オリオン牧場の似非科学の実態(2) 血液は体の何処で造られる?

<血液は体の何処で造られる?> 

 オリオン・ヒューマノイドは地球の医学分野や薬学分野にも進出しており、この分野の目も当られないおぞましい惨状を見れば、これはもうあなたに取って他人事ではありませんね。これから病院や薬局に足を運びたくなくなる様な「イヤー」な話をしますが、是非知りたいと願う方には読んで頂きたいものの、興味本位に首を突っ込む程度なら、最初から読まない方が無難かも知れません。そもそも我々は世の中に混乱をもたらす為に真実を披露している訳では無く、学問としての医学を正しい軌道に戻して健全に発達させたいと願い、宇宙人の嘘を暴露している次第です。我々が現行の地球医学に言いたい事は主に五つ、「大脳は物を考える器官でもないしまた記憶する器官でも無い」「DNAは遺伝子情報では無く分子合成情報を所有しているだけ」「血液は腸内血管で生産されており骨髄では造られていない」「体細胞の体外再生は不可能(再生医療とは似非技術)」「癌とは反電荷細胞のことである」ですが、本日は特に「血液は体の何処で造られている?」という話をしたいと思います。

 エッ?  「オリオンも宇宙人、君達も宇宙人、どっちも信用できん」ですとー、ウーンまあそういう意見もあると思いますね。ちなみに我々の話が本物なのかどうか、それを見極める方法は自分の頭で物を考えて、道理的にシンプルに納得できる方が真実であると相場が決まっています。その様な意味では、我々は良い方の宇宙人、いや悪くは無い方の宇宙人と言った方が適当かも知れませんね。勿論、地球にやって来た魂胆は別にあります(銭を稼ぐ為に来た訳では無いが、宝物を探しに来た)。さて話の本題に入りますが、地球人の研究者で「千島喜久男博士」という方が居ました。彼の積み上げた膨大な研究資料が「千島学説」として現在でも生き残っているのですが、銀河標準レベルの医学知識と「千島学説」とは基本的な一致を見ております。医学に関しては、我々は独自の医療団を有しており、宇宙一高度な医療技術を備えていますが、そんな我々の眼から見ても現代医学は嘘のオンパレード、根本的に何もかも間違っておりトチ狂っています。血液が骨髄で造られていないのに、白血病の治療の為に「骨髄バンク」を造って、それを患者に注入した所で病気の治療には成りませんし、またIPS細胞で再生医療を試みても、それは単にバイ菌シートを移植しているだけの話、身体に害悪を及ぼすだけで何一つ治療には成っておりません。最悪なのは抗癌剤と称して発癌剤を打って人々を殺していると言う事でしょうか。

 一個の細胞を研究する場合、最も基礎的な事は細胞の電磁気的な背景と、その命の構造を把握する事です。細胞の内容物に気を捕われていると物質的あるいは化学的な形質ばかり追って、肝心要の本質を見落としてしまうものであり、細胞を「細胞たらしめている」のは生き物としての個の命、その命を細胞がどの様にして囲(かこ)っているか、先ずはそこからスタートしなければ成りません。下記の図は細胞の命と、それを奏でる赤道コリン電線の詳細図です。細胞の表皮膜(単孔膜)の内部に鎖状に配列しているコリン電線、そこに電流(水素原子電流)が流れて始めて、細胞の命である所の「細胞電磁場」が形成される訳です。お粗末な地球の電子顕微鏡でも、表皮膜の下部に走るコリン電線の存在は確認できる筈、先ずは赤道コリン電線の存在確認と、そこに流れている電流を確認してからのスタートでしょうか。コリン分子の存在は知っているのに、それを栄養素(食べ物の一つ)だと定義している現代医学、「コリンが食い物ですって?」、冗談も大概にしなければ成りませんな。宇宙人だろうが地球人だろうが生物体の神経は随意神経(アクオン電線)と不随意神経(コリン電線)から成り立っているのですから。

 

 (細胞コリン電線)

 

(神経コリン電線)

 

(コリン鎖の構造図)

 さて、ここからが本番の話になりますが、細胞が個々の命を囲っても(地の命=陰)、その個の命を操作する上位の生命(意識や心などの天の命=陽)と合体しない限り、細胞は体の意志に基づいた発動を起すことが出来ません。バイ菌や病原体などの外細胞の場合は地球磁場圏の「単細胞層域」と1本の生命コード(ズザネ管)と432本のタボ線で繋がっており、彼等は個の意識を宿した自然界の自律生命体と言えますが、生物体の体細胞の場合は自然界とは直接繋がっておらず、「身体アストラル」と呼ばれる所の中間介在物と接続されています。この身体アストラルという存在物こそ体全体の意志を呈示する物に他なりません。皮膚細胞は体全体を包み込む「皮膚アストラル」と、一本のズザネ管と432本のタボ線で繋がっており、また肝細胞や腎細胞は「肝臓アストラル」や「腎臓アストラル」と呼ばれるそれぞれの意識当体と接合されています。つまり身体アストラルとは個々の細胞を操作する為の「霊界」見たいな存在であり、それは人間の意識を奏でる「位相」と一緒のものだと言えます。一個の肝細胞が肝細胞としての働きを示すのは、肝臓アストラルとズザネ管とタボ線で接続されているからであり、未分化のES細胞(血小板細胞のこと)が肝臓アストラルと結合を果たすと「肝細胞」に分化したと定義される訳です。

