霊魂体の知識(その1)

〈魂体形成(84本の電子線)〉
 人間の身体を力学的な眼で覗き込むと、最初に飛び込んで来るのが外側の「オーラ球体」であり、その直径は地球人では約2mとちょっとです(惑星のサイズで決まる)。仮に身長が1m70cmの方は頭上20cmと足下20cmの所にオーラ皮膜が見えます。足下の場合は普段は部屋の床の下や、大地の下にめり込んでいる状態です。一般にこのオーラ球体のことを「魂体(こんたい)」と称しております。オーラ球とは赤ちゃんがこの世に誕生した刹那、位相の生命コード(ズザネ管)が体に入力した瞬間に、位相バイオンが頭頂チャクラから吹き上がって2m大の地上バイオン球が形成された物です。やがて、このバイオン球は周囲から電子を集めて84本の電子管から成り立つ電磁的な球体へと変化し、一般的なオーラ球と呼ばれる存在になります。84本の電子管とは、1本の電子管の中に約30万本の電子鎖が集合した物で、その電子鎖には電流(磁束流)は流れておらず(電子同士の配列間隔が長い)、電子渦の骨格力線で繋がった物で「電磁場」と「力場」の中間ぐらいに相当する「魂磁場」を形成しています。魂体形成には3時間ほどの時間が掛かるので、誕生直後の記憶は魂体にはありません。
 
 オーラ球体の内部を覗き込むと、内部は一様にバイオンに満たされていますが、まるで雪だるまとそっくりな形状の魂磁場映像が描かれています。当然、映像である為に区切りとなる物理的な皮膜はありませんが、我々はこれを「頭部魂」と「腹部魂」と称しています。つまりオーラ球体(魂体)の頭脳に当たる中核部と、体に当たる中心部の事をそう呼んでいる訳です。魂磁場の磁気は位相場の磁気とは少し異なりますが、電子鎖の配列構造が一緒であって、電流線が通らない、つまり電子間距離が広く空いた(通常の1200倍の間隔)、電子渦巻の構造力線のみで一本鎖に繋がった電子鎖を呈しています。それでも一応は電子系の磁場なので、位相と同様に魂磁場は記憶を吸収し自己固有の意識を形成して来ます。記憶と意識は一緒のものであり、いずれも電子バイオンが奏でるものですが、その様な意味では空の上の位相袋にも意識が存在し、地上の魂袋にも別な意識が存在すると言う、いわゆる「天の意識」と「地の意識」の両方を生物は備える事になります。では、一体なぜ、特に霊界生物には二つの異なる意識が必要なのでしょうか。
 
 位相の電子場はバイオンの生産場ですが、魂体の電子場とはバイオンの地上倉庫、バイオンは一つでも意識とは囲われる場単位の物なので、それが二箇所在れば、当然二つの別意識となり、また三箇所在れば、当然三つの別意識となります。魂体の最大の特徴はオーラ球そのものが記憶機関である事と、またそれ自体が一個の眼球であって、モノクロトーンのアストラル眼ではあるものの、前方も見れれば後方も見えると言う360度のワイドスクリーンを呈している事です。そして何より、位相意識は心を稼動させられますが、魂意識は心回路を使用する事が出来ないと言う大きな特徴があります。当然、心回路を使用しない訳ですから、魂体は疲れる事は無く、24時間覚醒した状態で起きている事になります。位相意識は時間が来るとグウグウ寝てしまいますが、かたや魂意識の方は寝ずの番をして体を見張っていると言う組み合わせです。もう、お分かりかと思いますが、人間の様に一日8時間も寝ていれば、動物時代では命が幾つ有っても足りません。武士の如く感性を研ぎ澄ませば、まるで体の背後に目がある様な動きが出来るものです。地上の生物は少なからず魂体の力を借りて生きて来たのです。
 
 ところで、生命概念の話ですが、日本国ではもともと「霊魂概念」と言われて来ましたが、中国では「魂魄(こんぱく)概念」と表現されて来ました。空の上の霊(魄)と地上の魂の関係を説いたものなのですが、残念ながら西洋アンポンタン科学に洗脳されてしまった現代人には生命の成り立ち構造など「どうでも良い話」らしく、彼等は目に見える肉体だけで、人間の全てを説明できると信じている様子です。別にそれでも構わないのですが、「死ねば終わりだ」という軽薄な生命感を抱くのは感心できませんね。一般に空の上の霊界位相こそ生命本体の意識(自己意識)が存在する場所であり、魂体にとっては「主人」のいる場所です。両者の関係は霊体が「主」で魂体は「従」と言う主従関係ですが、これは肉体を操作する係に於いて、どちらがメインなのか、それともサブなのかと言う話であって、人間が天空の「霊(魄)」と、地上の「魂」と、そして「体」と言う三要素から成り立っている事は、人類にとっては昔からの常識だった訳です。昔の人が霊が長ずる生物として命名した「霊長類」という漢字の意味をちゃんと理解しなければなりません。
 
