〈生きる事の意味(その1)〉

 「生きる事に意味を見出せない」という若者の声が聞こえてくる昨今の社会の現状に対して、我々としては大変嘆かわしくも、また悲しくも感じている次第です。今回は「生きる意味」について、皆様と一緒に改めて考えてみたいと思います。小学生が見る世界と大人が見る世界には、同じ世界であっても大きな隔たりがある事は承知の通り、子供にはまだ見えていない現実の事情が世の中には多数存在しています。親が用意してくれる毎日の食事、国が用意してくれる学校、雨露を凌ぐ屋根付きの住居、蛇口を捻っただけでも飲み水が出てくる文化生活、履物や着物を身に付けず裸足で街をブラついている者は日本国には誰もいません。そうした恵まれた文明環境に誕生した子供達にとって、空気を吸える事も、食事を得る事も、風呂に入る事も、テレビを見る事も、それは神様に特別感謝すべき事柄ではなく、むしろ「当たり前」の日常に過ぎません。その昔、リアカーで行商していた「お婆ちゃん」が、息子が購入したトラックの荷台に荷物を積んでもらい、トラックに対して「本当に有難い」とお礼を述べた時代は既に遠く過ぎ去りましたが、生まれた時から自動車を見て育った子供達がトラックに対して頭(こうべ)を垂れる様な真似は絶対に無いと思われます。

 「そこに有って当たり前のもの」を無くして初めてその「価値」に気付くのが人間、30年間も連れ添った奥様と死に別れして初めて女房の有り難みを身に沁みて感じたとか、また、震災に遭って初めてライフ・ラインの重要性に気付いたとか、あるいは強盗や詐欺や恐喝に遭って初めて社会犯罪を憎んだとか(警察の必要性が分かった)、両親を事故で失って初めて家庭の有り難みが分かったとか、まるで「凍えなければ分からない太陽の恩恵」の如く、無くして初めて分かるのがものの価値でしょうか。何の不自由も無い恵まれた環境で育った人間には、一般社会の厳しく醜悪な環境が耐えられないかもしれませんね。もし子供が生きる意味を探せば、それは何処にも見つからず、この世から逃げ出す(自殺)以外に手段がありません。生きる事に意味を見出そうとすれば、既に生きている生命体にとっては突き当たる壁は必ず「死」であって、「生(陽)」と「死(陰)」という両極の狭間(はざま)に立たされて、精神(心)を揺るがす嵌(は)めに陥ってしまいます。植物も昆虫も微生物も動物も、自然界のあらゆる生物が無心で生きている事を考えれば、人間とは実に上等で贅沢な思考をするものです。

 これは日本国だけの話ではありませんが、文明国に於ける自殺者の割合が増大の一途を辿っている事は承知の通り、若者の自殺は精神の未熟性が原因ですが、唯物的な発想の現代思想が自殺を煽っていると、我々はそう考えております。地上の人間が作った「生命概念」と創造主世界の生命概念には大きな隔たりがあって、まるでそれは子供の考え方と大人(親)の考え方の「相違」と良く似ています。地上の人間達に対して、生命の成り立ち構造を明らかにしてこなかった神界の閉鎖性にも問題がありますが、人間を創るサイドの情報を正しく公開しておれば、少なくとも自らの命を絶つという犯罪行為を犯す者は最小限度に防げたものと考えています。霊界に関する知識(360年単位の輪廻周期)、意識(位相)や心回路(精神回路)に関係する知識、肉体や魂体に関係する知識など、生命論講演で語られる基礎的な生命知識が今の地球人には不可欠であると思われます。我々としては地上の人間達に対して、「生きる意味」を考えるのではなく、生きているその価値を感じてもらって、また生きる目的を改めて設定し直して頂きたいと、そう思っております。

 「ソロンとカリン(龍神物語)」の中でも語られていますが、マクロ宇宙の創造主世界の本懐は、総力を挙げて宇宙一の「高等生命体」を創り出す事でした。その目的の為に、自然界宇宙の渦磁場(天然の集積回路)の内部に生命体を創り出すという離れ業(芸術的な一品)をやってのけて、ついに究極のミクロ圏(イブの身体の中)に「物質生命(自律生命体)」を誕生させる事に成功した次第です。ガリバー世界のイブとは人間の形状をした非自律生命体であり、ポリープ創造主が意識を操作している所のロボット生命であって、イブに「個の意識」は存在せず、自己の判断で動いている生命ではありませんでした(ガリバー世界には渦磁場は存在しない)。イブはツエボ創造主が首に掛けている人間文様体ブローチの型枠(かたわく)を原本にして作られた、有機物から構成される「蝋人形」に過ぎず、イブの身体の中で創造されるミニチュア人間の形状型枠(磁気型)として存在していました。つまり、イブは全ての大宇宙人類を象徴する型枠像であり、人間の形状美の原点とも言える存在だった訳です。

