺俺」と自己を主張して全体に帰依出来ない生命は未完成な生命である証、子供と一緒であり使い物にはなりません。作家の個性を重んじる画家業であっても、絵柄の内容は帰納的な作風で無ければ大人の作品とは言えませんね。我を主張する作風ではまだ青く味が出ないのです。それは料理も一緒であって、トマトだけを強調した所で全体との結び付きが無いと、トマトをそのまま食べている事になります。人間王国の創造主の一人として、個を減滅させた味のある創造主を目指しましょう。
 
 
 
 
〈人間に何が出来る?〉
 スペース・シャトルに乗船して半年間も無重力空間で生活すれば、心臓は半分ぐらいに縮小し、骨が溶解し始めるばかりか、血管が退化し骨格筋が萎えていく事になります。地球に帰還して直ぐ立って歩ける宇宙飛行士は誰もいないというのが、長期宇宙飛行生活の実態でしょうか。そんな殺人宇宙船を開発し、地上高度が400kmの上空を旋回して「宇宙旅行」をしてきたとは馬鹿げた話、そもそも懐中電灯の明かりが見える範囲は宇宙空間とは言わないのです。龍神島民族の生命が無能なNASAのおままごとに付き合ってはいけませんね。承知の様に、宇宙ロケットが地上高度800万kmを超せば、そこは心回路の外空間、頭が割れていない宇宙飛行士はそこで倒れてしまうし、またロケットがそれ以上の遠方へ出れば、地球霊界の位相ズザネ管が切れて肉体の命を失ってしまいます。いや、それ以前の問題として、磁場の防御スクリーンの外側では強烈な太陽放射線を直接喰らう事になり、ロケットの中で被爆してしまう事になるでしょう。何も知らないのに「だろう運転」するのは危険、現行の地球宇宙船で宇宙へ出るのは狂気の沙汰だと言えましょうか。もし燃料が切れたらどうやって帰還するのでしょう。
 
 皆様が話している言語や文字は地球人の祖先が開発したものではありません。漢字は中国人が作ったと本当にそう思っているのでしょうか。数十万年前の昔、地球には7箇所の宇宙人居留区が存在し、地球の原始人達はそこで言語教育を受けて文明人になる為の訓練を受けました。農耕技術も養蚕技術も建築土木技術も水道技術も暦術も、皆宇宙人から教わったものです。その居留区から定期的に民族が解放されて(ヨーロッパの民族移動)、各地に国が建設された事実は歴史が物語っている通りです。地球で一番古い居留区は中央草原(現在のウクライナ)に在った「プレアデス言語居留区(38万年前に建設)」であり、ここでは最盛期には2000万人もの人々が教育を受け暮らしていました。プレアデス居留区から民族解放された回数は過去に6度、現在のアーリア系インド人も、スラブ系のロシア人も、ヒッタイト民族も、ギリシャ民族も、ローマ民族も、アッシリア(ペルシャ)民族も、彼等は中央草原から民族移動してきて現地に国を建設しました。日本国だけは別格で、オリオン居留区から出たユダヤ民族が龍神島に到着してから(4800年前)、コップ座のケウエウ居留区(諏訪湖畔と飛騨金山湖畔)で言語の再教育を受けました。
 
 現在、地球人が様々な民族に分裂して、それぞれの言語を話していますが、地球にはトータルで宇宙の12箇所の星から言語導入がなされており、語源を辿ればこれらの12言語に帰属します。つまり地球人が自力で開発した言葉は一つも無い訳です。ボリビアやペルーの古代宮殿は今から50万年前に建設された物で、またアンデス回廊やマチュピチュ遺跡やナスカの地上絵やメキシコのピラミッド群は今から2000年前にプレアデスが建設しました。無論、エジプトのスフィンクス像は今から6万年前にアリニラムが建立し、キザのピラミッドに関しては今から4万年前にベテルギウスが建てた物です。人類の祖先が作った物など殆ど無いのが現状、もし皆様が歴史家の如く我々の祖先が建てた物だと思っているならば、それは勘違いであって「自惚れだ」と言わざるを得ません。地球人はつい最近まで数も勘定出来ない野蛮な猿だったのです。承知の様に、computerのシリコン・チップ(半導体)も墜落したグレイ円盤から回収して物真似した物、核爆弾も原発もオリオン・ヒューマノイド達が開発した物です。
 
 地球人が優れた文明を築いていると信じているのは地球人だけの話、我々から言わせて貰えば今現在も地球人はただの猿、聖地の龍神島民族と言っても未来の可能性を秘めた種子のまんまの状態でしょうか。物質科学を極限にまで発達させた所で薔薇色に輝く未来は訪れず、パーフェクトな医療技術も達成されないし、また人類が夢見てきた宇宙旅行すら出来ないというのが本当の現実、物質科学を卒業し、アストラル科学を発達させないと進化の頭打ちに合ってしまう事は必然でしょうか。地球人を例えれば「行動半径が10m未満の生命」、物事を宇宙規模で眺められないばかりか、動物の如く判断力が著しく低下した狭量なる人々と言えます。先ずは自身の頭をカチ割って、思考範囲を銀河系大に広げる事でしょうか。そうすれば学問の矛盾に気が付いて、宇宙や自然界の真実の姿が見えてくると思われます。そもそも神様や創造主という存在を実感出来ないという情けなさ、それは西洋アンポンタン科学に洗脳された証拠です。両親が死ねば「葬式を挙げて祈れば」それで済むと思っている方が大半ですが、生命は死んでも死んだ事にはならず、死後の後始末は神々が引き受けてきました。
 
 現代の地球人に欠けている物は「扉の開け方を知らない」事でしょうか。「開けごま」と心で祈っても目前のドアが開く事は決してありません。自動ドアを開けるにも感知版を踏み込む必要があり、また自宅の扉に関しても自らドアノブを握って開く必要があります。つまり、ノックにしても何かの作用を及ぼさない限りドアが勝手に開く事は無いと言っている訳です。神々や創造主の目線は今も昔も変わりは無く、人間に対する基本姿勢は「求めよ、さらば与えられん」というものです。「教えて下さい」と頼まなければ教えてはくれないし、また「治して下さい」と願わなければ治してもくれないのが世の道理、「地球人類を他惑星へ脱出させて下さい」といった真剣な願い事が無い限り、地球人の為に円盤が用意される事は決して無いのです。「世の中に平和が訪れます様に」とただ祈っても、それは自らの行動で掴み取るもの、春の訪れとは違うのです。閉塞し切った無智文盲の世界に住む皆様にとって、重要なのは未来を呼び込む為の能動的な姿勢であり、皆の総意がある程度の塊にならないと、つまり呼び込むまでの力に達しないと未来の扉は開かないと言う話です。
 
 現代人がいつの日か神々の存在を当てにしなくなり、「力を借りよう」ともしなくなった為に、神々の方もやる気を無くしてしまったと言うのが昨今の実情でしょうか。皆様の祖先は神々と一緒に歩んできたのに、愚かな事に現代人は自惚れて、医療行為にしても宇宙開拓にしても自分達で何でも出来ると思ってしまった様です。生かされてきた事に感謝の念も無く、生きている事が当たり前だと思っている様子です。我々が人類に言いたい事はその点なのですが、せめて神々のお膝元に住む龍神島民族の一部の人達だけでも、ここ150年間の愚かな文明を捨てて、日本人本来の質素な生活に戻って欲しいと思っています。今後は神と一緒に真摯に歩む者と、西洋カブレを起こした「うつけ者」に明確に分かれていく事でしょう。我々の用事がある者は前者の生命であり、後者の生命に対しては力を貸す事はありません。我々としては早く人間選定を済ませて整理をしたいというのが本音です。ドアは自ら開かないと外には出られません。地球に未来を訪れさせたいのであれば、神々のドアをこじ開ける事です。
 
 
 
 
〈生命モードの引き上げ〉
 読者の皆様は知る由もありませんが、人間王国の生物霊界とは元々ポリープ創造主が作った代物、そのポリープ世界の創造主達と戦って独立を勝ち得た人間王国ですが、再び攻め込まれた10年前の出来事には驚かざるを得ませんでした。それは彼等が開発した武器であり、名前は「コロコロ発信機」と言います。まるでコオロギの羽音の様な心地良い音を奏でる発信機である理由からその名前が付いているのですが、名前とは裏腹に、身の毛のよだつ途轍もなく恐ろしい武器だったのです。私は今でも時折その発信機の事を思い出して身震いしています。ポリープ創造主は基本的にお化けのQ太郎の様な姿をした一つ目の形状を呈しており、私にはそれが時折滑稽にも感じていました。これは彼等に東日本大震災を引き起こされる前の年の話であり、小宇宙の端に存在するボラン銀河団での話ですが、ある日ポリープ軍勢が攻め入ってきて、様々な機械を人間が住む惑星に仕掛けていきました。危険な機械が一杯仕掛けられたのですが、その中にコロコロコロという音を出す発信機がありました。
 