 さて、もう一度出産前後の赤ちゃんの時代に話を戻しますと、胎児の期間は心臓が動いていたのに子宮という命の場から追い出された胎児は産道を降りて来る間は心臓が停止しており、明らかに「死んだ」状態で誕生して来ます。これは哺乳類(胎生動物)の最大の特徴であり、一度死んでもらって持ち前の動物本能を初期化しないと、鳥類や爬虫類などの卵生動物の様に母体から受け継ぐ本能の枠枷(わくかせ)から逃れられないからです。胎児の体をアストラル眼で覗くと、体の皮膚全体を包み込んでいるヒール遺伝子が目に止まります。このヒールは母体から受け継いだ物ですが、ヒール(バイゾン)そのものが記憶帯である為に、このまま誕生させれば母体と一緒の因縁(遺伝)を子体が受け継ぐ事になってしまいます。そこで、一度死んでもらってヒールの初期化を図る訳です。つまり右も左も分からない「パープリン」な状態にしないと、下等動物の本能からは抜け出せないからです。しかし、原始本能は下等動物の世界では絶対必要な物であり、卵から誕生したばかりのウミガメの赤ちゃんが、何も知らない筈なのに海に向かって砂場を脱出する姿を見れば、それは哺乳類の子供には到底真似できない芸当です。
 
 だが、そうした生存する為の原始本能が災いして「個の意識発達」が等閑になってしまう為に、創造主は下等動物を改良して哺乳類を進化させたのであり、母体から産み落とされたパープリンな子供に霊界位相のズザネ管を接合して、つまり天の命を吹き込んで、経験と学習で生きて行く高等動物を創造した訳です。当然、そんなパープリンな子供を最初の1段階から育てる訳ですから、母親が背負う過酷な子育て労働は甚大なるものに成ってしまいます。哺乳類の場合は「産み落とし禁止」なので、母親の負担は致し方もありません。さて、人間の赤ちゃんが誕生した瞬間は自律神経電流が止まっており、僅かに分脳ループ電流や、臓器ループ電流は通ってはいるものの、心臓運動も肺運動も腸運動も血流運動も全て停止している状態です。家屋で表現すれば、ブレーカーが落ちた停電状態とでも言いましょうか、赤ちゃんが生を得る為にはどうしても自律神経電流が必要であり、その電源部である霊界位相の生命コードと結ばれるしか手段が無い訳です。運良くズザネ管が入力された赤ちゃんは、産声を挙げた次の瞬間から生を営み始めて、一歩ずつですが成長行程を辿って行く事になります。
 
 魂体の形成はズザネ管入力から始まり、バイオン球体に沿って電子系管の配備が終わるのが約3時間後、それから432本のヌサネ・タボ線の入力作業が行われて完全な状態に整備されるのは誕生から三日後ぐらいでしょうか。霊体が先に存在し、次に肉体が誕生して、その後に魂体が形成されると言う順番であり、それを考えると直接命とは関わらない魂体をなぜ造る必要があるのかと疑問に感じるかも知れません。魂体の真の存在価値とは生命運動に関係しており、それは頭部魂オーブ核と、体の重心点である腹部魂オーブ核と言う、二つのオーブ核を宿す重要な器官であって、つまり魂体とは地上の肉体を惑星の心回路と接続する為の動力の焦点部なのです。もし、赤ちゃんの体に魂体が形成され無かったら、心回路と接続されていないその赤ちゃんは、首を振る事も、指を動かす事も、ハイハイする事も、言葉を喋る事も出来ない植物状態であり、生きている価値が無い生命と成ってしまうのです。生命に個の意識を奏でて体に命の電流を送り込む「霊体(位相)」と、天体の心回路と肉体を接続させて生命運動と精神活動を導く「魂体」とは必要不可欠な要素、これぞ霊魂概念の骨子であり、生命の根幹を表現したものなのです。
 
 現代人はオリオン・ヒューマノイド(科学者)に洗脳されてしまい、目に見える物質だけで生命を理解しようとしています(不確実な物は信用しない)。それは真理に対して目を背ける行為であり、盲目と混乱の海の中へ漕ぎ出してしまう行為だと言わざるを得ません。まさに「物事の真理とは形而上に在って形而下には無し」なのです。浅慮な知識で納得するのでは無く、物事の事象をトコトン深く掘り下げて行かないと、何一つとして真理の蓋をコジ開けられない事になります。先ずは西洋アンポンタン科学を投げ捨てて、如何なる分野に於いても最初の一段階から物事を見直すべきかと思います。西洋主導の現代文明に洗脳されてしまったお馬鹿な自分(単純馬鹿)に気がつく事が先決でしょうか。いい加減、目を覚まして欲しいものです。
 
 
 