 イブの身体の中に存在する1個の免疫細胞、それがソイオボール宇宙であり、その内部に存在するのが3万個のソイオ空間、そこには巨大なタンパク質構造が存在していました。「六員結晶宇宙」とは蛋白分子を構成する一つの構成因子であって、その6個の花弁宇宙(チップ磁界)の内部に人工的に造られたのが、ケケ粒子から構成される大宇宙球(メシア球)です。その大宇宙球の内部でサイ粒子(気の粒)を圧縮し、「ビッグバン開闢」させて渦磁場宇宙(天体宇宙)を作り出す作業が行われてきました。水の惑星に動物霊界を築いて、その動物を進化させて霊長類を作り出し、更にそれを「人化」させて「人間」を作り出す作業がポリープ創造主達の仕事だったのです。私自身(ケイエ=スイ)の身の上話をさせてもらえば、私はポリープ創造主の片割れであって、一つの六員結晶宇宙(200億個が連鎖している)の担当創造主であり、人間生産を任された工場長を担当していました。

 私の仕事は、動物から霊長類を切り離して心を操作出来る高等な人間生命を生産するのが当初の任務でしたが、数千億回ものビッグバン再生の結果、人間が有する底知れない能力の高さに気付いた創造主世界は、逆に人間の能力を恐れて、これを封印する事(言語を教えて文明を発達させない)となり、人間の意識だけを採集して創造主世界に取り込んで利用するといった体制に切り替わってきました。呪縛を嫌った優秀な人間達が創造主世界へ殴り込みを掛けてきたからです。そうしたミクロ圏の創造主世界の特有な事情がありましたが、マクロ宇宙の創造主世界でも、マザー系の裏創造主達と新世代の表創造主達との根深い闘争があって、ケイエ=スイ意識(マザー系意識)も、自身が知らぬ間に毛並みの異なる意識(新世代創造主意識)へと切り替えられていました。突然、自身の意識に目覚めた私は、これまでの慣例を打ち破って人間の能力を解放させる事を決意し(言葉を教え始めた)、一つのチップ磁界(1/6:3個のメシア球)だけですが、「人間王国」を作った次第です。つまり、皆様は同じ大宇宙人類でも言葉を話す優秀な民族に生まれてきた訳です。

 言葉とは単なる空気振動音に非ず、それは言霊(ことだま)として力学空間を伝わる一つの「武器(呪文)」なのです。その武器を人間に与えて、人間王国は創造主世界からの人類の独立と生存を勝ち得てきました。地球人(聖地民族)には特にそうした王国の歴史と伝統を踏まえた上で生きる目的を設定して欲しいと思います。人間の能力とはその「自律意識」にあって、渦磁場の心回路を使用出来る事です。「あーでもない、こーでもない」と、一つの物事を客観的に多方面から分析判断出来る集積回路能力が備わっている事です。その回路のロジック(演算)能力とメモリー能力が地球磁場圏大(半径800万km)である事や、更に解脱をした場合は上位の天体磁場圏(銀河系や銀河団系や小宇宙系)の心回路も使えるという「凄み」です。また、人間の位相内意識も小さな箱から出て、空間画素を介して大宇宙外のマクロ宇宙へと進出させる事が可能であって、超ミクロ圏のミニチュア生命なのに、一瞬でマクロ世界へと進出する事も可能なのです。また更に、人間の肉体には力学的な三角力体が配備されており、そのテトラ体を基盤とした「マクロ体形成」が可能であって、地上に居ながら宇宙空間で物理的なマクロ体作用を行使出来るという、創造主世界が「真っ青」になる様な脅威の肉体を有しています。