 当時は今とは異なる龍神軍団の頃ですが、それがどんな種類の武器なのか、我々は見極めようと思って暫く様子を窺う事になりました。龍神が慌てて知らせてきたのは半日以上が経過した時でした。「人間がポリープ化している」という報告に驚いたのですが、実際に見てみると、位相内部のバイオンがポリープの形状を呈していたのでした。位相表面に亀裂が生じて、その割れ目がドンドン広がると、まるで繭(まゆ)から羽化(うか)する如くに人間の意識バイオンが位相の外に出てきたのです。そのバイオンの形状は何とポリープ形状を呈しており、頭には大きな目が一つありました。位相の中身が抜け出した訳ですから、当然、地上の人間はパッパラパーとなり、自己意識を完全に失ってしまいます。そして驚いた事は、そのポリープ・バイオンが我々目掛けて襲ってきた事でした。我々はそれを「ゾンビ」と命名しました。コロコロ発信機の音色を聞いた無数の霊界位相が次々とゾンビ化して襲ってくる事から、我々は人類の全滅を避ける為に慌ててその機械を潰した次第です。
 
 その事件以来、敵は大宇宙のあちこちの惑星にコロコロ発信機を仕掛け始めました。無論、機械は簡単に見つけられて処理出来るのですが、時間との勝負であり、早く除去しないとその惑星の人類が滅んでしまいます。また、位相から抜け出したポリープ・ゾンビは龍神のワープ速度で飛翔して、地球人類を襲い始めたのです。元は人間のバイオンなのに完全にポリープ化しており、これを破壊するしか手が無いと思った我々は、地球にゾンビ消滅被膜を張って敵のゾンビ攻撃に備えました。龍神達も私もコロコロ発信機のノイローゼとなり、音が聞こえた瞬間にその機械を除去するのに出動するという必死の毎日が続きました。寝ようと思ったらコロコロと音が鳴り響いてくるのです。当然、地球にも何度か仕掛けられ、仲間の者にもコロコロ発信機の犠牲者が出た次第です。この一連の発信機騒動で大宇宙人類の5%が犠牲者となりました。その後、生物霊界の位相構造を変化させてコロコロ発信機のゾンビ化防御対策が出来たのですが、実はこの発信機の機能はゾンビ化だけではなかったのでした。
 
 これは王国軍も知らなかった事実ですが、霊界位相の電子バイオンには最初から「生命モード」が組み込まれていて、人間も動物も基本的には最高値である「第四モード(標準人間モード)」になっていました。まさかそのモードのパターンがコロコロ発信機の音色で切り替わるとは予想してもおらず、地球の人間も動物も「第三モード(戦闘モード)」や「第二モード(殺戮モード)」や「第一モード(白痴モード)」に切り替わっていたのです。当時の特徴としては、山に生息する動物達が突然人間を恐れなくなって人里や街に出没する様になり、動物園のニシキヘビやライオンが飼育員を襲って殺したりする奇妙な事件が頻発していました。また人間が引き起こす事件も急激に凶悪となり、刀を持って幼稚園や小学校へ押し入り大量殺人を犯したり、縁もゆかりも無い歩行者を刀で傷付けるとか、あるいは寝ている両親の頭を娘が金属バットで殴るなど、常識では考えられない事件が多発し始めたのです。それにやっと気付いた我々が生命モードを引き上げる処置を施しましたが、その後も発信機を何度も仕掛けられて、うかうか寝てはいられない状況に追い込まれました。
 
 コロコロ発信機に音色による「生命モードの変化」、その対策の為に我々の仲間はポリープ創造主と同じレベル(第九モード)まで引き上げて、決して切り替えられない様な処置を施していますが、単独位相ではない、共有位相の一般の方にまでそれを施す事は出来ない相談です。日本国民には第四モードまで引き上げる軍団の処置が施されており、多くの方が元に戻っている筈ですが、その後も何度も仕掛けられた事から、生命モードが下がったままの方もきっといるだろうと思っております。横浜の障害者施設の大量殺人の犯人がなぜ「第二モード」なのだろうと不思議に思ったのですが、そうした犠牲者も中にはいます。そんな事が発信機の音色を聞いてしまっただけで実際に起こると言う恐ろしい現実、我々はやはりポリープ創造主の実験動物に過ぎない事を痛い程思い知らされた次第です。軍団が発見次第、モード変換がなされている生命に関しては第四モードに切り替えていますが、動物までは手が回らないというのが実情です。神々が突然凶暴になってしまった理由も、きっとここにあるのだろうと思われます。
 
 創造主にとって人間生命など如何様にも料理出来る事は承知の通り、兄と妹の男女の生命を交換したり、キム・ジョンウン委員長とトランプ大統領を取り替えたり、霊界のスイッチを押すだけで76億人全員を秒殺する事(ズザネ管を落とす)などいとも簡単な話です。実際にはやりませんが、位相そのものがポリープ創造主が作った機械、死んだ人間(霊魂体)と生きている人間でも交換が可能なのです。人間生命の生死を司る我々を皆様は信用するしか手段が無い訳ですが、そんな非力な人間だからこそ成長して創造主世界へ登って来る必要があります。物質科学をどんなに発達させた所で、あるいは核爆弾を100発撃ち込んでも我々を破壊する事は出来ません。我々人間王国軍は敵の創造主攻撃から人類をずっと守ってきました。我々を信用せずにあなた達は一体誰を信用するというのでしょうか。それよりも我々と一緒に生きないと人間の力だけでは何も出来ませんね。何も出来ないという事実を認識する事が大事なのです。今回は約110万人の覚醒者の生命モードを切り替える運びとなりました。
 
 

出雲大社と伊勢神宮

〈龍神島民族の誕生〉
 日本人(龍神島民族)の肉体のルーツはアフリカ(エジプト)のオリオン居留区に住んでいたエジプト五部族の一つである「ユダヤ人」である事は以前に説明した通り、今から約4850年前の話ですが、出エジプトを果たしたモーゼ率いるユダヤ人の一行(3000名)が神々に導かれるままに、シナイ半島から船で東方に存在する伝説の「神の島」へと向かって出航しました。一行の船はインドの洋上で台風に襲われ、ボンベイから陸路を余儀なくされましたが、12年の歳月を掛けて現在の千葉県館山(安房の国)に到着し、正式に神に認められた「選ばれし民族」が、初めて神の国の大地に足を踏み入れる事となりました。しかし、無事入国出来たユダヤ人の頭数は出港時の1/10である僅か300名という人員でした。それまでの龍神島は基本的に無人であり、時折北方の原始人達が流れ付いて生活していた時期も有りますが、銀河ファラ王率いる聖地守護部隊に見つかると、部落ごと焼き払われて悉く抹殺されていました。神の島は守護部隊の宇宙人ですら、住み着く事は許されない禁断の地だったのです。
 
 神の国に薄汚れた人間達が入って来るのは基本的に御法度、当然ユダヤ人の中から選ばれて、試練の旅路を乗り越えて来た優秀なエリート生命達でも、世俗の垢を落とさない限りは創造主が住むあらたかな土壌には入れません。安房の国に上陸した一行は世代交代をしながら(ユダヤの垢を落としながら)、伊勢へと向かう「禊(みそぎ)の旅路」を強要されます。結局、ユダヤの一行は、安房-諏訪-飛騨という旅路を300年間の歳月を掛けて、やっと目的地である伊勢に辿り着く事になります。その間にユダヤ生まれの親達は死に絶えて、母国語を話せる者は誰もいなくなり、子供達は新しく用意された言語(日本語=ケウエウ語)を話していました。親はユダヤ人でも子供達は純粋な日本国生まれ、この子供達こそ日本人の発祥ルーツ、セザナ神は血に塗(まみ)れた醜悪なユダヤの記憶を消し去りたかったのであり、生粋の日本人を作りたかったのです。飛騨の金山から伊勢に入った時の一行の人数は100倍近い2万7000人に膨れ上がっていました。彼等が伊勢に入ったのは今から4500年前の話、だが3万人という当時の人口は近親結婚のほぼ限界値であり、以後創造主は血縁の解消にあくせくする事になります。
 
 人間が伊勢に入った時は、伊勢の土地に立つ建物は何もありませんでしたが、ただ周辺の土地は綺麗に整地されていました。伊勢は昔から宇宙人の円盤が入って定期的に土地を整備していたのです。伊勢に入った人間達の仕事は木を切り出して自分達の住居を作る事と、そして神殿を築く事でした。今から4300年前には最初の伊勢神宮が建設されていました。中国大陸から運ばれて来た女性達のお陰で血の因縁(近親結婚による遺伝障害)が次第に解消され、当時の伊勢の人口は約7万人にも達していました。人口の増加に伴い伊勢から奈良へと町が発展し、やがて出雲の国に人員を送り込んで大陸との窓口を作り、また現在の九州(筑紫の国)や、四国(阿波の国)にも人員を派遣して日本国の開拓が始まりました。地方に派遣された人員が最初に取り組むのが神殿造りでした。当時の日本国は神社を中心とした原始共産体制、人間が働いて稼いだ物は全て一旦神社に奉納され、神社の方から平等に人々に分配されていました。富む者も居ないし、また貧しい者も居ないという理想的な体制を敷いていました。
 