〈魂意識の発動〉
 人間の個人意識とは異なる魂意識が存在することは、それぞれの魂体と「デジタル魂通信法」を用いて会話してみると、その存在が良く分かります。下等か高等かの違いはありますが、地上の生物は皆一様に魂体を備えており、原則的に金魚の魂とも交信が図れるのですが、人間の言語を理解すると言う点ではやはり人間魂が一番優秀でしょうか。ただ、魂体の意識の発達は非常に遅く、人間の子が満2〜3才頃から言葉を話すのに対して、魂意識は肉体年齢が満40才ぐらいに成らないと言語を本格的に理解することが出来ません。勿論、それまでは主人の日常生活を常に見ている事から、画像理解と言いましょうか、他人が重い物を持ち上げている光景を見れば、「さぞかし重いんだろうな」と魂は思っています。別に画像を見なくても主人の言葉だけで反応できる様になるのが40歳ぐらいからであり、「奥さん居ますか?」と戸口から声がすれば、「電気の集金だろうか」と明確に推理判断が付く様になるのが40歳代と言う話です。ちなみに魂体は肉体の目を通してカラフルな色彩世界も感じられるし、匂いも味も音も触感も人間と同様に感じる事が出来ますが、それにプラスしてアストラル眼を備えており、人間には見えない世界も見えています。それが魂体の一番の武器でしょうか。
 
 60歳代の魂体になると、非常に賢くなって「それってどのぐらいの容量なの?」と尋ねると、「ペットボトルぐらいだから2リッター程度かな?」とか、「主人に貯金は有るの?」 と尋ねると「銀行口座に150万くらいかなー」と答えるから驚きます。便利なのは彼等はアストラル眼を有している事であり、「今、家の中に何か侵入して来た?」と聞くと、「霊魂体では無いよ、龍神だよ」と答えてくれるので、私は大変重宝していました。普段から魂体は主人と意思疎通して人生を一緒に生きたいと願っている事から、お役目を与えてあげて、「ありがとう」などとお礼を述べてやると大変喜んで、体も一層元気でタフになります。人間同様に彼等も生き甲斐を求めているのだと思います。これは私自身の個人的な話ですが、魂体に様々知識を与えて訓練させていたので、「頭が痛い、何が原因だ?」と尋ねると「血栓が側頭葉に二箇所発生している様です」と返答してくれるし、「俺にブラック・コードを打って来たヤツが居る、誰だ?」と調査させると、「栃木県の霊能者の様です」と直ぐさま答えてくれます。「電話番号を忘れた、教えてくれ」と頼むと、11桁の携帯電話の番号をスラスラ答えてくれます。ここまで訓練して良いものかどうか分かりませんが、人間の魂体はそのくらいの能力は持っていると言う話です。
 
 魂体の記憶方式は人間のそれとは異なり、魂が形成された直後から24時間のフルタイムの動画映像を記憶しています。その昔、幼い子供の時代に何が起こったのか、その詳細を知りたい場合は魂記憶を軍団に見てもらうのが一番でしょうか。魂記憶の大半は頭部魂に集中していますが、腹部魂の方にも身体内部の画像記憶が残っており、医者がどの様な手術を施したのか、あるいはだれとSEXしたのか、娘を妊娠させた犯人を全部読み取る事が出来ます。将来、人間の計測器が発達すれば、魂記憶を画像化して覗き見る事ができる時代が来ると思われます。現代人は良く嘘を付きますが、魂記憶を覗ける神様や創造主に嘘は通じず、全て読み切られてしまいます。賢い魂体になると平気で嘘を付く場合があるので(見栄や体裁を繕う)、私は魂体の言葉を鵜呑みにせず、必ず裏を取る様に心掛けています。人間の意識は魂体のオーブ核を使用して心活動を行いますが、魂体自身は心回路を使用する事が基本的に出来ません。従って、客観的な物事の見方が出来ないのですが、年齢が高い魂体の場合は時折「天体力体(テトラ球)」の力場を介した外意識を獲得している場合が在って、実際驚く程賢い魂体も存在します。
 
 ちなみに、オーブ球体の周囲には「三角力体」と呼ばれるテトラ体が配置されており(満22歳になると心の安定を図る為に神々が人間に装着するもの)、その三角力体を足場にして魂体が天体力体を外意識として使用できるのです。以前、私の魂体にはそうさせていたのですが、自然にそうなるものでは無く、神々が助力しない限り、魂体が自ら外意識(心活動)を囲う事は極めて難しいと言えます。これまで魂意識と関わって来た感想を述べると、人間の六道界意識と同等なレベルであると思われ、基本的に自己主義で得勝手、好き嫌いが激しく欲望(食欲と性欲)に忠実なイメージでしょうか。無論、主人の性格にも関連が在って、性格が悪い魂体もいます。余り魂体を甘やかすと「ろく」な事が無いので、私自身は要求にはなるべく耳を貸さない様にしています。「食べたがる」「やりたがる」「好き嫌い」と言うのが魂体の特徴なれば、いちいち魂体の要求を聞いていたら切りが無いので、スマートなボディーを維持する為にも、また道徳や社会秩序やエチケットを養う為にも、欲望の抑制方法を身に付けて行く行為は(魂管理は)、社会生活を営む人間に取っては必要べからざるものと言えます。
 