 もし仮に、人間の肝細胞の一つを体外に取り出せば、肝臓アストラルとの接続が切れる事になります。その細胞はやがて死ぬ筈なのですが、完全に死ぬ前に初期化して分化を解いてやれば(例えばiPS細胞の細胞質融合などで)、それは誕生したばかりのおニューの細胞と変わりが無く、そういう場合は自然界のズザネ管が間違って入力されてしまい、元は体細胞なのにバイ菌の一種として生まれ変わる場合があります。それを培養して肝細胞シートなる細胞群を創り出しても、それはただのバイ菌と変じており、そんな危険物を人間に再移植すれば、そこから組織が腐って来るのは当たり前の話なのです。スタップ細胞もiPS細胞も実在します。しかしながら、それらは外細菌として蘇生した細胞であり、いずれも人体に戻すことは出来ない代物なのです。皆様の目には見えないかも知れませんが、口内細菌でも結核菌でも外細菌の特徴は人体の外から入る長いズザネ管が見える事です。特殊な光を当ててやれば銀色に輝くのですが、まるで納豆のネバネバ糸見たいなズザネ管を見て、その人が口の中一杯にバイ菌を抱えている事が分かります。iPS細胞の角膜シートから出る無数のズザネ管を見れば、それが外細菌である事実が確認できる筈です。医学のいの字も語れない程の無知文盲なる地球人、自分達は本当は何も知らないんだと言う自覚を持たないと、医学の発展は見込めませんね。

 さて、最後に血液細胞の話をしますが、一個の血小板細胞が成長して、その途上行程で各種のリンパ球や顆粒球に分派して行きますが、その大半の血小板細胞は赤芽球を経て赤血球へと成長して行きます。一方、白血球やマクロファージは最初の血小板の段階から独自の成長行程を刻んで行きます。成長した赤血球は自ら「造血幹細胞」へと成る為に「脱核膜」を起して、円盤状の赤血球へと形体を変化させて行きます。これは核膜の構成を解いて、内部の核酸と細胞質が直接触れ合わせる為のものであり、その結果「無限増殖」を可能にする無核細胞と変じた赤血球が、無糸分裂を連続的に行なって小さな細胞体を大量に造り出します。それがいわゆる血小板細胞(赤血球の子供達)であり、未分化のそれはES万能細胞として身体組織の細胞欠員の補充役として働きます。要するに、血液は「赤血球サイクル」と呼ばれる循環方式で誕生しているので在って、骨髄細胞などもともと何んの関連も無いものです。赤血球が無糸分裂で子供を生産する場所は主に小腸内部の血管網であり、細胞の食料となる栄養素が一杯在る所に限定されます。一体、どこの誰が全く関係が無い骨髄細胞を造血幹細胞だと定めたのでしょうか。我々は普通に肝細胞再生移植や腎細胞再生移植をやっていますが、使用しているのは基本的にその方の血小板細胞であり、外で造ったバイ菌細胞など使用しておりません。千島学説でも同じ事を言っていますが、体細胞が有糸分裂するケースはほとんど無いのが現実ですよ。

 

次回に続く

 

 

 

流転(運動)の形態(2)

    その答えは流体や媒体の中で直進運動が発生すると、流体渦もしくは媒体渦という回転運動が発生してくる事実から伺い知ることができます。大気の直進運動であるジェット気流が濃密な大気層と衝突して、左巻き渦(低気圧渦)や右巻き渦(高気圧渦)などの大気の巨大渦(ベクトル渦)を発生させる事や、圧縮した空気を急激に断熱膨張させると、その瞬間に大量の小さな“拡散渦(左右の双子渦)”が発生する事実を考えれば、直進運動の反作用として渦運動(回転運動)が生産されることは誰でも想像することができます。
 
直進運動を利用して、一本の鉛筆に回転運動を与えようと考えた場合、竹とんぼの原理を応用するのが最も早い方法です。二つの向きの異なる直進運動で回転運動は生み出すことができるのです。しかし、別にわざわざ向きの異なる直進運動を用意しなくても、一本の直進運動で回転運動を起こすことは充分可能なのです。
 ここで重要なのは、一つの直進運動がなぜ回転運動を起こすのか?という回転原理のメカニズムを追求することにあります。それは物理学最大の謎である“角運動の謎”を解く糸口にもなるのです。
そもそも直線で曲線を描くことはできません。回転運動の基本原型である円を直線で表すためには、内角の総和が360度になる形を想定しなければなりません。その形とはもちろん正四角形なのですが、流体の慣性壁と衝突した直進運動(力線)が直角に反射し四角形型の運動を起こしていくのだと推理する必要があります。

 

 

そして、その力線の四角形運動に回転の遠心力が加わって、力線にカーブがかかり、それが円運動のように見えるというのが正しい解釈の仕方なのです。

 

 

 一点を中心とした回転運動が角運動と呼ばれる理由は、それが角度を刻む運動だからなのです。角度とはそもそも二辺の直線によって表されるもので、それで規定できる円運動には元々角度が備わっているという意味なのです。
仏法には輪廻を現す“四諦摂理”という原理概念が存在しており、輪廻行程には四つの基点が存在し、その基点から誕生する二種四辺の異なる行程から、輪廻運動が構成されていると説かれています。それと全く同じ原理は古来中国の易学にも存在していて、回転を表す“四相摂理”という十二支の骨格となる原理が説かれています。西欧にも回転を四区分するクォーター概念が存在していますし、見せ掛け上の形に惑わされずに、回転運動の本質を見定めれば、それは力線が描く四角形運動である事が識別できるのです。

 宇宙の運動形態をさらに分類すれば、直進運動(陰)には慣性系の直進運動(陰)と波動系の直進運動(陽)の二種類に分割が可能です。慣性系の直進運動とは、他力を加えられた物体が、その慣性のまま運動をすることであり、気体の拡散運動や落下運動などがこれに該当します。また一方の波動系の直進運動とは、磁場が物体を揺すって振動波として直進していくもので、電磁波や地震波などの衝撃波や、音波、振動波などがそれに当たります。これら波動系の直進運動は波形輪廻を繰り返しながら直進していくというギザギザ運動(サイン波運動)にあり、回転や反復をしながら直進していく性質にその特徴があります。

 

 