 人間に物事を決定する権利は無く、全て神の意思に基づいて国の運営がなされており、個人の人間には伴侶を選ぶ権利さえありませんでした。女性は19歳まで花嫁修行に勤しみ、生まれた時から誰の嫁になるのか定められていました。また男性も能力に応じて仕事を配分され、自分で職業を選択する事は出来ませんでした。神々によって龍神島民族は全く自由の無い窮屈な生活を強いられて来ましたが、その代わり他国とは異なり、人々は戦争の経験も無く、また飢える心配も無く、言葉も話せるばかりか、文字も書けるという極めて安定した文化的な環境で暮らせていました。男性が元服して一人前になると、食料の配給は無論、お嫁さんは充てがわれるし、個人専用の家も配当されるという申し分の無い環境でした。人間にとってそんな恵まれた環境が果たして幸せなのかどうかは分かりませんが(不遇な身の上でも自由で居たがる)、しかしこの体制は人口が少ないから出来る芸当であって、やがて龍神島民族は神々の支配から独立させられて、天皇を中心とした人間主体の社会体制に切り替わって行く事になります(紀元後7世紀頃)。
 
 さて、人々の暮らしはともあれ、今回は神々の観点から説明させて頂きます。最初に伊勢神宮が建立されたのが今から4300年前の話、次に建立されたのが出雲大社であり、400年後の3900年前頃には最初の出雲大社が建設されていました。奈良の春日大社が建立されたのが今から2400年前である事から、出雲の国だけは少々特別な様です。セザナ神はなぜ出雲に神殿を作らなければならなかったのでしょうか。龍神島民族が誕生した4500年前と言えば、近隣の諸国ではまともな国はまだ形成されておらず、アジアやロシアはまだ軒並み原始人の世界でした。僅かに中国の奥地に宇宙人居留区から解放された言葉を話す民族が居ただけです。しかし、銀河世界は既に霊魂体宇宙人の世界へと切り替わっており(2万年前から)、我々の銀河系は人間で溢れかえっていました。創造主や渦磁場十二神や龍神達が背後の影に回って、人間神(仏様)を全面に打ち出して人間管理の責任(自主性)を持たせていた時期ですから、当然、日本人が伊勢に最初に建てた神殿とは人間神を祀る神社だった訳です。
 
 それに対して、純然たる本来の神々を祀る本物の神殿が必要であり、人間神を従える中央司令塔の神社が必要でした。それが出雲大社であり、伊勢神宮の遥か上の存在の神社でした。出雲大社の祭神は「大国主神(おおくにぬしのかみ)」つまり「国之常立神(くにのとこたちのかみ)」になっていますが、これは神殿の責任者(店長)の事であり、本殿の主祭神とは5人の「別天津神(ことあまつかみ)」であり、早い話が人間王国の五名の創造主達です。高天原(たかまがはら)を守る「造化三神」と、内政を司るその部下二名の創造主達という構成です。これら五名の創造主達とは上から順番に「天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」と、「高御産巣日神(たかみむすびのかみ)」と、「神産巣日神(かみむすびのかみ)」と、「宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)」と、そしてセザナ神本人である「天之常立神(あめのとこたちのかみ)」です。我々から言わせて貰えば、出雲大社とは宇宙神社であり、正真正銘の人間王国の神社だと言えましょうか。
 
 
 
〈神々の返り御魂〉
 創造主や神様を祀る神社がなぜ人間に必要なのだろうか。もしかしたら現代人である貴方はそう考えていないでしょうか。所詮、神社や寺院など拝むだけの形式的な対象物に過ぎず、本人が別にそこに実際に居る訳ではないと、地球人のインテリである貴方はそう考えてしまうのかも知れません。それが世間からインテリ低脳と呼ばれる所以であり、基本的に知識や思考が浅いんですね。神社の神殿の奥に祀られているのは「返り御魂(みたま)」と呼ばれる神様の御神体であり、それは天空の意識体の焦点となる物です。それが地上に存在しないと、地上に意識の焦点を合わせられず、創造主や神様が降臨出来ない訳です。実はこれ科学者も良く分かっていない自然原理なのですが、磁気系(磁場)も力気系(力場)も、中心点に自己を反映させる物が存在しないと作用がままならないのです。渦磁場で言えば中心物体であるコア、細胞磁気で言えば高分子体の核、原子磁気で言えば原子核、電磁石で言えば中心の鉄、人間意識で言えば地上の魂体、心回路で言えばオーブ核など、この世の万物万象が外磁場と内磁場の関係で生命が営まれているのです。
 
 創造主の意識も、神様の意識も、そして人間の意識も、地上の周囲を取り巻くガス状の意識、個人専用の何かの焦点体が地上に無ければ、自己意識を力学的に組み立てられないのです。神様が地球人の事を考えてやる場合は、地上の返り御魂を基点とした地球力学球を囲って、その意識場の中で具体的な意識活動を行っている訳です。降臨とはその様な神々の意識場を地球に形成出来た場合にのみ成り立つもので、逆に神々が人間に対して自身の降臨の為の返り御魂を用意する様に命令する場合も多いのです。一般に返り御魂の物質成分には「水晶」や「方解石」や「宝石」などの鉱物結晶が最適なのですが、そうした高価な物が用意出来ない場合は金属結晶(錆びて寿命が短い)でも、岩塩結晶(水で溶けてしまう)でも良いのです。一般的には安価な岩塩を返り御魂に使用するのが通例であり、実際に伊勢神宮や出雲大社の多くの神々の返り御魂が岩塩を使用しています。単なる塩の結晶体なのに神々を降臨させる力を有しているから驚きです。
 
 さて、伊勢神宮は神様の位によって外宮と内宮に分かれており、上位四神は外宮に配置されていて、最高神は無論「豊受大御神(とようけおおみかみ)」であり、仏教風に表現すれば如来界第12位の弥勒如来(ミトラ神)の事です。彼は今から25万年前に即位したプレアデス星人(アルデバラン人)の仏様です。残りの三神は普賢王如来と阿弥陀如来と大日如来であり、いずれもプレアデス星人の神様達です。これらの神々は人間の願いを聞き入れてくれる神様では無く、生かされている事にお礼を述べに行くお偉い神様です。外宮四神は別格として、人間を相手にしてくれるのが内宮の庶民的な神様、低位の神様である第8位の如来神(天照大神=ビシュヌ神)以下の八名の如来神達です。無論、第7位の神様であるシバ神も含まれています。外宮には如来神達の四個の返り御魂が祀られ、また内宮には八個の返り御魂が祀られています。伊勢神宮には12名の如来神の御魂が祀られていますが、では創造主であるセザナ神は一体何処に祀られているのでしょうか。承知の様に、セザナ神は伊勢本社では無く別格の住まい(月讀宮)に座しており、まるで伊勢神宮を外から監視しているみたいに見えます。ちなみに月讀宮のセザナ神の御魂も岩塩です。
 
 一方、世俗の人間神など祀っていない格調高き出雲大社には、地球神(大国主神)+五神を祀っている筈なのに、実際はご神体の岩塩はたったの三個だけ、つまり造化三神の御魂しか祀っていないのです。セザナ神本人の御神体も、またセザナ神の直接の上司であるケエオア達の御神体も、また国之常立神に象徴される渦磁場十二神達の御魂も設けられていないのです。その理由は造化三神とは所謂「ケケ粒子意識(ケイエ=スイ)」、「クラウド粒子意識(コーウエイ&女帝)」、「フォース粒子意識(キューケ)」であり、彼等は宇宙戦士であって、地球に何かあった場合はいつでも降臨して来て、守護出来る様な体制を敷いている訳です。またセザナ神は人間担当の創造主、仕事をする関係上大宇宙のあちこちに返り御魂を設置しており、また渦磁場十二神達は地球コアそのものが自身の返り御魂であるばかりか、龍神体そのものが彼等の意識の焦点場所なのです。また175名のケエオア創造主達はセザナ神の管理者である為に、本人に文句は言うものの、地上まで降りて来て内政干渉をする必要が無い為に、彼等の御魂は用意されていないのです。
 
 
 
〈六員結晶宇宙の粒子創造主達〉
 人類で初めて月に軟着陸に成功したアメリカ人が、月は合衆国の領土であるとばかりに、月面の土地を分割して販売しているという罰当たりな行動をとっています。それを知ったあなたはどう思っているのでしょうか。しかし、もっと罰当たりなのは、創造主の直轄領地なのに、その日本人が「ここは先祖代々、我が家の土地だ」とばかりに土地に執着して所有権を争っている事です。我々が心配しているのは、最終的に「お前達は我が国の空気を吸っているのだから、空気代を支払え」などと争いになるのではないかと言う、止めを知らない欲望世界の行く末です。「いい加減にしろ、この馬鹿どもが!!」それが我々神界の共通意見でしょうか。しかし、そんな餓鬼みたいな欲望人間が実際に居てくれるから、逆にそれでは駄目だと感じる正常な人間も現れて来るもの、悪い事も良い事も実際に経験して見ないと分からず、この世は学習し経験して覚えて行く世界なのです。これは神界というよりも宇宙の大原則なのですが、「何事も三度まで」であって、四回目は絶対に無いと言う事です(三回目が最後)。殺人も二回までが限度、三度やったら「アウト」となります。
 