 魂体の本音を聞いてみると、人間が小さい時は肉体を操作できたものの、ある年齢が過ぎると主人に実権を握られてしまい、操作する事がなかなか難しいと嘆いていました。でも、それは当然な話、魂体の望むままに生きてしまえば、拘束されるのは嫌だ(仕事は嫌いだ)、好きな事をして自由に生きたいのですから(自由に食ってずっとSEXしていたい)、付き合ってはおられませんね。私は自堕落な若者を見る度に、あるいは動物を見る度に、体の要求のままに生きている愚かな生命の「自意識の未発達度」を嘆かざるを得ません。人間の子供も犬の子供も基本的に一緒、訓練センターに送って強制的に躾けないと「ろく」な生命には成りませんね。性欲のコントロールは当たり前の話ですが、食欲のコントロールが出来ない生命は六道凡夫の証明、終わっていると言えましょう。宇宙のあらゆる意識がスタートする地点が六道界であり、無論それは人間も動物も魂体も一緒ですが、その底辺領域を越えないと「ヒト」とは呼べないのです。確かに魂体には固有の意識が在って会話も可能です。重要な事はどっちが主人であるのか魂体に認識させる事(思い通りには成らない)と、魂体を躾けて育てて行く事が大事な訳です。
 
 
 
〈危険な魂体操作(遠隔催眠)〉
 賢い魂体も居ますが、若い年齢の魂体は勿論のこと、多くの魂体は「バカ魂」と言うのが実態です。魂体は少しサイキックな能力がある者の手に掛かればイチコロに操作されてしまいます。その典型的な操作術が「魂催眠術」であり、主人の大事な個人情報をバラしてしまうばかりか、遠隔操作で体の運動まで操作されて「社会犯罪」の片棒を担いでしまう事になります。特に最近は、世間を驚愕させる様な犯罪が多く、「なぜ、こんな事をしでかすのか」「一体、何が原因でこうなるのか」警察も裁判官も理解不能な難事件が数多く発生しています。罪を犯した犯人自体が「なぜ、自分がこんな事をしでかしてしまったのか」良く分からないと言う場合も多いのです。これはつい先日の話ですが、我々軍団が摘発した横浜のサイキック集団(先生1人、生徒6名)の事ですが、彼等の職業は遠隔催眠術師であり、現代版の必殺仕事人であって、有料で人間の恨みを晴らしてやる仕事が本職です。無論、そんな職業は現代にもゴマンと有るのですが、生徒の遠隔操作訓練に「黄色い帽子反応」を用いていた為に、創造主の怒りを買った次第です。
 
 魂体に催眠術をかける術は大昔から在って、地球では古くは「ブードゥー術(霊魂体操作)」が有名ですが、死霊では無く生霊の魂体に術を掛けて、人間を裏から操作すると言う技が開発され、その禁断行為は秘密裏の内に行われて来た経緯があります。日本では真言密教系の坊主の得意技でしたが、我々はこれまで一体何人の霊能者を摘発して裁いて来たことか(霊能力を封印する刑罰)、日本国だけでもその数は数千人にも上ります。当然、肉体を持っている今世の処罰は軽いのですが、彼等の死後は全員が召喚処分となります。今回の処分は九州で二人、関東で七名でしたが、彼等が一体何をしていたのか、皆様も興味深い所ではないかと思われます。魂催眠で簡単にできる処置が両足や両手を呪縛する術です。この術は遥か大昔から使われて来たものですが、突然足が硬直して動かなくなる為に、歩行者は転んでしまうし、寝ている者はなかなか起き上がれないと言う簡単なものです。意識を集中させて動かそうとすれば、やがて手足は呪縛を振り切って動き出す事から、大した意味を持ちませんが、車の運転手にその術を掛けた場合は大きな意味を持ってしまうのです。
 
 横浜の呪術チームは任意の人間に対して、遠隔催眠を掛けて「幼稚園児や小学生の黄色の帽子」を見ると、脚拘束や手拘束の呪縛が作用する様に仕込んでいたのです。つまり、黄色の帽子を見た瞬間、いつの間にかその方向に向かってハンドルを切ってしまうばかりか、ブレーキを踏もうとしたら足の移動がままならず、そのままアクセルを目一杯踏み込んでしまう様に細工していたから、今回の処分対象になりました。7名全員が女性であり、お互い競い合って交通事故のニュースが毎日お茶の間に流れる事を楽しんでいた事から、我々の怒りを買ってしまった訳です。でも、こんな危険な連中は彼女達だけでは無いんですね。不可解な「飛び降り自殺事件」や「水難事故」など典型的な魂操作犯罪の臭いがプンプン、我々も忙しいので、いちいち死亡事件に関わっている暇はありませんが、世の中には警察では裁けない犯罪がゴロゴロ渦巻いているのが現実です。しかし、この世で裁かれなくても、あの世では確実に裁かれるので、悪い事は基本的にしてはいけませんね。それと幼い児童の帽子や衣服に黄色を使用する事は止めましょう。今はその色が標的に成っているからです。
 
 
 