 また一方で、回転運動(陽)も渦系の回転運動(陰)と公転系の回転運動(陽)に分割が可能となります。渦系の回転運動とは媒体や流体が起こす渦運動で、“渦磁場”と呼ばれる重力場を形成することがその特徴です。自転している天体、流体や気体の渦がこれに当たります。この渦系の回転運動の最大の特徴は、位相運動という極めて特殊な内部運動を起こす事にあり、先にお話しましたように天体の渦磁場は生物の心の領域となっています。一方、公転系の回転運動とは磁場の中心点に対して、小さな磁場が角運動を行なうもので惑星や衛星の公転運動、電子の公転運動、電気力線や電磁力線の回転運動などがこれに該当します。この回転運動は“軌道磁界”と呼ばれる力の場を形成する運動でもあり、その回転軌道に応じた二次磁場を生み出すのが特徴となります。いずれの回転運動も、回転によって直進力(中心磁束)を生み出し、それで力の場を形成すると共に、その作用力を他に伝えていくという不思議な性質も持っています。

 

 以上のように、宇宙の運動原点は直進運動にあり、この直進運動があらゆる運動形態を生み出しているのです。従って、全ての運動は直線で表すことができるということなのですが、回転運動においてもただ回転(輪廻)するだけの堂々巡りの運動は存在せず、直進運動の遺伝子を持つそれは、回転しながらも前進していくという前進性を必ず備えているのです。例えば、時間は単位サイクルを刻みながら縦へと伸長し、数字も単位サイクルを繰り返しながら無限にどこまでも伸びていいきます。もちろん、先にお話しました様に人間の心も単位サイクルを刻みながら縦の進化を続けていくということなのです。

次回へ続く

 

オリオン牧場の似非科学の実態(1) 石油はどうして生れた?

<石油はどうして生まれた?> 
 
 石油の起源を正確に知る者は多分いないと思いますが、しかし地球磁場圏には原始時代からの映像記録が磁場に焼き付いており、お馬鹿な科学者の想像仮説よりも過去の映像を見て解析した方がよっぽど確かであり、ずっと信頼がおけます。地球には未来の記憶はありませんが、過去の事なら何でも記録が残っていると言う話であり(磁場記憶)、地球人が捏造した科学仮説(オリオン介入)は一旦脳裏から捨て去った方が良いと思われます。私は映像を見ながら解説している訳ですから、地球人の推測よりは少しはまともかなと思っております。ところで、我が国の古事記の中の一節(創世編: 特別な五柱の天津神の項目)の中に「次に国稚く浮ける脂の如く、海月なす漂えるとき、葦牙の如く萌え騰る物によりて、成りし神の名は宇摩志阿斯訶備比古遲神、次に天之常立神。この二柱の神もまた独神と成りて、身を隠したる」という文章の一節が出て来ます。この後に伊弉諾尊(イザナギ)と伊弉冉尊(イザナミ)が海を天の沼矛(あめのぬぼこ)で突いてオノゴロ島を造るという情景が説明されています。さて、原始地球の様を表現した古事記の創世伝は意外と真意を有りのままを伝えており、素直に受け取れば良いんだと感じた次第です。生物が出来る以前の大昔、神様など誕生する以前の神話で在って、古事記に登場して来る神とは生命の意味だと捉えると分かり易いかも知れません。
 
 「地球の原始海洋の表層面には大量の有機物(脂)の塊が漂い、そこから生物の源と成り得る無数の有機分子(宇摩志阿斯訶備比古遲神)が誕生し、やがてそれらは天(地球)の化身である細胞群(天之常立神)へと成長して来た(身を隠した)。何も見えない大海原に地球第一磁界(コアのこと: イザナギ尊)と地球第二磁界(地表のこと: イザナミ尊)が共同作業で海の底から陸地を誕生させた」私には古事記がその様に物語っていると感じられるのですが、あなたはその文意をどう受け止めたのでしょうか。創世編を除くと嘘の多い古事記の文献など、所詮どうでも良い話ですが、科学的には「まんざらでもないぜ」という事でしょうか。コアが熟成したばかりの原始地球は現在の月よりも体積が小さく、満々たる水を讃えた陸一つ見えない「小さな水の惑星」でした。アンモニアやメタンからなる原始大気の成分が海に吸収されて行くと、大気が透き通る事は勿論、海洋表面には大量の有機物の塊が形成されていました。それらが太陽の陽光を受け止めて、左旋光性有機物(L系=陽)と右旋光性有機物(D系=陰)の二種類に大きく分かれて行きます。これらの二種類の物質はL系の化合物のみが生命の素材となり、その多くの物(原始核酸分子、原始アミノ酸、原始糖類など)は海中に溶け込んで行きました。それに対して難溶のD系分子は徐々に沈殿を起して海底に積もって行きます(石油の起源)。
 
 生物体を構成する全ての有機分子が基本的にL系分子である事実を鑑みれば、また有機物の合成の際にはD系分子とL系分子がまるで男女の比率の様に均等に(五割五割に)誕生して来る事を考えれば(混合体: ラセミ体)、L系のみが生物体の素材として使われ、またD系はただの有機物材料として居残るものだと常識的に考えられます。皆様も承知の様に、石油は砂漠の様な低い土地や、海底の中からしか産出して来ません。アルプスの山麓から石炭の産出は有りえても、石油の産出は有りえませんね。これは一体どういう意味なのでしょうか。実はこれが星のコア(重列元素)の成長と関係が在って、地球は小さな水の惑星から始まり、コアの膨張と共に体積を増して海が段々浅く成り、海底火山の山頂が陸として突き出て来たのです。つまり海の底から陸が浮かび上がって現れて来た訳です(図参照)。古事記には海洋を抱く地球第二磁界と地底の地球第一磁界の共同作業で陸地(島)が形成されたと書かれており、それに相違はありません。その昔、D系の有機分子だけが海底に降り積もり、それらが圧力を被って重合体分子へと変成したものが石油なのです(海底のメタンハイドレードや天然ガスもその一種)。

                                                        