 そうした、人間生命が有する超能力が創造主世界にとっては「脅威」になっており、それが人間を意図的に封印拘束してきた理由ですが、私自身(ケイエ=スイ)はこの宇宙に蔓延(はびこ)った最初期の原始意識(旧創造主意識)を一掃して、つまり、宇宙の旧世界をブッ壊して、未来宇宙の主人公たるべき「陽の陽たる嗣子(しし: 人間生命の事: 私の子供達)」が自由に羽ばたける宇宙の新ステージを切り開く事を願ってきました。それが人間王国(高天原世界)の発祥由来であり、以来、数百回にも及ぶビッグバン再生(片道180億年)を繰り返し、王国の人間生命達はマクロ宇宙の創造主達と戦って、王国(人間世界)自体の生存と独立を勝ち取ってきました。その戦闘は今現在も続いています。皆様はそんな人間王国の一員(戦闘員)としてこの世に誕生してきた訳です。従って、個の人生に埋没して生きて、困難な壁に突き当たっては挫(くじ)けて、生きている意味が無いとか、生きる価値が感じられないとか、なぜ俺の好きな様にやらしてくれないとか、そんな得勝手な尻の青い逃げ口上をのたまう負け犬には「喝」を入れたくなります。神界に於ける人間の最高級の罪とは「殺人」ではありません。それは何と「敵前逃亡罪」であり、その次に重い刑罰が「自殺」なのです。

 荒くれの大王である「セザナ神(メシアA球の担当神)」ではありませんが、「戦わない者に生きる権利は無し」というのが王国の伝統であり、負け犬の脱落者は多くの人間生命が「社会という戦場」で戦って生きている事実を肝に刻み込む事でしょうか。生きる事とは「戦い」であって、それが現実なのです。人間同士が憎しみ合って互いに殺し合う事が戦いではありません。事物に対して作用を及ぼす行為そのものが生命の本質であって、生きる為には何らかの作用、「パースピレーション(発汗)」を自ら起こさない限りは「生」を維持する事が出来ない世界なのです。何もしなければ何事も起こらず、死するだけの話、目の前の林檎を見ながら餓死してしまう結果になります。あなたの家の庭の中を覗いてみましょう。小さな花畑の中にも沢山の植物や昆虫が生息し、また、土の中にも無数の微生物が生息しています。お庭は一見のどかで穏やかな光景に見えますが、実際は厳しい生存競争が繰り広げられる戦いの世界、そこでは生きる為の営みが行われているのです。細菌も蟻も鳥も、生きる為に皆働いているのに、大人であるあなたが「なぜ働かずに家にいるのか(親の脛をかじっている)」、それは虫ケラにも劣る行為であり、創造主から見れば「生きる権利は無い」と言わざるを得ない訳です。

 さて、陰陽原理的な発想に基づけば、元々「死(陰)」の中から誕生してくるのが「生(陽)」であって、生とは動的なものであり、「静」から誕生して発動を開始するものです。宇宙空間は基本的に「夜(陰)」の世界ですが、そこに「光」が誕生し、生命が躍動し得る「昼(陽)」の世界が出現してきます。「陰」とは物事の形質であり、母体や原型を意味しますが、一方、「陽」とは物事の本質であって、子体や未来型を意味しています。ものの価値や意味や意義とは常に陽側に存在し、陰側には何も無いというのが宇宙の原理なのです。「生と死」に関しては、死する事には意味が無く、全ての価値は生きる事の方に在って、つまり、この世(生命世界)は「生きてなんぼ」の世界なのです。創造主は「無」の世界から「有」の世界を創って、あなたの母親は「死(暗)」の世界からあなたを「生(明)」の世界へと導いてくれました。子供達に対する創造主の願いも母親の願いも一緒、それは「生を享受して欲しい(元気に生きてもらいたい)」という事であり、死の世界へ逆戻りする事を誰も願ってはいないという事です。生きる事とは決して楽しい事ではなく、むしろ苦しい事の方が多いかもしれません。しかし、人間の全ての価値も意味も意義も生側に存在しており、出来れば己の価値を作り上げる人生にしたいものです。

 創造主が定めた人間期間とは、茫漠とした無機的な天体意識(天体磁気: 全体意識)に色どりを与える為に、磁場の十二層に沿って位相霊界を作り上げ(磁場を区切って)、個性に富んだ「個の意識」を涌現させるというものですが、その個々の位相内意識を地上の動物の肉体に宿して心活動を起こさしめ、個の成長を導くという手段を用いており、特に霊長類を人化(ひとか)した訓練期間にある者を「人間(肉体の衣を羽織っている期間)」と称しています。人間という文字の「間」とは無論「期間」の意味です。一方、人間期間を卒業した生命に関しては「人(神)」と称しており、正確には「神期間」の訓練生という意味であって、ここには如来界とか菩薩界といった、学校の学年制度の様な段階が存在します。その様な意味では、地上の人間も、天空の神様も、元々創造主世界に入門する為の訓練生という身分になります。優秀な人間は肉体を備えたまま「即身解脱(悟り)」を果たして、生き如来とか、生き菩薩として活躍していますが、本物の神様(成仏神: コピー神)には肉体や魂体は無く、心回路(精神活動)を使用出来ず、それ以上の成長は望めません。肉体という「高感度センサーマシーン」を備えて、天体の心回路を使用出来る人間期間が一番成長出来る期間ですが、残念ながら肉体(ハード)には有効期限が存在し、70歳も越えれば、肉体はかなりボロボロになってしまいます。