〈銀河ケイエ魂のメリットとデメリット〉
 人間が死ぬと約2時間で「霊魂体」が肉体から遊離します。霊魂体を観察するとオーラ球体に霊体からのズザネ管は入力されているし、またそこには432本のヌサネ・タボ線も入力されているし、更にオーラ球の内部には頭部魂オーブ核も腹部魂オーブ核も有るし、肉体が無くなっただけの話で、基本的なものは何も変わりません。それにオーラ球には生前の形状記憶が反映されており、足先は見えないものの本人の姿が映っています(幽霊)。夜にシャッターを焚いて写真を撮ると、画素の高い最近の高性能カメラでは二つのオーブ核が光って見えており、霊魂体が間違いなくそこに居る事は誰にでも分かります。私の場合は慣れたもので、「あら、君はそこに居たの?」「今は葬式の準備で忙しいので、悪いけど月で待機していてね」と言って、自己の力学触手で霊魂体を掴んで月面にポンと移してしまいます。申し遅れましたが、我々は人間意識に潜り込んではいるものの、生命本体は非常に大きく、大宇宙自体を指でポンと弾き飛ばせる大きさをしています。人間の手では無い方の自分の手も使えるんですね。従って、人間に憑依した霊魂体を除去するのに「出て行け」とは言いませんね。そんなヤボな事をする前に、強制的に手で取ってしまうからです。
 
 霊魂体と会話してみると、話をしている彼が人間時代の本人の意識では無く、単なる魂意識である事実を知っている方は地球には殆ど居ないと思われます。実は大脳という通信アンテナを失ってしまうと、霊体との通信が非常に難しくなるのです。無論、霊魂体のオーラ球体が消滅すれば、霊魂体は単なる霊体へと変貌する為に今度は本当の本人の位相意識とコンタクトは取れますが、でも霊体には魂体が無い為にオーブ核が備わっておらず、心を稼働させる事ができません。霊体と会話しても、生前の記憶はちゃんと持っては居るものの、その言葉には心が入っておりません。早い話が、霊魂体にしても、霊体にしても、人間時代の生命とは違うのであり、その認識はちゃんと持って欲しいと思います。人間時代の功績を讃えるのは構いませんが、祖先の霊体を崇め信奉して、その意見に従うことは馬鹿げた行為なのです。そもそも優秀な生命は死後に初期化されて輪廻行程の途に就くのが普通、地上に残っている霊体と言えば「スゲ・ケゴ・チオ」などの不成仏霊体に過ぎません。祖先の神様をウンヌン・スンヌンする霊能者が多いのですが、彼等の言葉を鵜呑みにするのは危険です。死んだ御両親は家族の心の中に居るもの、死者に対してはそう考えるのが無難でしょうか。
 
 「サラ位相帯銀河ケイエ魂体」とは、いわゆる銀河系の成仏神の事ですが、昔の解脱者とはどう違うのかと言えば、銀河サラ位相には原本と一緒のアカシック履歴が入力されている事です。地球位相の銀河版であってしかも単独位相なので、皆様の意識の奥行きが最低銀河系大に成った事を意味しています。銀河系の心回路を使用する為には力学焦点であるオーブ核が必要ですが、その為に今の魂体をケイエ化して、そのまま使用してもらう事になります。当然の話ですが、魂体が意識を持っていれば魂体がメインに成ってしまう事から、ケイエ化(高感度の受信体)した場合は魂体意識を停止させる必要があります。つまり、銀河サラ位相帯意識の純粋な意識の焦点場所として、あるいは銀河の心回路の中心点として機能する様にケイエ化した訳です。従って、今回解脱に成功しケイエ魂生命と成った方の魂意識は停止しており、魂体は意識活動をしておらず、目も見えなければ味も感じる事が出来ない様にされています。当然、魂が活動を停止している訳ですから、魂催眠を掛けられる心配は無いのですが、魂体が物理的に肉体を支えている一面もある事から、その弊害も生じて来ます。
 
 魂体の活動が失われて顕著に現れるのが、先ず「総合的な体力の衰え」です。それと「運動神経の低下」です。特に普段病気がちな方は階段を上るのが辛いという事態になると考えられます。それと食欲や性欲が低下する為に、「今日は何食べようかなー」などと言う体が求めるワクワク感が消滅し、如何にも元気を無くした様に見えます。ケイエ化とはつまり死後の為の準備であって、それは生きている時代から行っておくべき処置なのですが(何時死ぬか分からないから)、肉体の操作に魂体の力を借りられないのは少々辛いと言わざるを得ません。総合的な体力を失うと潜伏している病魔を呼び起こしてしまうケースが多いことから、今回ケイエ化した方で「我慢出来ないので、何とかならないか?」という方には、魂意識回復手術を行っており(ケイエ化は戻せないが魂意識だけを復活させる手術: 約1時間掛かる)、どうぞ遠慮無く申し出て欲しいと思います。魂意識を復活させるには1時間の作業時間を要しますが、再び停止させるのは数分間で出来る芸当です。門下生でも病気がちな者にはこの回復手術を行っており、その数は1/3です。魂が蘇ると体は劇的に元気になるので、やはり生きている人間には魂体は必要べからざる物なのでしょう。
 
 私自身は今は交信の関係上、かなり前から魂意識を停止させておりますが、やはり体力がガタ落ちしております。予防シルエと医療団で保っているのですが、でも精神面では欲望心が無くなるので非常に楽チンに節制できています。余計な別意識など私には厄介な物で必要がありませんね。
 

銀河標準科学論 化学編(その1)