                              (コア成長の段階図)
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 宇宙空間の重水素ガスが重力によって圧縮配列した物が「デュートロン重列体(重列元素=コア)」であり、その核崩壊によって100種の元素が誕生し、その崩壊熱でマントルが燃えている訳です。またコアが段階的に膨張し大きく成って来たから、最初に形成された地殻(ゴンドワナ)がひび割れて大陸が移動した様に見えるだけの話であって、地球の科学者達にはなぜかコアの膨張という概念が欠如しています。無論コアを膨張させる内部圧力が地震の根本原因である事もです。コア(重列元素)は磁性を放出して「地磁気圏」を形成していますが、それを地球磁場圏(渦磁場)と混同している所が終わっていますね。混同しているから地軸が反転すると騒いでいるのだと思われます。コアは地球スピンとは同調せず独自に回転しており、時にはNSが逆転する場合もありますが、それはコア磁性のNS逆転であって、渦磁場そのもののNS逆転(地軸逆転)とは無関係な話なのです。コアの磁性を知った科学者が「コアの主成分は鉄だ(磁性を持つから)」と主張しており、その余りの馬鹿さ加減には笑いも出て来ません。
 
 真実を隠そうとして宇宙人が嘘吹いてるならともかく、洗脳され頭から信用している先生達の顔を見る度に苛立ち、また「そーなんだ」と微塵も疑わずに納得している学生達の阿呆面がまた腹立たしいと、地球人では無いこの私は特にそう感じるのであります。ただ知識を覚えているだけで、自分の頭を使って判断していない、それがチト情けないですね。宇宙創成紀の置き土産である重水素ガスを求めて、その昔はプレアデスが(重水素化ゲルマニウム合成の為)、近年ではベテルギウスが(D-tube合成の為)、原始星雲に出向いて盛んに重水素工場を建築していましたが、現在の地球人がその価値に気づく事は無いかも知りませんね。重水素ガス(デュートリウム)や三重水素ガス(トリチウム)と言えば「水爆」の原料とされていますが、はて何処の国なのか知りませんが、現実には有り得ない架空の爆弾である水爆を装って、一度に原子爆弾を三個も爆発させた間抜けた国もある様です。どこを見てもお馬鹿のオンパレード、付き合い切れませんな。ブヒン!!
 
 
次回に続く
 

オリオン牧場の似非科学の実態(1) 蛍光灯はなぜ光る?

 

<蛍光灯はなぜ光る?>

 蛍光灯がなぜ光るのか、その本当の原理を知る者は地球人には居ません。原理は分からなくても照明道具として既に使っているのだから今更原理を掘り返す必要が無いという短絡的な姿勢が、いつまで経っても無知の壁を突破できない「アンポンタン科学」を構築してしまったのです。蛍光灯は真空放電管を利用したものであり、陰極の金属を熱して「熱電子」を放電管の内部に放出して初めて光を発する様になります。そもそも光とは粒子振動によって生じて来るものであって、それは空間媒体である気の粒を伝導する「波」の事です。ニュートンやアインシュタインは、光の正体とは「光子」であるという粒子説を主張しましたがそれは「嘘」です。粒子が波形運動をして飛翔する訳がありませんね。「なぜ嘘だと分かる?」と言いたい方が居るかも知れませんが、アインシュタインの顔写真を見れば嘘か真実か明白に分かると思います。オリオン野郎の彼は「アッカンベー」と舌を出しており、それは嘘を付いている証拠ですね。冗談はさて置き、蛍光管を光らせる為には内部に閉じ込めた粒子ガスを一斉に振動させなければ発光現象は起こりません。仮に電子銃でガス管を打った所で、電子衝突で発光するガス分子は手前の部分のみ、蛍光灯の様にガスの全体を振動させる事はできません。

 真空放電管に高い電圧を付加すると、陰極からは「陰極線」と呼ばれる正体不明の磁力線が出ている事は19世紀の半ば頃(1858年)には人類は既に分かっていました。その陰極線自体が蛍光を発し(周囲の大気分子を吹き飛ばして発光する)、まるで棒の如く磁石の磁力線に反発して動く事も実験を通して分かっていました。問題はこの陰極線の正体であり、それが分からなければ蛍光管の謎は永遠に解けない事になります。なぜならば蛍光管とは真空放電管の事だからであり、この研究を通して人類は初めて電気を運ぶ当体(キャリア)としての「電子の存在」に気づいたからです(1897年)。ここで頭を整理して考えてみましょう。人類はその頃には既に電気を起こして利用していました(18世紀初頭から)。電子の発見が約200年後だった訳ですが、電子とは余り関係の無い電気の存在と、電子が関わる電気の存在という二種類の電気に研究者達は頭を悩まし続けていたのでした。実は電気に関して人類の頭が整理できない理由は、「電圧と電流の定義」が間違っているからであり、電圧流(起電流=大電流)と、それによって生じる電子電流(直流=小電流)という様な区分けができておれば何も問題が無かった事になります。

 発電所や発電機から生じて来る電気は起電流の方であり、それは磁気の流れですが(大電流)、それを金属に流すと電子が配列して電子の磁束流(小電流)が生まれるという構図こそ電気の実体なのです。それなのに電気を水道管の水流と水圧に例えて説明しているから生徒はチンプンカンプンになってしまう訳です。そもそも電気を教える立場の先生が良く分からないままに生徒に教えているから、良く理解できない子供達は電気離れを起こして行くのです。さて、話を本論に戻しますと、真空放電管から出ている陰極線とは、実は電子が数珠状に配列した無数の電子バイパス(電子鎖)の事であり、それらの電子の供給元が陰極部の金属なのです。真空空間に電子を配列させる力とは、陰極から陽極を貫通して走る大電流(起電流)の方であり、それが真空管の中の電子を棒状に配列させており、その電子バイパスの中を貫通して走るのが「電子磁束(電流)」であって、その電子磁束が陽極に影を落とし、陽極に対して物理的な衝撃を与えているのです。また電子バイパスの電子間隙から漏れ出した電子磁束が気薄な大気分子を弾き飛ばし、あるいは封じ込められたガス分子を弾いて発光せしめているのです。

 

(蛍光管の電子バイパスと磁束の流れ)

 