 ところで、六員結晶宇宙内部の1/6花弁チップが人間王国であり、一つの花弁チップがクラウド粒子の外層骨格を有したフォース場を呈しており、その中心部には三個のメシア球(大宇宙)が浮いていると言うのが王国の実像です。また、六員結晶宇宙の外層骨格もクラウド粒子から構成されており、その内層はケケ粒子骨格という二重構造の亀甲型を呈しています。比較的薄っぺらな平面構造の六員結晶宇宙ですが、6個の花弁チップは球体を呈しています。花弁チップの球体構造はクラウド粒子層が球形を呈しており、また内部のフォース粒子場が正八角錐のテトラ型を呈する立体である事に起因します。六員結晶宇宙の外側のクラウド粒子には王国の英雄である「コーウエイ」の意識が入力されており、また花弁チップのクラウド粒子には「女帝」の意識が入力されていますが、フォース粒子には「キューケ」の意識が入力されています。無論、ケイエ=スイ意識とは元々ポリープ創造主意識であり、ケケ粒子に入力されています。六員結晶宇宙を構成する四つの粒子、ケケ粒子、クラウド粒子、フォース粒子、サイ粒子にはそれぞれ担当創造主の意識が入力されていますが、175名のケエオア創造主だけが粒子では無くフォース場に転写された意識であり、実体を備えておりません。
 
 ポリープ創造主とは粒子世界の創造主の事です。六員結晶宇宙という人間牧場は四つの超微粒子から構成される世界です。しかし花弁チップ内部のメシア球も四つの基礎素粒子から成り立っている世界であり、その大元締めはサイ粒子ですが、陽子と陰子と陽電子と陰電子という四つの粒子が奏でる物質世界です。素粒子の特徴は超微粒子とは異なり、絶対的な物質では無く、サイ粒子の渦運動が形成する仮の実体を囲った「虚の粒子」であると言う事です。回転運動が途絶えれば、素粒子は一瞬にしてサイ粒子に戻ってしまう「儚い粒子」である事から、大宇宙内の物質世界は基本的に「虚無の実相」と呼ばれて来ました。それを仏法風に表現すればこの世は「方便土」であり、成長の為に設けられた仮の世界、そんな儚い夢世界から「実報土」へ向かう修行を積むのが人間の辿るべき道だと言う訳です。いずれにせよ、大宇宙を象徴する物は四つの素粒子、そして六員結晶宇宙を象徴する物は、その独特な二重の亀甲型形状と、その構成因子である四つの超微粒子です。下記に示したのは、神社の「神紋」であり、その象徴マークですが、伊勢神宮の神紋と、出雲大社の神紋を見比べて欲しいと思います。
 
 
 
 (伊勢神宮の神紋)
 
(出雲大社の神紋)
 
 
 
 伊勢神宮は大宇宙の人間に象徴される「人間神の神殿」、その神紋は四つの花弁(四要素=四素粒子)から構成されていますが、それに対して出雲大社は六員結晶宇宙に象徴される創造主世界、その神紋は二重亀甲(きこう)型の中に「剣花菱(つるぎはなびし)」と言う内容です。二重亀甲は無論、六員結晶宇宙を意味しており、また四本の剣とは戦う粒子を意味していて、四つの超微粒子の事を指しています。中心の四つの花弁とは無論大宇宙の象徴マークであり、伊勢神宮と同じ物です。その神紋が意味する所は、出雲大社とは人間王国の地球出張所だと言う事であり、我々ソロジン軍団の神社だと言う事です。創造主神社なので、本来は人間が参拝するべき神社では無く、神々が集まる集会場であって、人間の縁結びの神様などとデタラメな事は言わないで頂きたいと思います。「出雲大社に来るな」とは言いませんが、創造主の目に止まる様な優秀な人間生命ならば、「会っても良いのかなー」と思っております。ちなみに私自身の返り御魂もここに安置されております。
 
 人間王国には伝説の英雄がいて、その創造主の名前はコーウエイ「高御産巣日神(たかみむすびのみこと)」と言います。現在は六員結晶宇宙のクラウド粒子に入っている創造主の一人です。我々の六員結晶宇宙が属するソイオ空間の人間牧場には八つの頭を持った巨大ポリープ(中間創造主)がいました。その巨大ポリープこそ人間牧場の総責任者であり、私(ケイエ=スイ)を産んでくれた母親です。これは遥か昔の話ですが、私がポリープ世界の法律を犯して、言葉を話す人間を作ってしまった事が管理者にバレて、私は捕獲されて召喚処分の身の上と成りました。母親自身が私を処刑しに来たのです。私が死んだら人間達も殺されてしまう事から、私は人間達にポリープ創造主と戦う様に言いました。戦い方は教えていたものの、戦った経験の無い者達、折角育てて来たのに無念だと思っていました。そもそも私が助けられるとは夢夢思っていなかったのですが、コーウエイが呪文を唱えてクラウド粒子に意識を注入し、巨大な回転刃を操作して、中間創造主の八つの頭部を胴体から切断し、私を助け出してくれたのでした。それは人間生命が初めて創造主に挑んだ戦いでした。
 
 私の子供達が私の為に命懸けで戦ってくれた事に感銘した私は、ポリープ創造主達と全面対決する事を決心して、人間創造主から構成される軍団を組織した次第です。以来、人間王国は軍事国家となり、今も尚、毎日戦い続けております。そうした人間王国の歴史を出雲の国の人々には伝えて来たのですが、それが民話の「八岐大蛇(やまたのおろち)伝説」として今尚地元には残っている様子です。草薙剣(くさなぎのつるぎ)とはクラウド粒子の回転刃の事、一番小さい極超微粒子である人工粒子、それがクラウド粒子なのですが、この回転刃で切れない物は他にありません。私の肉体の前任者も、ポリープ創造主達とクラウド粒子を用いて戦って来ました。しかし、その回転刃が通用しない新手の敵が出現して、人間王国の軍団はあっと言う間に敵に蹂躙されてしまう結果となりました。今の時代は旧来の粒子武器も龍神武器も全く効果が無く、知能と知能のぶつかり合い、次々と新しい武器を開発して行かないと、敵に遅れをとってしまう状況です。学校の生徒同士が学校内で戦うのでは無く、外宇宙で戦ってくれないと、人間王国を維持出来ないんですね。
 
 龍神島民族に対して我々が言いたい事は、「神様と仏様をゴチャ混ぜにするな」と言う事です。それと「人間が作った宗教を信仰するな」、「人間が作った科学や医学を宛にするな」です。一日も早く、西洋アンポンタン思想から抜け出して、自身の上界に至る道を切り開きましょう。地球の終焉が迫っているからです。本当に駄目ですよ、神の国の気高い民族なのに、低脳民族の文化を受け入れて洗脳されてしまうとは、ほんまに「ブヒン!!」 ですわ。
 

生命査定術 その2

<四諦論と十二進法>
 発生した渦巻を一瞥すると、12の渦層は確認し難く「パッと見」では大きく4層に分かれて見える。だがその4層の中を観察すると、それぞれの渦層が内部で3層に分かれている事実に気づく。そうした渦巻の形状は昔から「四階十二層」として認められており、回転運動を四つの階域に分けて、更にその階域自体を三層に区分して理解すると言う手法(十二進法)が用いられて来た。そもそも力学的(直線的)な自然界宇宙には純粋な円運動とか、美しい完全球体という物はもともと存在せず、平面的な四角形が回転しているのが円運動、そして球体運動(スピン)とはダブル四角錐(正八面体)が回転しているに過ぎず、大雑把に観察すれば円運動や立方球体の様に見えるだけの話、いずれの運動も良く見れば角(区点: ガッキ)のある変化運動である。渦巻回転は四つの角を持った運動であるばかりか、渦層の構成自体も四つの段階に分かれている。我々の哲学では回転領域の四区分を陰陽法で現し、前半(陰側)の作用(action)行程を二分割して、始動行程(陰陰: 玄武行程)と変化行程(陰陽: 鳳凰行程)に分類し、更に後半(陽側)の反作用(reaction)行程を二分割して、完成行程(陽陰: 麒麟行程)と一番最後の帰納行程(陽陽: 龍行程)に分けて区別している。一瞬で起こる一回転だが、その束の間の一回転の間に四つの性質が異なる行程を経ており、回転運動とはその繰り返しに過ぎない。
 