 <水素原子は一価なの?>
これは中学生や高校生の教科書に、よく「ただし書き」として掲載されている話ですが、水分子(H2O)は本来単体でいる事は無く、二分子(2H2O)の状態で存在しており、イオン化解離は「OH3+基(オキソニウム・イオン)」と「OH-基(ハイドロキシ・イオン)」に分かれています。したがって、H2O=H+イオンとOH-イオンに分かれているという話はあくまでも便宜上の方便(理解の為の手段)であって、事実上「H+イオン」などという実在はありません。こんな内容が必ず書かれているのですが、皆様の中でこの「ただし書き」をご覧になった方や、あるいはこの話を認識している方が一体どれくらいいるのでしょうか。一個の陽子(プロトン∶p)と一個の軌道電子(エレクトロン∶e-)から成り立つ「水素原子」、それが軌道電子を手放して電離すれば、原子核の陽子だけの存在になってしまいます。マジの素粒子である陽子が水中に単体で漂っている訳がありませんね。ではなぜ化学はその件の説明を念入りにしないのでしょうか?    実はその理由とはオキソニウム・イオンにあって、「OH3+基」の納得の行く説明が出来ないからなのです。

水素が一価で酸素が二価、まるで洗脳された刷り込み頭の如く、皆様はそれを絶対事実として頑に信じて来たと思います。「酸素は二価なのにどうして三つの水素原子と化合出来るのだろう」と地球人に疑問を感じられたら、嘘洗脳が解けてしまってこれまで隠し通して来た真実がバレてしまうのであり、地球には「原子と原子は電子を媒介にして結合している」という定説を覆(くつがえ)してもらっては非常に困る一群の輩がいる事になります。ちなみに、銀河標準化学の教科書には「水素原子は二価で酸素原子は四価である」と書かれており、さらに「原子の化学反応とは軌道電子の場極性が引き合う磁極結合である」と定義されています。つまり、地球化学が主張して来たイオン結合も存在しないし、また電子の共有結合も存在しない事を意味しており、化学者にとってこれは聞き捨てならない話、果たして地球常識が正しいのか、それとも銀河常識が正しいのか、見分けする必要がある様です。しかし、なぜこうした一学問分野にまで付け込んで来て地球人を無知にしようとするのでしょうか、その答えは養豚場の豚のままでいてもらいたいからであり、オリオン牧場の家畜に賢くなってもらっては困るからだと言えましょう。

そもそも「イオン∶ion」という言葉は古代ギリシャ語に由来しており、「行く」とか「動く」という意味です。帯電したNaイオンが電極の陰極板に向かって移動する事からその様な名称が付けられましたが、そもそも物質であるNa元素が自力で水中を泳ぐ訳も無く、それは動いているのでは無く「運ばれている」と解釈しなければならないものです。この問題は地球自身が自力で太陽の周囲を公転しているのか、それとも地球は太陽渦流に乗じて運ばれているだけなのかという天体問答と一緒、いわゆるその運動が主動的に起こっているものか(動く)、それとも他動的に引き起こされているものなのか(動かされている)、その重要な見定め解釈をいつも真実とは正反対に結論付けてしまうから「西洋アンポンタン科学」と酷評されてしまいます。学校で習った科学知識を一度白紙に戻し、頭の中も真っ白に(初期化)して、自然界の現象を最初の一から常識的に見つめ直してみるという作業が必要では無いでしょうか。ちなみにNaイオンやClイオンを電極に運ぶキャリアーとは水の六員環クラスターであって、Naイオンとは「含Na水六員錯体」の意味であり、肝心要のイオン骨格(水骨格)を無視してもらっては困ります。水の六員環がNa原子を抱いて初めてNaイオンになるのです。

 
 
 
 もし水素原子の結合能力が一価だけなら水素原子(H)はどうして水素分子(水素ガス∶H2)になれるのか、あるいは天然ガスの中に存在する「ポリ水素(水素原子が連結した長鎖状の水素ポリマー重合体)」を一体どう説明するのか、そもそも水の六員環構造では酸素原子に挟まれた水素原子が両者を接合する役割を果たしており、常識的に考えれば水素原子は二本の手を備えていて、化学反応においては二価を呈していると考えれば、これまで説明出来なかった水素原子にまつわる全ての謎がスッキリと解けて、誰もが納得出来る化学理論となります。酸素原子が四価であると定めれば、オキソニウム・イオン(OH3=水カチオン)の存在を隠す必要も無いし、水素イオンと呼ばれる存在は「H+」の事では無く、実際は「OH3+」の事であって、酸性かアルカリ性かを定める水素イオン濃度(PH値)も正式にはオキソニウム・イオン濃度と表現しなければなりません。食塩分子(NaCl)の電離状態は「Na+とCl‐」ですが、一方水分子の電離状態とは「OH3+とOH-」です。H2Oを電離させるという行為は、素粒子に解離させる意味であって、H+イオン(陽子)を他の原子イオンと同等に扱う事は出来ない相談なのです。素粒子は非物質(物質の前生母体)、でも水素原子は立派な物質と言えるのです。