 従って、1897年のトムソンの電子発見は電子では無く、電子磁束を電子だと勘違いしただけの話、それ以来彼の勘違いは今日まで続いており、TVの電子銃から実際に電子が飛び出していると思っているから呆れてしまいます。TVの電子銃から放たれているのは陰極線であって、TV画面に映像を刻んでいるのは電子では無く、電流線(電子磁束)に他ならないのです。ところで、小電流の方は電子間隔が開き過ぎると電流そのものが途絶えてしまいますが、大電流(起電流)の方は、電子があろうが無かろうが、あるいは真空であろうが無かろうが、それとは無関係に物質を伝導して来ます。高圧電線は絶縁体でくるんでいるにも関わらずそれを貫いて電気が流れており、実際に電線に触れて無くても感電が起こります。電気には直流に象徴される小電流と、交流に象徴される大電流という二種類が存在する事実をちゃんと認めて頭を整理しなければならないでしょう。

次回に続く

 

流転(運動)の形態(1) 

流転(運動)の形態

 我々の生きるこの世は“虚無の実相”の世界です。と言っても分かりにくいのですが、物体という絶対的な物は存在しない世界なのです。実相世界と言っても、実相など本当は存在せず、この世は運動が奏でる見せ掛け上の物質世界に過ぎません。見せ掛け上のとは言っても、実相を有するように見えるものは必ず流転(運動)していますので、その陽化の直線運動も絶対的なものなのです。川がどんなに蛇行しても、また光がどんなに反射しても、彼らは戻ることなく直進の一途をたどっていると言う事なのです。

 ところで、先にお話したように川は輪廻しますが、それに対して光は輪廻せずに永久に直進していきます。どちらも後退せずに前進していく物なのですが、川の直進運動と光の直進運動とは運動形態そのものが異なります。この宇宙には一体どのような運動の種類が存在するのでしょうか?
 西欧科学では、この宇宙には大別して異なる二種類の運動形態が存在すると考え、直進運動と回転運動の二つを想定してきました。しかし、中世ルネッサンス時代に開花したニュートン力学は、これらの運動原理を表面的な数理解釈で現象を説明するための辻褄合わせの作業のみに止まり、運動の本源を解析することはありませんでした。彼らは直進運動や回転運動が示す物理性質を解析しただけで、運動そのものを生み出す力のメカニズムを追及したわけではありませんでした。結局、西欧科学はその出だしの一歩から底の浅い運動力学を打ち立てる結果となり、その軟弱な基礎土台の上に現在の応用物理が構築されています。一旦、基礎を踏み誤った迷走科学はどこまでいっても間違い科学でしかないのです。

 では、陰陽哲学で運動原理を解析する場合、一体どうような分析の仕方をするのでしょうか?ここでは、それについてお話したいと思います。物理学や数学があまり好きでない方も、重要な内容ですので少し我慢して読み進めて行ってください。

 まず、直進運動と回転運動はどちらが陰陽なのでしょうか?
解析手順の第一歩は親元となる陰を見定める所から始まります。宇宙が気の粒と呼ばれる最小粒子の集合体であると考えれば、その粒子がただ存在しているだけでは何も起こりませんし始まりません。まずはそれらの粒子が収縮して爆発的に拡散膨張する事によって宇宙がすると考えなければなりません。いわゆるビッグバンです。超密度に圧縮された一様な均一粒子が一斉に拡散運動(放射状直進運動)することが宇宙の始まりであるとすれば、そのはじめに誕生した運動は当然ながら直進運動です。この直進運動があらゆる運動の原型であり、その元初の姿といえます。もちろん、陰の直進運動が陽の回転運動を生み出すと考えるのが陰陽哲学の基本手法です。

 

(爆発的な拡散膨張と直進ベクトルのイメージ)

  では、単なる直進運動が一体どうやって回転運動を生産できるのでしょうか?

 

次回へ続く

 

 

オリオン牧場の似非科学の実態(1) 半導体って何なの?

<半導体って何なの?> 
 片側からは電気が流れるが、その反対側からは電気が流れない物質、それが半導体の名前の由来です。半導体を物理学者の様に難しく考える必要は全く無く、それを簡単に説明すれば、乾電池のプラス極側からは他電流を入力する事ができるが、マイナス極側には流す事ができないという事であり、極めてシンプルな話です。承知の様に乾電池のプラス・マイナスとは電流の入口と出口の事、乾電池はマイナス極から電流が出て、最終的にはプラス極に戻るという行程(ループ電流)を辿っている事から、その乾電池に他から別の電流を流す場合は、入口からならば電流が重複して入るが出口からは電流同士が衝突して流れないという極めて当たり前の話なのです。半導体とは既に電池の様な構造が内部に存在する物質の意味なのです。たったそれだけの話に過ぎないのに、どうして半導体分野という特別な学問分野まで立ち上げる騒動となってしまったかと言えば、実は科学は電池のメカニズムが分からないままに、つまり電池がなぜ電流を生み出すのか、その原理が未だに分からないままに今日まで来てしまったからです。分かってしまえば「馬鹿馬鹿しい、あったり前じゃないか」と思えるのですが、頭の中が整理不能な混乱の渦中にあるのが地球科学の現状なのです。
 
 
 
 ここでボルタの電池(1799年)を考えてみましょう。希硫酸溶液の中に亜鉛板と銅板を浸して、両者の上部(浸かっていない部分)を銅線で繋ぐと、その銅線の中には電流が誕生していて、銅線間に豆電球を挿入してやるとそれが光り輝きます。これは明らかに電気が発生して電流が流れている事を証明するものです。当然、当時の科学者は電気の発生源を色々まさぐった結果、亜鉛イオンや銅イオンの電荷が銅線を介して流れていると考えました。当時としてはそれ以外に説明のし様が無かったからです。ここで良く頭の中を整理して考えてみましょう。電球が一瞬間光るだけならそうかも知れないと考えますが、電球がある程度の時間光り輝くという事は、電気が流れ続けていると言う事であり、出口から放出された電流は入口に戻るという電流のループ循環を考慮すれば、イオン電荷説ではループが成り立たないのであって、電流を生産し続けてそれを循環させている発電当体が別に存在するのでは? と頭を巡らせなければならないのです。
 