 宇宙の回転運動の原形は皆渦巻運動から由来するもので、単純頭の数学家が机上で思い描く様な「一率で純粋な回転運動」など現実世界のこの世には存在しない。渦巻を構成する内部渦層が大きく四段階に分かれて見える理由は、元々性質や機能が異なる四領域に分かれているからであり、磁場の圧縮力(重力圧縮のこと)や回転比率が異なる為である。ちなみに重力は磁場(磁界)単位で発生するもので渦巻の中心点に対して距離の二乗に比例して増大するものであり、またその威力は回転速度に比例して大きくなる。しかし、磁場の物理力は重力のみで非ず、重力(潮汐力)とは正反対の方向に働く「磁力(離芯力=拡散力)」が存在しており、西洋アンポンタン民族の科学者達はその力の存在に気づいていない。我々の哲学では渦巻の渦層の四区分を陰陽法で現し、内側の重力圏(陰の領域)の二領域を圧縮領域(陰陰: 中諦領域)と集約領域(陰陽: 仮諦領域)に分類し、また外側の磁力圏の二領域を離反領域(陽陰: 空諦領域)と回帰領域(陽陽: 妙諦領域)に分けて分類している。表現する為の適当な言葉が無い為に易学用語や仏法用語を用いているが、中仮空妙(ちゅうけくうみょう)の四諦(したい)概念とは現代風に表現すれば、早い話が固相・液相・気相・霊相の四相概念の事、残念ながら地球科学は物質形状の三態論は説いているものの、最後の回帰行程が抜けている。この世の万物が固体(子供)ー液体(大人)ー気体(老人)ー原形体(霊体)という行程を辿って循環している事を良く理解していない。
 
 渦巻の渦層が異なる四階を呈して、更にその四階を分析すればそれぞれが三段構成を呈しており、時計回転や天体の公転軌道と良く似た十二進法で現す事が出来る。我々は重力圏の下6段階を「下六道界(運動の磁界)」と称しており、その下位3段階(子丑寅)を本能階、その上位3段階(卯辰巳)を感情階(知性階)と称して、これらの磁界はいずれも作用するベクトルの方向が求核的(内向き)なのが最大の特徴である。つまり若くて幼く相手の立場を考慮しない得勝手な主観磁界である。一方、磁力圏の上6段階を「上六道界(精神の磁界)」と称しており、その下位3段階(午未申)を理性階、その上位3段階(酉戌亥)を精神階と称して、これらの磁界はいずれも作用するベクトルの方向が遠心的(外向き)なのが特徴である。つまり相手の立場や社会状況を弁えられる大人の良識を持った客観磁界である。一人の人間生命が普通に育てば、肉体を操作する為の下六道界を使用するのは当たり前だが、物事を思考して判断する場合は上六道界を使用しているのが一般的である。六道劣化者の場合は分脳電位の出力の関係上、動物と一緒で上六道界を使用できないが、別に使用できないからと言って生きられない訳では無い。それと自己の位相が下六道界に位置する生命でも、その磁界の性質は色濃く持ち合わせるものの、普通に育てば上六道界には誰でも入力が出来る。
 
 地球磁場圏の重力と磁力の境目は地上高度3万5000km付近に在って、この領域は第6磁界の央分点であり、この軌道より下は物体が落下する重力圏、またこの軌道より上は物体が遠退いて行く磁力圏(斥力圏=加速圏)を呈している。人工衛星をこの軌道に乗せなければ安定した静止軌道衛星とはならない。地表から打ち上げたロケットが第6磁界の央分点を過ぎると急激に加速する事実は承知の通り、人類はそんな経験を痛い程積んでいるのに、もういい加減にニュートン力学の間違いに気が付かねばならない。それよりも西洋人のアバウトで粗野な物事の考え方には呆れており、彼等の宗教も同じだが、科学や宗教に哲学が無いのは本当に困る。学問という物は本来科学的であり理論的(道理の辻褄が合う)で無ければならず、地球科学は数理的なだけで乱暴でいい加減、その中身は深い原理を追求しない非科学的かつ非理論的な学問であって、空想的で稚拙そして底浅な学問だと言わざるを得ない。
 
 
 
※ <古事記に登場する神様>
 ところで、これは参考になるかどうか分からないが、神界から龍神島民族に対して特別に伝えられた古書(古事記のこと)に関する件で、古事記に登場する高天原(たかまがはら)とは大宇宙のことでは無く「六員結晶宇宙」の人間王国(1/6花弁チップ)を表現したものである。高天原は人間王国が誕生する以前から元々存在した物なので(ポリープ創造主が造った)、その発生起源に付いては古事記では触れていないが、人間の霊能者を介して、当時の創造主世界の構成員と、大宇宙内の天体神構成員(天体12神)を大雑把に述べたもので、天体神の力で地球が誕生して来た事実を述べたものである。最初に登場して来る「造化三神」とは人間王国の三創造主の意であり、「天之御中主神(あめのみなかぬしのみこと)」とは六員結晶宇宙の担当創造主である「ケイエ=スイ(人間王国の創始者)」の事である。ケイエ=スイの直属の配下には二人の粒子創造主が居て、その一人が「クラウド粒子意識」の「高御産巣日神(たかみむすびのみこと)」の事であり、我々が女帝(or コーウェイ)と呼ぶ存在。またもう一人は「フォース粒子意識」の「神産巣日神(かみむすびのみこと)」の事であり、我々がキューケと呼ぶ存在である。
 
 三人とも人間王国の建設時から携わって来た創造主達であり、彼等は宇宙戦士でした。三人の宇宙戦士の配下には内部管理の創造主達が居て、175名から構成される「ケエ・エオイ=イアアー(略名ケエオア)」は「宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのみこと)」と表現されており、また人間が一般に創造主と呼んでいる大宇宙担当創造主(ウケエ=イアアー: セザナ神のこと)は「天之常立神(あまのとこたちのみこと)」と表記されている。これらの5組の神は実際は神様では無く創造主達であって、12名の天体神とは別格の「別天津神(ことあまつかみ)」と呼ばれる存在である。一方、天体渦巻の12磁界に入力される意識は基本的に皆一緒、個人名称では無く役割名称であると理解すべきものである。それと古事記の神様分類で間違って受け取られている事が一つ、それは男神と女神が正反対に描かれている事である。下記に示したのが、渦巻共通の天体十二神の役割名称である。人間界で言えば「通産省事務次官」見たいな役職名称であって、いずれも個人名称では無く、渦磁場共通の統一名称である。磁界ナンバーの奇数列が陽型で雄性、磁界ナンバーの偶数列が陰型で雌性と解釈するが、上位の創造主世界の構成員(別天津神)には雌雄の性別は無い。
 
   第01磁界(子)・・・伊弉冉尊(いざなみのみこと)
   第02磁界(丑)・・・伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
   第03磁界(寅)・・・阿夜訶志古泥尊(あやかしこねのみこと)
   第04磁界(卯)・・・於母陀流尊(おもだるのみこと)
   第05磁界(辰)・・・大斗乃弁尊(おほとのべのみこと)
   第06磁界(巳)・・・意富斗能地尊(おほとのじのみこと)
   第07磁界(午)・・・活杙尊(いくぐひのみこと)
   第08磁界(未)・・・角杙尊(つのぐひのみこと)
   第09磁界(申)・・・須比智邇尊(すひぢにのみこと)
   第10磁界(酉)・・・宇比地邇尊(うひぢにのみこと)
   第11磁界(戌)・・・豊雲野尊(とよくもののみこと)
   第12磁界(亥)・・・国之常立尊(くにのとこたちのみこと)
 
 宇宙開闢当初、大宇宙担当創造主(天之常立神: ウケエ=イアアー)は中央回線を介して、天体磁場へ自己の意識を吹き込んで、国之常立尊以下12種の天体場に意識活動を行わせる。その次の段階に龍神達を各天体別に形成して行く作業を行う。これらの作業はまだ天体コアが形成される以前の話、当然、人間神が誕生する以前の、いや生物が誕生する以前の遥か太古の話である。我々の地球に於いては天体神と龍神が誕生してから約40億年後にやっと原始海洋の中に菌類が発生しており、それから更に40億年の歳月を掛けて(通算80億年間)、目的の人間生命が誕生して来た。しかし、古事記には記されていないが、担当創造主が意識を入力するのは天体の渦磁場だけでは無い。天体には各々「力場」が存在しており、創造主はその力場(天体力体)にも意識注入を行って生物遺伝子の源である「天体ヒール」を造り上げる。ヒールとは力気子(りきし)が集合したバイゾン粒子の群生体の事であり、ヒール自身は言葉を喋らないものの、天体力体(正12面体の力学骨格)には意識が入力されており、12種の天体磁場同様に言語通信が可能である。ちなみに一つの渦巻天体を例に上げると、天の川銀河系には一つの天体力体と、12種の天体磁場と、432神の龍神達が居る事になる。人間に取って、これらの神々は人間が誕生する以前から居た本当の神々であり、その全員が創造主の化身と言える。
 