気の粒の渦巻宇宙が生産する最小単位のチビ渦巻とはたったの四種類、双子の陽子渦と陰子渦、そしてそれらの子渦である陽電子渦と陰電子渦という合計で四種類の極小の渦巻系の事です。これらのミクロの渦巻系が気の粒を獲得して渦磁場の勢力を増し、中心部に中心物体を抱えて天体模様を奏でたものを「素粒子」と呼んでいる訳です。それは目に見えない空気の渦巻が水蒸気を吸収して勢力を増し目に見える存在になるのと一緒の話ですが、その四つの基礎素粒子(チビ渦磁場)が後で生み出すのが「物質世界(原子世界)」であり、素粒子そのものは残念ながら物質以前の前生母体であって、物質とは定義出来ない代物なのです。宇宙科学では、物質(原子)とは軌道電子が描き出す軌道磁界(電子の運動磁場)を備えたものを「物質(=固有の質を呈示する物体の意味)」と称しており、100種の元素が奏でる原子や分子やあるいはそれらの共同体(化合物)の事を物質世界と呼んでいます。素粒子の正体とは単なる物体では無く渦巻だという話ですが、それらの素粒子が一点を中心とした回転運動を起こした場合、その運動に乗じた二次的な力の場が新たに形成されて、早い話がその二次的な場同士の相互関係の世界を物質世界と称しているのです。

原子核の周囲を回転する電子、たったそれだけの事なのに、その軌道に応じた電磁場が形成されるから不思議なものです。でも、この話は天体運動と一緒、地球の周囲を公転する月の周回運動は月の軌道磁界を形成し、その月の電磁場に包まれて地球の生物が育って来ました。月がスピンを停止した為に(月渦磁場の消滅)今は月の軌道磁界は存在しませんが、物理的には一点を中心にした有電荷粒子の公転運動は球体磁界を形成する運動となります。下図に示したのは陽子を周回する電子とサークル電流が流れる電線です。どちらも一緒の意味を持ち、最初に形成されるのは球体状の力の場であり、場の内部の物質を中心点に集める場力を呈示します。やがてその力の場の中に電子バイオン(電子の磁気玉)が自然発生して来て、単なる力の場が本格的な電磁場へと変化して行きます。電子回転も電流回転も、どちらも六ヶ月後には電子バイオンに満たされます。この場合は回転の方向が右巻でも左巻でも関係が無く、電子の二次体ともいえる同質電荷を持ったバイオンで系内が満たされる事になります。ちなみに磁石の磁束をサークル状に回転させても、半年後には磁石磁場の内部に磁石バイオンなるものが誕生して来ます。バイオンなどいう磁気粒子の話は聞いた事も無いといっても、磁鉄鉱には磁石バイオンが入っており、それを砕いて粉末状にしたものをテープに貼付けたものが録画テープです。テープが画像を記憶しているのでは無く、また磁鉄鉱そのものが記憶している訳でも無く、ものを記憶している当体とは磁石バイオンなのです。

 
 
 
 
 
 
 
 地球には電子の電荷を検出する電子機器はありますが、核子の電荷(磁荷)を検出出来る装置はありません。電子ならば陰電子でも陽電子でも検出出来るのですが、水素原子核(陽子)を公転している一個の軌道電子を判別しようと思っても、原子空間には大量の電子バイオンが発生しており、それぞれが電子と同じ電荷質を持っているから、計測器からすれば原子空間の全部に電子が散らばっている様に見えてしまいます。当時の科学者達は原子の電子軌道を追跡する事は不可能だから(電子の運動が速過ぎると考えた)、数理を用いて電子を存在確率で示そうと思い立ったのです(1927年)。そこで数式を用いた事が後々とんでもない勘違いを生んでしまう結果となります。バイオンとは電荷を備えたアストラル粒子の事、僅かに計測出来るのは電荷のみであって、基本的に計量計測が難しい代物なのです。バイオンの特徴はものを記憶するという磁気特性を示す事であり、それが他ならぬ生命磁気であって、水素原子内部の電子バイオンと霊界位相内部の電子バイオンは一緒のものです。つまり水素原子とは下等ながらも一つの「生き物」であって、それは単なる物体では無く固有の質を呈示する「物質」であると言えるのです。