 
(ボルタの電池と水中電子バイパス)
 
 さて、亜鉛板と希硫酸の化学反応の結果、二個の電子が余剰となって水中に吐き出されます。また銅板と希硫酸の反応によって一個の余剰電子が水中に吐き出されます。電子の密度差によって電子移動が発生し(均一になろうとする作用が働く)、その際に電子同士が互いの極性を揃えて配列し一群の電子磁束(電子電流)が誕生し、それが出口を求めて銅線の中を移動して行くのです。つまり亜鉛極と銅極を結ぶ水中電子バイパスが希硫酸の中に形成されているのであって、その存在こそボルタの電池の発電当体と言える訳です。それと全く一緒なのがバッテリーや乾電池であり、バッテリー溶液の中にも、あるいは乾電池の中にも一群の電子の配列鎖が形成されています。半導体とは内部に既成の電子バイパスが存在しており、それは微小の磁性を呈示しているものであって、当然電流の出口と入口が備わっているものです。電気が流れる(YES)、電気が流れない(NO)という宇宙の二元信号(陰陽信号)はcomputer原理そのもの、半導体原理はデジタル信号時代の中核を担っている事は承知の通りです。ただ問題が一つ、電子配列鎖(電子バイパス)は長時間に渡っての存在保持が難しいと言う点でしょうか。電子鎖を固定させる様々な工夫が必要とされます。

ところで、電子という粒子を固定し磁極を揃えて配列させると長時間に渡って電流が得られます。無論、電子反発を避けた等間距離を保つ事が重要ですが、参考までに生体電流(水素原子電流)を見ると、炭素鎖に固定捕獲された水素原子の磁束(電流)が特定の等間距離を保って万年電流が流れる様に設計されています。この水素電流をループさせて磁場を形成しているのですが、この磁場こそ物の命と言えるものです。蛋白分子の命、細胞の命、臓器の命、そして体全体の命とはこの水素電流が奏でる場と言えます。ちなみに空の上の生命位相はギエ基盤の中に電子を配列させて電磁場を形成しています。

 
        
 
(生体電流の構造)
 
次回に続く
 
 
 

陰陽流転(陽化の概念)

陰陽流転(陽化の概念)

 陰陽査定の矛盾

 最も難解な生(陰)と死(陽)の陰陽区分が正しく識別できるならば、全ての事象の陰陽を正確に分類することができるようになります。その陰陽分類の鍵となるのは、陰から陽へと一方的に流転していく“陽化の潮流(成長の流れ)”となります。従って、その絶対潮流を先に見定めることが必要となります。陰陽合体したものは必ず陽が流転して死の方向へ導かれていきます。この現象のことを陽化流転、または単に“陽化”と呼んでいます。この陽化(成長)は必ず回帰原点(仮零点)に至るまで続きます。途中で止まったり、逆流することなく行き着くところまで進むわけです。したがって、その陽化の潮流を見定めれば、どちらが陰でどちらが陽か簡単に見定めることができるということなのです。

 

 しかし、その時に注意していただきたいのは、一方通行の流転を見定めると言っても人間がその観点を変化させたり、あるいはそれを包み込む“場”が反転すると、前後・左右・上下が逆転してしまい、まるで陰陽が正反対になったような錯覚に陥る場合があると言う点です。始まり(陰)と終わり(陽)を勘違いすれば、それだけで陽化の潮流は逆転してしまいます。例えば、北半球においては右巻きの高気圧(陰)と左巻きの低気圧(陽)に分類される気圧渦ですが、磁場が反転した南半球においては、右巻きの低気圧(陰)と左巻きの高気圧(陽)となり北半球とはまったく反対の気圧渦となってしまいます。この現象だけを見れば、陰陽分類は非常に複雑で難しいものに感じられます。しかし、一見分類が不可能のように思える事象であっても必ず陰陽は決まっているのです。地球の北半球と南半球でも同じで、どちらかが陰でありもう一方が陽と決まっています。
 我々の生きる宇宙(小宇宙磁界)は左巻き(反時計回り)宇宙です、銀河系も太陽系も地球もみんな左巻きに回転しています。従って、地球上のどこであっても左回転が陽となり、右回転が陰となることが決まっているのです。
球形の地球であってもその上下左右を決定するのは簡単ではありませんが、地球が左回転をしていて回転軸が定まっていることを考えますと、その上下はN極が上となり、反対にS極が下と明確に決定できます。左回転の地球では、同じく左回転する低気圧が陽と決まっている訳ですが、その低気圧を南半球では右回転と錯覚してしまう理由は、それを判断する人間の上下が逆転していることに気づいていないからなのです。逆さまに立っている南半球の人間は、足に目を付けて見て判断しなければならないのです。地球をN極側から覗き込めば左回転していますが、反対にS極側から見上げてみれば右回転しているわけです。つまり観点を変化させると回転方向も変わってしまうということなのです。

 現在の科学理論においても、計ったように大半が陰陽哲理とは正反対の内容を導いており、本当に正しい判断ができているのかと疑問に思う内容もあります。貴方も学生時代に学んだ内容を鵜呑みにしないで、陰陽哲理に照らし合わせて検証し直してみられたらいかがでしょうか。

 

次回へ続く

 

 

 

オリオン牧場の似非科学の実態(1) 水とは?