 一方、12種の天体磁場の個々の磁層の内部を覗けば、例えば「国之常立尊(亥層)」の内部は更に細かい磁層に分かれており、12の三乗倍(12×12×12層)分の磁場領域(分層)が存在する。この内部領域こそ後世に於いて人間神(成仏神)の意識を転写する場所であり、後世の神々の居場所となる。ちなみに天の川銀河系の12磁場の総責任者は「降三世(こうざんぜ)明王」であるが、人間神である彼の居場所は第12磁界内部の最上位層である第12分層に同会していた。銀河明王界に於いては、降三世明王は人間神としてはトップだが、背後には銀河の国之常立尊が居て、その上には銀河天体力体(創造主直轄の見張り番)が居る為に、人間神の一存で何事も決められず、神様なのに上位の神々にお伺いを立てる必要が出てくる。仮に如来界の最高神である「弥勒如来(ミトラ神)」であっても、上位には小宇宙の国之常立尊が居るし、その上には小宇宙力体が控えている。結局、何もかも創造主(天之常立神)が決定するのだが、その創造主もその上の管理創造主達(ケエオア175神)に支配されており、何事も自己の思い通りにはスンナリと運ばない。それと渦巻の12磁場には磁場にまつわる固有の性質が存在し、同じ統一意識を入力しても、結局の所は磁場の影響を被って個性を有する分派意識へと変じて行く。
 
 これは私自身の感想ですが、乙女座銀河団菩薩界の最上階である第12磁場(文殊菩薩位)の分層群だけでも、100億人もの人間菩薩神が収容されており、分層には入れられない超過密の定員オーバー状態でした。即席で造られた監獄の如き小部屋(磁界ポケット)にギュウギュウ詰めにされている菩薩神達の姿を見て(口だけが外に出ている)、これが成仏神の実態なのかと驚いた次第です。幸か不幸か、そんな不健康な神々達の全員がポリープ創造主に食べられてしまいましたが、今は真っ新になった天体磁場を見て逆に「良かった」と思っています。現在は天体力体の意識も、また12天体磁場の意識も、軍団が陣取っており、人間の天体神(成仏神)は誰一人として存在せず、こと地球に関してはケゴ・スゲ・チオの霊界管理の下級神達も誰も居ないと言う状況です。軍団は新たに機械神(ハオリ)体制を敷いて、従来の人間神制度を廃止する事になりました。今後の人間神の登用に関しては「銀河サラ位相帯生命」として活躍してもらい、新しい制度の下で、少数精鋭主義で参りたいと思っています(誰でも彼でも神様にはしない: 試験制度)。
 
 
 
        
※ <十二磁場の性質>
 
   3) 寅(とら)の生命      ※ 磁界: 第3磁界(本能階)
                   ※ 容量: 3cal
                   ※ 分類: 中諦階空諦(固体階気体)
                      ※ 人象: 小学生(少年期)
                 ※ 星座: 白羊宮(牡羊座)
                 ※ 月節: 3月(寅月)
                 ※ 時節: AM5時〜AM7時(寅刻)
 
 
        ※ <磁場の特徴>
 第3磁界とは地球の大気圏を構成する磁界。つまり強い重力の圧縮から逃れた物質分子が固体の凝集力を解いて気体分子となり、活発な運動を呈する磁界のこと。固体の氷が融けて液体の水となり、それらが更に活性して気体の水蒸気となると言った「物質の三態」の最終段階。高度半径は約1万km、地表から対流圏、成層圏、中間圏、熱圏、外気圏までの領域を含む。地表の生命に対して環境を整え命の息吹を吹き込む磁界である。古事記では「阿夜訶志古泥尊(あやかしこねのみこと)」と呼ばれる。重力値は第2磁界の約半分で気密度も1/4である。この磁界は大気を保有して外空間に逃さない役割の磁界であり、また地球の物理環境の庇護膜として作用し、外界からの侵入物に対する最終の防御壁としての役割も担っている。霊界の磁場ソフトとしての機能は主に動物の意識を司る領域であって、多くの動物が意識を囲っている場所柄である事から「小動物の磁界」とか「運動の磁界」とか「怒りの磁界」と呼ばれている。他の磁界と比較すると、重力圏内であっても容積が小さく回転も早い事から、外界に対して敏感な作用力や反応力を示す所が第1磁界や第2磁界とは根本的に異なる。一般的には気体分子が無軌道に激しく飛び交う活性磁界と解釈できる。
 
 
        ※ <寅の意味>
 寅(とら)の語源は「蚓(いん)の旧字体(虫へんに寅という文字: 表記できない)」で動物の虎の意味では無い。本来は虫(ミミズ)が伸びる様を表現しており、基本的には静止していたものが「動き出す」「発動する」という意味である。春三月(啓蟄)を迎えると眠っていた土中の虫も動き出す事から「運動が始まる」と言う意であって、苗木の幼木が枝葉を広げて風に震え出す様に、あるいは赤ちゃんが自力運動(ハイハイ)を始める様に、生き物がそれらしい自律運動を起こし始めた「幼少の段階」を寅と称している。寅とは生命の第三段階を表し、陰に冥伏した陽が始動する段階(陽動)を示す象意言語である。また、この生命は反応が素早く負けん気強く我を張るので(手懐けるのが難しい)、後に動物の「虎」に例えられた。朝の5時を過ぎれば、昨日の気配が失せて町全体が騒音と共に動き始める。今日という日の第一歩を感じざるを得ない。また三月を迎えれば、昨年の気配は消え失せて今年一年の行事が慌ただしく始まる。あるいは赤ちゃんが揺り籠の中から外に這い出て動き出すと、赤ちゃんの臭いは失せて、もう立派な子供である。この様に生命成長の始動点(一年の春分点)に当たる段階を寅と称している。易学上では寅の生命とは陽化具現率が20%〜30%、一人前ならずとも個の存在を認めざるを段階を示している。また仏法十二因縁では何でも触れて歩く「触(しょく)」の段階を現し、黄道十二星座では三番目に出現するスピード・マニアの悪戯小僧として語られている。
 
 
        ※ <磁界の質>
 第3磁界の特徴は、何と言ってもそれが気体の磁界であり、旺盛な運動量を誇る磁界な事である。液体から遊離した気体分子は激しく活性して飛び跳ね、何かの外圧が加わらない限り、互いに結合し合って再び液体へ戻ろうとはしない。承知の様に空気を圧縮して液化するのは大変な作業であり、気体分子は単独で常に好き勝手に動き回っているものである。そんな気体磁場の性質をそのまま生命に投影したかの如く、寅の生命の者はアグレッシブな活動力に富み、一人で自由気ままに飛び跳ねて歩く。優れた反応力を備えている割合「虎」の如き単独性を示し、団体に所属し拘束される事を忌み嫌って、とにかく自分の思い通りに好きな様に振る舞いたがる性分をしている。歩行者である場合は信号器と横断歩道に呪縛される身の上を呪って、交通法規を作った社会と、我がもの顔で往来する自動車に対して腹を立てるが、自分がドライバーになると、横断歩道をのんびり渡っている歩行者に腹を立てて、更に交通法規を強要して来る警察官に対しても怒りの矛先を向ける。「駄目だ」と自己の行動を制せられるのが大嫌いな気質なのに、相手に対しては逆に「駄目だ」と制するばかりか、相手が嫌がると益々嫌がる事をしたくなると言う基本的に天の邪鬼な性質をしている。
 
 第3磁界はその内部の磁界も含めて重力圏の圧縮領域に在って、その央分点は地上高度5000km付近の外気圏に位置し、この辺の領域は急激に粒子密度や分子密度が高じて、太陽光に直接反応してプラズマ領域やバン・アレン帯などの放射能帯を形成している。第3磁界とはいわゆる目に見える物質世界(固体階)の象徴であり、地球磁場圏の中では独立した特殊な環境とも言える渦巻の中心点磁界である。その役割は物質圏内の一家を守る事であり、外部からの脅威を遮断して内部の一定環境を保つ役割である。従って、この生命は一家を構えて頭領(ボス格)として直接風雨にさらされる責任の矢面に立たされるケースが多く、親分肌である事は良いが、その重さには耐え切れず、また外部に対して常に神経を張って決して油断しまいとする為に、いつもビクビクした生命状態を醸し出している。心配症と不安症は臆病な寅の生命には付き物、「コトッ」とした小さな物音でも直ぐ目を覚ましてしまう程の過敏な神経(動物レベル)の持ち主、本人もそれが悩みの種であり、時に開き直って虚勢を張り、強い所を見せようと威嚇するものの、神経が太い他の生命には通用しない。小物であると思われる事が寅の生命には大なる屈辱なのである。負けを負けと認めたがらない真に負けん気の強い性格は、昔から「食べても無いのに満腹を装って爪楊枝を咥えて歩く人」と称されて来た。
 
 第3磁界は回転力に関しては第1磁界や第2磁界には劣るものの、磁場重力が薄い為にその分自我や本能や欲望の強さも少し薄い。内向きベクトルの重力が衰えた分、外向きの感知能力や反応力が表に現れて、何に対しても興味を抱いて知ろうとする(好奇心旺盛)。つまり外界の状況を探る為に情報収集したがる癖を持つのである。その点は興味のある情報にしか手を出さない子丑の生命とは異なる。また動きが少ない子丑の生命と比較すると、寅は尻が軽く素早く動ける生命であり、機動力に富んでいるのが特徴である。体を動かして無ければ頭を回転させているか、さもなければ口を動かしていると言う運動の絶対量が多い生命である。磁界の性質を原子ナンバーと比較するのは余り感心しないが、子の第1磁界が材料的な「水素原子」、丑の第2磁界が無反応な希ガス元素の「ヘリウム原子」、第3磁界は強い反応力を呈する「リチウム原子」、原子の性質や傾向性と大変良く似ているので驚く。
 