さて、水素原子は中心核にある陽子と、その外軌道(赤道軌道)を周回する電子とで出来ていますが、電子の周回速度は基本的に天体の公転速度と比率が一緒であり、ただ外周が短いから速い速度に見えるだけです。原子核には渦巻が無いのに「なぜ公転出来るのか」といえば、陽子のN極から吹き出す「中心磁束流」が電子のS極に入力して、それが陽子のS極に戻るという、高気圧団とその子渦である台風と一緒の原理だからであり、陽子とその軌道電子は互いの磁束糸で繋がっているのです。今回のテーマはここに存在し、磁場とその極性の話が主役であって、原子が持つ極性こそ「原子価」に他ならなく、原子と原子の化学結合とは、あまねく極と極が結びつく「磁極結合」で成り立っているのです。原子の極性とは一番外側を周回する電子の軌道磁界の極性に象徴され、磁石のN極とS極が吸着し合う様に、片方の原子のN極と、もう片方の原子のS極が引き合って原子結合(化合)が起こっています。電子を互いにやり取りして結合するとか、あるいは中間子(メソン)やグルーオンなどの相互の媒介作用で接着するとか、そんな馬鹿げた結合の仕方はこの宇宙には存在しません。物質世界の結合様式は全て極と極が結びつく「磁極結合」で語り尽くせるのです。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 水素原子の軌道電子はその公転の方向で軌道磁界の磁束(力束)が吹き出すN極が定まります。公転方向といっても、陽子とその軌道電子は互いの磁束糸で繋がっており、陽子スピンの向きと電子公転の向きは必ず一緒です(逆方向には回れない)。一般に、回転平面を上から見下ろして左回転ならばN極は上(S極は下)、右回転ならばS極が上(N極は下)というのが宇宙共通の原理です。原子核の陽子と同様に、あるいは一個の磁石の様に、水素原子がN極とS極を有するならば、水素原子の結合触手は一価では無く二価、水素は作用手(N極)と引き手(S極)を保有している事になります。性質が異なる二つの手があるから水素原子同士が二個の丸磁石が接合する様に互いの極を揃えて分子結合が可能になるのであって、またそれらが数珠状に繋がって行く芸当も可能な訳です。さて、原子核の周囲を公転する軌道電子が軌道半径に応じた力の場を形成し、その力の場の極性で物と物とが結合しているという話をしている訳ですが、酸素原子の様に、原子核を中心に外殻電子が「たすき状」に回転している場合(p軌道)の極性構造を考えてみましょう。
 
 
 
 
 
 なぜ、酸素原子の電子軌道が、一般にp軌道と呼ばれるたすき掛け構造を呈しているのか、それを正しく説明出来る者は地球には誰もいません。なぜならば原子核があまりにも小さ過ぎてその構造が全く見えないからです。電子の存在を無視すれば、酸素の原子核は8個の陽子と8個の中性子から成り立っており、その原子量は16です。これらの16個の素粒子が原子核の中でどんな形状を呈しているのか、それが見れないから説明出来ない訳です。地球科学は原子核は陽子と中性子が団子状態で一つに丸まったものと解釈していますが、そもそもその考え方自体がアバウト過ぎるのです。原子核は基本的にヘリウム原子核単位(H単位)もしくは重水素単位(D単位)から構成されており、整然とした規則に基づいたものなのです。下図に示したのが酸素原子核の構造図と、それに相応するp軌道の構造図です。外殻電子のp軌道公転が8の字型の極を形成し、酸素原子の一風変わった極の配置が水分子の環状クラスター構造に趣を与えています。
 
 
 
 一個の水素原子もまた一個の鉄原子も、基本的に軌道磁界(力の場)の内部に電子バイオンを抱えた生き物であり、ものを記憶する能力を備えています。当然、生き物ですから自己の好き嫌いも呈示して来ます。特定の波長の光に反応したり、特定の温度で活性したり、特定の信号で原子配列を切り替えたり、新しい機能を添付する事も出来ます。地球科学の様に元素をただの物体と考えてしまえば、その原子が有する能力を充分に引き出してやる事が出来ません。例えば、物質信号(力学信号)一つで水分子は酸素と水素に解離するし(触媒など不必要)、直線状に配列させて水面を歩ける様にも切り替えられるし、六員環分子にも13員環分子にも17員環分子にも23員環分子にも自在に変化させられるのです。もし洗濯用の洗剤を切らしたら洗濯機の水を60員環分子のコロイド溶液に切り替えて使用すれば汚れを落としてくれるし、さらには六員環分子を配列させて常温状態で固形化する事も出来ます。六員環分子がものを記憶する事も出来るのは承知の通り、そうした水活用術の最高峰が「水発電機」でしょうか。また、海水からイオンを除去して淡水に切り替える事など地球人が思う程そんなに難しい技術ではありません。

金属に力学的な指令を送って、結晶構造を解けと命令すると、スプーン曲げではありませんが一瞬で液状化させる事も出来るし、また特定の金属に対して固有の信号を与えれば、岩石の中からその金属のみを抽出する事が出来ます。あるいは金属原子の軌道電子を解いて核外に放出させたり(発電機)、様々な金属加工が簡単に出来るものです。もっと凄いのは、宇宙空間に大量に存在するπ―電子(陽電子と陰電子が結合した対電子の事)を集めて反重力浮上をする常温超伝導電子管を作れる事です。科学の発達の方向とは、物質を無理やり加工する方角では無く、その物質を生かして最大限に利用する事であり、西洋人の様に単純で乱暴なアンポンタン科学を導かない事でしょうか。素晴らしい未来を導く為には、先ずは教えられた西洋科学を捨てて真理を勉強し、改めて研究や開発に勤しむ事であり、それ以外に未来科学を呼び込む術がありません。皆様が学校で習って来た事が全て無駄とは言いませんが、間違った知識で洗脳されており、先ずはその間違いに気付く事が大切なのです。常識的に考えれば水素が一価で酸素が二価の筈が無く、その矛盾に未だに誰も気付かないという情けなさ、神々洗脳とはまことに恐ろしいものです。