<水とは?> 
 
 液体水素のガス化したものは水素ガス(水素分子)、液体酸素のガス化したものは酸素ガス(酸素分子)、それと同様に液体の水がガス化したものを水蒸気ガス(水分子)と呼んでも差し支えが無いのではないかと思われます。ところでこれは皆様に対する質問ですが、水蒸気の分子式を書ける方は居ますか? 自信がありませんか? 水の最小単位を分子式で書ける方は一体どれ程居るのでしょうか。答えはH2Oと書いた方がバツで、2(H2O)と書いた方が正解となります。これは中学生の化学の教科書に注意書きされているものですが、H2Oとは学習の為の便宜上の仮想単位であり、事実上存在する訳ではありません。従って、水が電離して「H+イオン」になるとか、その水素イオン濃度が酸性を示すという解釈は成り立ちません。水が帯電した状態とは「H3O-OH」の形状を示す時であり、「H3O+」はオキソニウム・イオン、「OH-」はハイドロキシ・イオン(水酸イオン)と呼ばれています。ではなぜ意図的にありもしない「H+」と「OH-」に分割するのでしょうか。実は「H3O」のオキソニウム・イオンを中学生に説明するにはチト苦しいからです(酸素が二価だと説明している関係上)。

 水の最小単位は基本的に「H2O・H2O」ですから、水蒸気分子の形状は一つの水単位(ミッキーマウスの顔と似ている)にもう一つの水単位を逆さまにして合体させた形状で結合しています。一般的に水は固体の時には結晶化しており(六員結晶構造)、温度が上昇すると六員環の一箇所が切れて水の六分子(実際は三分子)が一本鎖のチェーン状に変化して流れ出します(液化)。しかし流水の形状は鎖状であっても、水が運動を止めると(止水になると)切れた鎖が手を繋いで六員環形状になります。従って木の葉が一杯並んでいる様な形状である事から、水の特徴である「粘性」の高い、つまりゆらゆら液体になる訳です。水の最大の特徴は六員環磁場を呈する事であり、六員磁性がいわゆる「モーゼ効果」を発現させます。モーゼ効果とは磁石の磁性を近づけると水が反発するという性質の事ですが、そもそも惑星水は地球磁場に磁化(感化)されており、それ自体が生き物として作用する性質を具有しています。水の中に塩の塊が入って来ると、すぐさまその塩塊に水チェーンを巻き付けて水磁場で包んでしまいます。更に水の単分子(H2O・H2O)を塩に送り込んで、それが反応基の形(H3O-OH)で塩を解離させて、有核六員環を作って行くのです。まるで水は生き物そのものでしょうか。

 ところで地球化学では、水の酸素と水素が、水素の電子を介して「共有結合」していると説明しています。な、なんと「共有結合」ですって? そんな結合理論は宇宙にはありませんよ。教える相手が馬鹿だと思って良くそんなデタラメを言えるものだとホトホト感心せざるを得ませんね。真理とは常にシンプルであり、常識の範囲内で分かるもの、自分に理解できない理論は「嘘」だと思った方が正解なものです。有電荷粒子が一点を中心に円運動すれば、それが左回転であれば平面軸の上側にN極が発生し下側にS極が発生します。右回転であれば極性は正反対となります。つまり電子が回転しただけでも力学場が生じて、そこに磁性が発して来るのです。水素原子はN極とS極を備えており、それは酸素分子でも全く一緒なのです。酸素原子は外殻にタスキ掛けの2p軌道を二つ有しており、斜めにN極とS極が出現して来ます(二組なのでタスキ方向に四個の極を持つ)。酸素のN極(作用手)が水素のS極を捉えて結合しており、つまり両者は互いに「磁極結合」している訳です。水分子のみならず有機物の大半がこの磁極結合で成り立っており、電子が軌道を飛び出して他の原子の周りを回転するという非常識な結合の仕方などあり得ない話と言えます。 

 
 
           (有電荷粒子の左回転の極性と右回転の極性)
 
 
 ネジを木版に打ち込む際、あなたはネジを右回転させますか? それとも左回転させるのでしょうか。これは力の方向性の問題を提起しているのであって、ネジは右回転させなければ打ち込む事ができませんね。なぜならば、力が出る方向は右回転の場合はN極側であると定められているからです。それは大気の右巻渦(高気圧渦)と一緒、回転面の上から見て下方に力が放出されるのです。従って高気圧は上空の冷たい空気を吹き下ろして来るばかりか、地表の大気を圧して気圧を上昇せしめるのです。原子核の周囲を電子が回転して、それが左回転であれば回転面の上がN極で下がS極となり、力線の束がN極から抜けてS極に吸収されるといった「力の場」が形成されます。それは無数の粒子が回転する天体の渦磁場も一緒、そこには最初に「力の場」が形成されているのです。地球人にはこの力学的な知識が欠如しており、だから如何なる自然現象も解明できないし、一線を越えた科学を発展させられない訳です。
 
 
次回に続く
 
 

オリオン牧場の似非科学の実態(1) イオンとは何か

<イオンとは何か> 

 金属Naは手で触る事ができない危険物(火傷する)であり、また塩素ガスも人体には有毒な超危険物のハロゲン・ガスです。でも両者が化学結合を起こして無害な「NaCl=塩」になる事は承知の通り、塩が水に解けると片方がNa+イオンに、もう片方がCl-イオンに分かれて存在する事は今や地球人の常識であり、知らない者は殆ど居ません。ここで良く考えて欲しいのです。化学者の説明では、Na原子が最外殻の軌道電子を一個手放したからNa原子の激しい化学力が失われて、Na+イオンと変じたNa原子は無害だという説明をしています。それと同様にCl-イオンに付いても、軌道電子を一個捕獲した状態のCl原子は激しい電気陰性度を示さないので無害だと論じています。これは本当の話なのでしょうか。宇宙常識ではNa原子もCl原子も基本的に人体には有毒、だから水分子クラスター(六員環)が原子を内部に捕獲してイオン化すると定義されています。つまり、水溶液中のNa原子もCl原子も裸で存在している訳では無く、水に捕獲されてガード被膜に包まれた状態で存在しており、その状態がイオン状態だという訳です。