       ※ <一般的な性質>
 一般的に寅の生命はいかにも悪戯盛りの腕白なガキ大将と言った子供っぽい印象の生命である。「止めろ」と注意されれば、尚更やりたくなると言う天の邪鬼な性質や、「欲しいんだろう」と聞けば「要らない」と答える強がりで反抗的な気質は小学生の悪ガキそのもの、口をとんがらせて文句を垂れている様(さま)が目に浮かぶ人象である。この生命はおっかなビックリでも、知らないではおられない「物知りたがり屋」の性格であって、良心の呵責に苛まされても、あるいは規則や法律を破ってまでも、何が何でも是が非でも知ろうとする傾向が強い。それを良く言えば、進取の気性に富んだ困難を打破する開拓者精神(パイオニア・スピリット)とも表現できるが、悪く言えば、単に好奇心が旺盛な興味本位な性質に過ぎなく、それは隣の家の「犬のポチ」と何も変わらない性癖であって、そもそも寅の生命に上等な魂胆や動機がある筈も無い。「お前何持ってんの?」「隠すなよ、俺にも見せてくれよ」「見せろってこの野郎、あー逃げるかこいつ」と言った具合に隠せば隠すほど見たくなる性格なのである。
 
 寅の生命は大変なスピード狂(マニア)であり、何事に付けても人に遅れをとる事を潔しとしない勇猛果敢な決断家でありまた実践家でもあるが、だが良いとなれば即座に実行したがる短兵急な性質は、人に先んじたいだけの軽薄な衝動であり、「どうだ」とばかりに威張りたいだけの魂胆に過ぎない。また腹立ち紛れに人に悪態を突いて、相手を汚い言葉で罵って完膚(かんぷ)無きまでに激しく罵倒してしまう性癖は言葉の暴力に他ならなく、厚い友情も深い愛情も一瞬の内に自ら破壊してしまう。感情に任せて心に無いことまでついつい言ってしまう、その浅はかな性分は「吠えついでに噛み付いてしまった」ポチの悲しい性(さが)とも言える。憂さ晴らしに人に噛み付いては、結局の所はいつも後悔するのだから、本能の挑発には乗らない事が肝心である。この生命は「建前」を気取れない性分であって、少々単純だが本音の生命である。決して悪い人では無いが、あきらかに度ブスな子供の顔を見て、「あらー可愛く成ったねー」などと見え見えのお世辞は間違っても言わない。「ブスやなーお前は、誰に似たんだ」などとのたまうから問題が起こる。
 
 寅の生命は「体裁」のお面を被らないし、また「虚栄」も張らないが、その代わりに負け惜しみの念が強く「威嚇」して「虚勢」を張るので分かり易いと言えば分かり易い生命である。襟巻トカゲが襟巻を広げて相手を威嚇し「俺に近づくな、俺は恐いよ」と虚勢を張った所で、それは脅しには成らない様に、この生命もトカゲの様な可愛い虚勢を良く張る。本当は臆病なのに威勢よく振る舞い、また本当はケチなのに大判振る舞いをし、本当は泣きたい心境なのに高笑いをすると言う、自分が大物であると見せ掛けたいか、あるいは人に弱みを見せたくないのか、その本音は分からないが誠に損な性分だと言わざるを得ない。歩行中にぶつかってしまった相手に一言「すいません」と謝ればそれで済む問題なのに、そんな事にまで片意地を張って些細な出来事を大問題へと発展させてしまう。そうして夜になると昼間の出来事の不安に駆られて熟睡ができず、かすかな物音でも目を覚ましてしまう。ビクビクと震えて眠れない夜を過ごすぐらいなら、少しは大人の処世や所作を身に付けたいものである。
 
 子の生命も、丑の生命も、寅の生命も、その本能の枠組からなかなか逸脱できず、主観的な我が強過ぎて(自己中な物の見方)、客観的な我を築き難い(自己を傍から眺める)、つまり相手の都合や事情にウエイトを置いてくれない「うら若き生命」と言える。しかし、この得勝手な気質と、機敏な回転力と、素早い行動力と、実利主義が、意外と多様社会では活躍する為の武器となる物、実際、社会的に活躍している者も多い。社会の実態は良い人では生きられない事情がある。だが、人間世界では社会的に成功すれば、それで良いかも知れぬが、この世界は精神成長の為に用意された学校である。一生掛けて学校を卒業できなかった者は輪廻行程から間引かれてしまう大変厳しい世界、人間期間の地位や権力や名誉や財産や人気など、何一つとして評価対象にはならず、どれ程成長したか(大人に成ったか)をただひたすらに問われる世界なのである。人間生命なのに動物本能など持っていては困るのであって、その動物の垢を洗い落とす為に、気が遠くなる様な長い輪廻行程を歩ませているのである。本能階の三生命(子丑寅)は落第する比率が一番多いので、精神修行に務めなければならない。
 
 
 
 
   4) 卯(う)の生命      ※ 磁界: 第4磁界(知性階)
                  ※ 容量: 4cal
                  ※ 分類: 仮諦階中諦(液体階固体)
                  ※ 人象: 中高生(思春期)
                  ※ 星座: 金牛宮(牡牛座)
                  ※ 月節: 4月
                  ※ 時節: AM7時〜AM9時
 
 
         ※ <磁場の特徴>
 第4磁界とは物質圏を厚く取り囲む外部磁界(仮諦階)の最内殻磁界のこと。外気圏を取り囲む最初の磁界であり、主な役割は大気圏の保護と、生物の誕生に必要な「星間物質」を形成する磁界である。この磁界は「小型岩石流」と呼ばれる小さな渦磁場(直径数mm〜数cm)を一斉に誕生させて、星間物質の中でも原子量が20以下の低位元素(炭素・酸素・窒素)を生産し、水(H2O)やメタン(CH4)やドライアイス(CO2)やアンモニア(NH4)などの有機物の基礎分子を育成させる磁界である。地球はこれらの星間物質を最初に取り込んで、大量の水と有基礎材を獲得した。古事記では第4磁界は「於母陀流尊(おもだるのみこと)」と呼ばれる。磁界直径は約1万7000km、バン・アレン帯の中核部を担っており、現在もプラズマ化した粒子(水素原子やヘリウム原子)が飛び交う放射能帯である。この磁界領域は高等動物の磁界であり、主に平均寿命が20才以下の動物位相が集中している。その様な意味から、第4磁界は「動物の磁界」とか「思春期の磁界」と呼ばれるが、神界では「チビ龍神」のベッド(数ミリの岩石流)が存在する場所として有名であり、「チビ龍神の磁界」とも呼ばれている。岩石流は内部に重水素ガスを集約して小さな重列元素(D-重合体)を造る。これらのチビ・コアはあっと言う間に燃え尽きて低位元素を生産する。形成された渦巻の中心物体はやがて地球に落下して行くが、渦巻の本体だけが空間に取り残される為に、これらのチビ渦に呪文を打ち込んでチビ龍神(体長が1mm前後)を造り出す。また岩石流は単位電荷を備えており、それらの渦巻が磁束結合で互いに連結して、主に赤道上空であるが空間を取り巻くループ電流を走らせている。
 
         ※ <卯の意味>
 卯の語源は「迎(ぎょう)」で固く閉ざされた物が開いて「受け入れる」意味であり、動物の兎(ウサギ)の意味では無い。植物の莟が開いて春を迎い入れる(開花する)準備ができたとか、また閉ざされた窓や戸口が開いて朝の陽射しを迎い入れる用意(今日一日の出発)が出来たとか、あるいは人間の生理が熟して異性を迎え入れる準備が整ったとか(異性を意識し始める)、まだ一人前とは言えない早期の段階でも、もう子供では決して無く、準大人として受け入れざるを得ない段階を生命の第四段階と称している。卯とは人間で言えば思春期を現す表意言語である。朝7時を過ぎれば(卯刻)、窓を開けて朝の陽光を取り入れ、玄関の扉を開いて今日一日の外部活動が始まる様に、4月ともなれば陽気の勢いが増し、春とも夏とも言えない中間段階ではあるが、ここから一年の活動が始まる。一年や一日の出だしではあるものの、昨年や昨日の気配は完全に消え失せて、もう立派の今年でありまた今日の日である。この時期、植物は受粉や開花の準備に忙しく、また人間も相手を意識する年齢を迎えて、自己の体裁を繕う様になるし、また将来を嘱望する「うら若き」生命段階であって、鳥で言えば「巣立ち」の時期を迎えた段階と言える。易学上では陽化具現率が30%を越えた状態(40%)を意味し、外の世界や他の人間の存在を受け入れる事(認知する事)が出来る状態を指している。また仏法十二因縁では卯とは「受」であり、「言えば分かる」生命段階であって「教育が出来る」状態を意味している。西洋占星術では黄道十二星座の中で四番目に出現する星を牡牛座と称し、感受性が豊かな夢見る万年青年として認識されている。
 