 いつかは別れねばならない肉体ですが、地上側のハード(肉体や魂体)と天空側のソフト(意識や心)が合体しているのが人間期間の特徴、人間にとって肉体の存在意味は非常に大きく、肉体を介して得られる様々な情報が精神成長の糧となります。物事の原理は宇宙のアストラル世界でも、また地上の物質世界でも基本的に一緒、地上での人間経験値はあの世の霊界に行っても、また宇宙に行っても十分通用するものであり、地球という小さな惑星環境の中であっても、宇宙の森羅万象を学ぶ事が出来ます。そもそも、空の上の意識体と地上の生物の身体を結合糸(ズザネ管)で繋(つな)ぐ理由は、「自律生命体」を作るのがその目的です。宇宙にはたった2種類の生命形態しか存在せず、その一つは機械系の非自律型の生命体と、もう一つは渦磁場系(心回路系)の自律型の生命体です。つまり、単なるロボット的な意識体なのか、それとも心を有した成長型の意識体なのかという違いですが、自分で判断し、行動を起こせるのが有心の渦磁場生命なのです。マクロ宇宙の創造主世界とは基本的に前者の生命体であり、彼等は莫大な尽力をして、自己判断で動ける最高生命体(自律生命体)の創造に成功した訳ですが、それを途中で投げ出してしまった理由は、自律生命体の精神成長に原因があって、特に人間生命は裏切りも背信も反抗も何でもござれだからです。

 要するに、些細な反目すらも許さない絶対政治の創造主世界に於いては、如何に宇宙一の優秀な生命体であっても、渦磁場生命を育てる事は宇宙の統治上の問題から「あまりにも危険」だという結論になってしまった訳です。渦磁場生命の特徴は十人十色、個性(考え方)がバラバラであるばかりか、赤ちゃんからスタートして大人に成長するまでには大変時間が掛かるという大問題がありました。つまり、全然お利口ちゃんではない訳であり、しかも、嘘はつくし、文句は垂れるし、反抗はするし、自惚れるし、怠けるし、創造主に対しても平気で裏切り行為をしてくる事から、「これでは使えないな」という烙印を押されてしまった訳です。その昔、私自身も人間を実際に育ててみて、思わず将来に不安を感じてしまいましたが、今はもうすっかり慣れてしまいました。人間生命がいつも問題を起こす理由は、その未熟さに原因がある事実が分かったからです。荒馬を手懐ける様に、我慢と忍耐があれば人間を育てる事が出来ると学習させて頂きました。その結果、人間王国では360年周期の輪廻循環制度を用いて、人間には経験を一杯積ませて熟成させるという手法を用い、更に神様制度を採用して、重厚な管理体制の下で人間を育てるという体制に切り替えたのです。

 宇宙の事や、生命の事や、霊界の事や、創造主の事や、自分達の歴史すらも知らない「無知な生命」なのに、生かされている事実にも気が付かず、結論も導き出せないのに、生意気な事に「生きる意味」を模索しているという、おまけに生き甲斐を感じられないから自殺してしまうという、人間とは何と罰当たりな生命なのでしょうか。しかし、個の意識から離脱して全体意識へと変じた人間生命の賢明さは何者も及ばない程「優秀」であって、人間こそ「宇宙の陽の陽たる嗣子」である事を彷彿とさせます。大宇宙人類とは宇宙の未来を託せる逸材の宝庫、この子達を必死で守ってきて本当に良かったと、今は嘘隠しなくそう思っております。残念ながら、地球に残された時間は後僅かです。だが、「何にでも寿命が訪れる」事は承知の通り、今更悲しんでいる場合ではありませんね。我々(親側)としてもやれるだけの事は精一杯やりました。生物進化の行程でもそうでしたが、「陽の陽たる嗣子」は絶対に滅びないのが宇宙シナリオの原則、今回の危機も必ずや生き延びてくれるだろうと、私はそう信じて疑っておりません。嗣子達の武運を祈らざるを得ません。

 

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ソロンとカリン 龍神物語

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