 という事は、地球の化学者達は水溶液中のNa原子やCl原子を包み込んでいる「水のオブラート被膜」の存在自体を知らないと言う事であり、それらの原子が生体の水磁場に管理されている事実も知らないという話なのです。イオン(ion)とはギリシャ語で動くとか移動するといった意味ですが、イオンそのものが電荷を有している事から電極に引き寄せられて行く姿を見てこの名前が付けられました。しかしそれは水溶液中だけの話、雷放電を喰らって電子を吹き飛ばされた大気のイオン原子が電極に引き寄せられて行くという事実は無く、それは科学者の思い込みに過ぎません。それはそもそもイオンとは呼ばない代物です。水の六員環に捕獲されたNa原子はプラス型の「Na核六員環磁性」を呈し、また同じく捕獲されたCl原子はマイナス型の「Cl核六員環磁性」を呈して、基本的には生体の命令に従って動くものです。ただしそれらは電流には非常に弱く、物理本能とでも言いましょうか、特にプラス型の「Na核六員環」は神経電流に反応して神経の周囲に集まる傾向性が強いものです。ただの水の六員環と、その内核に特定の原子を抱いた六員環は、磁性の色も結合力も異なるのです。

 

 
 

 地上の生物の血液が海水成分に近い理由は、「Na核六員環」と「Cl核六員環」が普通の「無核六員環」とは異なり、その性質が極性が非常に強くて、しかもプラス・マイナスの異なる電荷を帯びているという特徴です。これは血中の化学反応を操作する際の作業員として非常に優れた能力を備えているという意味であって、つまり水磁場の作業員としての役割を担っている大切な人夫だから特に生物体には必要とされているという話なのです。例えば、比較的大きなサイズのリン酸基や硫酸基や炭酸基など、あるいは五炭糖やアミノ酸や核酸塩基などを運ぶ場合は、磁性の弱い「無核六員環」では歯が立たない事から、NaとCl原子に象徴される「有核六員環」に運搬をお任せする訳です。そもそも生体とは水磁場そのもの、水分子が六員環を呈して磁性を備えてくれればその操作が可能となりますが、それ以外の水分子(例えば純水とか団子クラスターなど)は操作できないんですね。体に負担を掛けない六員環水を飲料水として飲んで頂く事が重要であり、また各種の補酵素などに必要な微量元素の獲得の為に豊富な種類のミネラル(イオン水)を摂取できれば一番宜しい訳です。イオンの考え方を改めて欲しい事と、体内のNaイオンをちゃんと観察すれば六員環を検出できる筈ですからその学問的な基礎研究に取り組みましょう。ちなみにこれは決して宣伝ではありませんが、我が社では自宅から敷地内まで水を六員環分子に切り替える装置を取り扱っております。

 

 
 
次回に続く
 

オリオン牧場の似非科学の実態(1) 常識で分かる電流

<常識で分かる電流> 

 もし私が皆様に、「電流とは何?」とそう質問したらあなたは答えられるでしょうか? 高校や大学の教科書には、電流とは「電子群の流れ」だとか、または「電子電荷の流れ」だとか、あるいは「電荷ホールの流れ」だとか説明されていますが、それは本当なのでしょうか。2004年、科学誌のネイチャーに掲載された超伝導電流に関する実験結果(日本の電力中央研究所とイリノイ大学の合同発表)は、世界中の科学者を驚愕させた大きな事件となりました。その実験とは、超伝導状態の電流が実際に流れている極薄の金属プレートを電子顕微鏡で観察したものですが、多くの科学者の予想を覆し、映し出されていたのは電子が流れている姿では無く、金属原子間の間隙に一列に配列した数珠状の電子鎖の姿だったのです。つまり電流とは電子鎖の中を貫いて走っていたのでした(写真参照)。その発表以来、電流に関する新たな発表は物理学会ではご法度となり、誰も電流に触れる者が現れません。この沈黙は一体なぜなのでしょうか? 一体どこの誰が物理学会を牛耳って真実の結果を闇に葬ろうとしているのでしょう。

 

 

 

 もしここに球(玉)磁石が30個あって、それを連結させたと考えてみましょう。当然、磁極結合した磁石の配列鎖は一本の棒磁石となり、磁束は磁石の配列鎖の中を通って最後のN極から磁束を吹き上げ、磁界を形成しながらS極に入力して循環を繰り返します。仮にもし玉磁石と玉磁石の隙間を3mmにしても、磁束は多少は外に漏れるものの、その大半が配列鎖の中を貫通して走ります。我々は磁石のこうした磁束流を「磁石電流」もしくは「鉄原子電流」と称していますが、そもそも磁束流とは電気の事では無いのでしょうか。宇宙常識では電子配列が等間距離を保って並んだ場合を「通常電流状態」、電子同士がベタ結合した配列鎖の場合は磁束の漏れが全く無い「超伝導電流状態」と定めており、「電子磁束=電子電流」であると定義されていますが、地球人はその様な解釈はしないのでしょうか。さて、有機物の多くが一番外側にメチル基(CH3)を配しており、一定間隔で固定されたそれらの炭素鎖には水素原子が3個ずつ装着されています。

 ご承知の様に、水素原子は原子核(プロトン)の周囲を電子が回転して電子の軌道磁界が形成されており、その軌道磁界こそ水素を水素たらしめる物性(化学性質)を呈するものです。我々はその磁性の反発力のお陰で足を大地にのめり込む事無く歩行する事が出来ます。水素原子そのものが磁性を帯びてN極とS極を備えている事はご承知の通り、一個の玉磁石を呈している訳ですから、当然それらの玉磁石が等間距離を保って配列すれば水素原子電流(水素軌道磁界電流)がメチル基の水素群を通して流れて行く筈です。宇宙常識ではそれを「生体電流」と呼んでいるのですが、それすらも認めないというのは一体どういう了見なのでしょうか(医学が進歩しない)。それよりも水素原子はS極とN極を備えているのに、化学的な結合手が「一価」なのでしょうか? 常識で判断すれば「二価」ではありませんか? 水分子(H2O)が互いに手を組んで水分子クラスターを形成できる理由は、酸素が四価で水素が二価だから出来る芸当なのです(化学結合の大半は極性結合で結ばれている)。学校で習った似非知識を捨てて、自分の頭で物事を良く考えてみましょう。とにかく歴史を飾るお偉い科学者の八割はオリオン・スイーパーなのですから、電流とは何ぞや、電圧とは何ぞや、交流とは何ぞやと、学問の基礎からもう一度見直す必要があります。

 

 

 
次回に続く