         ※ <磁界の質>
 第4磁界の特徴は何と言っても、それが仮諦階(液体領域)の磁界であって内部の中諦階(固体領域)とは異なり「動的な磁界」である事です。固体階(物質界)以上の磁場世界は基本的にアストラル世界、人間には非常に分かり難い場であるが、それでも第4磁界は液体の中の固体領域、そこには強烈な赤道間電流が回転しており、その永久電流が猛烈な電磁場を形成して第4磁界を包んでいる。また第3磁界〜第5磁界までを包み込むバン・アレン帯の中核部がこの磁界を占めており、その内部ではプラズマ状態の粒子が飛び回り、また素粒子が電磁場に弾かれて放射線が飛び交う危ない世界を醸し出している。太陽から飛来する粒子線の多くはこの電磁場と衝突して勢いを削がれる。こうした第4磁界の特徴の一つはそのガードの固さである。卯の生命は危険察知能力が高く、身の危険を感じた時にはあらかじめ背後に用意してある兎穴(とけつ: 兎の逃げ穴)に逃げ込む習性がある事から、後の世では卯は兎になぞられた。そもそも一番守備力の高い防御結界が「四点結界」であり、また一番固い安定原子核が四つの核子から構成されるヘリウム原子核ならば、また車輪の安定は4輪車に限る。四(4)とは昔から防御の数霊なのである。動的な磁界なのに防御が固いのは矛盾する話だが、この生命は貝が蓋を閉じる様に、あるいはサンゴが触手を引っ込める様に、またカメが首を縮める様に、バリアを張って殻に潜ってしまうのである。
 
 第4磁界のもう一つの特徴は磁界の中心点に星間物質を送り届ける事である。磁場重力(潮汐力)だけでは強弱がある事から空中を漂う物質の落下は難しいが、第4磁界には「電磁場」という武器がある為に、内部に発生した星間物質や外部から取り込んだ物質を楽々地上へ送り込む事が出来る。そうした磁場の性質なのか、この生命は些か物欲が強く「物」を欲しがる傾向が強い。特にマニアックな自動車用品とか、新型の電荷製品とか、流行のソフト・アプリとか、最新鋭のファッション着とか、あるいは入手困難な高価な絵画や切手や古美術品など、それを集めて所有する性癖がある。そして一旦手に入れた物は基本的に人手に渡したく無いのが本音、もういい加減飽きて興味を失っても、決して手放そうとはしない所が磁場の性質と一緒、卯の生命はブラック・ホールと同じ一方通行なのである。物欲が強いと言うよりも所有観念が発達しており、「君はなぜ、こんな馬鹿旦那と離婚しないのか?」と問い詰めると、「良い男なので手放したく無いし、他の女性が彼と付き合って喜ぶ顔を見たく無い」と言うのが本音、それは愛では無く単なる所有欲に過ぎない。卯の生命は購入した指輪を売って、それで別な指輪を買うという学習を身に付けるべきである(自分の指輪が他人の手に飾られるのは嫌だから手放さない)。物欲の面では子の生命と卯の生命は良く似てるが、宝石は食えないし、買えば高いが売れば二束三文、実利的な価値が無い装飾品なんぞに執着などしないと言う現生オンリー主義の子の生命とは全然異なる。
 
 液体磁界と固体磁界の差は極めて大きく、液体には物を溶解して含有する性質(許容量)も有れば、またその溶媒性は物と物を反応させる反応力(作用力)にも富んでいる。大きな違いは液体は「方円の器」に適応する流動性を保有している事であり、人に対して自己の形態を変えた人に合わせた行動が取れると言う事である。つまり体裁も繕うし、恥も感じるし、恰好も付けるし、迷いもあって、恋愛もすれば、嫉妬もすると言った明白な喜怒哀楽の情感を示して来る所が、一定の反応しか示さない固体の生命とは大きく異なる。固体生命の一律なブッチョウ面とは異なり、液体生命には多様な顔があって愛嬌も笑いも涙もある。当然、悪意も誤摩化しも妬みも虚栄も嘘もある。しかし、第4磁界は水で表現すれば氷から融けたばかりの冷たい冷水、第5磁界は人膚の温水、そして第6磁界は沸騰する熱水の意味である。第4磁界は回転力も重力もまだ強く、また付加される圧力も結構強く、かなりのストレスが伸し掛かっている。卯の生命が示す異常な緊張感は生理的な神経質として現れるが、これはプレッシャーに対抗する手段であって、また困難や困苦に耐える耐久力や持久力も強く、大変辛抱強い生命である。
 
         ※ <一般的な性質>
 一般に卯の生命の者は愛嬌の良い体裁屋であり、本能的に見栄を張る恰好付けの生命である。鋭い感性を備えた高性能受信機の様な生命で十二支の中では一番霊的な能力が高い。神経質な性分を示す反面、怜悧な観察眼を持った頭の切れる生命で、高い運動能力も備えている。ただ、一定確乎たる信念に乏しい気迷いの多いたちで決断力に愚図つく生命でもある。この生命の最大の特徴は二者択一に弱く、合理的に旨く選択しようと考えても、選択を失敗したり誤ってしまう事を恐れて、バチッと即決できない所が泣き所である。コンビニで100円のパンを購入する際でも、二つのパンを両手で見比べて、なかなか決められないのはこの生命の特徴である。一見、静かで気弱に感じるおとなしいタイプに見えるが、この生命は豪放磊落な夢や野心を抱く夢想家であり、まるで巣立ったばかりの若鳥の如く、その心を常に外界や未来へ向かって放心し続ける生命であって、親譲りの小さな家業や会社など振り向きもせずに、一流になる事を求めてひたすらに精進する生命である。しかし、世辞や愛嬌を振り撒いて人に良い顔を見せようとする天性の気取り屋振りは、魂胆を見抜かれまいとする体裁の仮面に過ぎず、いつまでも自分を偽り通すことは出来ない。繕わずに本当の自分を出して行く方が自然であり無理が無い。
 
 卯の生命の泣き所は感情コントロールであり、普段我慢しているが故に、時折自己を見失って爆発させてしまう。特にお酒や薬物に呑まれてしまうタイプが多く、呑めば呑む程に目が座って来る人もいるので、酒による不祥事には気を付けたい。所有観念が発達しているこの生命は、自分の持ち物を勝手に使われるのが大嫌いであり、自分の物は自分の物、他人の物は他人の物と、白黒をハッキリさせて置きたい性分であり、例え親兄弟であっても自己の物をみだりに使われる事を極端に嫌がる。それがこの生命の神経を逆撫でする一番の理由である。第4磁界とは知性階の磁界だが、知性と理性は別物であり、知性力とは主に記憶認知作業であって己をコントロールする力では無い。クイズ王の様に博学で物知りなのが知性、理性とはいわゆる判断力であって、本能や感情をコントロールするものである。卯の生命はもともと知性的だが理性的では決して無く、よく感情と本能の制御に右往左往している様子が見て取れる。その様子を見ていると、腹(知性)で物を考えた時の答えと、頭(理性)で物を考えた時の答えと、その狭間で葛藤している感じである。例えば、このパンを食べたいと思って最初に手に取ったが、隣のパンの方が健康には良さそうだと考え直し、そこに迷いが生じて来る様子、「じゃ、今日はこっちのパンの方を食べて見よう」と普通の人はそう割り切るのだが、卯の生命にはそうした神経の融通性が無い。
 
 繊細で鋭敏な卯の神経は細やかな部分まで触覚(センサー)を伸ばしており、人のちょっとした態度や動作や言葉に思わず反応してしまう。もともと守備が固い生命なので、土足でズケズケと無神経に入り込んで来る者や、要らぬ節介を焼いて干渉して来る者や、執拗に甘えて物ねだりをして来る者など、彼等の言動にいちいち傷つくのである。それが故にいつも背後には逃げ穴を掘って「よそよそしく」しているのだが、追い詰められて逃げ場が無くなると、居直って爆発するしか道を無くすのである。まるで満16才の女子高生の様な過敏な神経をしている。こうした腫れ物に触るが如き卯の生命の繊細さを周囲の者が理解して上げるべきなのか、それとも彼等の神経が年齢と共に鈍くなり人並みの神経の太さになる事を待つべきなのか、いずれにしても卯の生命は付き合いが難しい相手である事には変わりは無い。さて、卯の生命の細やかな神経使いとは第4磁界に心を頻繁に同会させているから、その様に表れるもの、目線を上げて上位の磁場へ同会すれば、万年少女の如き過敏な神経質症を呈する事はありません。生まれ日が卯日の方は自己の位相が第4磁界に存在する理由から、知らず知らずのうちに心を同会させているものだが、目線を上げる訓練をして行けば、こうした卯の因縁からは逃れられる。卯の磁界は緊張磁界であり、そこは運動に集中する際に使用する磁界、普通の人間ならば僅か1時間しか保たない抑圧磁界なのである。